第4話 二つ目の事件

 深夜1時、民家の玄関の前に黒い人影があった。

 鍵穴に棒を差し込んでしばらくカチャカチャいじっていたかと思うと、小さな音がする。

 人影は棒を引き抜いて、手袋をした手で玄関の引き戸が開くのを確認した。

 そのまま、静かにドアを開けて、玄関の中に一歩踏み込もうとした--。

 ところを背後から眩しい光が照らし出した。


「警察だ!」


逃げようとした黒い影は、複数の警察官によって取り押さえられ、お縄となった。


  *


「いや、怖いねぇ!もし住人が家の中で泥棒と遭遇してたらどうなってたか…。それにしてもマスター、どうして血飛沫の悪戯と犯人が違うって分かったんだい?」


中田さんは興奮冷めやらぬ様子だ。


「要するにあれは独居老人や夜中に忍び込みやすい老夫婦を狙った目印だったんですよ」


 貴兄たかにいはもう興味を失っているらしく、冷めた口調で淡々と話し始めた。


「まずは使われた塗料が全然違うものでした。血飛沫の方はアクリル絵の具。アクリル絵の具は最初は水性で、乾くと耐水性になると言う特徴があります。でも硬い素材に使った場合、割と簡単に水で剥がれるんです。現場に残された乾いた塗料を剥がしてみて、すぐに分かりましたよ。一方表札の○印の方は普通に油性ペンキでしたね。これは洗ってもなかなか落ちない」


「ほほう」


中田さんは聞き入っている。


「それから何軒かのお宅を回って話を聞くうちに、最近貴金属の買取り業者を名乗るセールスマンがこの辺りを調べ回ってたって話が浮かんできたんです。家族構成とかをさりげなく聞かれたり、近隣の住民の世帯状況を雑談を装って聞き出していたようですね。世間話から大雅君の落書き事件のことを知って、これを利用してやろうと思った犯人グループは、目星をつけた家の表札に大胆な目印を付けて行った。実行犯がその目印を目安に、夜中に忍び込むことになっていたんでしょう」


「いやー、さすが名探偵!今回も大活躍だね!」


「探偵ではありません。ただの小説家でこの店の店主です」


そんなやりとりを聞いていると、カフェのドアベルがカランと鳴ってお客が入ってきた。


「いらっしゃいませー」


と明るく言いかけたあたしは、その姿を見て一気にテンションが下がる。


「アニキー、姐さん、お元気ですかー?!」


大雅だ。

あれ以来懐かれてしまって、ちょくちょくここにやって来る。

大雅の悪戯はの件は、貴兄が大雅を連れて三軒の被害者のお家を回って謝罪させた。

何故か貴兄の姿を見ると頬を染めてうっとりしてしまう奥様達。


「貴見さんがそう言うなら、全然構わないのよ。若い頃は誰だって間違えるわよね」


それを見ていた大雅は、貴兄に惚れ込んでしまったらしい。そして何故かあたしにも敬意を表して(?)「姐さん」呼びしてくる。


「アニキ!俺、アニキのおすすめ通り美術部に入りましたよ!あの血飛沫作ってる時、なんか自分が解放されるような気がして気持ちよかったんです。アートって楽しいっスね!」


「それはよかったです」


にっこり笑う貴兄。


「その上、アニキが説教しにきてくれたおかげでうちの親父もパチンコやめて仕事を始めてくれたんス!アニキはホントにスゲェ!いやぁ、師匠って呼ぼうかな?それとも教祖?」


「いえ、ここはただのカフェです。宗教活動は行っていません。あなたのような場違いな人間いると、お客さんが入り辛くなるのでもう帰ってください」


そこへカランとドアが開いて、賑やかな声と共に着飾った奥様の団体が入ってきた。


「ほらっ、いたわよっ、イケメンマスター!今日も素敵ねぇ…」


「こんにちは!貴見さん。来ちゃったわ!ご近所で話したら皆さんぜひマスターにお会いしたいって」


「い、いらっしゃいませ」


貴兄はちょっと顔をひきつらせた笑顔を浮かべる。

静かだったカフェ・一善は、このところ少し賑やかになりつつあるのだった。


「カフェ探偵はお絵描き中」・完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る