死闘
「ワ……!」
異形を前にした獣は、いったんは怯んだが、刺股を握りしめそれと対峙する。
勇気を振り絞る獣をみた像は、内側から溢れ出た「何か」から放つ香気を、手で触れられそうなほどに強くした。
「ウゥー……ワワ!!」
像は「何か」で自身の胴体と同じくらいの大きさになった腕を振り下ろす。
槍だけではなく、その腕自体も重量と速度で立派な凶器となっている。獣は刺股を抱くと、像の懐へ飛び込むようにして、それから逃れる。
ズガガガガァ!!!
獣が先程まで立っていた場所は、像の腕の一撃で完全に粉砕された。
床となっていた分厚い石の板は粉々になり、黒い土が露わとなっている。
「ワワ!」
ちいさな獣は動揺するが、それでも戦いの意思は挫けていないようだった。
短い手でもって刺股を横に振るうと、穂先のトゲで像の装甲の弾け飛んだ部分を何度も突き刺し、出血を強いる。
ブシャァァァァァ!!!!
――�。ニ譌°の審判者――
■■■■■■□□□□□□□□□□□□□□
獣の一撃が動脈を傷つけ、赤いシロップが噴水のように吹き出す。
体液を大量に失った像だが、しかしその動きは鈍らない。
まるで痛みと死の恐怖に狂乱したかのように、像は腕と身体をがむしゃらに振り回し、石の床を破壊して、土と破片を巻き上げる。獣はそのはちゃめちゃな動きに対して、刺股を斜めに構えて防御する。
ズガァ! ドガ! ズガン!
狂乱は、おもったよりも狙いが甘い、獣は慎重に動きを見極め、ゆっくりとした足運びで、致命的な一撃が通っていく場所を避けた。
――そして、好機が訪れた。
像が狂乱して突進を仕掛けてきた。だが、獣はそれにも慌てず、冷静に歩いて突進をかわしたのだ。まるで明後日の方向に像が突撃したことにより、獣は像の背中を捉えることが出来た。
「ウン!!」
気力を振り絞り、獣は戦技『突進』を像の軸足めがけて放つ。
「ワァァァ!!」
ぱたぱたと可愛らしく走り寄って、邪悪にねじ曲がった黒金の穂先を突き立てる。何度も、何度も、トゲを使い、執拗に獣は肉をえぐる。
――�。ニ譌°の審判者――
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「ハァ……! ハァ!」
後少しというところで、息が切れた。ちいさき獣は息も絶え絶えだ。
その隙を像が見逃すはずはなかった。
節くれ立ち、不快にべとつく太い腕を伸ばすと、矮小な獣をつまみ上げた。
「ヤダ! ヤダヤダ!」
その声が聞こえたのかは解らない。
像は腕をムチのようにしならせ、広場の壁に向かって獣を投げ、叩きつける。
べちんっ!!!
「ウゥー……」
灰色をした石の壁に全身を強く打ちつけ、獣は悶絶する。
届かない。後ひと押しが。
獣の体力は既に限界を迎えていた。刺股を持つ手が震えて、力が入らない。
かわいらしい、矮小な獣は、黒い粒のような目で広場を見回した。
「アッ……!」
像はゆっくりを足を前に運び、獣に近寄ってくる。ちいさき獣は手を後ろに回し、その動きをじっと見つめている。獣は戦うのを諦めたのか?
――否。
像が止めを刺さんと槍を振り上げたその瞬間だった。獣は最後の力を振り絞ると、後ろ手に隠していたものを像に向かって投げつけた。
丸い、黒い何かが像の仮面に当って、ガチャンと音を建てて割れた。
――油壷だ。
広場の篝火を灯すために使われていたものだろう。
そして、中に詰まっていた油が空気にふれると、激しく燃え始めた。
これは油壺の燃料に含まれる、特殊なリンのためだ。
「ウォォァアァァァァァ!!!!」
像は炎に包まれ、香ばしい砂糖の焼ける香りを漂わせる。
これはカルメラ焼きの香りだ。
激しく燃え上がる炎はたちまちのうちに像全体を飲み込んだ。
――�。ニ譌°の審判者――
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GREAT ENEMY SLAYN<デェーン……!>
・
・
・
像は倒れ込み、光となって消えていった。
あとに残ったのは、カルメラの香りだけだった。
「ハァ! ハァ! ……フゥ」
獣は興奮しながらも息を整え、広場を見渡し、異変に気づいた。
広場の中心に、明らかに先ほどまで存在しなかったものがあったのだ。
――泉だ。
しかし、ただの泉ではない。
湧き出ているのは水ではなく、ヨーギルだった。
獣はそれに近寄り、手ですくって口に運ぶ。
SPRING UP<ボォォーン……>
戦いで失った力が、再び獣の中に満ちた。
泉の前に座り込んだ獣は、風でさざなみのたつ泉の水面をみつめた。
しばし、時を忘れたかのようにそうしていた獣は、意を決したかのように刺股を杖のようにして立ち上がると、広場を見渡す。
すっかり戦いに気を取られていたが、冷静になってもう一度広場を見渡してみると、奥の方に錆びた青銅の扉があるのに獣は気づいたようだ。
「ウンショ、ウンショ……!」
てくてくと扉の前に行って、押し開けると、獣の前に切り立った崖、そしてその上に立つなにかの建物が目に入った。その建物はかなり大きなもので、緩い角度をした大きな三角屋根をもち、それを支える柱は不必要なまでに多い。
実用性というものから、あまりにもかけ離れた建築様式。
その建物は神殿のようにも見える。
「ウーン?」
獣は小首をかしげた後、後ろを見る。
この道を行くより他はないとでも思ったのだろうか。矮小な獣は、小さな足を前にだすと、崖の上の建物を目指して進み始めた。
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