チャンクへ、殺神に会いに

第十二章 古城は二つある

 吐いた息が白く濁んだ。足元の悪い岩場を一歩進むごとに、乾いた冷たい空気が気持ちを萎えさせる。この島で最も寒い場所に近づいている実感がする。


 プレインコーストを離れて、この島の初めの首都・チャンクへ向かうため、南へ進路をとっている。ついに草木はまばらになってきた。砂よりも岩石が目立ち、歩きづらい。わたしがはへはへ息を切らしながら進む中、ダンチョーはピョンピョンと岩から岩へ飛び跳ねて進んでいる。


 偽団員とは比べ物にならない強敵、殺神が住む場所、チャンク城。


 そんな場所へ、アヌボットとミラウがいない中進むわたしは、不用心だと思う。行くにしても、二人と合流してから来るべきだろう。


 アヌボット、ミラウたちは今ごろ、二人をつれてカラマリについているだろう。わたしもそのつもりだったから、二人がこれからどうするのか気がかりだ。もう一度合流してくれるだろうか。


 いや、今頃二人は、王妃と王女の保護に精一杯だろう。世継ぎという、この島の行く末を決める大事なピースを手に入れたのだから、その先の政治に必死にならないとダメだ。二人の頭脳は心配だけど、政治は、団長たちにまかせてしまおう。


 わたしとしても、この旅に一区切りはついた。


 だから、この寄り道は、突然色が変わった目の秘密を知るための、余分な寄り道だ。殺神は怖いけど、ダンチョーがいれば、まだなんとかなるはずだ。


 でも、やっぱり二人とは合流したくて。


 もし二人が、王女よりもこの島の政治よりも、わたしを助けることを選んだときのことをちょっぴり期待して、プレインコーストに二人がすぐ現れたときには、わたしは南に向かったと伝えて欲しい、とパディントンにお願いした。


「いくらなんでも団長だ。そんな愚行はとらないと思うがね。

 まぁ、カラマリで会えば、きみについては話しておくよ」


 すっかり優しくなったパディントンたちは、一斉に船でカラマリで戻るか、いったんグラウンドタウンで体制を整えるか、まだ決めかねているようだった。


 願わくば、パディントン軍の誰かが、アヌボットかミラウと接触して欲しいものだ。

 

 ◆


 一方、中央でも、殺神が原因で大きな動きが起きている。


 振り返れば、事態が大きく動き出したのは、八一砂漠でのアデライト死亡の一報からだった。味方陣営の団長の死亡は、当時のメルボネに相当なダメージを与えた。


 それでも、メルボネにとっての唯一の幸運は、すぐにレンジャーが戻ってきたことだった。一つ任務を頼むと、ついで、と称して寄り道ばかりするレンジャーであったが、予定通りに帰ってきたのだった。


「アヌボットが謀反だ。パディントンに伝えろ。殺神が盗士団長だったら、だと? 変なことを言うな。なんでもいい、行ってきてくれ」


 そうして向かわせたものの、今度は一向に帰ってこない。グラウンドタウン近郊の平原でアヌボットと一戦を交えて、満足した彼は、まだグラウンドタウンでのんびりとしている。


 メルボネにはもう一つの懸念があった。殺神騒ぎだった。便利な遊軍のアデライトがいなくなったことで、事態は深刻になっていた。


「ジョルド、どうする。いっそお前が討伐してしまう方が早いと思うが」

「あまりに正体がつかめませんからね。五十人もいればいいでしょう。ウロンゴロンかピースにやらせましょう」


 ここでカンガロとキャンビーの名前が出ないあたり、やはりジョルドにとってはかわいい部下なのだろう。団長同士で上下関係ができるのを好ましく思わないメルボネであったが、ジョルドに従うことにした。


 そうなると、ピースでは力不足だと考えて、ウロンゴロン軍に命令を下した。


 ウロンゴロンとしては、アヌボット左遷の話が出たときに、ラムシティ開拓の後釜におさまり、おいしいところを奪おうと考えていた。そんなところに、アデライトの討伐失敗の報が入ったので、嫌な役目がまわってきそうだな、という予感はしていた。


 団長任務の中で、はずれくじにあたるのが、島中に派遣される遊軍扱いであった。


 配下の三隊をあますことなく使わされ、中央にもなかなか帰ることができない。家柄の低さから、レンジャーとアデライトがその役目を担わされていたものの、こうなるとピースか、あるいは自分が任命されるだろう、と、覚悟ではないが諦めていた。


 いざ命じられると相当不満ではあったものの、ウロンゴロンは三隊すべて、総勢百人で突入した。完全勝利をして、成り上がるつもりだった。


 ところで、ウロンゴロンの評判はなかなか悪い。


 武芸で、ということではない。逆にその面で言えば、レンジャー、アヌボット、ジョルドの三強には適わないものの、十人の団長の中では一目置かれていた。


 二メートルはある身長や分厚い胸板など、恵まれた体格を持った彼の一挙手一投足は力強く、隊長以下は彼の腕っぷしにあこがれてついていった。汗をすぐかいて、よく鎧をつけずに任務に出ていたほどだったが、それでもほとんどケガをすることなく帰還していた。


 ただ、とにかく自信家、野心家だった。それも、背伸びをして届くような野心ではなく、明らかに身分不相応なものだった。


 彼は師団長を目指していた。


 ジョルドが師団長を目指すために世襲制を撤廃できれば、そのチャンスを利用してしまおう、と、彼は割って入ろうとしていた。


 それでいて隊を指揮統率するのは苦手なのか、隊長以下みな彼を慕ってまとまっているにも関わらず、朝令暮改、様々な口出しをして、隊員が無駄な負傷をすることも何度かあった。


 そんなウロンゴロンであったが、メルボネからすれば、とくにかわいげもないが、実力はあるので、今回の任務にはうってつけだった。


 ◆


 息が上がり始めた。カラッと晴れてはいるものの肌寒く、なかなか身体が思うように動かない。


 ゴツゴツした岩を掴み、足を引っ掻けて、まるで岩をかき分けるように進んでいった。いくら岩をかきわけても、目の前にはすぐまた巨岩が現れるので、この先に本当に城、いや建物さえあるのかどうか疑わしい。ピョンピョンと跳ねて進むダンチョーがうらやましい。


 ダンチョーがピタリと止まって、ちょこんと座った。白い巨岩が削れ、屋根のようになっていた。わたしが追いついても立ち上がらずに、そのまま後ろ足で耳の裏のあたりをパタパタと掻き始めて、とても前進する意志が感じられなかった。


 あぁ、休憩か。


 わたしはダンチョーの横に座って、耳の裏に手を伸ばした。耳は顔に近いから、温度が高い。耳たぶを少しつまむと、こちらを振り向いて見上げてきた。こうして見ていれば、本当にただのワンちゃんだ。


「ねぇ、ダンチョー。あなたは、どこまでが任務なの? もう人質は解放できたよ」


 ダンチョーは、さぁね、とでも言いたげに、顎をうんと伸ばして、クーン、と伸びをした。


 ◆


 サーヤが岩場を進むその少し前、同じく南の岩場にて、ウロンゴロン軍は壊滅していた。


 岩場を前に、隊長三人で話し合っていた。このまま馬隊で突っ込むのは危険です、まず数人の斥候を行かせるべきです、と進言しようと決めたものの、では誰がそれをウロンゴロンに伝えるか、という話になると、全員が黙ってしまった。そしてウロンゴロンは、


「三人一組で進めば十分だ。斥候はいらない」


 という命令を下した。誰も拒否をする者はいなかった。


 そして、総勢百名の軍隊は、岩を掴むようにズンズンと進んだ。四十分も進むと、遠くに、高い塔のようなものが見えた。あれがチャンク城だろうか。


 岩場のため、各三人組との距離感が分からなかった。そのため、一人目の隊員が矢に撃ち抜かれてから、百人の隊員のうち三十人が殺されるまで、何分間の出来事だったのか、ウロンゴロンは知る由もなかった。


「岩場に隠れろ! 屋根のような場所を探せ!」


 ウロンゴロンは叫ぶように命令した。幸い、そのような岩はたくさんあった。


「隊長は三人とも無事か!」

「一人は、頭を射ぬかれました。団長、どうしますか」

「矢で殺傷できる射程範囲は百メートルだ。でもあの塔までは何メートルだ? 一キロはないだろうが、五百はあるだろう」

「しかし、あの塔から放たれています。それも、空に弧を描くような軌道ではありません。ほとんどまっすぐ、隊員たちに向かって放たれています」

「ありえないだろう? これが、殺神か?」


 乾いた空気に血の悪臭がただよい始めた。一撃でやられずに、肩を射ぬかれたのか、空中に腕が舞うこともあった。誰もが恐怖にのまれていた。


 ウロンゴロンは決断を迫られた。岩陰に身をかくしたこの場所から、おそらくいくらか退けば、さすがに射程外に出るだろう。一方で、すでに三割もの隊員が犠牲になっている。


「ケーラ、ビル。突っ込むぞ」


 呼ばれた隊長二人は、さすがに少しためらった。


「弓矢を使うやつなんて、接近した肉弾戦に持ち込めばなんとでもなる」

「とはいえ、まだ距離があります」

「これだけ岩陰がある。塔に入ればなんとかなる」

「中に何十人も敵がいるかもしれません」

「それなら、もっと複数撃ってくればいいだろう? なぜ一本ずつなんだ?」


 油断させているのかも、とは二人とも言わなかった。


 ウロンゴロン軍は、さらに三十人の犠牲を払って、四十人で塔に侵入した。ウロンゴロンもさすがに、これ以上隊員を減らすことは、自分の統率不足と取られそうだと思い、殺神に聞こえるように、塔の一階で大声で叫んだ。


「おい、殺神、いるんだろう。タイマン張ろうぜ。団長と戦うのは初めてだろう」


 ◆


 どれほど進んだだろうか。すでに三十分は進んだだろうが、地形のこともあり、城はまったく見えない。


 いや、プレインコーストが城の状態を維持して残っていたことが奇跡的なだけで、それより古い城なんて、既に建築物としての原型を残していない可能性がある。見逃した? ありえない話ではない。


 ずっと先行していたダンチョーは、さっきからわたしの横にぴったりついている。何か感じるところがあるのだろう。


「もしかして、殺神?」


 ダンチョーは少しわたしを見上げたが、少し困ったような顔をした。何かわからないけど、何かが起こりそう、というような漠然とした懸念なのだろうか。


 ダンチョーがピタリと止まった。唸り声もあげず、たてがみがほんの少し揺れるだけで、ぬいぐるみのように固まってしまった。わたしも、精一杯、音という音を消した。


 たしかに、人の気配がしなくもない。口から、おなかの中にたまっている空気をすべて、ゆっくり、音を立てないように吐いた。そして、すばやく、少しずつ鼻から吸った。冷たい空気の清涼感は少し痛いほどだ。


 一瞬感じたその気配が、パタリと消えた。かんづかれたのか。気配を消された。


 目だけを動かして、素早く前方百八十度を確認した。森林のような高い岩々に囲まれて、前方の様子はまったく分からない。


 血の臭いがする。近い。確実に誰かがいる。不安の対象が、お化けのようなものではなく、実在するものだ、という確証がわたしをほんの少し安心させる。


 血の臭いが少し強くなった瞬間、また気配を感じた。倒れこむ音だった。ダンチョーが先に駆けていった。わたしは慌ててついていった。ソードは抜刀した。


「犬か。なんだ。おお、なんだ、人か」


 目の前の大男は膝に手をついて、木の棒で岩をついていた。いや、棒ではない。槍だ。槍の剣先が切り落とされたようだ。何者かに襲撃されたあとだろう。


 見覚えがある男だ。トラディーで、給仕の手伝いをしたあの日。荷物を乱暴に取り上げたあの大男。


「ウロンゴロン様」

「おお、俺を知っているのか。旅人か? まぁ、当然か。団長だからな。この島で知らないやつはいないか」


 彼は棒をついて立ち上がった。


「いや、お前、本当に旅人か? ここは危険だろう。物好きにもほどがある。ソードも立派なものだしな」

「物好きです」

「その声、女か。マントをしていると分からないな。おいおい、なんだ、子どもじゃないか」


 彼が殺神なのだろうか。いや、あまりにもおかしな推測だ。殺神に襲撃されたと考えるほうがいい。団長単独で? 疑問がたくさんある。なんとか情報を引き出さないといけない。


「まぁ、お前の正体はこの際どうでもいい。このあたりの一番近い村はどこだ。見ての通り負傷した。左腕を切りつけられてな、やっと血が止まったところだ」

「転んだ、ということではないですよね」

「団長様に対してなんだその言い方は?」


 一瞬棒が浮いた。殴りつけられる、とソードを握る手を強めたが、すぐにその棒でまた地をついた。立つのが辛いほどなのだろう。どこか他の部位もやられている可能性がある。


「四の五の言わず、連れて行け。そこで看病もしろ。女だろ。そこまでしたら、今の無礼は許してやる」


 あまりに粗暴だ。同じ団長でも、パディントンとここまで違うのか。


「このあたりに、そんな村はありません。トラディーに戻る方がいいかと」

「ふざけるな! トラディーから一日かけてこの訳のわからない岩場についたんだ。また一日歩けというのか? あるだろ、このあたりに、何か! ふざけるな! わざわざトラディーと逆方向に歩いてきているんだ、ふざけるな!」

「だから、ありません。わたしも、トラディーに向かうところですから」


 そう答えて、この答えはすこし失敗したかな、と思った。トラディーまで介抱しながら連れていけ、と言われる可能性がある。たくさんの情報は得られるかもしれないが、この男のことは大嫌いだ。


「訳が分からん、話にならん。もういい、とりあえず、手当てをしろ。団長の負傷だぞ。なぜ言われるまで動かん?」


 中央の団長というだけで、この島中でそれが通じると思っている。この島の広さを、トラディーの狭さを、こいつは知らない。こんなやつが団長でいいのか。師団長は、何をしているのか。


 ソードを持つ握力が、二倍は強くなった。ギリギリ、と、柄に巻いてある布が軋む音がする。


 ◆


 チャンク城は建物としての外観を保っていないのでは、というサーヤの推測は一部当たっていた。


 チャンク城は、トラディー城やプレイン城のような外観ではない。かつてこの南の地にあった城は、プレインコースト以上の年月を経て風化、崩落を繰り返しており、またプレインとは比べ物にならない大寒波の影響も受けたことで、今や一本の塔しか残っていなかった。


 その塔についに進入したウロンゴロン軍の四十人は、ウロンゴロンの指示のもと、今度は四人一組になって塔内を調べ始めた。


 ウロンゴロンは、隊長のケーラを連れて、壁に沿うように造られた螺旋階段を駆け上がった。塔に入ってからは、まだ誰も襲撃を受けていなかった。いや、仮に一人二人襲撃されていても、すでに百人いた軍団の半数以上が犠牲となったことで、全員の感覚は麻痺しているので、何も感情は動かなくなっていたのかもしれない。


「団長、最上階です。隊員を呼びますか」

「俺たちだけで突っ込むぞ。言っただろ、肉弾戦に持ち込めば勝てる」


 大きな図体に似合わず、体力もあるウロンゴロンは、重い槍を構えながらも、ほとんど息を切らすことなく、最上階にあったドアを蹴破った。


 広い部屋だった。こんなスペースがこの塔にあったのか、と彼は目を丸くした。ここから塔下を見下ろして、襲撃していたのだろう。部屋の端には、大きな弓が立てかけられていて、また、二百、三百、いや千本近くの矢が何十もの樽に詰められていた。


 そんな広い部屋の真ん中に、こじんまりした影が一つたたずんでいる。


 目の前の殺神は、彼の想像したようなものではなかった。彼より一回り、いや二回りは小さく、顔は鼻から下をウールか何かの端切れのようなものですっぽりと隠している。


 目の下には深いくまがあるので目立たないが、目の色は翡翠のような澄んだ緑色であった。


 この塔内では殺人は起きていないのだろうか、と思わせるほど、血なまぐさいにおいは一切しなかった。古めかしい、倒壊しそうな外観とは裏腹に、ほこりっぽさもなく、清潔な空気だった。内装はさすがに暗かったが、空間自体は居心地は悪くなかった。


 しかし、その殺神を目の前にすると話は別だった。ウロンゴロンは、隊員を半数以上失い、正気を失っている。退却せずに前進したことからもわかる。


 もう少しだけ冷静になり、危機管理ができていれば、目の前で起きている、この島内で一番か二番の脅威に気づいて、もっとましな対応ができただろう。


「俺は団長、ウロンゴロンだ。名乗れ、って言っても、お前は名乗らないだろうな。

 正体が分からないやつをぶっ殺して、この首が殺神です、なんて師団長に差し出しても、信じてもらえるか不安だな」


 わたしが証言します、と、ケーラも抜刀しながら構えた。ウロンゴロンは、自分の身長よりも長い槍の剣先を、ズイと向けた。


「クイズランド」


 殺神は、そう言った。


「なんだ? それは? 名前か? まぁ、いい。それだけでも分かれば、いくらでも後で調べようがあるだろう。

 ところでよ、きれいな目だな。女なら、妻にしてやってもいいくらいだ」


 その言葉の、何かが癪に障ったのだろう。クイズランドと名乗った殺神は、ウロンゴロンの目前二センチのところまで飛んできて詰め寄り、いきなり彼を刺した。


 左腕に、短刀を柄まで深く刺されたウロンゴロンだったが、その後、腹のみぞおちを思い切り蹴飛ばされたその瞬間まで、刺されたことにさえ気付かなった。それほどシームレスな動きだった。


 その蹴りの重さに、ウロンゴロンは呼吸ができなくなった。肺が詰まったのか、吸った空気がすぐに吐き出されてしまう。息苦しく、うつむいてそのまま前に突っ伏しそうになったが、なんとか槍を前に払うようにして、クイズランドの迎撃に備えた。


 槍が軽くなった。


 いったいどうしたのか、と思うと、剣先をたたき切られたようだった。殺神の手には、先ほどの短刀が握られている。武器としての射程では圧倒的に分があるにもかかわらず、ウロンゴロンは押されていた。


 ひっ、と恐怖で顔が引きつった。その拍子に、やっと呼吸ができるようになった。


 クイズランドは、一歩ずつ近づきながら、小さな声で話し始めた。


「目が、キレイ? そう言ったな」

「言った。それがどうした。気を悪くすることなんてないだろ」

「あるんだよ。くそったれ、ホリー、シッツ」


 何かが飛んできた。ウロンゴロンは、長尺な槍にもかかわらず、器用にそれを払うように弾いた。カン、と甲高い音をたてて壁にたたきつけられたそれは、自分の槍の剣先だった。


 このあたりで、ウロンゴロンは察した。今の自分に勝てる相手ではない、と。レンジャーやジョルド、アヌボットでやっとなんとかなるレベルだ、と。


 しかし、アデライトもそうだったが、団長というのは意地っ張りな、強情な、見栄っ張りな人間が登用されるのか、ウロンゴロンもその例外ではなかった。


 左腕の出血は痛いが、腕が動かせないわけではない。蹴られた腹も、骨には異常はないだろう。ケーラが見ている。退くわけにはいかない。その視線のおかげで、体中に駆け巡る血の温度は沸騰しそうなほど熱い。


 ウロンゴロンはまだ戦意を失っていなかった。このタフさは、団長の中でもトップクラスかもしれない。


「ひとつ言ってやるよ、中央の軍人。お前たちの目は、汚い」


 そう言ったクイズランドは、少し姿勢を低くした。飛び込んでくる。ウロンゴロンは覚悟して身構えた。


「団長!」


 盾になるように、戻ってきた隊長、ビルがウロンゴロンの前に飛び込んできた。


「だれもいません。塔内は、そいつだけです!」


 ビルは抜刀したまま、叫び続けた。


「塔の外に潜んでいる様子もありません。こいつ一人です!」

「ビル! 俺たち二人だけで時間を稼ぐぞ! 団長、いったん退いてください!」

「お前、命令を!」

「全滅だけは避けないと! 隊員と一緒に、早く!」

「気合入れろ、ケーラ!」

「死ぬときは一緒だぜ、ビル」


 目の前でクイズランドの圧倒的な強さを見たケーラは、初めてウロンゴロンに対して進言をした。


 ウロンゴロンも、普段だったら、さらに気分によってはケーラを切っていた可能性もあったが、実際に絶望的な脅威を目の前にしていたので、隊長二人を部屋に残して、背を向けて部屋から飛び出した。


 隊員たちが階段を駆け上ってきた。ウロンゴロンは部屋の方を振り返った。二人だけで何分耐えられるか。この塔を脱出しても、また弓矢で狙い撃ちされるだけだ。ここは総攻撃をして、ねじ伏せる方がいいのではないか、と考えた。


「行け! 今が攻め時だ!」


 そう思うと、自然とそう叫んでいた。うおお! と叫びながら、残った四十人弱の隊員は駆け上っていった。しかしウロンゴロンは冷静になり、たとえ総攻撃をしたとしても潰しきれないのではないか、と悟った。


「いや! やっぱり戻ってこい!」


 朝令暮改もここまで来ると呆れてしまう。しかし、すでに隊員たちもヤケクソになっているので、止まる者は誰もいなかった。


 殺神に接触をした俺が、せめて一人でも生きて帰ることが、中央にとって一番だろう。


 一人で帰ってそしりを受けるのは耐え難いが、死ぬよりマシだ、と言い聞かせて、ウロンゴロンは塔を脱出した。


 誰も自分を責めないよう、隊員が全滅していることを祈りながら。

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