第十章 高潔なるパディントン

 アウスリア軍の頭脳といわれれば、誰もがノーザン・パディントンのことだと分かる。父も同じく、代々師団長の右腕のように働いてきた。年はミラウと同じく三十とまだ若いものの、誰もが一目置いている。


 そんなパディントンが信頼され、メルボネによるシャドニー王排斥計画の重要なパーツ、シャドニー家族の警護にあたるのは、ある意味当然であった。彼には、そのメルボネの計画自体は知らされていなかったが、この任務を聞いたときから、おおよその見当はついていた。


「シャドニー家族を、プレインコースト城に護送する。中央から指示がくれば、軍は家族のみを置いて、帰城すること。目安の護衛期間は二か月だ」


 護送理由は聞かされなかった。それでも、家族を人質にして、王の行動を制限するのだとは察知して、メルボネによる謀反が起きることは想定していた。


 この任務を受けることは師団長へ与することという意思表示であると思ったが、パディントンはメルボネには任務以上のことを聞かず、ギリギリまで第三者を装うつもりだった。


 二か月は経過したものの、中央からは一向に連絡がなかった。パディントンは手持ちぶさたになり、定期的に隊を南下させて、殺神調査にも向かわせていたほどであった。


 そんな折、レンジャーから伝令が来た。


『シャドニー王危篤。王妃、王女はトラディーに一時帰城せよ。

 明後日、特命係の女、ベル・サーヤが迎えに参る』」


「これが、師団長からの伝令か?」


 レンジャーの隊員は、口数少なく、すぐにその場を辞した。パディントンとしては、メルボネからの指示ではない、レンジャーが何かたくらんでいるな、と想像がついた。


 真意が分からないが、このサーヤという人間に問いただそう、と考えた彼は、髪をかき上げた。銀の、光沢のある髪が、指と指の間からはみ出た。


 古城・プレインコーストにも等しく夏が近づいている。山を越えた西海岸は、トラディーよりも冷え込みが厳しい。防寒対策はあと何週間持つだろうか、と彼は心配し始めていた。


 ◆


 朝早くにグラウンドタウンを出て半日、だんだんと冷え込みが厳しくなってきた。


 レンジャーからもらった分厚いマントが助かる。グラウンドタウンで仕立てた、羽毛でモコモコになったニットは、さすがに動きづらいのでザックにしまっている。


 昨日、作戦会議をしようと、アヌボットの部屋をたずねると、彼の柳葉刀をレンジャーが研いでいた。


「みろよ、サーヤ。こいつはこういうのも得意なんだ。俺のアヌボット二・零が生まれ変わるぜ」

「これで、相当斬れますよ。いいなぁ、ぼくもパディさんとやり合いたいな」

「よし、じゃあ、アヌボット四千って名づけよう! サーヤも研いでもらえよ」

「やってみよう。ほらサーヤちゃん、貸して」


 団長直々に手入れをしてもらうのは恐縮だったけれど、この旅路の大一番の前だから、準備は万全にしておきたかった。


「懐かしいな、これ。軍学校の試供品でしょ」

「うん。でも、良いものだよ」

「まぁね。でも、さすがにもっと上等なものじゃないと危険だよ。ぼくのを持っていくかい」

「さ、さすがに恐れ多くて」

「いいじゃねぇか。くれるっていうんだから」

「アヌボットは黙っていて。ありがたいけど、レンジャー。やっぱり使い慣れたソードの方がいいと思うし、えっと、それから」

「思い入れも大事だしね。まぁ、少し研いでおくよ」


 そう言ったレンジャーは、そのままソードの持ち方や振り方まで教えてくれて、そしてこのマントもくれた。ちょっとした握り方だけなのに、強くなった気がする。気がするだけというのは分かってはいるけど、試す場があれば、ぜひ振るってみたい。


 そんな昨日のやりとりを思い出しながら歩き続ける。昨晩のような、平和な時間が一生続けばいいと思った。


 半日も歩いて、やっとなにか建築物が見えてきた。


 あの寂れた門が、プレインコーストの城下町入り口なのだろう。ただでさえひんやりとしているのに、目の前の寂しい光景は、さらに寒さを覚えさせる。


 トラディー城とは造りから違う。トラディーは、本丸があり、二の丸があり、その周りを城壁で囲んでいる、と学校で習った。


 もうひとつ、学校で習ったのは、西の古城は、見た目こそ長細い四角の箱のようで、無粋なものの、内装は異国情緒あふれた華奢なものであった、ということだ。


 その学習通り、崩れかかった門の向こうにポツンと見えるのは、細い箱を地面に突き刺しただけのような、確かに手を抜いて造られたようなお城だ。

 

 外観が少し崩壊しかかっている。これは百年という年月だけの問題ではない、というのは、周年祭に沸いていたグラウンドタウンで詳しく聞いた。


 百年前、まだ古城が現役の城であったころ、このあたりに大寒波が襲った。夏が終わっても収まるような規模でもなく、当時の王国は、山を越えて東の未開の地へ王都を移した。


 その頃は、まだ山脈の南側も平原で、比較的容易に東海岸まで到着したという。そこで建設した町が、今のトラディーだ。


 グラウンドタウンは、古城とトラディーとちょうど中間地点にある。東海岸への移住までに、一度腰を下ろして休息して、簡易で作った村が、グラウンドタウンのはじまりだったということだ。


 大寒波自体は、少しは知っていたけれど、それがちょうど百年前だということや、いったいどんな被害だったのか、という生々しい話は初めて聞いた。この話は、必ず、トラディーに持ち帰ろう。


 寂れた門も、いよいよ目の前に近づいてきた。門の前にいる二人の隊員は、パディントン様の軍団なのだろう。


「師団長より特命を受けました、ベル・サーヤです。シャドニー王のご家族をお迎えに上がりました」

「話は聞いている」


 ほっと胸を撫で下ろす。最低限、王妃と王女に会えないと、みんなで立てた作戦は始まらない。そして、夜までに城から二人を港へ連れ出す。団長間同士で段取りをとってくれているのは、非常に助かる。


「おい、犬など連れてくるな」


 足元を行くダンチョーを見て、隊員は槍を地面に突き立てた。犬くらい良いでしょ、なんて歯向かって、心証を悪くしたくない。


「ダンチョー、どうする?」


 ぼそっと聞くと、タカタカとどこかへ走って行ってしまった。


 これで、一人きりになってしまった。いきなり計画にほころびが出た。ええい、仕方ない。予定の枝葉まで気にしていられない。家族の解放という大願さえ果たせばいいんだ。独りぼっちだけど、わたしは入城した。


 ボロボロの外観からは想像できなかったが、事前知識通り、確かに内装でガラリと印象が変わる古城だった。


 見上げると、七階まで吹き抜けとなっていて、首をつりそうになった。暖色のランプが場内をいっぱいに艶めかしく照らしている。所々に赤い提灯もぶら下がっている。ドアというものはなく、後で聞いたが、全てふすまという戸で、柱の木は、ニスが塗ってあるようにどれも光沢を放っていた。


「ようこそ、ベル・サーヤ。私がパディントンだ」


 内装に見とれていると、パディントン様が階段から降りてきた。


 レンジャーやアヌボットとは対照的な銀の髪が印象的だ。ここまで近くで見たことは初めてだけど、鼻筋の通りや、切れ長の目や、どれをとってもドキリとする。


 近づいてくるときに、金属の音が何もしなかった。服の下に鎧も着込んでいないのかな。不用心だ。これなら、決闘になったとしても、隙をつくる一撃はくらわせることができるかも。団長、パディントン様相手に、それは思い上がりすぎか。


 でも、様、なんて呼んでいる余裕はない。場合によっては、差し違える覚悟なのだから。そう気合を入れ直した。


「中央からの特命だとは。今、何が起きている」

「いえ、わたしは、お伝えしたことしか知らされていません。

 山を越えて、レンジャー様の隊に怪しまれて捕らえられたところ、事情をお話ししました。

 密書もなければ、同じように疑われるだろう、と、レンジャー様に先にこちらへ伝令を出していただきました。ありがたいお話です」


 ふうん、とパディントンは、わたしと目も合わせずに前を進んだ。情報はなるべく出さない方がいい。会話が続かなくて気まずくなっても、余計なことは一切話してはいけない。沈黙が続けば続くほど、ぼろを出す時間が短くなる、と良い方にとらえよう。


「特命なのに、レンジャーに話してしまっていいのか」

「わたしも命は惜しいので」

「師団長も人望がないな」


 ここまでは、ある程度予想できた問答だった。レンジャーも、ここまでは信じるんじゃないかな、と言っていけれど、さすが団長の作戦だ。


 問題はここからだ。王妃と王女に会うまでの想定問答としては、もうカードは、一枚しかない。


「はっきり言うが、師団長の文書がない時点で、きみを信じるわけにはいかない。

 それはレンジャーのマントだろう。レンジャーの隊員もこちらに来た。すべてを信じないわけではないが」


 彼のレンジャーへの信頼が厚いことが、言葉の節々から分かる。


「それでもね。

 きみも聞いているだろうが、中央は今政治で躍起なものでね。王妃と王女を手に入れた陣営に勝機があると考えてもいい。

 だから、メルボネの名前を出せば二人を手中にできる、と思う輩はいるだろう。

 さて、きみは本当に、メルボネからの伝令か?」


 やはり、そこを突いてきた。ここからは、アヌボットとミラウの教え通りに行くしかない。


「どうした、黙り込んで」


 答えるな。


『そう言われても、本当に何もメルボネからは持たされていないんですから』、って困った顔をしろ。たったそれだけの作戦だった。


「まぁ、そうか。あの人が、団長でもない人間に密書なんて渡さないか。落とされたら困るからな」


 『あいつは頭が回りすぎる。勝手にそう解釈するさ』、という、二人の考え通りになった。二人にしては、頭脳プレーだな。


 なんとかやり過ごせた、と、ほっと一息をついている間に、最上階についた。


 戸を一枚開けても、もう一枚戸がある。薄い戸なので、厳重とは言い難いものの、少し雰囲気が重くなったこの感じだと、この先に王妃方がいらっしゃるのだろう。


「護送はいらないとは聞いているが。どうやってトラディーへ帰る?」

「港に舟がつきます。カラマリから出した中央の密舟です。そこからカラマリ経由で中央へ向かいます」

「大きな舟じゃないだろう。大丈夫か」

「わたしは、知りません」


 ふん、とまた彼は鼻息を鳴らした。そしてすぐに、計画を崩す一言を放った。


「王妃・ハーバー様は帰す。だが、オペラ王女は、ダメだ」

「え、それは」

「パディントンにそう言われた、とでも言って帰ってくれ。それでいい」


 それだけだ、と言って、パディントンは戸を開けようとした。その先には、王妃と王女がいるはずだ。


 どうしよう。やっと目的の人たちに会えたというのに、寸前で計画が崩れてしまったことで、目の前が真っ暗に見える。


 王妃だけでも帰ってくれば、王様は上手く立ち回るだろうか。 いや、無理だろう。むしろ、後継ぎである王女の方が大事だ。


 むしろ、中途半端に王妃だけ帰してしまうと、王様の動きが師団長側にばれてしまって、先に王様も、そして協力したわたしも、わたしの家族も処罰されるかもしれない。


 気を引き締めなければ。集中しろ、集中どころだぞ、と言い聞かせた。


 ハーバー王妃も、オペラ王女も、二人とも、必ず、解放する。


 パディントンは、薄い戸を開けてくれた。そして先に私を部屋に通した。


 お二人とも、高貴に、正座をしていた。建物の雰囲気に合わせて、椅子がないのだという。 そしてこれも城に合わせてだろう、異国の服、いわゆる着物というらしいが、王妃は紫、王女は赤の、不思議な服を纏っていた。腰に巻いている太い帯のようなベルトの模様も見たことがなかった。


 細かい絵柄が目に入っている。よし、だんだんと、冷静になってきている証拠だ。


 突然のわたしたちの訪問にやや驚いていたご様子だったが、すぐに、パディントン様、いかがなさいました、と笑顔をつくった。まだ四十歳になっていない、という王妃は若々しく、とてもわたしと同い年の王女がいるとは思えなかった。


「わたしは、ベル・サーヤと申します」

「まだ、わたしからは何も伝えていない。きみから、伝えてくれ」


 え、全部わたしが説明を? あぁ、ええと、と慌ててしまったけど、わたしは王様の危篤を伝えた。お二人とも、大きなショックを受けたようであった。


 チラリ、とパディントンを振り返った。王妃だけが帰るんだ、と肝心なところを早く言え、と言わんばかりの目だった。


 どうしても言いづらいなぁ、と少し頭をかくと、ハーバー王妃が、キリッと顔を上げて、わたしの背中越しにパディントンを目でとらえたのを見た。


「パディントン様。わたしたち、女性だけで、話したいことがあるのですが」

「いけません。わたしがいる場でお願いします」

「パディントン様、どうか、少しだけ」


 と、王妃が目の前で頭を垂れた。ドキっとする、艶かしさだった。かつてこの城中に吊るされた艶かしいランプたちは、未来のこのハーバー王妃のためのものだったのか。わたしも慌てて膝をついて、同じくらい姿勢を低くして、でもどうすることもできなくて、あわあわした。


 表情は見えなかったけれど、パディントンも同様に動揺したのだろう。襖の向こうで待つので、なるべく手短に、と出て行ってくれた。


 三人になった。


 この長かった一か月、追い求めていたお二人と、やっと会えた。


 好都合だ。間違いなくそうだ。どう切り出そう? 危篤は連れ出すための嘘? それを伝えて事態は変わるだろうか。


「綺麗なお召し物ですね」


 沈黙が続いて、やっと出たのはその一言だけだった。


「昔、それこそ百年以上前ですが、このあたりはサツシマという国と交流していたそうです」

「サツシマ! 聞いたことがあります。カラマリでも交流していました」

「あら、旅人さんですか? この島のこと、お詳しいんですね」


 旅人ではないです、と言おうとしたけれど、この一か月、本当に旅人のようにこの島をグルリと回った。


 ラムシティ、八一砂漠、木曜岬、カラマリエリア、バンガーズ山脈、グラウンドタウン、そしてここプレインコースト。旅人よりも移動距離が長いかもしれない。


「この服も、この城も、サツシマの影響を受けているらしいですよ。

 こうして床をたたいても、あまり下に響かないんですって。階ごとに、ネズミが通れるくらいのスペースがある、とパディントン様が仰っていましたわ」

「そのせいで、本当にネズミが走っているところもみたけどね」


 王女がやっと口を開いて、クスクス、とお二人で笑う姿を見て、少しずつ緊張がとけてきた。同時に、この人たちを、中央のゴタゴタした政争には巻き込みたくないな、とも思ってきた。


「ところで、サーヤさん。夫は、無事でしょうか」


 声を潜めつつ、すうっと問いかけられて、そんな直球の質問に、


「ハイ! 元気です!」


 と答えてしまった。


 あの、その、としどろもどろになるわたしをみて、クス、と王妃は口に手を添えて笑った。


「あなたは、メルボネ様の遣いではなく、夫、いえ、王の遣いですね」


 王妃というのは、こうも察し、把握するものなのだろうか。


「お二人をトラディーにお送りする予定でした。ですが、オペラ様だけは帰さない、とのことです」

「わたしは世継ぎですから、簡単に師団長側から解放されないですよね」


 サラリと答えるオペラ王女に、わたしは逆に、え? と素っ頓狂な声が出てしまった。


「父さん、いえ王の話はよく聞いていますから。自分の統治中に、このアウスリア全土を統治したいとよくわたしや王妃に話していました。そうなると、師団長とは対立することになりますからね」

「なぜ、この島のすべての統治を?」

「なぜ、でしたかね、王妃?」

「突然でしたから。

 まさかだとは思いますけど、わたしとオペラが一度、木曜岬を見てみたいと言ったことがあるのですが、地図もなく危険だから、と断られたことがあって。

 たったそれだけで、師団長との軋轢が深まるのは必至になる決意はしないと思いますが」


 たしかに、それが原因とは思えない。でも、少しうらやましく思った。わたしが同じようなことを父さんに行ったときも、同じように断られたけど、同じワガママでも、王様という立場なら、じゃあ地図を作ってしまえばいいじゃないか、という考えに行き着く可能性があるのだな、と。


「オペラ王女、ご安心ください。わたしはお二人とも連れ出すつもりです」

「頼もしいですけれど、手立てはあるのですか」


 そんなものはなかった。二人を無事城から連れ出すことができて、はじめて計画が動き出すのだから、今は、詰み、の状態だ。


 ここはたしか七階だ。窓から抜け出すことはとてもできない。かといって、人を護衛しながら、追っ手を斬り捨てて抜け出すなんて不可能だ。


 考えろ、考えろ、決めろ、決めろ。一瞬で判断する必要はない。覚悟は徐々に決めたらいい。全てがうまく噛み合えば上手く行く方法を考えろ。大丈夫、わたしは少しは強くなった。


 そうか、強くなったんだ。それなら、手がある。


 こうなったら、長期戦だ。あの日、城に現れた偽団員は、『短期戦に必要なのは、明確な殺意だ』なんて言っていた。じゃあ、長期戦に必要なのは何だろう? 根性? 体力? 計画?


 いや、もっと大事なものがある。諦めないための、戦う理由だ。衝動じゃとても持たない。


 すう、と深く息を吐いた。目の前には王妃と王女がいる。王は、きっとお二人を心配している。そして、きっと、父さんと母さんも、まだまだ家に帰ってこないわたしのことを心配しているだろう。


 二人の顔を思い出す。脳裏に焼き付ける。


 よし、大丈夫。諦めない理由がある。


 ◆


 既に日はとっぷりと暮れていた。夜の港、とくにこのプレインコーストの港はとびきり冷えていた。


 海岸には、カラマリ海岸に向かう、役人舟と名乗る舟が泊まっていた。十人も乗れない粗末な舟には、目深にフードを被った二人の役人と、漕ぎ手の役人が数人だけ乗っていた。パディントンから既に連絡を受けていたので、港の警護にあたっていた隊員は入港を許可していた。


 そこに一台の馬車が到着した。隊員が先導しながら、十分な防寒対策なのか、これもまた目深にフードを被った二人が下りてきた。


「ハーバー王妃と、サーヤ様です。確かに、お引渡しました」

「おいおい、待てよ! オペラ王女は、どうした! んですか?」

「詳しくは、サーヤ様からお聞きください」


 パディントンの隊員たちは、口数少なく二人を引き渡すと、すぐに背筋を伸ばして、手を後ろに組んで横に整列した。統率のとれた動きで、かつ、いいから早く行け、という圧力なのだろう。


 そしてその舟が港を離れ、灯っていた舟のランプの光も闇の中に消えたのを確認すると、パディントン隊は古城へ戻って行った。


 少ししたころ、レンジャーの部下である隊員たちがギイギイと舟を漕ぎ続ける中、二人の役人風の男たちが、フードをとった。


「はー! やっぱり王女は無理かー!」


 アヌボットは叫んだ。ミラウも首と腕を回して、失敗か! と叫んだ。


「いやな、サーヤ。

 カラマリで舟の手配をしているとき、レンジャーにふと言われてよぉ。

 パディントンのことだから、勘づいて、王女は帰さないかもしれませんね、なんて言うかもなってな」

「まぁ、長い目で見れば、世継ぎの王女を下手に動かさない方がいい、っていうのも確かだ。

 王妃だけでも、まずはよくやったぞ、サーヤ」

「まずはカラマリに戻って、体制を整えようぜ!」


 大騒ぎする二人を見るハーバー王妃の奥で、フードを被ったもう一人の反応が薄く、アヌボットとミラウは、ようやく異変に気付いた。


「サーヤ?」


 バサリ、と彼女はフードを外した。


「わたし、オペラです」

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