獣の審判者

 像の頭部には、無表情な仮面がはめ込まれていた。

 その仮面の下には一体何が? いや、きっと何もないのだろう。


 彼の者が振るう武技に、心のようなモノは見られないからだ。振り下ろした槍を引き戻すと、まるで振り子のように、像は全く同じ動きを繰り返した。


 獣は振り下ろされる槍を見切り、前転すると刺股を突き出し、像の脚を突いた。

 金属製の先端は、その蛇の鎌首のような穂先で、腿の内側を傷つける。


 突く、突く、そして離れる。


 ――獣の審判者――

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■□□□


「フゥ! ……フゥ!!」


 小さき獣の技は、いや、技と言うにはあまりにも稚拙だが、通用している。

 像は距離を取った矮小な獣を見下ろし、ゆっくりと近づいてくる。


「ウゥー……!」


 獣は喉の奥から声を出し、それを威嚇する。

 しかし、心なき像はその警告に耳を貸したりはしない。


 像は白く染まった足で、石の床が割れるほどに力強く踏み込む。その瞬間、獣には像の脚が膨れ上がったように見えた。像はその巨体を弾くようにして地面を蹴り出すと、肩を突き出して真っ直ぐ獣に迫って体当たりを仕掛ける。

 これは「ぶちかまし」という技だ。

 

「――ウンショ!」


 体当たりを避けるために獣は前転した。

 突進する巨像と行き違いになるようにして、かわすつもりなのだ。


 しかし、このぶちかましは、獣の動きを誘うものだった。

 巨像はぶちかましのために突進するが、軸足でその巨体を止めると、その勢いを回転に変換して、手に持った槍に伝える。


 巨像の槍は、頑丈だが、太く、重い。

 これを振るうには大きく体をねじって、力を溜めなければならない。

 しかし、その力を突進することによって稼いだのだ。


 ――ぶちかましからの槍払い。二段構えの攻撃が巨像の狙いだったのだ。


 ブオン!! 丸太と見まごう槍が、地を這って獣を襲う。


「……ワ!」


 とっさに刺股を前に出し、防御の構えをする獣。

 しかし、あまりにも膂力が違いすぎる。獣の構えはいとも簡単に破られ、体ごと吹き飛ばされる。獣は石床の上を何度も転がった。


「ワァァァ……ン!」


 巨像と獣では、あまりにもその力が違いすぎる。

 しかし、獣の目はそれでもまだ、この戦いを諦めていなかった。


 痛みに体をさすり、刺股を構え直す獣。

 おもったよりもケガはひどくない。


 これは獣があまりにも矮小で小さい体をしていたからだ。

 陶器のコップと違い、軽くやわらかな枕を地面に投げつけても壊れはしない。


 小さくてかわいい獣の身体は、戦いにも有利なのだ。


「ワァァァー!」


 獣は雄叫びを上げ、人の世では失われた「戦技」を使う。

 「戦技」とは、武器に宿った技術を開放し、戦いに用いる技だ。


 武器に宿る技術とは? これは狭間の地に遺された武器に、ちいさき獣たちの魂が残っているがゆえにできる技だ。


 獣が放った戦技は「突貫」――刺股を突き出し、遮二無二突っ込む技だ。

 技と言うにはあまりにも単純。

 それは「どうにかなれ」とでも言う祈りにも似ていた。


「ワーーー!!!!」


 猛進する獣は、像の足元に突進し続け、刺股を突き立てる!


 ザシザシ!ザシュ!!


 何度も、何度も、繰り返し刺股を突き立てる。

 暗い灰色の石の広場は、鮮やかな赤いシロップに染まる。


 幾度と繰り返される獣の猛攻に、巨像はたまらずに膝をついた。


「フゥ……! フゥ……!」


 気力を使い果たし、一旦息を整える獣。

 自分の戦技は通用する。このままなら勝てる。


 そう思ったのか。小さき獣は頬を桜色に染め、刺股を握り直した。


 しかし――


 ――獣の審判者――

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「ぐにゃり」


――�。ニ譌°の審判者――

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 その時何かが起きた。

 獣には遨コ豌�が歪んだのが感じ取れた。


 巨像が身にまとっている鎧の留め金が弾ける。

 その中から「何か」がドボドボと溢れ出てきた。


 赤いシロップと一緒になって、正体も定かではない何かが溢れ、床を汚した。

 乳白色をしたそれは、なにかの形を取っている。

 とにかくひどく甘い香りがする。実体のある香気が空間を包んだ。


「ワァ……ァ!」


 困惑する獣を前に、それは不定形の乳白色の腕で槍を掴み直し、掲げた。

 まだ戦いは終わっていない――。

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