霧の先へ

 獣の足取りは軽かった。

 甘露は麻痺した獣の手足をみなぎらせ、前へ進ませる。


「ウン?」


 獣は墓地を進んだ先で、奇妙なものを見つける。


 壊れかけた石壁に出入り口となる穴があるのだが、そのぽっかりと開いた空間に、白い乳白色の霧が、まるで膜の用に張っていたのだ。


 獣はそれを目の前に、首を傾げる。

 ここを通らねば、先には進めそうにない。


「ウゥー?」


 恐る恐ると言った様子で、獣は膜にふれる。

 すると、膜は中に獣を引っ張り込んだ!


「ワワ……!! ワーッ?!」


 獣は狼狽うろたえて刺股を持つ手を振るうが、何の助けにもならない。

 霧の内側に引っ張り込まれて、その中で派手に尻餅をついた。


「……!」


 硬く、冷たい石の床に強かに体をぶつけたことで、獣は痛みに涙を浮かべる。

 しかし、それでも獣は泣きわめくことはしなかった。


 誰も自分のことを見ていない今、怒りを撒き散らしても意味は無いと思ったのか、それとも別の感情があったのか、獣は軽い掛け声とともに立ち上がる。


「ウンショ……」


 立ちあがった獣は、霧に引き込まれた空間を見る。

 獣が目がみた光景を、何と表現したものか。


 そこはかつての公共広場のようだった。

 この漂泊墓場に併設され、葬儀を執り行った場所なのだろう。


 広場の中心には篝火台が有った。

 足元の石床が何重にも円を描いて、それを取り囲んでいる。

 石床が作る円の外周には、葬儀を見守る遺族が座るためのベンチがあるのだが、その殆どは、永い時の試練によって朽ち果てていた。


「ウン?」


 獣は、何か疑問を感じたような声を上げる。

 奇妙なものが目に入ったからだ。


 金属の棒が深々と刺さった像、それが篝火台に祈りを捧げる姿勢をしている。

 像は手に何か長い槍状の物を持っているが、全身が白い粉にまみれ、人の形をしている以上のことは判然としない。


 獣は手持ちの刺股を見、次に像の体に刺さっている棒を見る。

 棒には柄があり、その握り手は剣のそれにも見える


「ウーン……ア!」


 獣は何を思ったか、その像に近寄ると、金属の棒に手をかける。


「ウンショ、ウンショ!」


 刺股をわきにはさみ、両手で剣の柄を握って力を込める。

 そして、力を振り絞ると、一気呵成に棒を引き抜いた――!


「ワァ……アッ!!」


 抜けたまでは良かった。

 しかし、勢いが余って、獣は地面を転がった。


 ころころと回って、石床の出っ張りで止まる。

 目を白黒させた獣は、ひき抜いた剣を見る。


 それは武器と言うには、あまりにも珍奇な代物だった。

 剣はその身がねじれ、チョコが螺旋を描いている。

 それはクレープロールだった。


「ウゥ? ワァ……!」


 獣はそれを認めると、ちいさな眉をひそめた。

 きっと、彼が期待したものとは違ったのだろう。

 しかし、その眉は次の瞬間に垂れ下がった。


 獣の様子は、「これはこれで良い」そう語るかのようだった。


「ウン……?」


 獣はクレープロール越しに風景を見て、違和感に気づく。

 あの像は果たしてだろうか。


 いや、像が動き出している。


「ワ……! ワワ!」


 獣は予想外のことに慌てふためいた。

 しかし像は全くお構いなしで、手に持った槍を振り下ろしてきた!


「イヤイヤ!」


 獣は悲鳴のような声を上げ、槍から逃れる。

 獲物を捉え損なった穂先は石床を叩き、細かい破片を周囲に撒き散らした。


――獣の審判者―― <デーーデーデーデーデーーデ~~~>

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 獣は刺股を握りしめ、槍を振るった像のスネをつついた。

 すると像の石のような肌からは想像もできなかった事が起きた。

 赤い汁が吹き出したのだ。


 獣の顔を飛び出した汁が汚した。

 汁は獣の口元まで垂れると、唇から口の中へ忍び込んだ。


 すると、獣は以外そうな顔をした。

 ――「甘い」とおもったのだろう。そう、これはシロップだ。


「ウゥ……ウン!」


 この存在が体液を持ち、それが出るなら殺せる。

 獣はそう思ったのか、刺股を強く握りしめた。


――獣の審判者――

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る