第16話 職場体験実習の三日間(後編)

 実習も二日目に入り、午後から巫女の舞の体験実習が行われることとなっていた。今日も髪は長く垂らしている。呼詠さんだ……


「頑張ろうね……」

「うっ、うん……大丈夫、頑張ろうね」

 桜井さんが緊張している呼詠さんに声をかけて励ました。その呼びかけに応えてにっこりと微笑みを返していたが、やはりどこかぎこちない感じが残っていた。


 そこへ藤咲さんが余裕の笑顔でやってきた。

「なんや呼詠っち緊張しとるん?」

「うん……」

「大丈夫、全部あたいに任せといて!」

 三人は手を重ね合わせ掛け声をかけて励まし合っていた。クラブ活動でよくやるアレだ!

「ファイト〜」

「おう〜」

 そして三人は神楽殿の舞台に向かって歩き出す。舞の披露は藤咲さんを中心として桜井さん、呼詠さんが並んで行われる。呼詠さんが真ん中でないのが少し残念で仕方がなかった。


 準備が整うと、境内がしーんと静まりかえった。神聖な神社の中央に位置する、この神楽殿で藤咲さんがシャリンと鈴を一振した。


 すると笙の音が響き渡り、ゆっくりとした曲が流れ始じめる。笛と太鼓の音色が、重なり合いさらに深みのある音色になる。

 

 鈴の凛とした音色を鳴らしながら、三人の巫女が舞踊る、それはまさに幻想的な雰囲気の中で踊る天女のようで竜宮城にでも来たようであった。


 中でも藤咲さんの舞は飛び抜けて上手く舞姫のようであった。その舞を見たもの全てが虜になってしてしまうほどであった。俺と祐希も釘付けとなり、見入っていた。


 あれはまさに〖ごう狐〗いやそれ以上、神であるお稲荷様そのものではないかぁ!


 舞が終わると観客から拍手喝采の名誉が贈られ、藤咲さん達は、その声援に手を振って応えていた。

 

「藤咲さんすごいねぇ、なんか『ごう狐』さんみたいでよかったよ」

 神楽殿の階段を降りた藤咲さんは優越感に浸り自慢げに話してきた。

「へへぇん〜!もっともっと褒めてもええんよ。男子諸君こう見えても、ダンスは得意中の得意なんだからね、ふふん……」


 俺も興奮気味で藤咲さんとハイタッチで喜びを分かち合いながら話しを楽しんでいた。

「藤咲さん、もう最高だよ……もう一度見たいくらいだったよ」

「嬉しいこと言ってくれるやん、おおきになぁ」

 

 そのあとを追うように桜井さんが降りて来て、お疲れ様と、藤咲さんの後ろから肩に手を添えてやってきた。

「沙苗ちゃんは、いつもダンス教室で練習しているからすっごく踊りが上手いんだよ」

なるほど……だからあんなに上手かったんだね。

 

「あたいに惚れたらあかんよ……」

 藤咲さんは照れた顔で、指で拳銃の形を作り、パァンと撃つまねごとをして、俺のハートを撃ち抜いてみせた。

 俺も調子に乗って撃たれたフリをしてみせた。

「うわぁ……ハートを撃ち抜かれちゃったぁぁ」

 

「あんまり調子に乗らん方がええよ」

 すると横から冷ややかな桜井さんが、俺に耳うちしてきた。そして指がされた方向を向いて見てみると……

 

 呼詠さんは俺が藤咲さんを見てデレデレした顔を気にしていたようであった。


 大丈夫さ、俺が好きなのは呼詠さんだけだよっと、手を振ってみた。


 するとジト目でぷくぅと膨れ面をして、ぷんぷくぷんと怒っているように見えた。


 ……あれ、やっぱり怒ってる?

そんな呼詠さんの顔はとてもレアで、かわいいと思える自分がいた。


『舞はとても上手かったよ』と伝える暇もなく、どこかへ消えてしまった。


 そんな俺のところに祐希がやってきて、トントンと俺の肩を叩き……ドンマイ!と伝えて居なくなってしまった……俺またなんかやっちゃったのか?

 

 その後、機嫌を損ねた呼詠さんのご機嫌取りに二時間ほどかかったが、ようやくご機嫌も直った。


 女心って難しいなと、女心の実習体験まですることになった。こうして複雑な気持ちのまま、二日目の実習体験が幕を閉じていった。


 

 実習最終日、全ての工程がようやく終わりを迎えることとなった。宮司さんから最後の労いの挨拶が境内にて行われていた。

 

 「はい、この三日間の実習お疲れ様でした。どうでしたか?楽しく学べましたか?これから、あなた達は社会に出て、たくさんのことを学んでゆくこととなるでしょう。しかしこの三日間で学んだことを活かして、今後の御活躍を期待しています」

 

 これでようやく解放となるわけなのだが、俺には

まだやることが残っていた。それは……


「アレを持ってきて頂けますか」

 宮司さんの指示で氏子さんが二本の木刀を持ってやってきた。


 その一つを俺に手渡してくれた。

「それでは約束のお手合わせをお願い出来ますかな?」

「はい!喜んで……」


 それは初日に宮司さんと約束した試合のことだった。もちろん審判は氏子さんが行ってくれた。


「なになに……なにが始まるの?」

 藤咲さんは興味津々に狐耳をピョコンと立てた。

「これから宮司さんと剣道の試合をすることになってたんだ!」

「おおぉ……」

 藤咲さんの目が輝き、パシャパシャと写メを撮りまくっていた。それはまるで新聞記者のようであった。


 祐希と桜井さんは境内の横に置かれていたベンチに腰掛け、マイクに見立てたペットボトル片手に持った。桜井さんは伊達メガネをかけて、なにかを始めようとしていた。

――しかし伊達眼鏡なんでどこから取り出したのだろうか?

 

「さてここは末廣神社の境内で、今まさに宮司、代々木 純一郎氏 対 五條 陸選手による剣術試合が始まろうとしております。実況は私、上村 祐希、そして解説は……」

「私、桜井 千里でお送りします。」

 

 なにやら二人とも、やる気満々のように楽しんでいた。呼詠さんはその後ろにちょこんと座り、パチパチパチと拍手をして観戦していた。


――呼詠さん!俺のかっこいい姿をしっかりと見ててね。

 俺のバイブスもだだ上がり、やる気も十分で試合に臨んだ。

「バイブス燃やすぜ」 


「試合会場はいつもとは違い、野外でしかも、足場は砂利となっています。これは五條選手にとってかなり不利な状況ではないでしょうか?」

 

「そうですね。上村さん、しかも今日の対戦相手の宮司さんは、あの直心影流剣術【じきしんかけりゅうけんじゅつ】の免許皆伝の持ち主なんですね」


 祐希はネットで検索を始め、その内容を見て驚いた顔をしていた。

「直心影流剣術と言えば、あの勝海舟もそうですよね」

 

 桜井さんのかけたメガネがキラリと光ると、指でメガネの位置を直した。

「はい!上村さん、よくご存知ですね。幼少期から島田虎之助より剣術を学び、直心影流 免許皆伝になったほどの腕前と言われています。」


 桜井さんの冴え渡る博学に、祐希は感銘を受けて感動していた。

「なるほど……このような相手をどう立ち向かってゆくのか楽しみです」


 そんな実況が淡々と行われていたともつゆ知らず、俺はこの試合に勝つため、瞑想をして集中していた。


 呼詠さんは俺のためにと、神様に勝利の祈って願掛けをしてくれていた。

ーーどうか五條君がこの試合に勝ちますように……

 

時間いっぱいとなり、審判役の氏子の方が紅白の旗を持ち、会場の中心に立った。俺と宮司さんも向かい合い木刀を構えた。


 審判の方が両者の様子を見ながら、開始の合図を送った。

「始め……」

「うおおおおぉ……」

 俺は牽制も兼ねて、大きく声を張り上げた。

 

「さぁ静まり返った境内に五條選手の声が響いております。対する宮司氏は微動だにせず、その場に立ち尽くすのみです。これはどうみますか?桜井さん……」

 

「そうですね。宮司さんの構えは、正眼の構えといい、攻撃や防御、全てこの構えを基点にして様々な状況に対応できるのです」

「なるほど……これに対して五條選手がどう動くのか楽しみですね」


 呼詠さんにいいところを見て欲しい、その想いから気合い十分に意気込んでいた。

ーーこの勝負絶対俺が勝つ、先手必勝!

 

「五條選手が動いたぁ〜俊敏な動きで宮司氏を惑わす作戦かぁ!」

 

「コテ……」

 

「出た!必殺のコテ狙い……これはあの福田先輩をも一瞬の如く倒した技であります。が、しかしそのコテも宮司氏には入らない」

 

ーーほほぉ……なかなかいいコテですね。しかし邪念が多すぎる。この程度では、私に勝つことはできませんよ。

 

「おおっと!宮司氏は、五條選手のコテをかわして面を取りに行ったぁぁぁ〜」

 

 宮司さんが放ったメンが俺の頭上で寸止めされて止まり、俺はたらりと冷や汗を掻いた。

 

「一本!代々木 純一郎……」

「一本入りました。五條選手とても悔しそうです」

 

「そうですね。ここは呼詠ちゃんに、いいところを見せたいという気持ちが、裏目に出た結果となったのではないでしょうか?」

 

「なるほど……奥が深いですね」

 などと実況と解説が行われている間に、開始位置へと戻り、剣先を合わせて、次の始まりを待った。


「はじめ……」

 審判の合図で二本目が開始された。

 

ーーここで負けるわけには行かない。渾身の一撃を決めてやるぜ。

 

「五條選手、気合いは十分!背後にヒョウのオーラが見えてきそうです。対する宮司氏は水を打ったように静まりかえっております。」

「これは明鏡止水の境地ですね。それだけ、集中しているということでしょう」

 

 ピンと張り詰められた水面に賽が投げ入れられば、キレイな波紋がみるみると拡がってゆく感覚を感じていた。

 

 気つけば俺が持っていた木刀は跳ね飛ばされ、またメンの手前で寸止めされて、俺は負けが確定していた。

「一本!勝者、代々木 純一郎……」

 


 試合が終わり、俺は花手水に入れられた紫陽花の花を、ぼんやりと眺めていた。

「残念だったね……」

「うん……」

 

 呼詠さんが言葉少なに話かけてきた。俺はどんな顔をすればいいのか分からずに微笑んでみせた。

 

 そんな俺のことを心配してなのか、ある提案を持ちかけてきてくれた。

 

「お願いがあるんだけど……聞いてくれる?」

「お願い……?」

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