第45話 村を救った英雄 醤油屋梧兵(後編)
その後、俺達は気まずい雰囲気のまま、叶芽と後方の席に座って観覧していた。
開校式が始まると今まで騒がしかった児童もシーンと静まり返り、歴史遺産ガイドの会長さんが開会の挨拶を始めた。その次に来賓として招かれた町長である丘石 良樹町長が祝辞を述べていた。
――全然、雰囲気が違うけど、本当に親子なのだろうか?
「あの人って、丘石先生のお父さんなんだろう?」
「そうよ、それがどうしたのよ?」
不思議そうな顔で俺を見る叶芽がいた。
教卓から祝辞を述べる厳格な雰囲気のある丘石町長と、極道な雰囲気がある担任の丘石先生を思い返してみた。どう見ても親子には見えない。
「いや、ぜんぜん似てないからさぁ……」
背後から不機嫌そうな顔で俺を睨むやつがいた。
「似てなくて悪かったなぁ……」
その不機嫌そうなやつとは丘石先生であった。俺たちの後ろの席で、腕組みをして睨みつけていた。俺はたらりと冷や汗をかいた。
「丘石先生……なぜここに?」
「そりゃおまえ、教育委員会が後ろ盾で運営しているんだから、俺たちが借り出されるのは当然のことだ!」
ーー休みの日にまで借り出されるとは、公務員も楽じゃないなぁ……ちゃんと残業代は出ているのだろうか?
「それじゃ、なんで中学生の俺たちがボランティアで手伝っているんですか?」
それについては聞いて欲しくなさそうな顔をしていた。なにか裏があるのだろうか?
「それはだなぁ……震災や津波、色んな災害がこれからも起こるだろう。ある程度の知識は身につけておいた方がいいと思ったんだ」
なんか取ってつけたような言い回しではあったが、さすがは、先生だ!言っていることは正しい。
確かに俺も震災で被災者になったことがあるが、あれは悲惨な光景だった!出来ることなら、二度とあんな悲劇には出会いたくはない。
「その話を聞いて、うちも入れてもろとんのよ」
叶芽がいつになく思い詰めたような表情をしていた。俺はまだこの時、叶芽の表情が示す意味を知るよしもなかった。
もう一つ気にかかることがあった。それはなぜこのボランティアメンバーが剣道部に偏っているのか?と言うことだ。
「なんかボランティアのメンバーって剣道部が多くないですか?」
「それは……俺が剣道部の顧問をしていたからだなぁ、剣道部員に声をかけて集めたんだ」
――それって職権乱用に該当するのではないか?
そこには恥も醜態も全て脱ぎ捨てた、教師丘石 英樹がいた。俺はジト目で丘石先生をみた。
長かった町長の祝辞も終わると、こちらをチラりと見て微かに手を上げると、なにごともなかったかのように立ち去って行った。
丘石先生も、それに応えるかのように手を振り、にっこりと微笑んでいた。この親子、とても仲がいいんだなぁと感じた。
次は講義を受ける児童たちの自己紹介の時間となった。風花も他の児童と同じように前に並んでいた。自己紹介を発表していた。
「ごっ、こしょう風花てす。よろしくお願いします」
あの風花がカミカミの自己紹介をしていた。緊張して震えているのか?初々しくて微笑ましく見えた。
その後集合写真を撮って開講式は終わりを迎えた。こうして他の児童たちと並ぶと普通の小学生にしか見えない。写メでも撮ってあとで母さんにNINEでも送ってあげよう。
その後、俺たちは片付けをして帰ることになった。その帰り道、俺は叶芽と一緒に帰ることになったのだが、話題がなく無言で歩いていた。
――このままではなにもなく終わってしまう。そうだ今は叶芽だからアレを手渡さなくっちゃ!
「ちょっと……待ってくれよ」
俺は稲むらのオブジェが飾られた、小さな公園の前で叶芽を呼び止め、そこに置かれたベンチに二人で座った。叶芽は居ずらそうな顔をして、うつむくばかりであった。
「渡したい物があるんだ……」
俺はショルダーバッグの中を手探りで、あるものを探した。確か、ここに入れたはずなのだが……
「なに……」
興味本意に叶芽が覗き込んでくる。俺の心は焦るばかり、気持ちを落ち着かせて探すが見当たらない。
…………あった…が、しかし思っていた形とは違う、歪な形に変わっている。
――こんなの渡せるわけないじゃないか!
「それが、その……家に忘れてきたみたいなんだ。また今度にするよ。ごめんね」
俺は叶芽を顔を見れずに目を逸らしたまま、それをバッグの奥へとねじ込んだ。
「そう……それじゃ帰りましょうか」
「あぁ……」
叶芽が立ち上がって歩き出した。俺も彼女を追いかけるかのように立ち上がり、ショルダーバッグを肩にかけた。
するとバッグのチャックをうっかり閉め忘れていたため、中身を公園に撒き散らしてしまった。
「あぁもう、なにしとうとぅ……」
「……ごめん」
二人で撒き散らした中身をかき集め、バッグの中に押し込んでゆく。
俺は自分の不甲斐なさと、やるせなさの感情が渦となって込み上げてくる。悔しくて悲しくて涙が出そうになるのを必死に堪えていた。
「これって……もしかして……」
叶芽がぼんやりと落とした、なにかを見てつぶやいた!そう!それは俺が渡そうとしていたものであった。歪んだ小さな箱を手に取り、じっと眺めている。
「これ……もらっても、いいものなの?」
叶芽はその歪に曲がったパンドラのような箱を、確かめるかのように聞いてきた。
俺は叶芽の顔を見ることができず、うつむくようにうなずいた。
「開けるね……?」
叶芽は箱の歪みを直しながら、ゆっくりとフタを開け、パンドラの中身を取り出した。
「かわいい……」
無言でうなずき、チラりと彼女を見た。すると彼女は少女のように頬を染め、嬉しそうな笑顔を見せていた。
「ねぇ……陸、これ着けてくれないかなぁ」
俺は手渡されたプレゼントを、不器用ながらも手間取りつつ髪につけてあげた。
「ねぇ陸、紫陽花の話言葉って知ってる?『移り気』『浮気』『無情』っていうんだよ」
――えっ……まずい、また俺やっちまったのか?さらに俺の心をパンドラの箱は、その奥へと引きずり込んで行くような気分にさせる。しかし、パンドラの箱の奥に眠る光が、俺を生き返らせてくれた。
「でもね。ピンクの紫陽花の花言葉は『元気な女性』『強い愛情』なのよ」
俺はようやくプレゼントしたピンクのシュシュを綺麗なポニーテールの髪に着けてあげることができた。
「これ陸が選んでくれたん?ええなぁ、これ!」
俺に見えるようにと、くるりと一回りするとポニーテールの髪が元気よく飛び跳ねていた。
「どう、これ似合うとぅ……?」
照れ笑いで、恥ずかしそうなかすれた声で問う、叶芽がとても眩しくて愛おしかった。
「うん、かわいいよ」
「おおきに……」
その日うちに帰ると……
「お兄ちゃんそこに座りなさい」
「えぇ……」
雷雲のような怒り狂った風花が永遠と続く説教が始まりを迎えると、夏のように晴れ渡った笑顔でNINEを見てニヤつく母さんがそこにいた。
これからとてつもなく忙しく熱い夏が始まろうとしていた。
夏休みに入り、子供歴史遺産ガイド講習が毎週土曜日に行われた。俺達もボランティア活動として参加していた。開校式には来ていなかったが、野田君も講習会に参加してきた。
もちろんボランティアとしてである。どうやら福田先輩から受けた、しごきの一環のようであった。
福田先輩がなぜ来ないのかと言うと、高校受験を控えており、その勉強に勤しんでいるようであった。
気になるのは伊藤先輩の方だ、同じ三年生であるのになぜか余裕でボランティア活動に参加しているのはなぜ?
「伊藤先輩は受験勉強しなくてもいいんですか?」
するとよくぞ聞いてくれました。という感じで、自慢げな表情をして答えてくれた。
「うちは飲食店をやっている関係で、商業高校に推薦入学が既に決まっているのよ。だから他の三年生よりも、自由な時間があるわけなのよ」
なるほど……推薦入学かぁ……俺もそれを狙いたいが、そんなに成績がいいわけでもないから無理だろう……
そのあと座学の講義では、以前伊藤先輩から聞いた〖醤油屋悟兵〗の武勇伝や、悟兵が結成した〖勇儀団〗の話から始まり、津波や東日本大震災の話まで発展して行った。
勇儀団とは
外国からきた黒船に対抗するために、醤油屋悟兵が作りあげた、傭兵集団の呼び名である。
講義の中で東日本大震災の話も出ていたが、俺がその被災者であったことは秘密にしていた。あまり、過去の忌まわしい記憶を呼び起こしたくなかったのだ。
そんなある日のこと講義の一環として、本来観光客を相手に行うガイドを実際にやって見せてくれた。
町を歩いて行くとメイン道路から、まっすぐ海に向かって進むと、大きな赤い鉄の扉が大きな口を広げて建っている場所があった。
「これは、水門と言って津波が来た時、この大きな門を閉じて津波の侵入を遅らせるための門です。通称赤門と言います。よく覚えておいてくださいね」
それ以外にも気づいたことがある。それは古い家が取り壊され、空き地となったところが数多く目立つのだ。これは地震が起きた場合、古い建物が道を塞いでしまう恐れがあるため、地震が起きる前に壊して逃げ道を確保する工夫がされていた。
そのあと、俺達は醤油屋悟兵が実際に暮らしていた家へと案内された。中庭の一部が醤屋公園として一般公開されていた。そこに赤瑪瑙の石が置かれており、俺はその石に心奪われていた。
そんな俺を無視して、ガイドの説明は続いている。
「ここが醤油屋悟兵が実際に住んでいた…………」
ホワァンホワァンホワァン…………
急にあちこちの携帯から嫌な警報音が鳴り響いた。緊急避難速報の情報だ。
「大丈夫です。これは隣り町の避難訓練の情報のようですね。それでは次に参りましょう」
ガイドの担当者さんも驚いた顔をしていたが、実際の地震では無いことを知り、安心した顔で醤屋公園を後にして、無事ガイド実習は終了した。
ちなみに耐真中学校を作ったのも、醤油屋悟兵さんの功績であったことを、この時初めて知ることになった。
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