第17話 村を救った英雄 醤油屋梧兵(前編)

「お願いって……なに?」

 呼詠さんは照れ顔で言いにくそうに、モジモジと話を切り出した。

「今度の土曜日って時間ある……?」


ーーなんだ、なんだ、今度の土曜日?呼詠さんのためなら無くても空けます。この流れは絶対にデートのお誘いだ。きっとそうに違いない……

「うん、大丈夫、空いてるよ」

「よかった……私と一緒に来て欲しいの?」

――やったぁ……呼詠さんと初のデートだ!


 そして次の土曜日がやってきた。俺は早起きをして洗面所の鏡に映った自分の髪型がビシッと決まっているか確かめた。

「ヨシ完璧だ!」

「おはよう……お兄ちゃん、なにが完璧なのよ?」

――ふふ〜ん、今日のお兄ちゃんはデートなのだ!

 

 などと妹に話すことは絶対にしない。恥ずかしから……すぐさま、洗面所を出ようとすると風花から冷たい視線が突き刺ってくる。

 

「どうでもいいけど、そのダサい服装のまま、外に出歩かないでよねぇ、恥ずかしいから……」

 

「なぬって、これのどこがダサい服装なんだ」

 俺のファッションは、黒のパンツにド派手な赤いTシャツ、もちろんフードもついた活かした服装であった。


「全部よ、全部……」

 髪を梳かしていた風花が鏡越しに、ジト目で俺を見にくる。その視線がとても痛かった。

 「今日私も出かけるから、外で会っても赤の他人よ」


――なんという言い草だ。しかし、あの勉強以外興味がない風花が出かけるというのは驚きだ!図書館にでも行くのか?


 俺は仕方なく少し地味な〖ゴーストドライブ焔〗の絵柄が付いた青いTシャツに着替えて出かけようとした。

「待ちなさい!またそんなカッコ悪い服装でどこへ出かけるのよ」

 次は母さんからのクレームが入った。そして風花と二人で言われるがまま、着替えることになった。


 かなり地味というか、普通すぎる白のTシャツに黒のパンツで出かけた。

 

 待ち合わせ場所は、町の中心部にある物産展の前で待ち合わせをすることになっていた。まだ時間も早かったので開店していなかった。


 早く来すぎた俺は目の前にある、〖醤油屋梧兵の館〗を見て時間を潰すことにした。


 〖醤油屋梧兵の館〗とは醤油屋梧兵が生きた生涯の展示と資料が残されているらしいのだが、俺はあまり興味がないのでまだ入ったことがなかった。

 

 ここもまだ開館前で、中には入れそうになかったが、駐車場横には醤油屋梧兵の胸像が展示されていた。

 

――案外かわいいおじいちゃんなんだなぁ……

とりあえず、その胸像とツーショット写メを撮って楽しんだ。

 

「おまたせ、待った……かな?」

 照れくさそうに現れた呼詠さん……神!サラサラヘアーを風になびかせてやってきた。


 さらにピンクのジャージ姿も捨て難い、って……ん?ジャージ、なんでジャージ?

「それじゃぁ行きましょう」

「うん……」

 

 ん?なんで……廣河町民会館なんだ?さらに俺の前を歩いていた少女を俺は知っている……風花だ!


 風花は同じ小学校の友達数名に紛れて歩いていた。なんで風花がここにいるんだ?俺は思わず声をかけた。

「おい、風花もここに来てたのか?奇遇だなぁ…」


 しかし、なんの反応もなく足早に、会館の中へと入って行く。

――おいおい、マジで無視する気なのか?……お兄ちゃんは悲しいぞ!

 

「知り合いなの?」

「あぁ、妹の風花なんだ」

 俺は半泣き状態で呼詠さんを見た。そんな俺を気遣い優しく声をかけてくれた。

 

「……大丈夫、どこか痛いの?具合が悪いなら、また今度にしましょうか?」

ーー俺は心が痛い……兄として情けない。そんな妹に育てた覚えはないぞ!きっと風花も同じことを思っている、あなたに育てられた覚えもない……と

 

「だっ大丈夫だよ!このくらい平気さ……」

 俺は平然を装い、にっこりと微笑んだが、呼詠さんには意味が分からない、といった表情をしていた。


「呼詠お姉ちゃんおはようございます」

 そこへ来たのは……ちっちゃな桜井さん?ぬぬぬ……そのTシャツは〖魔法少女・プリティア〗ではないか?

 

〖魔法少女・プリティア〗とは、

選ばれし三人の魔法少女がプリティアに変身して、悪の秘密組織と戦う日曜定番のアニメである。


 俺は魔法少女には興味がなかったのだが、ある程度の知識は持っていた。

「おはよう、お姉ちゃんと来たの?」

「そうだよ……」


 その少女が振り返り指さす先には普通の桜井さんがいた。姉妹なのか?よく似ている。

「おはよう呼詠ちゃん、早かったのね」

「千里ちゃん、おはよう!」

 

「五條君もおはよう、この子は私の妹なの、仲良くしてあげてね」

「おはよう桜井さん」 

――もちろんだとも、桜井さんの妹なら仲良くしないわけがない!

 

「桜井 小春です。よろしくお願いします」

「俺は五條 陸です。こちらこそよろしくね。プリティアが好きなの?」

 

「うん!大好きだよ。お兄さんティアウィザードみたいでカッコイイね」

 

――そう言われるとなんだか照れくさい気もするなぁ……でも、悪くはない。

 

    ティアウィザードとは

魔法少女プリティアに登場する男子のプリティアで、黒いアンダースーツに白いローブを羽織り、長い杖を使って戦う戦士である。

 

「ありがとう!」

 

 俺はにっこりと微笑むと、小春ちゃんの話相手をしてあげた。呼詠さんは桜井さんとなにか話をしていたので、その間だけプリティアの話をして盛り上がり、最後には変身の真似ごとをして楽しんだ。 

   

「小春、そろそろ行こうかぁ……」

「うん!またね、ティアウィザードのお兄ちゃん」

――いや、ティアウィザードじゃないんだけど……

 

 桜井さんが俺の肩を叩いた。

「あまり呼詠ちゃんを泣かせるんじゃないよ」

 そう言われ呼詠さんを見てみると置き去りにされ、寂しそうにたたずんでいた。かなり気まずい雰囲気が漂っているのを感じた。

「それじゃぁ、俺達も行こうかぁ?」

「うっ、うん……」

 

 とは言うものの俺は今日ここへ、なにしに来たのだろうか?それを確かめたいのだが、空気が濁ったままで話づらい…………

 

「おはよう……五條君も来てくれたんだね?」

 そこへ天の助けとなる祐希がやってきた。

――今、俺はめっちゃ困っている助けてくれ……

 

「今日ここでなにがあるんだ?」

「えっ、何をするのか聞いてなかったのかい?今日は子供歴史遺産ガイド講習の開校式があるんだよ」

――だから風花がここに来ていたのか?

 

「なるほど……で子供歴史遺産ガイド講習ってなんなんだ?」

 えっ……なにも聞いていないのかい?という顔で、俺を見ていたが、そんな顔を俺を見ないでくれ。

 

「おはよう上村君、あとは私がちゃんと説明しておくから先に行ってくれるかなぁ」

「おはよう北川さんわかった。ありがとう先に行くね」

 

 気を効かせたのか、それとも悪い雰囲気から逃れたかったのか……俺たちを置き去りにして、館内に入って行った。

 

 振り返るとそこには髪をポニーテールに束ねた呼詠さん?ではなく叶芽がいた。なんで叶芽と代わっているんだ?

「あれ?叶芽なのか……」

 

 彼女には誰にも言えない秘密があった。涙を流すたび、呼詠さんと叶芽、姉妹の人格が入れ替わるのだ。なんだか叶芽と会うのも久しぶりのような気がする。

 

「叶芽なのか?や、ないとぅ」

 彼女は眉間にシワを寄せて、かなりの剣幕で怒りをあらわにして突っかかってきた。いったいなにを怒っているんだ?

 

「せっかく二人きりで仲良くさせてあげようとしとぅのに、いらんことしょって、なんで呼詠を泣かせることばかりしょうとぅ、あんたは……」


 俺は言い訳をする余地もないほど、ぎちょんぎちょんに説教を食らい、どんよりとした気持ちで落ち込んでいた。


「おはよう、北川さん来てくれてたのね。ありがとね!さっ、早く入って……手伝って欲しいことがあるの」

「すみません。すぐ行きます。」

 会館の中から出迎えに来てくれたのは、伊藤先輩であった。叶芽はギロッと俺を睨みつけ、そのまま館内に入って行った。

 

「さぁ、五條君も中に入って!」

「はい……」

 伊藤先輩は俺たちのやり取りを察してくれたのか優しい声をかけてくれた。そして背中を押して中に入れてくれた。


 中にいた叶芽は受付の席に座わり、児童の出席名簿を見ながら出席のチェックを行う仕事を任されていた。


 伊藤先輩が、おぼつかない表情の俺を心配して話し掛けてくれた。

「これなんの集まりか聞いてる?」

「はい、子供歴史遺産ガイド講習で、今日は開校式があるということは聞きました」


 会場には、小学校 五、六年の児童が十数名程度とその保護者達、さらにマスコミ関係者が数名来て賑わいをみせていた。風花も他の児童に交じって座っていた。


「そう……それじゃぁ、五條君は醤油屋梧兵って知ってる?」

「いいえ、あまり詳しくは知りません」

 

 伊藤先輩はそれを聞いて寂しげな表情をしていた。やはり地元の人にとって醤油屋梧兵は、有名人のようであった。

 

「まぁ、そうよね。千葉から転校してきたばかりだものね。いいわ、簡単に教えてあげる」

 なにも知らない俺のため、醤油屋梧兵について簡単に説明してくれた。

 

「そうね!昔、この村に大きな津波が押し寄せて村を飲み込んでしまったことがあったの……でね。その時、醤油屋梧兵が村の田んぼに置いてあった稲むらに火をつけて村人を高台まで逃がしてあげたのよ」

  俺はその話を聞いて興奮して、バイブスが燃えまくってきた。

「すっげー、稲むらに火をつけてヒーローになった人なのか?俺もそんなことしてみたいなぁ」


 伊藤先輩は、ちょっとそれは違うよ……という不思議そうな顔で俺を見ていた。


 そこへ受付の仕事が終えた叶芽が戻って来て、俺の頭をポンと叩いた。

「ダホ……今そんなことしとうとぅ、放火魔で警察に捕まりようとぅ」

それを聞いた伊藤先輩は頭を抱えていた。そして俺の耳もとでひそひそとつぶやいた。

「あまり彼女をイジメちゃダメよ」

「……すみません」

 

 

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