獣の祭祀場

「ウー……」


 獣は目の前に建つ、神殿のような建物に立ち入った。

 その内部の暗さに目を慣らすためか、あるいは入り口をくぐったものの、仲間で入る決心がつかないのか、獣は入ってすぐの場所で立ち尽くした。


 背中に薄い不確かな光を浴びながら、獣は神殿の中を見るが、獣から見る神殿の中は、黒い影となっていて、判然としない。


 どうしたものかと首を傾げる獣。だが――


「えっ! 君もここに来たの?!」


 明るい、声の高い少年のような声が獣に投げかけられた。獣が声のした方を振り向くと、そこには獣と同じくらいの背丈の、矮小な獣が居た。


「ワ!! ……ンー?」


 驚く白く小さな獣。

 彼と相対するその獣は、獣にとてもよく似ているが、その細部は異なっている。


 まず目に入るのはその毛並みだ。


 声をかけてきた獣の毛並みは、耳から額にかけて、濃い青だった。しかしその青は鼻筋を境として左右に別れ、白い毛並みの上で八の字を作っている。

 これは猫科の猛獣によく見られる特徴で「ハチワレ」という。

 この獣の事は、ハチワレとでも言おうか。


「アレ? 君……もしかして喋れないの?」


 意味ある言葉が帰ってこないことを不審に思ったハチワレは、獣に尋ねる。

 問われた獣は眉間にシワを寄せ、うつむくと返事のつもりなのか、短くうなった。


「ウー、ウン」

「そっかぁ……でも、言葉はわかるんだ?」

「ウン!」

「アレ? 君の持っているそれ……」

「ウン?」


 ハチワレは、獣が手にしているを指さした。

 それは、あの像と戦った広場で、矮小な獣が手に入れたクレープロールだ。


 長く、真っ直ぐとしており、欠けひとつないクレープロール。黄色く灼き上がった薄いクッキー生地に、チョコが螺旋を描いたそれ。葉巻のような形をしたそれは、甘いバニラと、ちょっと喉が渇くチョコの香ばしさを漂わせていた。


「じゃぁ、じゃあ、キミ、こっちにおいでよ!」

「ウー?」


 ハチワレは、疑念の声を上げる獣の手をとると、その手をひいた。矮小な獣はそれに何を思ったかは解らないが、大人しくついていくつもりのようだった。


 彼は道を知っているのか、いっさいの淀みなく歩を進める。

 そして――


「ほら、見て!」


 ハチワレが獣の手をひいて連れてきた場所、そこでかれはすっくと指を伸ばし、ある物をさし示しす。枯れた泉だ。


 泉の中央には何か奇妙な穴がぽっかり空いていた。

 獣がその穴を覗いてみると、何かを差し込むようになっている。


「ウン?」

「そう、やってみて!!」


 獣は恐る恐る、クレープロールを穴に差し込む。

 すると、泉が「身震い」し、底に白い甘露、ヨ―ギルが満ちた。


 SPRING UP<ボォォーーン……!>


「すごい! すごいよ!」

「ワァ……?」


 獣は納得がいかない様子で、小さな手をへし曲げて口元に動かす。

 その様子をみてとったハチワレは、彼の知ることを語り始めた。


「――これはね泉、うんっと……それだと見たまんまか」

「ウンウン?」

「えっと……この土地にはこういう泉がたくさんあって、枯れてるのもあるんだけど、ここから別の場所にいったり戻ってきたりできるんだ」

「ウー……?」

「ウソじゃないよ! やってみればわかるよ!」

「イヤ! ……イヤイヤ!」

「うん? あっそうか、さっき戦ってきたばかりで疲れてるのかな?」

「ウゥー……」


 違う、そうではないと言いたいのか、複雑な声色でうなる獣。しかし、ハチワレはそんな彼の意思を汲み取ることはできなかった。微妙なすれ違いがあるまま、彼らはお互い一方的な会話を続ける。

 もっとも、これを会話と言って良いのか、難しいところだが。

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