第七章 外患誘致

 海路をとって古城へ行くことをなぜミラウが否定しているのか。その理由はパディントンとこのカラマリに来た時まで遡る。


「助かったぜ、パディントン。ついでにさ、俺も古城へ連れていく方がいいんじゃないか?

 シャドニー王だって、ただ王女をとられて黙ったまま、なんてことはないだろう。誰かしら山を越えてプレインコーストに行かせるぜ。

 カラマリから海を渡る方法を見た俺とこのまま別れたら、俺がいくらでも王陣営に海越えの方法をバラすかもしれないぞ」


 ミラウとしては、自身の安全の保障が何より最優先だった。彼はアヌボットよりも、トラディーを守る、という意識は少し薄い。彼は彼の命の方が大事だった。


「私の心配か。鉄壁のパディントン軍もなめられたな。

 いいか、私には配下の三隊すべて、百人の隊員が揃っている。プレインコーストに上陸したら、まずは港を抑える。君に魔が差して舟で向かってくるというなら、寒い夏の海に沈んでもらうよ」


 パディントンは、自身の軍団に絶対の自信を持っていた。銀髪の団長が率いる、百人からなるシルバーウォールはとても崩せない。ミラウの提案には、聞き耳を貸さなかった。


「分かった、正直に言う。俺は、命が惜しい。

 このままトラディーに帰っても、俺には処罰が待っている。お前の任務のサポートをしていた、で何とか言い逃れするつもりなんだ。頼むよ」


 パディントンは、顎に手をやって、少し考えた。ミラウはすがるような思いで彼の肩を握った。


「悪いな、ミラウ。このカラマリまでの同行で、勘弁してくれ。師団長派閥から外れた君と行動を共にしたくない」

「お前もメルボネは好かないだろ?」

「愚問だな。あいつに好意的な団長なんていないだろ。私は、ただ、百人の隊員を守りたい」


 それを言われると、ミラウはそれ以上強く出れなくなった。


「君が処刑されても、捕まっている君の隊が散り散りになることがないよう、そのときは私がなんとか手を打とう」


 そう言うと、肩に置かれたミラウの手をゆっくりとはねのけて、パディントンは背を向けた。そして、軽く百人は乗れる大型船で、総勢百名の王女護衛船は出発した。


 ◆


「だから、そんな規模と同じ方法で行くのは無理だ。仮にできたとしても、上陸して戦うのは、百人の軍隊だ」

「タイマンなら勝てるんだがなぁ」

「タイマンだけだろ。軍団同士でやり合っても、パディントン団に勝てるわけねぇよ。この国で一番の統率だ」


 この二人を見ていて勘違いしそうだけど、本来団長は、三人の隊長を指揮して、百人の隊員を動かす司令塔なのだ。そうである以上、その百人を使いこなすパディントン様を敵に回すという事実に、今さながらちょっぴり後悔し始めた。


 おそらく、わたしは相当落ち込んだ顔をしたのだろう。そんなわたしを薄目でみて、アヌボットは手をひらひらと振って謝った。


「あぁ、わりい、わりい。明るい話の方がいいよな。

 でもよ、古城に行くって、こんなに大変なんだな。まっすぐ西に行けば、どこかは山脈も途切れているだろう、越えられるだろう、って思っていたんだから」


 地図がない。トラディーを出るときには深く考えていなかった問題が、この旅でずっと私を悩ませている。第一、地図もなくて、軍制度も浸透していないのに、この島がひとつの国だ、なんて名乗っていていいのだろうか。


「ねぇ、じゃあ、行商人の船に同乗するのは? 商人のふりをして上陸するの」

「古城に用がある行商人なんていないぜ」


 百人の隊員と、その統率ができたからこそのパディントンの決行作戦だ。俺たちじゃ、海路は無理だぜ、とミラウはサングラスをかけた。


 このまま、山を越えられずに時間だけが過ぎるのだろうか。王様からの封筒も盗まれてしまったのに。そのうち、アヌボットとミラウを追って、いやわたしにも追っ手が来るかもしれない。


 ここで家族奪還作戦が失敗すれば、わたしも、アヌボットもミラウも、王様も終わりだろう。そして師団長が力を持てば、拡大政策はとらないのだから、地図はやはり作られない。そうしているうちに、武器を手に入れた村や町が、肥沃なトラディーを求めて侵攻してくるだろう。


 最悪なシナリオだ。しかも、一つ重大な要素を忘れていた。父さんと母さんも、無事じゃすまないだろう。


 それはだめだ。よく考えろ。こうなった以上、王様に、師団長陣営をやっつけてもらわないと、わたしとわたしの家族の未来も、その最悪のシナリオに巻き込まれてしまう。


 どうしよう、どうしよう。目は開けているのに、目の奥が真っ暗になって、頭がとてつもなく重くなった。首じゃとても支えきれなくなって、両手で額を抑えた。


「諦めるなよ、サーヤ。まだ、打つ手がなくなったわけじゃない」

「諦めてなんかない。ただ少し悲しんでいるだけ」


 王様がわたしを選んだから。巻き込まれてしまったから。断る術はなかったとはいえ、隊員になれるなら、なんて前向きになったわたしは浅はかだった。王様の家族を助けるために、わたしはわたしの家族を危険に晒してしまった。


 わたしは誰の陣営にもついていないから選ばれた、ということじゃない。きっとこの、家族が巻き込まれるという事実に気付いて、絶対に放棄せずに最後までやり通すだろうと選ばれたのだろう。


「やめ、やめ!」

「なんだ、急に諦めたか!」

「いっぺんに全部考えるのはやめ!」


 父さんと母さんを守る。そのために、封筒を取り戻して、山を越えて、古城・プレインコーストで王様の家族を奪還する。わたしの任務はそれだけだ。


 隊員になれるとか、この島を広くみて回るだとか、トラディーやこの島の未来だとか、そんなのは、考えるのはやめだ。


「やっと気づいたの。絶対に、山を越える方法はあるはず。このカラマリで聞き込みをしようよ」

「言っただろ。誰も、あんな古城に用なんて無いんだ。そんなルートなんて整備されてない。なんで急に、絶対なんて言えるんだ?」

「王様は、わたしを古城に派遣させた。パディントン軍が古城へ無事護送を完了させた、ってなんで王は知っているの?」


 ダンチョーが、耳をぴょこんと立てて、わたしをじっと見た。


「古城についてから、だれか王へ伝令が行ったはず、ってことか」

「そう。やっぱり、山越えのルートはあると思う」

「船をカラマリに戻すついでに、船で戻ったってことはねぇのか?」

「百人も乗れるような船なんでしょ。操縦するのに、また何十人も乗せていたら、城の警備ができなくなる。おそらく数人で、山越えをしたはず」

「この町で先に情報をあつめて、予め山側の突破ルートを把握してから行かせたって考えるのが妥当、ってことか」


 アヌボットは、よしっ、と膝を叩いて立ち上がった。


「じゃあ俺はあの小高い丘に行って、俺らの荷物を取り返してくるさ。サーヤは聞き込みだ」


 重くなっていた頭が、半分くらい軽くなった。大きく息を吐く。ひさしぶりに深呼吸をした気がする。


 一方でミラウはまだ浮かない表情をしていた。


「俺は、どうしたものかな。ただでさえ南の氷地調査任務は放置して、その上このサーヤに味方したっていうのは、パディントンの出方次第でもっと大損になるからな」

「いい、いい。お前はすぐ決めなくていい。俺もお前は好かねぇが、今は師団長に嫌われたもん同士だ。でも、タイミングが合えば、手を組む方がいい。

 とりあえず、封筒だけじゃねぇ、俺たちは今一文無しだし、武器も盗まれちまった。

 ソードでもなんでも売っていないか、ちょっと町に出るぜ。サーヤも行くだろ」


 ミラウにも、山越えには同行してほしい。でも、一か月という期限はだんだんと近づいている。少ないメンバーで、上手くやりくりしていくしかないのかもしれない。ミラウにあまり無理は言えない。


 あれこれ考えるわたしより先に、足元でウロウロしていたダンチョーが、ピョンと飛び跳ねて、アヌボットにつづいて部屋を出てしまった。椅子に深く座り込んだままのミラウをおいて、わたしも宿を出て、大通りを進んだ。


 ずっと長い時間、宿舎で重い話をしていたから、港町の潮風や広い通りの解放感により一層浸ることができた。


「治安が悪いって言ってもよ、気候とか建物とかはよ、砂漠のど真ん中のバラマンディーとは比べ物にならねぇくらい住みやすいよな」


 アヌボットはドシドシと歩きながら、町をキョロキョロとしていた。それは確かに言える。人も、バラマンディーよりはたくさんいる。今やこの島の第二都市はこの町なのかもしれない。


 突然、アン! とダンチョーが吠えて、跳ねるように走っていった。


「お、ダンチョー様が何かかんづいたようだぜ」


 アヌボットも走って行ってしまったので、わたしもついていくしかない。大通りから曲がって、何本も細い通りを抜けて、ようやくたどり着いたのは、入り口の上に力なくボロボロの看板が横たわっている、今にも崩壊しそうな酒場だ。


「ねーえ、アヌボットがダンチョーにお酒飲ませたから、変なこと覚えちゃったんじゃないの?」

「そうじゃねぇって。ほら、中をよく見てみろよ」


 そう促されるまま中をひょいとのぞくと、あぁ、そうか、ダンチョーにはその特技もあったな、と久しぶりに思い出した。


「これは賭博場だな。まぁまぁ盛んじゃないか。サーヤ、ちょっと俺は、ダンチョーと資金集めをしておくぜ」


 薄暗い部屋で、もうアヌボットはテーブルを見て、わたしの方を見ていない。ちょっとすみません、と、汗苦しい男たちをかきわけて、店を出た。


 一人で港沿いを歩きながら、この町は風が心地よいな、と思った。トラディーにも舟は停泊していることはあるが、そのほとんどは漁船だった。月に一回ほど、近隣の小さな島から交易船が来て、魚や山菜の売り込みがあるくらいだ。その度に、市場には見たことのないような野菜が並んだ。父さんとする料理は楽しかったな。


 ちょうど良いところにベンチがあったので腰かけて、ぼんやりと港を眺めた。故郷を思い出させる風景に、少し心奪われたのかな。木箱をたくさん積みこんだ船から、どんどんと積み荷が降ろされている。あそこまでの物量はあまり見ないけれど。


「どうした姉ちゃん、あんまり見ねえ顔だな。どれか乗りたい舟でもあるのか?」


 後ろから足音が近づいてきていたのは分かっていたけど、ナンパ集団だったとは。三人の、少し年上くらいの男たちに、ぐいと肩をつかまれたので、力いっぱい握り返した。


「いってぇ! なんだこの馬鹿力! なんだよいったい」

「ねぇ、あの舟、野菜か何かの売り込み?」

「あぁ、ちがうちがう、あれはな、まぁ、その、なんだ」


 ちょっと路地裏に連れ込んで、穏便に二度殴ると、彼らは丁寧に教えてくれた。三人もいれば、町のことは多少は知っているようだった。


「サツシマの船だよ。最近、この町にもさ、盗賊みたいなやつが現れ始めてよ」

「盗賊? あぁ、すごく強い盗っ人みたいな?」


 おそらく、偽団員のことだろう。


「そう、そう。前はたまに町の外で見かけるくらいで、外に出なかったらいいやって思っていたんだけどさ。あんまり強くて、自警団じゃ追いつかねぇ、っていうので、あぁやってひと月交代で、サツシマから軍団を借りているんだ」

「サツシマ、って、どこかの島?」

「サツシマっていうのは遠くの島だよ。一か月はかかるらしいぜ。めちゃくちゃな金も要求されているんだ。でも、町を守るためだしな。そうそう、俺らも、自警団、やっているんだぜ。すごいだろ、俺たちも?」


 また肩をつかまれそうになったが、伸びてきた腕は直前で止まった。


「感心じゃねぇか、町を守る若者よ」


 まったく顔が笑っていないアヌボットがいつのまにかやって来ていた。そのあまりの威圧感に、彼らの一人は腰を抜かしてしまった。


「カードで大勝したっていうのに、稼ぎがこの程度だ。存外、この町、しけているな」

「しけてなんかいない! 前はもっと潤っていた。でも、サツシマに搾り取られているんだよ」


 震えながらも必死に抗弁する彼らの話を聞いて、アヌボットは何か合点がいったようだ。


「木曜岬との交易が盛んなのは、それが理由か」

「なんだ、詳しいな。

 サツシマに吸われる分は、木曜岬への売り付けをだいぶ値上げして、何とかしているんだってよ。岬のやつらは、他に交易するところなんて一つもないだろ。どれだけ高くても、俺らから買うしかないんだよ」


 バラマンディーからラクダを出してくれた行商人を思い出す。最近忙しいんだよ、と言っていたのは、船便の値段が吊り上げられたことで、バラマンディーとの陸便の頻度を増やそうとしているのだろうか。


 偽団員がこの島中に跋扈していることが、様々な問題を起こしている。トラディーは自分の町を守るのに精いっぱいになって、地方に鎮圧軍を派遣することはできていない。そしてこうして、それぞれの、地図に載っていない町がなんとか自分の町を守ろうと必死になっている。


 ここカラマリは、偽団員対策のために、サツシマという外国に協力を仰いだ。そのための資金を、木曜岬から搾り取っている。木曜岬は、トラディーに近いバラマンディーと交易を増やしている。カラマリはそのうち、お金のために、武器も岬に売りつけるだろう。


 それが、治安が崩壊しているバラマンディーに渡れば? トラディーの脅威になることは必然だ。


 アヌボットが恐れていたこの国の崩壊が、現実になろうとしている。


 当然、町々は協力なんてしていない。当然だ。町の外に出れば偽団員がいるのだから。音頭をとって先頭に立つべき中央が何もしないのだから、それぞれが必死に自治をするしかない。


「こんなので、この島が一つの国、なんて、言っていいわけないよね」


 ダンチョーの首を、わさわさと撫でた。そういえば王様は、家族を解放して、中央を改革して、地図をつくって、それからどうしようというのだろうか。偽団員の問題は喫緊なのに、間に合うのだろうか。


「おい、お前ら。金ははずむからよ、あの山を越えて、プレインコーストまで行く手段があれば教えてくれ」

「俺は知らねぇけど、港で長いこと仕事をやっているやつなら知っているかもな。紹介料ももらえるのか」

「おう、急いでいるからな。今すぐ話を聞けるなら、たんまりはずむぜ」


 こうしてアヌボットたちと港まで行き、ひとつのラッキーを得たわたしたちは、ミラウの待つ宿へ急いで戻った。


 急がないといけない。そして、一人でも多くの協力者が必要だ。


 ◆


「方法は分かった。行こうぜ、ミラウ」


 ドアを乱暴にあけたアヌボットは、そのまま自分の荷物をまとめ始めた。


「一晩くらいゆっくり考えようぜ。お前だって、何も考えず古城に行くのは、命取りになるぞ」


 当のミラウはまだ決心しきれていないようだった。


「俺は木曜岬に行ったんだ。なぁ、ミラウ。この町は、遠く、サツシマとかいう国とつながっている。武器も入ってきている。こうして中央でゴタゴタしているうちに、この国はどうかしちまう。メルボネに一泡ふかせて、中央を整えねぇといけねぇ」

「それは大事だけどな」

「ねぇ、ミラウ。もともと、研究所のために軍に入ったんでしょう。それに、誇りをもっていた、って言っていたじゃない。

 このままじゃ、研究所も危険だよ」

「それを言われると、弱いんだよなぁ」


 ミラウは腕を組んで天井を見上げた。


「お前たちがつかんできた情報次第だな。どうやって山を越えるんだ?」

「山を越えた先に、古城に行くまでに、町があるらしい。グラウンドタウンっつってな」

「その町は、カラマリと交易しなくても、山を越えた西の平原で自給自足できているんだって。それで、たまに旅人がやって来るから、何本か登山ルートがあるみたい。自分探しとか言ってね」

「若いな」


 んん、とサーヤは咳払いをした。


「それで、これがそんな旅人さんです」

「どうも」

「どうやって連れてきたんだ!」

「港に泊まりこんで自分探しをしていたところを、金で買収して、今から町に強制送還するんだ」

「未来をつかみました」

「自分を探せ!」


 声を荒げるミラウではあったが、方法として光が見えたのか、やぶさかではなさそうだった。


「それによ、ミラウ。これならよ、お前もあの丘に突撃できるぜ。あいつらが生きているのは、お前には不都合じゃねぇか。団長が偽団員に協力した、なんていうのは。

 それこそ、研究所の立場が危ないんじゃねぇか?」


 はあ、とミラウは大きなため息をついた。


「取り返さないといけないものがあったのは、俺もだったな」

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