第18話 叶芽と謎の男性客

 ある日、俺は夢をみた。あれはきっと叶芽だろう……知らない男の人と車に乗り、どこかへ行ってしまう……

 

『叶芽、待ってくれ、俺を残して行かないでくれ』

俺は手を伸ばし、叶芽の腕をギュッと掴んだ。

 

「誰がカナメなのよ?」

 確かに俺は叶芽の腕を掴んだはずであった。しかし、掴んでいたのはうちの妹、風花の腕であった。

 

 掴まれた腕を振り解いて汚らわしいものをパッパと払い、気色の悪いものに捕まれたような顔をして俺を睨みつけている。

 

「お母さん……お兄ちゃんがおかしいの、私のことをカナメって呼ぶんだよ。これってもしかして浮気かなぁ……」

 風花は廊下を走り台所の方へと逃げて行く、台所では母さんが朝食の支度をしていた。

 

「お兄ちゃんがおかしいのは昔からでしょう?今に始まったことじゃないわ。大丈夫よ……」

「あっ、それもそうね……」

 それに対して母さんの対応もおかしいものだ!なにがどう大丈夫なのだ……?


――もしかして甲斐性なし、だとでも言いたいのか?風花も風花だ、それで納得するな!


 まぁ、これくらいは日常茶飯事であるから、俺のメンタルもこの程度では挫けたりはしない。

 

 八月に入ると、町の至るところで二週間後にある花火大会のポスターが貼られていた。呼詠さんの喫茶店でもそのポスターは見かけた。この地域では夏の大イベントのようであった。

 

 そんな中、俺は約束通り呼詠さんの喫茶店でアルバイトをさせてもらってもらうことになった。名目上は、ただのお手伝いと言うことになっている。


 やはり呼詠さんは客商売が苦手なのか、店では叶芽でいる時の方が多かった。

 そこへ、二十代後半の男性客がかなりの頻度でこの店に通って来ては、叶芽と楽しそうに会話を楽しんでいた。


 俺はカウンターの影から、こっそりと覗き見をしていた。まさかあの夢の相手なのか……

「誰だ、あの野郎は……」

 

 しかしあの客を不審に思っていたのは、俺だけではなかった。よく見ると福田先輩も不審者のようにフロアをウロウロと歩き回っている。どうやら彼女の様子が気になるようだ。


「福田先輩、あの野郎は常連客なんですか?」

「あんな客は知らん、最近になってよう来るようになったんじゃ。」

 

 なるほど、先輩も知らない客なのか?ということはだ……夏のナンパ客なのか?色黒で茶髪、どことなくチャラいシャツを着た陽キャ風の客、あれは絶対にナンパ目当ての客に違いない。そんなやつに叶芽は絶対に渡せん。

 

 そこで俺はピッチャー片手に、叶芽と男性客がいるテーブルへと向かって行った。二人の間に割って入り、邪魔者らしい態度で言ってやった。

「お客さん、お水でもお入れしましょうか?」

 

 するとその男性客は空気を察したのか、気まずそうな顔をして時計をみだした。

「あっ、いや結構……もうこんな時間かぁ、悪いがまたくるよ」

「あっ、はい……ありがとうございました」

 叶芽はその客を気遣いながらも、不機嫌そうな顔で俺を見る。 

 叶芽は笑顔で対応して男性客とカウンター横のレジまで行った。そこでもまた会話を楽しんでいる。


「あっ、すみません。またの御来店お待ちしておりますね」

 にっこりと微笑み会計を終えると、すぐに立ち去って行った。

 

 そのあと叶芽の様子がおかしかった。眉間にシワを寄せて俺を睨みつけてくる。俺なんか悪いことしたか?

「なんか今の感じめっちゃ悪かったよ、もうちょっと気をつけてよね……大切なお客さんなんだからね」

 

――なんて言われようだ。俺は叶芽を助けようと思ってだなぁ……まさか、〖大切なお客さん〗ってことは気があるのか?あんな男が好きなのか?


「確かにあれは、あかんわぁ……」

 落ち込んでいた俺に、最後の止めの一撃を刺してきたのは福田先輩であった。呆れたような顔で俺を見ながら、また仕事に戻って行った。


 その次の日も次の日も、その男性客は店にやって来ては、叶芽と楽しそうな時間を過ごして帰ってゆく。


 俺はそんな叶芽が許せなかった。ちょっと待て、それってもしかして俺は、あの男性客に対して嫉妬しているのか?やはりあの夢を気にしているのか?


 有り得ん、絶対にあってはならんことだ。俺は無心になってコップとお皿を洗い続け、ひたすら仕事に集中することにした。

 

 隣りにいた美和母さんが見かねて、俺の代わりに彼女に聞いてくれた。

「呼詠、さっき話していたお客さんのこと、どう思ってるの?」

 美和母さん……神!


「ええ……う〜ん、いい人だと思ってるよ。毎日来てくれて、珈琲も美味しいって飲んでくれてるからね」


――そういうことじゃねぇ!好きなのか?嫌いなのか?どっちなんだよ…………


 すると美和母さんが俺の顔色を伺いながら、また彼女に別の角度から問いかけてくれた。

 

「それじゃぁ、あのお客さんが呼詠に遊びに行かないかって誘ったらどうする。行くの?」

「えぇ……どうしたのよ、急に……行くわけないでしょう。そんなの……」

 

 そういう割には、すごく嬉しそうな顔で、動揺しているように見える。やはり気があるのか?


 すると、美和母さんが俺の肩をトントンと叩いて断念そうな顔をしていた。

「ごめんなさいね。あの子が、あんな顔をするなんて思わなかったのよ。気を落とさないでね……」

 

 ーーちょっと待って美和母さん、それってどうゆう意味なの?やっぱり、叶芽があんな男が好きだとでも言うのか?


 そんなある日のこと、俺は剣道の試合が終わって喫茶店に立ち寄った時のことであった。福田先輩が血相を変え、俺に詰め寄り抱き着いてきた。

 

「五條!大変じゃ、呼詠がァ……あの男性客と、デっデートをすることになってしもうたんじゃ!」

 

ーー先輩……近いよ、臭いよ、苦しいよ。俺の汗まみれの制服が、とんでもない事になってしまったことは言うまでもない。


「えっ、マジですか!先輩、なんで止めてくれなかったんですか?」

 だんだん雲行きも怪しくなり、夕立が降り始め、激しい雷が鳴り響いた……最悪だ!

 

「ワシもあとから聞いた話なんじゃ、それにあんなに喜んどる、呼詠を止めることなんて出来んじゃろうが……」


 そう言われて見ればいつもより、ソワソワして嬉しそうにしている。あんな叶芽は見るのは初めてと言ってもいいくらいだ。

 

 福田先輩は午前中、受験のために夏期講習に行っていなかった。午後のシフトで入ってきた時に、美和母さんからこっそりと話を聞いたらしい。


「それでデートって、いつなんですか?」

「今週の土曜日……じゃぁ」

ーー今度の土曜日って明後日じゃないか……

 俺はこのデートを、必ず阻止してみせると心に誓った。


 次の日、俺が喫茶店での手伝いが終わり休憩をしていたところに叶芽がやってきた。

 

「なぁ叶芽!」

「どうしたの?陸……急に改まっちって」


――ここで動揺してはいけない。自然に振る舞わないと……あんなやつに、叶芽は絶対渡さない。


「今度の土曜日、講義があるだろう?それが終わったらさぁ、ちょっと教えてもらいたいことがあるんだけどいいかなぁ……」


「えっ、それって講義のあとでないとあかんことなん?」

 叶芽は眉を潜めて、嫌そうな目で俺を見ている。 

ーーどうしてそんなに目で見られないといけないんだ?今やっちまったら、あいつと一緒に出かけてしまうだろうが……


「それじゃ土曜日に、ちょっと行きたいところあるんだけど、付き合ってもらえないかなぁ?」


 叶芽は少し考えていた。どうやら、あの人とデートに行くことと、俺に付き合って行くことを天秤にでもかけているのだろう…………さぁ!どうする、どう出る?

 

「今度の土曜かぁ……日曜やったらあかんの?」

 それじゃぁ、あの人とのデートに行っちまうだろうが…………

「どうしたん?今日の陸なんか変とぅ」

「そんなことねぇよ」

 

――そんなに変じゃないだろう。なんか別の方法を考えなくては……そういえば、美和母さんお店で使う食材が足りないって嘆いていたよなぁ。

「それじゃさぁ、お店の買い出し行こうぜ!そろそろ色んなもの足りなくなってきた頃だろう?」


「そうね……それは必要だもんねぇ……」

 やったぁ、これでなんとかなるかもしれねぇ……ざまぁみろ、この野郎!

「それでさぁ……今度の土曜日にボランティアが終わったあとで……」


ブロろろろ……ロロ……

 そこへどこかへ出かけていた美和母さんが、車いっぱいに荷物を積んで帰ってきた。

「ただいま……今日特売でね。安かったから、いろいろと買い込んで来たわよ」

 

「助かったわぁ、お母さん……ちょうど買い出しどうしようかって悩んでいたところだったのよ!」

 叶芽は嬉しそうに、車から買ってきたばかりの食材を、店の中へと運び込んだ。

 

「それはよかった。私もどうしようかと悩んでいたんだけど、みんなが店切り盛りしてくれている間に出かけることができるようになったのよね……」


 美和母さんも嬉しそうに買ってきた食材を店内に持ち込もうとしていたが、俺の様子の異変に気づき、その足を停めて気遣ってくれた。

 

「あれどうしたの?陸君、顔色悪いわよ」

「いえ、別に大丈夫です」

 俺はそのまま落ち込んで、横にあったカフェテラスのテーブル席に座って落ち込んでいた。

 


 

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