トラディーへの帰還
第十六章 周年祭と盗士団長
「アヌボットさん、ミラウさん、こっちです」
グラウンドタウンの食堂でレンジャーが手を挙げている。腕を吊っているわたしを見て、レンジャーは、お、戦った勲章だね、とにっこりした。
「無傷で帰ってくる方がいいでしょう」
「一勝負した後は、みんなに心配される方が気分がいいものさ」
顔をくしゃっと崩して、レンジャーはわたしの左肩をつっついた。
「あれ、どうしたのサーヤちゃん。そんなに深くフードを被ってさ」
「ちょっと、目というか、顔を見られないためにね」
話を変えよう、と慌ててアヌボットが割って入ってくれた。
「なぁレンジャー。この町ってこんなに騒がしかったか」
「覚えていませんか。百年祭がもう来週なんですよ。
ほら、トラディーへの移住のときに、ぐっと人口が増えて町が栄えた、っていう」
「あ、あー、それか。クイズランドはついてきていなくてよかったな」
アヌボットは気まずそうにサーヤを振り返った。どういうことです? と聞くレンジャーだったが、
「まぁ後でいいですよ。パディさんも来ますし」
と遠慮してくれた。この百年前の歴史の話をするのは、非常にタフだから、できれば説明は一度で済ませたいものだ。
「よーし、バッチリタイミングだな。レンジャーとパディントンがこっちにつけば、さすがにこっちが有利だろう」
「ぼくも、パディさんも、ちゃんと計算して、勝てる方につきますよ」
「冷静なフリしてるけどよ、結構興奮してるんじゃないか? 手がソワソワしているぜ」
そうアヌボットに指摘されたレンジャーは、揉むように両手をくねらせていたのをピタッと止めて、本当だ、と言いながら、にっこりと笑った。
「そりゃあ、なんたって、最終決戦なんですから。誰と戦えるのかなぁ」
そうこう言っているうちに、レンジャー軍の隊員が入ってきた。
「噂をすれば、パディさんの軍がついたみたいですよ」
町の入り口に大軍勢が到着したようだった。パディントンには先に挨拶しておく方がいいな、と思って、食堂をこっそりと抜けた。
アヌボットの言う通り、以前、と言っても十日前に来たときより確かに賑やかになっている。
チキン百本特売だ! と騒ぐお店もあれば、百年前の歴史をもう一度学ぼう! と通りで紙芝居をふるまうおじさんもいる。
クイズランドの話を聞いたことで、この前来たときとはガラリと違う印象を受ける。
この町は、大寒波から逃れるために東海岸へ向かう道中にあったから栄えたのだ。そして、陸路で向かえた人たちは、チャンクではなく、ジリオたちだ。
つまり、この町の建設に関わった当時の人たちの中には、チャンクは混ざっていない。とはいえ、大寒波の件を把握していたのは、ジリオの中でもほんの一握りの人たちとのことだったから、この町を作った、栄えさせた人たちに悪意はなかったはずだ。
でも、無知だった、というだけで、結果的にはこの町の人たちは、プレインコーストを安全に脱出できた。
何も知らずに百年祭を喜び祝う姿を、素直に微笑ましく見ることができなくなった。
「お嬢ちゃん、今日はそこまで寒くないよ! そんな深くフードを被っていたら、目が見えないよ!」
どんな町でも声をかけられるな、と、悪い気はしなかったけど、ナンパをしてきた若い彼らは、無理やりフードに手を伸ばしてきた。
「いいって、これが気に入っているんだから、触らないで」
「減るもんじゃないし、いいだろ!」
ここまで強引に来るとは。あぁ、もしかして、盗士、いや偽団員? もうわたしのことに感づいたの? こんな大通りで、どうしよう。そっとベルトのナイフに右手を伸ばした。
「祭で浮かれているのか? 自分を律せない人間は嫌いだ」
後ろから、聞き覚えのある声がした。振り向いて見上げると、見覚えのある銀髪が揺れていた。
「知り合いなんだ、どこかに行ってくれ」
大軍を率いたパディントンが、ここグラウンドタウンに到着したのだった。
「ありがとう、パディントン。それから、久しぶり」
「生きていたか。殺神に会わなかったんだな」
「ううん、会った」
クイズランドに、無事に帰ってくるなんて思ってないぜ、と言われたことを思い出した。そんなことないと思っていたけど、こいつ、なかなか薄情な団長だったんだな。
「えっとね、古城を出てから、本当にたくさんのことが起きた。ウロンゴロンに会ったし、殺神にも会った。たくさんたくさん、話したいことがある」
「私もだ、ベル・サーヤ」
おい、明日は早いぞ、体制を整えておけ、と隊長に命令をして、大軍勢を返してしまったパディントンと、二人きりで食堂に戻ってきた。
「パディさんも来たよ。まっすぐトラディーに帰らなくて大丈夫なの、パディさん。
師団長に与さないのか、なんて思われちゃうよ」
「分かってて言っているだろう、お前」
お父さんをからかう息子のように、レンジャーはテーブルに頬杖をついて、ずっと笑みを浮かべている。それをたしなめるように、パディントンが口を開いた。
「王妃王女は古城から脱出した、って一報をトラディーに出したよ」
「マジかよ! 任務失敗ってことになるじゃねぇか!」
「バカなんだから、話が終わるまでリアクションはしないでくれ」
アヌボットは不服そうに、ドカッと椅子に深く腰掛けた。
「レンジャーの言う通り、今年の寒波のペースは異常だ。おそらく、今年も、百年前までとは言わないものの、もしかしたらそれくらいの大寒波がくるのだろうな。
寒波のため家族を一度別の町で待機させます、ってことにしたよ。カラマリなんて町、知らないだろう。奪還しに来る心配もないさ」
ハーバー王妃とオペラ王女は、古城を脱出した後、カラマリでレンジャーの隊によって護衛されているとのことだった。たしかに、中央の政変がひと段落するまでは、遠くの町で、中立の立場にいる方が安全だろう。
「メルボネめ。この大寒波を予想して、わたしを古城に同行させたんだな。
人質としてではない、王妃も王女も、私も消すつもりだったのかもしれない。
独裁者にでもなるつもりか」
上層部の政治というのは、仲間も簡単に切り捨てるんだな、と改めて震える。
「もう伝令はとっくにトラディーについて、報告も終わっているだろうよ」
「さすが行動が早いなぁ。よっ、鬼の団長。」
「私よりもレンジャーだ。
この寒波の予兆もそうだし、レンジャーがカラマリという町の存在を知っていたから、船でプレインに向かうことも計画できた。
一匹狼だ、勝負にしか興味がないだ、好き放題言われているが、しっかり団長しているよ」
レンジャーとパディントンという、団長政治を目の前で見て、こんなに勉強になることもないと思った。
少し呆けていると、パディントンが口角を上げて、わたしに目を合わせてきた。
「ベル・サーヤ。君がお二人を逃がさなかったら、こんな回りくどいことはしなくて良かったんだけどな」
チクリと釘を刺されてしまった。もしかしたら、初めからキチンと話し合いができていたら、パディントンは協力してくれていたかもしれないな。そんな後悔をよそに、意外にも彼はアヌボットよりも大食漢で、次々と料理を平らげていた。
「いやいや、パディさん。
サーヤちゃんはね、パディさんに続いて、ゴロンさんもやっつけたらしいし、殺神とだってやりあって、今もこうして生きている。すごいことだよ」
え、もう話しちゃったの、とアヌボットの肩を揺らした。
「悪いな。チャンクとかサザンクロスの話はまだだけどよ、サーヤ大先生の大勝負三連戦の話はもうしちゃったよ」
「立派なものだよサーヤちゃん。そこいらの隊員より動けるね」
「だいぶ盛って話したでしょ、アヌボット」
悪い気はしないものの、そうした称賛を素直に正面から受け入れられるほどは浮かれていなかった。
「でもね。パディントンはダンチョーと戦った直後で、ウロンゴロンだって、殺神と一戦交えた直後だった。
殺神にも、一発だけパンチが入っただけで、アヌボットやミラウたちが間に合わなかったら死んでいた。
わたしは、丁度ついているときにそこにいただけなんだ」
「適切なときに適切な場所にいる、それも才能だ」
パディントンは、左頬をピシャピシャと叩いて、殴られたところ、まだ痛むんだぜ、とはにかんだ。
「さぁ、ベル・サーヤ。色々あっただろう。きみから話してくれ」
「ここでいいの? だって、その、どこに師団長のスパイがいるかも分からないし」
「それは大丈夫なんだぜ。なぁ、盗士ダンチョー様!」
どうやら、またアヌボットとダンチョーが荒稼ぎをしてきて、そのお金でほかの客を追い出したようだった。
「でも、店主さんたちが」
「彼はぼくの隊員。店の人も追い出したよ」
「そこまで徹底的なのね」
「本当の店員だったら、聞いた後には殺さないといけなかったからな」
アヌボットのその言葉に、団長四人はただ黙っていた。異論がないのだろう。アヌボットの言っていた、
「殺すかどうか悩むときは、殺さないといけないぞ」
という言葉を思い出す。物騒な言葉だけど、団長として軍をまとめて、政治をするということは、それくらいの覚悟がいるのだ。
わたしは、古城を出てからの話を、脚色せず、なるべく丁寧に話した。
「サザンクロスのチャンク人、か。聞いたことないな」
「パディさんでさえ知らないんだから、やっぱり、歴史として葬りたかったんだろうな」
「サーヤ。少し目を見せてくれ。あぁ、本当だ。ブルーだったのにな」
「だからよぉ、これから偽団員たちはサーヤを狙ってくる。サーヤ、もっと目深なフードのついた服を仕立てる方がいいぜ」
四人の団長がそれぞれにわたしを心配してくれた。確かに、この目を隠すことは最優先かもしれない。わたしはもう、この目を見られることを避けつづけなければいけない。
でも、それはいつまで?
たとえば、友だちが、サーヤの目がキレイなんだよ、翡翠みたい、と噂をして、それが偽団員の耳に入れば、それで終わりだ。そんなことにまで気を付けないといけないのなら、一生じゃないか。それは、いやだ。
「ねぇ、みんな。わたしもそうだけど、この目をしているだけで命を狙われるって、どうかしているよ。やっぱり、その、盗士団長っていう親玉を倒さないといけないと思う。
王様のもとにはダンチョーがいた。そして恐らく、師団長のもとにもう一人の盗士団長がいる。賢の団長、の方かな。
そいつをやっつけたら、師団長側の戦力を大きく削げるし、偽団員騒ぎにも効果があるはず」
言いたいことは言い切れて満足だけど、少し自分勝手過ぎたかな、と思った。でも、四人は真剣に考えてくれた。
「パディントン。なんか策はないか」
「考えよう。ベル・サーヤ、きみは仕立て屋に行く前に、一旦その左腕を私の隊員に見せなさい」
パディントンに促されて、一旦外に出た。わたしの腕の治療が目的なのか、団長間でしか話せないことがあるから追い出されたのかは分からないけど、深く考えずに従うことにした。
「あれあれ、ケガしているじゃない。大丈夫?」
通りに出てすぐ、また声をかけられた。こうなってくると、偽団員かどうかに関係なく、鬱陶しくなってくる。
「悪いね、連れなんだ」
食堂からレンジャーがひょいと出てきて、わたしの肩を抱き寄せた。背丈があまり変わらないものの、少しドキッとした。でもすぐ、足下のダンチョーが、ナンパにも、それからレンジャーにも、ガウガウと吠え立てた。
「あぁ、ダンチョーさんもいたのか。うん、じゃあ、君がちゃんと守ってあげてよね」
そう言うと、レンジャーは手をひらひら振りながら、食堂へ戻っていった。
◆
「おいレンジャー、大事な話をするときくらい、放浪癖はやめろよ」
「ちょっと店を出ただけですよ。さぁ、パディさん。どうします?
サーヤちゃんの言う通り、盗士団長は潰しておく方がいい。
正直、ぼくはそのチャンクとかの話にはまったく興味はないけど、師団長側の切り札をなんとかできるなら、それが一番だと思います」
「戦いたいだけだろ」
レンジャーはそれにはとくに否定はせず、
「愚の団長は犬にされたんだ。
ねぇ、ミラウさん。賢の団長も同じように、ドドラデニメをされて、何か動物になっている、なんてことはないですかね」
とミラウに問うた。
「そうか。そういえば、ベル・サーヤが言っていたな。あの犬、団長なんだって?」
ミラウは、パディントンに改めてドドラデニメの説明をしながら、レンジャーの推測の可能性についても言及した。
「ドドラデニメは、魔法の大原則、何かを引く、を最大限応用したものだと思う。人間性を引いてしまって、犬にしてしまったんだからな。相当危険な禁忌であると同時に、たとえば今俺が単身で発動できるような簡単なものではないはずだ」
「人間性を引くって言ってもよ、ダンチョーは人間じみているけどな」
「私の推測だが、不完全なかかり具合か、あるいは盗士団長ともなると、そもそも完全には効かないか、というところだろう」
後者じゃねぇか? 人間のままだったら、レンジャーより強いんじゃねぇか? とアヌボットが合いの手を打つ。
「まぁ、あらかたチャンクのせん滅が完了した、だから危険な盗士団長は排除しよう、ということで、二人とも動物にしてしまった、って考えれば、納得はできるな」
腕を組んで天井を見上げたミラウに、パディントンが尋ねた。
「なんで、そんな魔法を開発したんだ?」
「研究所の魔法は、ぜんぶ平和のためだよ。
設立当初から、国民全員が心穏やかに過ごせる国造りを願ったらしい。理想論ではあるがな。だからドドラデニメも、その魔法の試作の一つだろうな。
でも、戦意を削る、消滅させる、っていう魔法が開発されたことで一区切りがついているのに、そんな危険な魔法を試作して、そして今も続けているっていうのは、ちょっと首肯できないな」
そう言うと、アヌボットの肩に手を置いて、少しだが、彼の戦意を引いて、パディントンに魔法を実演してみた。
クタリと、薄い紙が垂れるように椅子の背もたれに後ろ向きに伸びてしまったアヌボットをみて、これは静かでいいな、とパディントンは笑った。後で怒られますよ、とレンジャーも笑った。
そして突然、ミラウはサングラスを外して、腕を組んで食堂の中をうろうろ歩き始めた。
「ひとつの推測が生まれる」
人差し指をピンと立てた彼は、ピタリと止まって三人を見渡した。アヌボットも、やっと元に戻ったようだ。
「チャンクなんていうのは、もう何代にも渡って混血になっている以上、普段は見分けがつかなくなって、バンガーズ山脈より東側にも、きっと何人もいる。子供に真実を伝えなければ、無自覚のまま過ごせるしな」
「急にどうしたの、ミラウさん」
「逆に、だ。代々伝えられている集団がいるとしたら。そしてそれが、魔法研究所だとしたら。チャンクの血が入った人間たちの、ジリオたちへの復讐として造られたとしたら」
「論理が飛躍しすぎている、ミラウ」
自分が正しいと思えば、話に拍車がかかるのは彼の癖だ。パディントンは慌ててミラウをなだめて、心当たりはあるのか、と確認した。
「ドドラデニメがこうして誰かに伝わっている。封印されていない。
こんな、軍事転用ができる魔法の開発を一向にやめなかったのは? 結論は一つ。ドドラデニメを、トラディー中で発動させるつもりだ」
「論理が鳥よりも飛んじまったぜ、ミラウ」
「研究所に戻らないといけない。真実を知らなければ。
そうすれば、ダンチョーのことも、賢の団長のことも分かるはずだ」
椅子に深く腰掛けたミラウを見て、アヌボットは膝を叩いて立ち上がった。
「まぁ、これで決まりだ。
この島には、チャンクの混血がいる。本人が無自覚だったとしても、ちょっと南に行けば、目が緑に戻って、偽団員に狙われちまう。あまりにたちが悪いぜ。
その盗士団長をぶっとばす。それでいいだろ」
おう! とミラウと拳をぶつけ合うアヌボットを見て、レンジャーはたしなめた。
「師団長と真っ向から対立するんです?
どっちにしても、ぼくとパディさんの軍だけじゃ、残りの中央の四団長に団結されたら面倒ですよ。アヌボットさん、ミラウさんの軍も集結して、四対四になって、やっと勝算を考える段階になる」
「そうは言うけどよぉ!」
「ぼくが先にトラディーで、お二人の軍を解放してきますよ。そのタイミングで乗り込んできてください」
サラリと言い放ったレンジャーは、調理場にいる隊員に声をかけて、ソードを一本手に取った。
「監視は相当なはずだぜ。いい加減、借り物だとか、適当な武器はやめておけよ」
「はい。今回は家に寄って、ちょっと取ってきますよ」
「だとしても、さすがにまかせきれねぇよ。俺らの軍隊だ。俺らも責任もって行く」
「軍隊を率いてない団長が守れるのは、サーヤちゃんくらいでしょ。
サーヤちゃんを守り通すのは、あなたたちですよ」
レンジャーはマントをひらりとまとって、パディントンに確認を取った。
「二日後、お二人の軍隊を解放します。それを前提に、作戦をよろしくお願いしますね」
「もう軍隊が殺されていたらどうする?」
「そこまで人材豊富じゃありませんから、そんなもったいないことはしないでしょう」
「私は、その可能性も視野にいれないと動けないからな」
師団長の思い切りのなさを信じていますよ、とレンジャーはそのまま食堂を出た。
◆
「たいしたことないよ、打撲だ。骨にもとくに異常はなさそうだ」
「確実に折れていたと思うんですけど」
「いやいや、折れた後もないよ」
魔法のおかげなのか、わたしの治癒力なのか、あるいは本当に折れていなかったのかは分からないけれど、骨に異常がないことが分かった。
固定具を外すと、まだ少し痛みはあるものの、物を握れないほどじゃなかった。これなら、十分戦える。
仕立屋に向かおうと通りに出ると、狭い路地から、また別の若い集団に声をかけられた。
「あれ、変わったマントじゃん。首筋がキレイだなぁ」
この町のナンパの頻度はどうかしている。警戒もしないといけないけど、でも、やっぱり悪い気はしない。
「ねぇねぇ、あっちの広場でさ、百年祭を祝ったダンスやっているんだ。見に来てよ」
そう言って腕をつかもうと彼が手を伸ばしてきたとき、その手が、いや彼ごと狭い路地の遠く向こうへ吹っ飛んでいった。
「どうしたの、アヌボット!」
「いや、その、あいつはきっと師団長の部下だ!」
「え、ホント?」
熱弁するアヌボットの後ろで、ミラウがわたしの方をじっと見ている。
「もう少しスマートにできないものかな」
「どうしたの、ミラウ?」
「いや、会議が終わったから来ただけさ。盗士団長をぶっとばさないとな、ってな」
「うん!」
どんな会議をしていたのかは分からないけれど、わたしの希望が叶う結論が出たようだ。少しワガママだった気はするけど、こうして採用されるのは良い気分だ。
そのとき、パディントンが通りの向こうからスタスタと早歩きでやってきた。その表情から、あまり良い報告じゃないのは確かだ。
「トラディーに斥候に行かせていた隊員が戻ってきた。時間がないぞ。
中央じゃ、私たち四団長がトラディーに攻めてくるって噂になっている」
「その通りじゃないか!」
「王女を擁立して、クーデターを起こしに来る、ってな」
「あれ、その通りだったか?」
パディントンは、アヌボットとミラウの肩にそれぞれ手を置いた。
「そんなことはしない。だが、カラマリで王妃や王女を守っているレンジャー隊に襲撃が入る可能性が高い。中央はカラマリの位置を把握していないだろうが、だからといって、攻めてこないと踏んで放置したまま事を進めるわけにはいかない。
私はカラマリへ向かう」
「ちょっと待てよ! 城内で解放される俺たちの軍と、城外から攻めるパディントン軍で挟み撃ちっていう作戦はどうなるんだ!」
「無事かどうか確定していないお前たちの軍を前提には動けない。何より、王女を師団長にとられると厄介だ。
王女が師団長側の手中にある状態で私たちが起こす行動は、すべて謀反だ」
そう言うと、山を越えた先に馬くらいは用意しておくから、後はなんとか考えてくれ、二団長。いや、盗士団長含めて三団長、とパディントンは行ってしまった。
「マジかよ! 単身で突っ込めってか!」
アヌボットは頭をボリボリと掻いて、それでも足らずに、バンダナを外して長い金色の髪を掻きむしった。
「これでパディントンは一抜けだ。王妃、王女の警護を続ければ、いざというときいくらでも言い訳が立つ」
ミラウもそう嘆いた。二人はすごく落胆しているけど、わたしはそうでもなかった。
「サーヤ、どうしてそんな顔をしている? これは結構な絶望だぜ」
「ねぇ、アヌボット、ミラウ、聞いて。
わたしたちが今からトラディーに向かうことって、それ自体がすごいことじゃない? 師団長が望んでいることでも、王様が望んでいることでもないでしょう。
世界が壊れそう」
自然と口角が上がって、その場でピョンとバク転をしてしまった。
今、いったいどんなピンチなのかは分からないけれど、わたしや、父さんのためにも、盗士団長をやっつける、そんな目標のために団長も動いてくれるんだ、ということがとても嬉しかった。
「そりゃ、歴史は大きく変わるだろうけどな」
「俺はやるぜ、アヌボット」
「命が惜しくないのかよ」
「危険になったら、俺も抜けるよ」
そう笑うミラウは、本気じゃなさそうだった。ミラウも、なにか、この戦いに使命のようなものがあるのだろうか。
「俺だけかよ、冷静なのは。なぁ、ダンチョー。お前はいつでも俺のダチだよなぁ」
そう声をかけられたダンチョーは、わたしのすねに寄り添っている。
「あー、分かった、分かった。じゃあ、この四人で、世界をぶっ壊そうぜ。
それがお望みなんだろう、お嬢様」
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