第15話 職場体験実習の三日間(前編)

 あの事件から一週間という月日が経った。俺と呼詠さんとの関係も深まり、休み時間や下校時には一緒に楽しく過ごせるほどに進展していた。


 そんなある日のホームルームに丘石先生が黒板に『職場体験実習』と言う文字を書き連ねた。

 

「おまえ達も、あと数年もすれば社会人となって働くことになる、その前に一度、仕事と言うものがどういうものなのかを体験して学ぶための課外授業だ!」

 

 配られたプリントには、いくつかの職業が記載されていた。その中から好みの職業を選び体験することになる。

 

「なぁ祐希……どの職業にする?」

「僕はもう決めてるよ。末廣すえひろ神社で氏子をやるんだ!」


 氏子【うじこ】とは

自分の住む土地を守る氏神【うじがみ】を信仰する人のことである。その神社の雑務をこなす人のことである。


「五條君は将来なにになりたいの?」

「俺は……」

 中学二年になろうというのに、将来なにになりたいか、なんて考えたこともなかった。強いて言うなら、俺はヒーローとして活躍してみたいが、そんなことは口が裂けても言えない。

 

 妹の風花は、まだ小学六年生だが、しっかりとした将来設計ができている。さすがだ……

 

 呼詠さんがこちらを気にしながら、ちらちらとチラ見してきた。

――呼詠さんは、どの職業を選ぶのだろうか?

 

「俺はまだ将来のことなんてわかんないなぁ……」

「それじゃ、一緒に氏子やろうよ!決まりだね」

 

――やけに強引に勧誘してくるなぁ……なにかあるのか?

 俺は祐希のいうままに氏子希望で提出した。


 実習当日になり、その意味がようやくわかった。

末廣神社の境内に集合することとなっており、俺は祐希とともに体操服姿で集合場所に集まった。

 

「おはよう上村君、もう来てたの?早いね」

 そこへ現れたのは体操服姿の桜井さんであった。――なるほど、これが目当てか?桜井さんも氏子の仕事をやるのだろうか?

 

「おはよう、桜井さんも氏子の仕事をやるの?」

「ううん……私達は巫女の仕事をするのよ」

 

――巫女?うんうん、かわいい桜井さんなら巫女の衣装を着れば、祐希もイチコロだろうなぁ……ん?待てよ今、私達って言ったよなぁ?ってことは……

 

「おお、来てるね、男子諸君……」

 そこへ現れたのは藤咲さんだ!その後ろに、ちょこんといる女子……それは!

 

「おはよう、五條君……」

 たらりと長く伸ばした髪、呼詠さんだ!これは祐希が仕組んだサプライズだった。

――祐希ナイス、グッジョブです!

 

「おはようございます。もう揃っておるようですね……それでは始めるとしますか……」


 白い狩衣と呼ばれる衣装を着て現れたのは末廣神社の宮司さんであった。ここで実習を行うメンバーは、この五名であった。その後、朝礼のような簡単な挨拶が行われ、自己紹介などをした。

 

「私はここ末廣神社で宮司を任されている代々木 純一郎と申します。この三日間よろしくお願いします」


「「よろしくお願いします」」

 みんなで声を揃えて挨拶したのち、着替えが行われ、俺と祐希は神職用白衣に着替えた。

 

「祐希もなかなか似合ってるなぁ……」

「そうかなぁ、五條君も似合っているよ」

「サンキューな!」

 

 そこへ巫女の衣装で現れたのは藤咲さんだった。

「どう、これ似合うでしょう!」


 その衣装は、とても可憐でいくら見ていても飽きなかったが、狐耳としっぽがあれば〖ゴウ狐〗に見えなくもないけど……


 ゴウ狐とは……

轟絶カップ麺のCMに出てくる狐のキャラクターのことである。


 なぜか嬉しそうにくるくると回り出した。おいおぃ、いくら葉っぱを頭に載せて、回っても〖ゴウ狐〗にはなれないぞ!


 うおおおおぉ……

――なんだなんだ、うるさいぞ!

 祐希が目を輝かせて眺める、なにを眺めていたのかを見た。

 うおおおおぉ……と

 俺も目を輝かせて叫んでいた。


「五條君これどうかなぁ?似合ってるかなぁ」

 そこに居たのは、呼詠さんと桜井さんであった。二人とも〖ゴウ狐〗の比でも、かわいいなんてものでもなかった……まさに天女そのものだ。

 

「大丈夫!すごく似合ってるよ」

 俺は生きてこれたことを、神様にすごく感謝して涙を流した。横にいた祐希も同じ様に涙を流して喜んでいた。


「二人して何照れてるのよ?これから巫女の舞を教わるから……あとで上村君と一緒に見に来てね」

 

 桜井さんはそう言って神楽殿へ呼詠さんを連れて行ってしまった。呼詠さん絶対に行くよ!俺のテンションだだ上がりだよ!

 

「絶対見に行くからね……」

 祐希と二人、うんうんうんと首を縦に振って喜んでいた。それはまるで首振り人形のようであった。


「おおぃ、そこのキミ達もそろそろ行くよ」

 

 氏子を仕事を指導してくれる職員が、俺たちを呼んでいた。なにをするのかとドキドキしながら、ついて行くと竹ぼうきを手渡され、境内の掃除をいい渡された。

 

 はぁ〜と二人で深いため息を吐いて、掃除を始めた。この大きな境内には落ち葉がたくさん落ちていて、二人だけで掃除するには広すぎた。


 祐希には悪いが退屈な清掃作業から、こっそりと抜け出し神社の散策を行った。階段を登った先には、拝殿があり、そこに龍の絵馬が飾られていた。最初はその絵は、干支だと思っていた。

 

 だが、違う今年の干支ではない……ギョロりとむき出した目が今にも襲いかかろうとして、こちらを見ている。その絵に恐怖を感じながら眺めていた。


 俺はこの絵の黒い龍を知っている…………震災のあの日、三陸沖に見た……龍だ!

 

「それは津波の龍と呼ばれているものですよ」

 カッカッカッと拝殿へと上がって来るものがいた。振り返ってみると、その人は宮司の代々木さんであった。

 

「その龍は別名、死神の龍と呼ばれて恐れらている存在です。目が合ったものはみなに等しく、死が訪れると言う言い伝えがあるのですよ」


 死神の龍……あの日出会った、あの龍は俺も殺そうとしていたのか?だが、俺はまだ生きている……なぜだ?鋭い眼光に睨まれ、記憶が昨日のように蘇ってくる。


 宮司さんは続けて、こう話してくれた。

「古文書によると、その龍は龍の住処から龍脈という道を通って移動する。ふとした弾みで龍穴に歪みが起こると、そこから外界へと迷い出ることがあると書き記されているのです……そして外界に出た龍は、地震と津波を起こして、見たもの全てのものに絶望の恐怖と死を与えることから死神の龍と言われ恐れられております」


 その話を聞いて冷や汗が流れ落ち恐怖のあまり、その場にうずくまると全身がブルブルと震えた。

 

「どうされました。大丈夫ですか?」

 驚いた宮司さんが心配そうに駆け寄って来てくれた。そして社務所へと運び込まれたのち、少し安静に休んでいるうちに症状も治まり、大事には至らなかった。


「そうですかぁ……剣道部ですか?私も若いころに武術の心得がありまして、よくやっていたものです。どうでしょう一度お手合わせ願えませんか?」

 

「いいですね……こちらこそよろしくお願いします。いつでも喜んでお相手させて頂きます」

 

 体調が良くなった俺は、宮司さんと二人で日向ぼっこをしながら、まったりとお茶を飲み、和菓子を頬張って楽しい時を過ごしていた。それはまるでご老人が、つどう集会のようでとても楽しかった。


「それでは、実習最終日にお手合わせお願いします」

「わかりました。よろしくお願いします」

 

 そこへ知らせを聞きつけた祐希が、血相を変えて社務所へと駆けつけてくれた。やはり持つべきものは友達だなぁ……

 

「五條君、大丈夫?倒れたって聞いたけど……あれ?」

「おぉ、上村君もこっちに来て座りなさい。ようかんでも切りましょう」

 宮司さんは戸棚から頂き物のヨウカンを切り分け、お皿に載せて出してくれた。

「すみません。頂きます」


 そのヨウカンを食べていると宮司さんが、ふと俺が首提げていた鍔のペンダントを見つけ眺めてきた。

「おや!いいペンダントをつけておられる」

 

「これですか?これは千葉で行われた雑貨市のフリマで五百円で買ったんですよ。いい買い物をしました」

 

「ほほぉ……五百円ですか?少し見せてもらってもよろしいですかなぁ?」

 

「いいですよ」 

 俺は首から外し、宮司さんにも見えるように手渡したのだが、そんなにいいものなのだろか?


 宮司さんは取り出した老眼鏡をかけると、もの珍しそうに鍔をじっくりと眺め、驚いた顔をしていた。


 その鍔には醤油屋梧兵の家紋が刻まれており、これもなにかのご縁か……と宮司さんは関心していた。


「あっ……五條君、倒れたって聞いたけど大丈夫なの?」

「あぁ……大丈夫だよ!」

 呼詠さんが心配そうな表情で駆けつけてくれた。元気そうな俺を見て、ホッと一安心していた。

「はい、宮司さんお茶をどうぞ……」 

「いや、済まないね……」

 

 優しい笑顔で急須のお茶を注いでくれた。そのお茶を飲みながら宮司さんと祐希の三人で楽しい一時を過ごした。

 

――呼詠さん将来、いい介護士さんになれるよ……

こうして実習活動の一日目が終わった。

 

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