獣の審判者
像の頭部には、無表情な仮面がはめ込まれていた。
その仮面の下には一体何が? いや、きっと何もないのだろう。
彼の者が振るう武技に、心のようなモノは見られないからだ。振り下ろした槍を引き戻すと、まるで振り子のように、像は全く同じ動きを繰り返した。
獣は振り下ろされる槍を見切り、前転すると刺股を突き出し、像の脚を突いた。
金属製の先端は、その蛇の鎌首のような穂先で、腿の内側を傷つける。
突く、突く、そして離れる。
――獣の審判者――
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「フゥ! ……フゥ!!」
小さき獣の技は、いや、技と言うにはあまりにも稚拙だが、通用している。
像は距離を取った矮小な獣を見下ろし、ゆっくりと近づいてくる。
「ウゥー……!」
獣は喉の奥から声を出し、それを威嚇する。
しかし、心なき像はその警告に耳を貸したりはしない。
像は白く染まった足で、石の床が割れるほどに力強く踏み込む。その瞬間、獣には像の脚が膨れ上がったように見えた。像はその巨体を弾くようにして地面を蹴り出すと、肩を突き出して真っ直ぐ獣に迫って体当たりを仕掛ける。
これは「ぶちかまし」という技だ。
「――ウンショ!」
体当たりを避けるために獣は前転した。
突進する巨像と行き違いになるようにして、かわすつもりなのだ。
しかし、このぶちかましは、獣の動きを誘うものだった。
巨像はぶちかましのために突進するが、軸足でその巨体を止めると、その勢いを回転に変換して、手に持った槍に伝える。
巨像の槍は、頑丈だが、太く、重い。
これを振るうには大きく体をねじって、力を溜めなければならない。
しかし、その力を突進することによって稼いだのだ。
――ぶちかましからの槍払い。二段構えの攻撃が巨像の狙いだったのだ。
ブオン!! 丸太と見まごう槍が、地を這って獣を襲う。
「……ワ!」
とっさに刺股を前に出し、防御の構えをする獣。
しかし、あまりにも膂力が違いすぎる。獣の構えはいとも簡単に破られ、体ごと吹き飛ばされる。獣は石床の上を何度も転がった。
「ワァァァ……ン!」
巨像と獣では、あまりにもその力が違いすぎる。
しかし、獣の目はそれでもまだ、この戦いを諦めていなかった。
痛みに体を
おもったよりもケガはひどくない。
これは獣があまりにも矮小で小さい体をしていたからだ。
陶器のコップと違い、軽くやわらかな枕を地面に投げつけても壊れはしない。
小さくてかわいい獣の身体は、戦いにも有利なのだ。
「ワァァァー!」
獣は雄叫びを上げ、人の世では失われた「戦技」を使う。
「戦技」とは、武器に宿った技術を開放し、戦いに用いる技だ。
武器に宿る技術とは? これは狭間の地に遺された武器に、ちいさき獣たちの魂が残っているがゆえにできる技だ。
獣が放った戦技は「突貫」――刺股を突き出し、遮二無二突っ込む技だ。
技と言うにはあまりにも単純。
それは「どうにかなれ」とでも言う祈りにも似ていた。
「ワーーー!!!!」
猛進する獣は、像の足元に突進し続け、刺股を突き立てる!
ザシザシ!ザシュ!!
何度も、何度も、繰り返し刺股を突き立てる。
暗い灰色の石の広場は、鮮やかな赤いシロップに染まる。
幾度と繰り返される獣の猛攻に、巨像はたまらずに膝をついた。
「フゥ……! フゥ……!」
気力を使い果たし、一旦息を整える獣。
自分の戦技は通用する。このままなら勝てる。
そう思ったのか。小さき獣は頬を桜色に染め、刺股を握り直した。
しかし――
――獣の審判者――
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「ぐにゃり」
――�。ニ譌°の審判者――
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その時何かが起きた。
獣には遨コ豌�が歪んだのが感じ取れた。
巨像が身にまとっている鎧の留め金が弾ける。
その中から「何か」がドボドボと溢れ出てきた。
赤いシロップと一緒になって、正体も定かではない何かが溢れ、床を汚した。
乳白色をしたそれは、なにかの形を取っている。
とにかくひどく甘い香りがする。実体のある香気が空間を包んだ。
「ワァ……ァ!」
困惑する獣を前に、それは不定形の乳白色の腕で槍を掴み直し、掲げた。
まだ戦いは終わっていない――。
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