第4話 母の親友

 その日、彩音あやねの母玲子れいこの親友澤井美和子さわいみわこが家を訪ねてきた。今日は彩音の父の隆も仕事が休みで家にいる。玲子が紅茶とお菓子を出す。

「クッキーは貰いものだけど、結構おいしいのよ」

「ありがとう。今日は隆さんも一緒に聞いて欲しい話があって、無理を言って、ごめんなさい」

「いいんですよ。ところで大事な話とは?」

 楽器店で働く隆はピアニストの美和子と知り合いだった。玲子と美和子と大学時代の同級生だ。

 美和子が話し始めた。

「私、仕事で三年ほどフランスに行かなければならなくなったの。それで、息子のことなんだけど」

「和也君?」

「そう。預かって頂けないかと」

「ええ!」

驚く隆と玲子。

「とんでもないお願いとはわかっているの。でも、他に頼める人がいないから」


隆も玲子も言葉がなかった。


「和也は来年、中学二年生でしょう。こんな時期に日本と海外を行ったり来たりするのは彼にとっても大変なことだと思うの。向こうに行ったら私は忙しくて面倒をみてあげられないし、日本で生活した方が彼のためになると思うの」


 和也の父親も指揮者でドイツにいる。両親が世界で活躍する音楽家という和也の家では家族がそろうことがあまりなかった。


 突拍子もない依頼に玲子も隆もしばらく何も言えなかった。しかし、美和子と付き合いの長い二人には、彼女が言う通り息子のことを頼める人が二人以外にいないということも十分理解できた。


 懇願するように二人を見る美和子。玲子が隆の顔を見る。隆は美和子を見つめ、

「わかりました。困ったときはお互いさまですよ」

玲子も頷く。

「和也君には言ってるの?」

「ええ、彼も納得してくれているの」


 しかし、玲子は、いろいろな不安が頭に浮かぶ。

「でも今から三年間って大切な時よね。うちの子と一緒だから高校受験があるでしょう」

「もちろん和也の教育費や生活に掛かるお金は私が送るわ」

「お金のことより不安に思うのは、和也君って将来を期待されているピアニストでしょう。そんな彼の世話を、この大切な時期に任されるっていうのは結構重荷なんだけど、普通の中学生を預かるのと違うから」

「普通の子として接しあげて。練習は、専属の先生についてるから、進路もその先生に相談できるし。名倉なくら先生よ。大学時代の名倉恵子なくらけいこ先生に教えてもらっているの」

隆が口をはさむ、

「その先生に預かってもらえなかったんですか?」

「無理、無理」

玲子と美和子が口をそろえて言う。

 先生もすごく忙しいし、音楽以外の面倒をみてくれるような感じの人じゃないと言った。

「じゃあ練習は先生のところでしてるのね。この家にもピアノはあるから、いつでも練習できるし、進路の相談も大丈夫なのね」

玲子は気になっていたことがかなり解消された。


「うちも彩音に言わないと」

隆が言うと玲子もそれを気にしていたようで、

「そうね。きっと驚くわよ。急に同級生の男の子が家に来るのですもの」

思い出したように美和子が玲子に言う。

「そういえば、いつかコンクールで会ったんだっけ? うちの子と彩音ちゃん」

「幼稚園の頃ね。ところで和也君、いつから、うちにくるの?」

「三月でいいかしら? 和也の転校は年明けにしようと思っているの。中一の三学期にこっちの中学校に来る予定なの」

「そうなの? それは急ね」

「私が日本からいなくなるタイミングで転校っていうのも、なんだか可哀そうだし。学校に少し慣れるまでは一緒にいてあげたくて」

「そうね」


「ごめんね。こっちの都合ばかりで」

「いいのよ。本当に大変な決断だったんだろうし。でも、向こうの仕事って?」

「向こうの音楽院で仕事があって、オーケストラに呼ばれることがあれば、演奏もする感じかな」

「すごいわね。そんな話が現実にあるんだ」

「まあ、そんなにないことだと思うけど」

「あなた向こうの曲、上手だものね」


 それから、美和子が帰った後、しばらくして何も知らない彩音が帰ってきた。

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