第十五章 殺神決戦

 もしかしたら、あと一晩あれば、状況を飲み込めていたかもしれない。でも、あまりにも短期間に情報を詰め込まれすぎた。


 交渉か、交戦か。いや、戦闘になるとしたら、近接戦でしか勝ち目がないのだから、どちらにせよ、接近しておくに越したことはない。


 そうと決まれば。わたしの脳も、体も、段々と好戦的になっていた。


 向かい合って話すクイズランドが、あと三歩近づいてくれば、左頬に右ストレートをぶちこめる。その距離までは近づいておきたい。


「それで、わたしの目が、チャンクだって言うのね。

 急に言われても、信じられないけどね。ブルーの目、気に入っていたからさ」


 来い、すぐ正面まで来い、この目に指を伸ばしてこい。


「確実なのは祖先の名前だな。じいさんか、ばあさんの名前を言ってみな。

 初めの三十人の名前は、しっかり覚えているんだ」

「もし、あたしが、その、チャンクだったら?」

「仲間だよ!」


 クイズランドは、ついにとても嬉しそうに言い放った。やはり、仲間意識からくる好意だったようだ。


「ムカついただろう、今の話。中央のやつらに復讐しよう! 復讐、復讐、復讐!」


 何度も腕を振って、復讐! 叫んだ彼女は、周りが見えていなさそうだ。そのまま、あと三歩こっちに来い! と祈ったけど、前には進んでこなかった。


 その上、ふう、と少し息を吐いて、興奮を抑えようとしているように見えた。あぁ、あと少しだったのに。


 いや、ちょっと待て。よく思い出して。パディントンは、既にダンチョーと交戦して手負いの状態だった。ウロンゴロンも負傷している状態だった。その上で、不意をついた一撃をくらわせて、やっと勝利した、という具合だった。


 彼女はどうだろうか。今、完全に隙をついて一発入ったとして、それで押し切れるとは思えない。そこで本気になった彼女、いや殺神に、勝ち目はあるだろうか。全くない。


 少しだけ、握った右手の緊張を解いた。いまクイズランドは、中央への復讐で頭がいっぱいだ。この怒りの矛先を利用すれば、協力できるのではないか。


 師団長も、王様も、十人の団長の誰が仲間で誰が敵になるか、という計算ばかりしているだろう。


 そこに、ジョーカーのように殺神が入れば、必ず計算が狂う。まだ具体的な方法は思いついていないけど、クイズランドというカードを持てば、こちらは絶対に有利になる。


「ねぇ。クイズランド。

 チャンクでなくていいなら、同じように、今の中央体制を快く思っていない団長たちを知っている。なんとか、協力できないかな」


 アヌボットとミラウの名前を出そう。彼女を信用しきるのは怖いけど、利害が一致するのは心強いし、それに団長二人と、殺神が揃えば、これが、中央へ対抗する一番の方法だ。


「それじゃ、意味がない」


 クイズランドの返答には、幾分か怒気が含まれているように聞こえた。


「チャンクの血以外、信用ならない。血には特性があるんだ。

 チャンク以外は、みんな、絶対嘘をつく。裏切る」


 トクン、と胸が痛んだ。


「そういう性格なんだ。ジリオの血には刻まれているんだ。裏切り者の、な」


 トクン、トクン。少しずつ血液が全身をかけめぐる。血液と共に、熱が全身に闘志を運ぶ。右手が火照った。燃えるようにたぎった。


 ◆


 サーヤはクイズランドのことを見えなくなった。目の前に黒い垂れ幕を用意されたように。そして、この一か月の出来事がリプレイされた。


「なぁ、辞退してくれよ。分かっているだろ、わざわざ言わなくても。女が採用されるわけがないってことくらい」

「おい、女! 記念受験の試験が終わって、のんきに観光か? 違うよな!

 次は旦那探しだろ!」

「看病もしろ。女だろ」

「体力がないから、女は、軍になんていらないんだよ」

「軍に入りたかったか? 生まれた時から決まっていたんだよ」


 上映は終わって、垂れ幕がサーっと上がったような気持ちになった。


 サーヤの翡翠の目が、座った。ゼロ距離肉弾戦の開幕だ。


 ◆


「さて、話が脱線したな。それで、きみのじいさんの名前は?」

「言わない」


 クイズランドの眉が傾いた。不快な表情へ遷移していく。


 警戒をさせるのは、ナンセンスだ。不意をつくしか、わたしに勝ち目はない。でも、さっきの彼女の言い方で、わたしはもう、迎え撃つのを待てるほど冷静じゃなくなっていた。


「バカげている」

「そりゃあ、一人、二人で殲滅なんて、勝算は低いさ、でもね」

「違う」


 動かない左手の分、右手に腕二本分の血が、熱が、闘志が、怒気が集まった。


「血に、性格が刻まれている? チャンクはみんな優しくて、それ以外は、みんな、性格が歪んでいる?」


 怒りで、ドン、と自分で一歩を踏み出していた。


「バッカじゃないの?

 結局、その昔の、ジリオって人たちと同じじゃない。決めつけて、それも、絶対変えられない特性のせいにして」


 もう一歩、進んだ。


「あなたの語った歴史がぜんぶ本当なら。

 昔の、そのジリオたちが一番悪い。復讐自体も、わたしは否定しない。でも」


 あと一歩、進んだ。目的だった三歩以内に、自分の意志で入った。


「あなたの、その、目の前の人を見ない、人種だけを見る考え方は、否定する」


 最後に一歩、進んだ。射程圏内だ。


「わたしはチャンクがどうとか、関係ない。

 わたしはベル・サーヤ」


 勢いで、射程圏内より、もう一歩懐に入った。


「あなたが、嫌い」


 肩甲骨から大きく反動をつけて、体をねじって、クイズランドの顎に向かって、今出せる力のすべてを込めて、右アッパーを繰り出した。。


「結局、同族のよしみで、こんなにゆっくり殴ってるじゃないか。体は正直だよ、サーヤ」


 彼女は右手でパシッと簡単に受けて、顎の手前で止められた。止められた気がする。でも、もう、ほとんど覚えていない。


 ガードなんて知るか。邪魔するやつは全部壊してやる。


「この、馬鹿力! なんだ、この! ホリー、シッツ!」


 今出せる力をすべて込めた右のこぶしは、彼女の右手もろとも、彼女の顎を砕くためだけに空に向かって飛び出した。


 クイズランドは、空に向かって血を噴き出した。殺神の、人間じみた肌の柔らかさ、顎の骨の硬さが、右手に伝わった。


 あと一瞬あれば、蹴りをもう一発ぶち込めていたはずだった。


 でもその一瞬より一瞬早く、わたしの腹にクイズランドのつま先が入った。前に突っ伏しそうになる。


 視界の端で、金属が反射した光が見えた。その瞬間、ダンチョーが目の前に飛び上がった。クイズランドがナイフを何本も投げつけてきていたのを、ダンチョーがくわえたナイフで弾き飛ばしてくれたのだ。


 この前屈みの体勢は危険だ、とすぐに見上げたけど、既にクイズランドは目の前で弓を構えて見下ろしていた。


「白犬。一歩も動くなよ」


 この間合いで弓矢というのは考えられないが、その威圧感に圧倒された。


 彼女は矢を射ることはなく、一歩ずつ間合いを詰めてきた。わたしも、その歩みに合わせて後退するしかなかった。殺されるだろう。殺されるのだとしたら、まだ言い足りないことがある。


「利害とか、ルーツとか関係なく、優しくなれる人だって、たくさんいるんだから」


 彼女の表情は変わらない。じり、じりと後退させられる。


「どんな生まれか、なんてそんなことで、裏切り者だなんてレッテルを貼らないで」


 何歩も後退した。


「考えることを、放棄しているだけだよ。チャンク以外は敵、だなんて」


 もはや早足に、駆けるように後退した。


「息が合えば、みんな、仲間でしょ」


 にじみ寄ってくるクイズランドの前進が終わった。


 もうわたしの踵の十センチ後ろが、屋上の縁だったからだ。柵なんて当然ない。ただでさえ高さがあるのに、あんな険しい岩場に落とされれば、絶対に死ぬ。


 もしかして、塔の反対側にいた無数の死体は、ここから突き落とされたのだろうか。クイズランド一人に?


「気が変わったよ、お前も殺す」


 大量殺人鬼、という事実をつきつけられた直後、その張本人から殺害予告をされてしまった。


 こめかみのあたりが寒くなった。目前十センチ先に矢先があるこの現状は、どう考えても逆転できない。


 ダンチョーはまだ動かない。勝機がない、という証拠だ。勝てる算段がつけば動いてくれるだろうけど、でもそれは、一番のチャンスは、わたしが撃たれたその瞬間だろう。


 言いたいことは全部言った、あとは死ぬだけだ、という満足感が、わたしをやっと冷静にさせた。


 周りのことがよく見える。高度があって、薄くなった乾いた冷たい空気。ボロボロでつまずいてしまいそうな床の石。地平線と平行に真横に伸びる一筋の白い雲。中央からもどの町からも遠く離れて、無音と化したチャンク城。


 よく見える、よく聞こえる。


 よく、聞こえる? 何、この音は?


 そうか、クイズランドは、あまりに熱くなりすぎている。わたしと、ダンチョーにだけ気を張りすぎている。少し、周りが見えなく、いや聞こえなくなっている。


 でも、わたしは知っている。こうやって、自分だけで物事を考えてしまうと、どうしても孤独になる。選択肢もなくなる。


 でも、ちゃんと見渡せば、きっと同じ方向を向く仲間がいる。一人増えれば、さらにもう一人増えれば、できること、やれることは無数に広がっていく。


「これまでのことを振り返ってみろ!

 これまで、どれだけの人間に傷つくことをされた? 言われた? 裏切られてきた?」

「ごめんなさい。わたしは、助けられてばっかりだから」


 ◆


 何か、音が聞こえる。音だけではない、殺気だ。


 クイズランドはサーヤから視線を外した。


 しまった、とすぐに周囲に気を張ったが、あまりにサーヤに集中しすぎていた。彼女はすぐに集中した。何の音だ。何かが来る。目の前のサーヤではない、犬でもない。どこだ、どこからだ。素早く視線を動かしたが、すでに遅かった。その音は、床の下からだった。


「アヌボット!」

「イエッサァァァー!」


 屋上の端まで追いつめていたサーヤが叫ぶと、その呼びかけに応えるように、サーヤの向こう側から、アヌボットが柳葉刀・アヌボット四千を構えて、勢いよく飛び上がってきた。


 誰だ、どこから来た、といった疑問は今は邪魔だ、とクイズランドは即判断した。目前の大男は敵だ、と判別がつけば、それで十分だった。


 矢の照準を一瞬でアヌボットに切り替えて放ったが、振り下ろされるアヌボット四千に弾かれた。レンジャーに磨かれた柳葉刀の性能は格段に上がっていた。


 チ、と、クイズランドが次に聞いた音は、金属が弾かれる音だった。目前のサーヤが抜刀していたのだ。


「ホリー、シッツ!」


 思考は邪魔だ、ガムシャラに動くしかない、とクイズランドは、本能で動いた。


 彼女は弓を手放すと、左手で高速で懐刀を抜き、サーヤのソードを受けた。そして右手をサーヤの腰に回してナイフを抜いた。二の太刀を放つ寸前だったアヌボットはそれを見て、サーヤの護衛の動きにまわらざるを得なかった。


 両手に短刀をもったまま、一旦間合いをとるため、ほんの少し後ろにステップした。しかし、そこにはダンチョーが飛び込んできていた。形勢逆転を察したのだろう。


 なんとか回し蹴りでぶっ飛ばしてかわしたとはいえ、空中で体勢を整えるダンチョーを見て、クイズランドは、これはただの犬ではない、と、集中するべき相手が増えたことに、一瞬だけ絶望した。


「アヌボット四千!」


 叫んだアヌボットは、柳葉刀を両手で思い切り振り下ろしてきていた。切りかかられたという事実が、彼女を絶望から引きずり出して、また戦士としての本能を呼び起こした。


 両手の短刀をクロスさせて、アヌボットの斬撃をなんとか顔の前で受け止めた。


 だが、そこで今度はミラウがはしごから上ってきた。


「殺神調査任務を受けたミラウだ。よろしく。それから、燃えろ!」


 空気中からチリや埃を引いて、酸素と水素を勢いよくぶつけてむりやり結合させる、という上級魔法で、ミラウはクイズランドに向かって一直線に炎を飛ばした。


 彼女からミラウの指先まで導火線が伸びているかのように、細長い炎が襲い掛かろうとしていた。


 アヌボットに両手を塞がれた状態で、サーヤもソードを再度構えていた。ダンチョーもクイズランドの死角からタックルを繰り出す直前だった。


 クイズランドは、さっとすべての武器を放り捨てて、大きく横に飛びのいて、そのすべての攻撃をかわしきった。その上で、さっと両手を挙げた。


「負けだ、負けだ。確実に死ぬ。お前ら相手に死にたくはない」


 全員、ぽかんと少し口をあけた。沸騰するかのように一瞬で動き出した戦闘は、同じく一瞬で冷め切った。


 五秒、いや、十秒ほど沈黙がつづいた。初めにやっと口を開いたのはサーヤだった。


「ほんと都合がいい人。自分は暗殺みたいなことばっかりしておいて」

「おい、サーヤ、こいつを今から殺すから後ろ向いていろよ」

「俺も、今なら何の魔法でもできる気がするな」

「待って、二人とも! ちょっと、ちょっとだけ待って」


 クイズランドの発言には許せない部分はあったものの、こうして冷静になれば、師団長、王との抗争への対抗として、クイズランドという一手は非常に大きい、とサーヤは改めて思った。


 一方でアヌボットとミラウは、サーヤを危険に陥れていた殺神のことを、怒りのあまり瞬く間に殺してしまいそうだった。


「お願い、二人とも、少しだけ待って。ねぇ、クイズランド。事情をあなたから話して」

「ミラウ、こいつの戦意削げるか」

「やってみるか」


 ミラウにより、クイズランドは一時的に戦意を削がれた。同時に、サーヤの左腕を見て、痛みを取ろう、と治癒を試みた。だが、骨が折れているようで、完全には治せなかった。


 あくまで魔法は引くもの、新たに足すようなことはできない、という言葉をサーヤは思い出した。


 そうしている間にも、クイズランドは、このチャンク城の歴史を語っていた。


「皮肉だな、王も。この国のために、と開拓を進めたら、結果的に殺人鬼を生み出すきっかけになったんだから」

「なぁ、お前たち。アヌボットとミラウ、とか言ったか。あんたらは、中央の軍で、めっぽう偉い立場なんだろう」

「そうだ。悪いな、俺たちも、あんたの恨みや復讐の対象なんだろう?」

「まぁ、それはそうなんだが。

 いや、お前たちが、ジリオの血が入った王のことを悪く言うんだな、ってな」


 クイズランドは顔をポリと掻いた。目の下のクマが、少し、薄くなったような気がした。


「おい、サーヤ。こいつを仲間にするとか考えているのか。悪いことは言わねぇ、殺しておく方がいい」

「ちょっとすぐは決めきれないから、殺すとかどうっていうのは」

「今更ためらうなよ」

「でも」


 サーヤは、ウロンゴロンを殺しきれなかったことを二人に話した。ウロンゴロンと交戦したことに二人は驚き、そのウロンゴロン軍を壊滅させたのはわたしだ、とクイズランドが告白したことに、やっぱりか、とサーヤも震えた。


「あのな、サーヤ。この先、一番大事なことを教えるぞ。

 迷わずに人を殺せることなんてない。どれだけ力量差があっても、勢いで一瞬でやっちまうしかない。

 そのタイミング以外だったら、誰だってためらっちまうよ。特にこうやって、もう決着はついたからいいか、って一息ついちまうとな。

 でもな。一瞬でも殺すかどうか悩んだ相手は、ぶっ殺しておく方がいいんだぜ」

「いいね。アヌボット、って言ったか。それは同意するよ」

「ありがとよ、殺しのプロ」


 好戦的な二人の気が合っているのを見て、サーヤは、今がチャンスだ、と思った。


「クイズランド。せめて、わたしたちはあなたの敵じゃないっていうのだけ分かってくれない?」

「だから、簡単に折り合いがつく話じゃないんだよ」

「うん。分かっている。仲間になって、とまでは言わない。でも、敵じゃない人もいる、って思ってくれたら、それでいいから」


 彼女は、また顔をポリポリと掻いた。


「無理な話だ」


 そう言い放ったクイズランドだったが、すぐに、でも、と続けた。


「でも、こうして生かされたんだからな。一回くらい、きみを助けよう。

 言っただろう? きみの目はもう、翡翠の色をしている。島中にいる暗殺集団は、次にきみを見つけたとき、必ず殺すだろう。そして、きみの両親も探し出して、殺すだろう」


 確かにそうだ、とサーヤは目を丸くした。わたしが生き残りだとバレれば、父さんや母さんだけじゃない、親戚まで狙われる! と。


「それを防ぐ方法が、一つだけある。親玉を叩けばいいんだ」

「親玉って? あ、盗士の親玉、ってことは」


 盗士団長。


 サーヤたち三人は、一斉にダンチョーを見た。ダンチョーは、さっき蹴とばされたお腹をぺろぺろとなめていた。


「賢の団長、の方か。生きているのか」

「その単語は知らないが。父から噂を聞いている。過去最強、まぁ最悪な奴らしい。

 そして、これは噂じゃない。

 その親玉は、今なお、あのトラディーの城にいる」


 最後の敵が誰か、そしてどこにいるのか、それがはっきりしたようだ。


「きみがこの島で、その目で生きていくのだとしたら、必ずそいつを倒さないといけない。

 同行はできないけど、わたしもきっと、きみを助けると約束しよう」

「なぁ、殺神さんよぉ。それだけ復讐するっていうなら、なんでその親玉の命を狙わないんだ?」

「簡単さ。そんな奴と交戦したら、なんの復讐も成す前に死ぬからだ。わたしがしたいのは復讐さ。エゴでやり合って、死んでも満足できる、なんてことはないよ」


 突然のリアリスト発言に、三人はまた言葉をのんだ。


 ◆


「サーヤ。一回、グラウンドタウンに戻ろう。まだレンジャーは療養しているはずだ」


 チャンク城を後にして、久しぶりに、三人とダンチョーで歩き始めた。歩き始めてすぐ、そう提案したのはミラウだ。


 わたしたちが古城を出て、チャンクに向かったころ、アヌボットとミラウはカラマリに到着した。そして馬を借りて山脈に急いで、グラウンドタウンに入ったところで、先行して町に入っていたパディントン隊に接触した。


 サーヤさんはチャンクに向かいましたよ、と、わたしの希望通りの伝言が伝わって、また二人は馬を借りて全力で飛ばしてきたのだそうだ。


 王妃や王女よりも、わたしを優先したことには、理解しがたいところはあるけれど、でも、なんだかわたしも王女かお姫様になった気分だな。


「パディントンも、そろそろグラウンドタウンに入ったころだろう。そうすれば、レンジャーに、俺たち二人を足して、団長は四人になる。師団長と十分戦える」

「ダンチョーもいるぜ。五人だ。それに団長を倒したサーヤお嬢様もいるぜ」


 アヌボットは、拳と拳を胸の前で叩き合わせたが、ミラウがすぐに、


「いや、もうサーヤは戦わなくていい。人質解放は、俺らの画策ってことでなんとか話をつける。

 サーヤは、カラマリでも、グラウンドタウンでも、どっちでもいい。ほとぼりが冷めるまで、ゆっくりしたらいい」

「まぁ、そうか。目的は果たしたんだもんな」

「ううん、わたしも行くよ」


 二人は、少しだけ勘違いをしているようだ。


「わたしの目的は、封筒を渡すことでも、人質の解放でもない。隊員になって、お金をいっぱい稼いで、父さんと母さんを楽にさせてあげること。

 それを叶えてあげるって仰ってくれた王様を守り通さないといけない」

「そうか! じゃあ一緒にメルボネをぶっとばそうぜ!」

「って、思っていたけど」


 んん、と咳ばらいをした。


「この島の全貌も知らないまま、地図をつくろう、島中に統治を進めよう、って簡単に考えている王様にまかせても、きっと上手くいかない」

「おいおい。メルボネなんか逆に、トラディーさえ守れればいいって考えだぜ」

「うん。だからまず、師団長は排除しないといけないのは分かる。その上で王様には、改革は独断させない。

 わたしも、この島中を見てきた。学んだ。戦った。まだ考えはまとまっていないけど、わたしも、この国の改革に、ちょっとくらい口をだす権利をもらおうと思う」


 おお、とミラウが漏らすと、アヌボットは口笛を鳴らした。


「強くなったなぁ、お嬢様! よし、分かった。

 俺も軍を奪われちまったんだ。代わりじゃないけどよ、サーヤは絶対に守り通すぜ」

「俺もだ、なんて言ったら、恰好つかないな。

 サーヤ、こいつはバカだから、絶対に先に先に行ってしまって、遠くで戦って楽しんでいるぞ」

「そりゃ、仕方ないだろ! ダンチョー、そばを守るのはお前だぜ」


 アン! と吠えたダンチョーは、足元をグルグルと駆け回った。


 心強い二人の言葉を聞きながら歩いていると、クイズランドの話を少し思い出した。


「ねぇ」


 目を合わすのは少し恥ずかしくて、うつむいたまま、口にした。


「クイズランドの、血の話、どう思う? あぁは言ったけど、でも、実際にわたしはこの目になったから、この目に生まれたから、これから先の行程で人よりも危険にさらされる。

 生まれがどうだからってうるさい! って言ったけど、やっぱり、女っていうのも含めて、わたしはずっと損するのかな。

 そういうのは、確かにムカつくよね」


 アヌボットとミラウは顔を見合わせた。生まれながらの特性へ疑問を投げかける、ということは、もしかしたら二人の思考のキャパシティを優に超える問題なのかもしれない。


「ごめん、こんなときに聞くものじゃないよね」


 でも、これだけ、と続けた。


「あたしは、この旅が終わって、中央の政治が変わったら、そうしたら、えっと」


 あ、なんだ、そういうことか! と手をたたいたアヌボットは、大丈夫だって、と言った。


「男だ女だ、生まれがなんだ、なんて、気にしない国がいいよな」


 五秒くらい、何も言えなかった。わたしの目は潤んでいたと思う。すぐ横を歩くアヌボットを見上げながら、ん、とだけ頷いた。

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