第十七章 決戦前夜 揺れるトラディー

「また会議ですね。昨日もですよ。まるで私たちが追い詰められているみたいだ」


 そう嫌味を言うジョルドコーストに、メルボネは苦い顔をした。彼にとっては苦渋の決断ではあった。団長同士の結束をあれほど避けていたというのに、今やこうして何度も団長会議を繰り返している。


 ウロンゴロン死亡の一報、そして王妃と王女の古城脱出という一報までトラディーに入った。団長が二人死んだ。


 王女がこの島のどこかにいる以上、彼女を手中におさめた者に、戦争の大義名分が与えられる。


 この島の詳細を把握していない以上、各地に派遣した、アヌボットやミラウ、レンジャー、パディントンら四団長は、その気になれば容易にクーデターを起こせる。そう恐れたメルボネは、残りの四人の団長をなんとしても取り込んで対抗するしかなかった。


「師団長。脅威は殺神ですか。それとも攻めてくる四人の団長ですか」

「どっちもだよ! うるさいな。

 まぁ、殺神と四団長が結託するとは考えられない。繋がりが分からない」

「では、南よりも、彼らが攻めてくる西の守りだけ固めましょう。

 では、王女はどうしますか。捜索しようにも、この島の地図なんてありませんからね。どこに、そんな町があるのか」


 自分も、この島の調査や拡大をする気はまったくないのに、ジョルドはメルボネをあおり続けた。会議を通して、メルボネは師団長たり得ず、ということを残り三人の団長に見せしめたいのだろう。


「こんな危機だというのに、残った四人は役に立たないな!」


 そう叫ぶメルボネのことは気に食わないものの、ジョルドからすれば今の状況は決して悪くない。


 仮にアヌボットたち四団長が、反師団長を掲げて突入してきたとして、対抗するのはメルボネだが、メルボネ直属の軍は存在しない。メルボネは、ジョルドに頼るしかない。


 ジョルドとしては、勝算があればそれで良し、メルボネに恩を売る、負けそうなら、そこで寝返り、メルボネの首を切る算段だった。いくらでもチャンスはある計算だ。


 ジョルドとしては、メルボネさえ廃せば、あとは王政に従うとも反抗するとも考えていなかった。師団長になり、軍団をどう指揮していくか、なども考えていない。彼はとにかく師団長になりたかった。


 メルボネが怒鳴ったことで、会議は進まなくなり、四団長は退室した。四人が抜けた部屋で、メルボネは大きく息をついた。


「もういいぞ。出てきてくれ」


 どこからか、スラリと長身の男が出てきた。音もなく、気配もなく。偽団員の特徴そっくり、いや、上位互換だ。


「どうだ。あれが今の四団長だ」

「頼りにはなりません」

「ジョルドもか? そりゃあ、盗士団長から見るとな」


 その男、ダーウィンと言う。


 二人の盗士団長のうち、もう一人の団長だ。ドドラデニメにはかかっていない。万全な人間の状態だ。


 盗士のはじまりを、ここでトラディーの視点から少し話しておく必要がある。


 百年前の、トラディーに移った新政権の懸念は、チャンクたちの蜂起であった。隠密下で殲滅するために、田畑開拓も、周辺の地図作りもほどほどに、暗殺集団を作り出した。


 それが盗士だった。言い換えれば、チャンク殲滅軍が、トラディーの軍の起源だ。


 あまりに過酷な役目ではあったが、ひと段落したあとは、相応な生活を与える、という条件の下結成された。


 クイズランドのような単身での蜂起は、昔は、実はアウスリア各地で発生していた。クイズランドの実力からも分かるように、元々狩猟民族ということもあり、彼らの実力は相当なものであった。そのため、盗士による殲滅作戦はなかなか進まなかった。


 もしチャンクたちが結集していれば、それが少数だったとしても、今の中央政治の形はまた違ったものになっていたかもしれない。


 殲滅を進めるために、トラディーは次の一手を打った。好待遇のため、といった動機ではなく、より戦いに飢えている、という動機から人選を進めて、より殺意を増した集団を形成した。


 ダーウィンは、その結晶であった。戦闘狂であった。


 彼はそうした武装蜂起したチャンクを、島中で殺害した。クイズランドに物心がつくころには、戦う意思のあったチャンクは全滅していた。


 もし、クイズランドが立ち上がるのがもっと早ければ、彼女も早々に殺されていただろう。


 この島で一番強く、恐ろしいのは、間違いなくこの男、ダーウィンだ。


 いつしかチャンクの武装蜂起は一切なくなり、役目を終えた彼ら盗士であったが、平穏な生活は与えられなかった。


 中央としては、盗士という存在も隠し通したかったのだ。豪華な報酬を与えて黙らせておく方が良かったとも思えるが、華奢な生活をして、盗士たちが目立つことさえ恐れたらしい。


 ということで、盗士の生き残りたちは、未だ任務中だと、言い聞かせられている。そのうち、盗士の存在は噂でしか残らなくなり、彼ら本人を除けば、王と師団長しか知らない状況になった。


 盗士たちは、未だに島中でチャンクを捜索している。生活など保障されていないので、狼藉も働く。かつてチャンクの暴走を恐れて結成した集団が、逆に島中で暴走して、今やトラディーの懸念になっているというのは皮肉である。


「なぁ、ダーウィン。本当に研究所のチャンクたちも反抗してくるか?」

「百年祭に合わせてくる可能性があります」


 慌てるメルボネを見て笑いながら、ダーウィンは血沸き肉躍っていた。


 今年は、例の大事件からちょうど百年だ。


 自分たちの祖先がないがしろにされた百年前の事件を、方や中央では隠蔽し、方や島に残る町では百年祭として祝うという、この腹立たしい事態に、研究所も、あるいはまだ残る混血の子孫たちも、必ず蜂起を起こすだろう、と踏んでいた。


 久しぶりに鮮やかな血を味わえますな、と小躍りしそうになっていた。


「とは言っても、百年前だぜ。ほとんど無関係な俺を恨むなんてお門違いだ」

「怨念は根深いですから。晴らすことに意味があります。

 私たちとしても、混血は見分けがつきませんから。これを機に、今度こそ殲滅できるなら、この上ない喜びだ」


 そうまでして全滅させなくてもいいぞ、とメルボネは言おうと思ったが、彼らの存在意義にかかわるので、さすがに控えた。


 さて、地下牢である。


 ここにはアヌボット、ミラウ軍が収容されている。


 基本的に隊員は隊長や団長に忠誠を誓う傾向があるため、彼らがメルボネ側につくことはまずありえなかった。その上、とくに彼ら脳筋集団の軍の腕っぷしは名高く、処刑をすると言っても簡単にはできなかった。収容できているだけでもお手柄と言って良かった。


 暗い地下室に、甲高い足音が響いた。


「無敵のレンジャー様の登場ですよ、なーんて。あれ、見張りってこんなに少ないんですか」


 そんな地下牢に下りてきたのは、レンジャーだった。


「今ここが解放されるのが一番困るはずなのに。やる気、なくなっちゃうなぁ。そのために、これ持ってきたのにさ」


 レンジャーは小柄な体に似合わないほどの大刀を掲げた。


 地下牢には、数人の隊員と、カンガロ軍の隊長、エミュが警備をしていた。解放にあたっての戦闘が少数で終わるのは、本来は喜ぶべきことだが、レンジャーは隊長相手に本気を出すような性格ではなく、少し落胆した。


「レンジャー様、聞き捨てなりません。

 やはり、クーデターを起こすんですね。解放する気なのですか」

「カンガロさんのところの隊長の。エミュさん」


 名前を憶えてもらっていることで、エミュは少しだけ良い気になってしまった。彼がほとんどの隊員のあこがれというのは、やはり間違いないらしい。そんなエミュにお構いなしに、うーん、とレンジャーは首をひねって、大刀を置いた。


「いや、いいや。やっぱりきみとは戦わない。隊長だしね。せめてジョルドさんくらいとやり合えると思ったのに。

 これはお願いだ。ぼくはここに来なかった、きみは何も見なかった。どうかな」

「要領を得ませんが、我々と戦いに来たんですよね?」

「いや、ぼくは、そんなんじゃないんだ」


 レンジャーは、もうアヌボットやミラウのことは見捨てようと思っていた。


 グラウンドタウンに残している軍団には、決して出動するな、と命令していた。この解放作戦で何か不都合が起きたときは、完全に他人を決め込むつもりだったのだ。


 だが、それだけ軍団のことを考える彼にもかかわらず、ジョルドや盗士団長と戦える可能性がある、という事実が、こうした身勝手な行動へと突き動かしていた。


 一方で、エミュは、目前のレンジャーは謀反人だと決めつけており、彼の言葉をよく理解していなかった。いや、もう高ぶっていて、思考は停止していた。


「分かっているでしょう。我々も、いくら勝てない戦いだとしても、職務を放棄することはできない」

「職務は全うすべきものだよ。失敗も放棄も同じだ」


 それはそうですね、と隊長のエミュは長い槍を突き出した。


「わたし相手では、やる気が出ないと言うんですね。自分より、もっと強い相手じゃないと」

「そういうこと」

「わたしは、レンジャー様を目の前にして、血沸き肉躍る感覚なんですよ」


 目の前に構えられた槍の剣先を見て、レンジャーはにっこり笑った。


「あぁ、そういうことか。じゃあ、強者を求める若者には応えなくっちゃね」


 二コリと笑ったレンジャーを見て、決闘の合図だ、と悟ったエミュの一突きは、レンジャーの下半身を狙ったものだった。


 レンジャーはまだ構え切っていなかった。エミュは、的の大きな胴体ではなく、足元を狙った。視界より下を狙われれば、それを薙ぎ払おうにも、まだ抜刀していない以上、飛んで避けるしかない。


 とっさに空中に全身をさらけ出す行為は、相手に絶対的なチャンスを与えてしまう。


 エミュとしては、この一撃を繰り出せたことだけでも、称賛に値するほどであった。


「狙いは悪くなかった。さすが隊長だ」


 レンジャーはその一突きを、殴るように素手でつかんで止めた。


 抜刀さえ必要なかった。ギリギリ剣先と柄の境目をつかんだ。動体視力も、俊敏さも、腕力も、何もかも、レンジャーの方が上だった。


「さぁ、こうなると、絶対にきみは殺される。きみをここで逃がして、ぼくのことをベラベラ話されたら困るからね。覚悟はできている?」

「ええ。もう一度くりかえしますが、わたしは職務を全うします」


 エミュは思い切り槍を引っ張った。十センチだけでも引っ張ることができれば、レンジャーの右手はその剣先でズタズタになる。指は五本とも切り落とされるだろう。だが、レンジャーの予想の範囲内だった。エミュが力を入れるほんの一瞬前に、レンジャーはもう一段階力を込めて、びくとも動かないようにした。


 エミュはさらに力を込めた。レンジャーは、それを、さらに強く引っ張るためのものだと思っていたが、違った。


 エミュは足の裏から床に向かって全体重を真下にかけて、うおりゃあ、とレンジャーを槍ごと持ち上げた。槍はしなったが、折れず、てこのようにレンジャーは空に投げ出された。


 レンジャーが少しでも力を緩めれば、槍を引っ張って、今度こそ右手の指をすべて切り落とす。強く握ったままなら、このまま天井にたたきつけて、その衝撃で一瞬緩んだところを剣先で一突きする。


 エミュの機転は、相手がレンジャーでなければ成功していただろう。


「覚悟しているし、油断していない。悔いのない一撃だったね」


 レンジャーの目が座り、口角が上がった。


 レンジャーの右手は、そのまま槍の柄を握りつぶして、粉砕した。そしてそのまま両足で天井をつかみ、踏ん張り、柄が折れて宙に浮いた剣先を左手でつかんだ。


 そして天井をばねで飛ぶように蹴とばして、一直線に飛び降りて、エミュを一撃で葬った。


「死にかけちゃったなぁ。最高だ」


 少し木片が刺さった右の手のひらをなでながら、さーて、牢屋のカギはどこだー、と、レンジャーはエミュの腰のあたりを探った。


 地下牢での一件は、師団長側の敗北となった。


 城内の様子として、最後に、サーヤたちを迎え撃つ準備をしているジョルドたちの様子を見ておこう。


 ジョルドは、自身の三人の隊長を前に、来るべき決戦の段取りを話していた。


「明日、あるいは明後日、俺たちはパディントン軍と激突するだろう。

 ほどほどでいい。死なない程度でいい。あくまで俺たちは、師団長に成り上がるために集中するのだ」


 表面上合意した彼ら三人は、元はメルボネ軍である。


 すでに彼らは、メルボネではなく自分に忠誠を誓っているはずだ、とジョルドは皮算用していた。ここに来て、彼らの忠誠心を忘れて、ついそんな演説をしてしまった。目の前に迫った師団長という役職に、気が緩んだのだろうか、


 カンガロは少し功を焦っていた。頭痛もちの彼は、なんとかキャンビーを出し抜いて、ジョルドのナンバーツーのポジションを手に入れようと苦心していた。


 そのために戦果を挙げようと、パディントン軍との衝突の際には、一番腕の立つ隊長のエミュを先鋒として送り込もう、いざとなれば自ら突撃しよう、と意気込んでいた。


 一方でキャンビーは、既にカンガロよりは自分の方がジョルドに気に入られていると踏んで、今回軍勢は出すものの一歩引いて、ジョルド軍のサポートに集中することで、確実に副師団長の座を掴もうとしていた。


 腰巾着の二人も、結局は自身の立場のことしか考えていなかった。


 そして、十人目の団長、ピースは、メルボネに言われた通り、メルボネ周囲となる城内の警備にあたっていた。メルボネの命令に、彼は何の疑いもなく従った。


 ◆


 仕立てをお願いしていたマントを受け取りに行った。


「派手だねぇ。これでいいのかい」

「いいんです、ああ、素敵。最高」

「そりゃあ、いいけどさ。目立っちまうよ」

「かっこいい方が、気分が上がるから」


 革を真っ黒に染めて、団長バンダナと同じくらいの真っ赤な刺繍と、金地の刺繍とで縁取るようなデザインにした。ダンチョーもそれを見て、しっぽをぶんぶんと振っている。


「後ろから見ても、強そうじゃない? なんたって、最終決戦だから」


 アヌボットとミラウが待つ宿場に戻った。


「準備できたよ」

「おお、勇ましいな。でも、フードを被ると、目立たなくなっちまうか」

「それも、ほら」


 フードの部分も、横に二本金色のラインが入っている。目深に被れるように、少し大きめに仕立て直してもらっていた。


「目立たなく生きていくなんて、いやだしね」

「いいね。テンション上げていくのが大事だ」


 アヌボットは、靴を磨きながら、パディントンはさっき、カラマリに向かったよ、と続けた。


「サーヤ、追いついて、説得してきてくれよ」

「説得して考えを変えるような人じゃないのは分かっているから」


 こうなると、三人とダンチョーとで乗り込むしかなかった。


「レンジャーが、俺らの軍隊を解放できているなら、パディントン軍とで街の内外から挟み撃ちできたんだ。まぁ、こうなった以上、解放した軍隊と合流することが先決だな」

「山を越えて、馬に乗るところまではいいけどさ、解放できたかどうか分かるのは、城についてからだぜ。

 レンジャーが失敗していたら、あるいはレンジャーに俺たちが見捨てられていたら、俺らは数人で突っ込む大バカ者だ」

「そりゃ、そうだけどよ。でも、どうにもならないだろ、そこは。

 あー! もう、分からねぇ! 寝たら、明日朝出よう。それでいいだろ!」


 アヌボットはめちゃくちゃなことを言ったけど、ミラウも反対しなかった。そのまま二人とも荷造りを始めたけど、わたしはまだこのマントを脱ぐ気になれなくて、宿を出て、ダンチョーと少し町を歩いた。


「こうやって、のんびり歩けるのも、最後かもね」


 ダンチョーは足元をトコトコとついてくる。どうみても、普通のワンちゃんだ。


「ねぇ、ダンチョー。人間に、戻りたい?」


 そう言われると、ダンチョーはわたしを見上げて、クーン、と小さく鳴いた。どっちなのかは、分からない。


「わたしは、ダンチョーのこと、少しだけ羨ましいよ。男だ、女だ、生まれはどこだ、なんて言われないもんね」


 そう言うと、ダンチョーは不服そうに、フンス、と鼻息を荒げた。そうだよね。ダンチョーだって、色々あったよね、きっと。ゴメンね、と、しゃがんで首のあたりをワシャワシャとなでた。


 通りの往来から、気楽に声をかけられなくなった。この格好は、少し、威圧があるのだろう。もう、わたしのことを、女だから、なんて言ってくる人はいないだろう。自信を持て。強くなった。この姿を、みんなに見せるんだ。


 待っていてね、父さん。わたし、盗士団長をやっつけるから。

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