第40話 紡がれたパズルピース
放送室に鍵を掛けて閉じ籠った風花は、放送室のドアにもたれ掛かり、ぽつりとなにかを語り始めた。
『昨日、五條君達が警察に捕まったのは私のせいなの……私が警察に通報して五條君の邪魔をしたのよ。あと叶芽にも謝らなくっちゃ行けない。今の私は風花ちゃんの体を借りた呼詠なの。私……叶芽に嫉妬してたみたい。五條君とあんなに楽しそうにしている叶芽が憎くて……羨ましいかったの。ごめんなさい……本当にごめん……なさい』
その声は確かに風花の声であった。しかし、叶芽には、そこに呼詠の御霊があることは確信していた。
「呼詠……」
ドアの外で呼詠の悲痛な叫びを聞き、声を震わせながら後悔の念に駆られ、ありのままの自分の気持ちを打ち明けた。
『謝るのは私の方だよ。知らんうちに、うちも陸のことを好いとったみたい……勝手なもんよね。最初は二人の仲を取り持ってあげるつもりだったのに、こんなことになってしまって……本当にごめんなさい』
風花は涙を流しながらも微笑みを浮かべていた。叶芽もドアに、もたれ掛かかり泣きだした。
『呼詠!お願い、このままだと陸が死んじゃうの。力を貸して……』
風花は涙を吹くとすべてを吹っ切り、清々しい顔になっていた。そして叶芽と心を共にした。
「叶芽の力……少し借りるね」
「えっ?」
すると役場庁舎の電源がパスンッと全て落ちた。
「なんだ、なんだ、どうしたんだ?」
役場庁舎にいた職員達も動揺を隠せずに驚いていた。するとカチッとドアのロックが外され、叶芽が放送室の中へと連れ込まれた。
薄い暗い放送室の中で、叶芽と風花は抱き締め合い、ようやく互いの気持ちを通じ合うことが出来た。
「これは……返しておくね」
風花から手渡されたものは、無くしたはずの白銀の鱗であった。風花が病院のベットの下に落ちていた鱗を拾い、大切に持ち歩いていたのだった。
「ありがとう……」
すると呼詠の意識が風花の体から戻った。そして叶芽の中へと吸い込まれてゆく。風花も元の風花に戻ると、その場で意識を失って倒れてしまった。
風花は、そのまま放送室に置かれた長椅子へと寝かされることになった。
「風花ちゃんもお疲れ様……ゆっくりここで休んでいてね」
叶芽はそう言って涙を流すと、叶芽の意識が薄れ、呼詠の意識へと変わってゆく。
再び自分の身体に戻った呼詠に、叶芽の記憶が入ってゆく。今まで過ごしていた日々の記憶のピースが全てはまってゆく感覚に、身と心を震わせ、抱き締め合っていた。
それは抜け落ちていたパズルのピースが全てはまり、一枚の絵を仕上げた感覚に似ていた。
ようやく非常用電源に切り替わり、すべての電源が入り通常通りに戻ると、再び職員達が放送室のドアを叩き始めた。
『そんじゃ行くとぅ?呼詠……』
「ちょっと待って、叶芽」
『えっ、なに、どうしたの……』
すると呼詠は机の上に置かれたえんぴつ立てに、突き立てていたハサミを手に取り、覚悟を決めたように、大きく息を吸い込んだ。
そして自分の髪をバッサリと切り落として、ショートボブの長さに切りそろえた。
「どう、似合う……かなぁ?」
呼詠は放送室の壁にかけられていた鏡に自分を写して恥じらいながら微笑んで見せた。
『ど、どうって……うん、かわいいと思うとぅ……うちも、こっちの方が好きやねぇ……』
「ありがとう……」
そして呼詠は、にっこりと微笑んで見せた。
「ここを開けなさい!」
職員達がこぞってやってきて、外からドアをドンドンドンと激しく叩いている。しかし、呼詠はその呼びかけに応じることなく、放送用設備の電源を入れた。表示板に放送中の文字が光だし、放送が始まった。
ブオオオオン……ブオオオオン……
『これは訓練などではありません。もうすぐ津波が押し寄せて来ます。全ての住民は、高台まで避難してください。繰り返します……』
時はまだ十五時半頃、俺達は醤屋公園に置かれていた赤瑪瑙の石の前で、まだ戸惑っていた。山寺さんが「逃げろ」と言っていたが、この状況を放置して逃げるわけには行かない。
すると赤瑪瑙の石にヒビが入ってきた。それを山寺さんが着ていたスーツを脱いで巻き付け必死に溢れ出ないように抑えている。しかしあまり効果は期待出来ない。大量の黒い霧があたりに拡がり始めてゆく。
――早く何とかしないと……
しかし護符は使い果たしてもうない。どうすればいい。俺は思考を凝らして考えた。その時、代々木宮司さんから預かっていた御神刀のことを思い出した。
――確か御神刀にも封印の護符が貼られていたはず、いや今は考えている場合じゃない。一か八か試してみれば分かることだ!
「おい、五條君、何をするつもりだ?」
俺は御神刀の護符が、これの封印に通用するものなのかを試すため、御神刀に貼られていた三枚の護符のうち、一枚を剥がし赤瑪瑙の石に貼り付けた。
「上手く封印してくれよ……」
赤瑪瑙の石から、徐々に黒い霧が薄れて行った。しかし、まだ霧は出続けている。さらにもう一枚続けて貼ってみた。すると黒い霧が納まりを見せ始める。
十五時五十六、ブオオオオン…ブオオオオン……防災無線の警報が、うるさいほどスピーカーから放送されて鳴り始めた。
『これは訓練などではありません。もうすぐ津波が押し寄せて来ます。全ての住民は、高台まで避難してください。繰り返します……』
俺は驚きながらも、放送に耳を澄ませて聞いた。
「叶芽が庁舎に来てるのか?」
――叶芽のやつ何やらかしてんだよ。ウロウロしやがって…………
「おぃ!五條!おまえは先に役場へ走れ!こっちは、ワシと野田が残るさかい、安心して行け……」
福田先輩と野田はグッジョブサインで、俺を見送ってくれた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
俺は一礼した後、すぐに役場庁舎に向かって駆け出した。防災無線は延々と避難勧告を告げて流れている。
「なんだ?なにかのイベントかなにかか?」
「あんな地震じゃ、津波なんて来ねえだろう……」
しかし……町の中を走り役場に向かう途中、町民達はうろたえもせず、呆然とその場に立ち尽くすものや、野次馬のように海の様子を見に行こうとするものさえもいた。
十五時五十六分、その放送は町長がいる執務室にも聞こえてきた。町長は急に立ち上がり、防災無線のスピーカーを睨みつけていた。
「誰だ!こんなふざけた放送を流しているやつは……」
町長はすぐさま電話をかけようと受話器に手を伸ばそうとするが、丘石先生がそれを阻止した。
「待ってくれ。生徒達の揉め事には、俺にも責任がある。俺が行って話つけてくる。だから少しだけ時間をくれないだろうか?」
町長はマジマジと先生の顔を見ると、受話器に伸ばした手を戻した。
「わかった十分だけ待とう……」
「ありが……」
ゴトゴトゴトゴト……十六時ジャスト、地響きのような音が近づいてきた。執務室に置かれた書類棚も音立てて動き、机の上に飾られた花瓶も倒れ床に落ちてしまった。
夕暮れ時、二回目の前震が発生した。しかしその時間は俺が伝えた時間よりもかなり早かった。しかもかなり揺れが大きい……
「なんだ?マジかよ、本当にヤバいのか?」
丘石先生は、少し焦りながらも執務室を飛び出て行った。
「はぁ……」
町長はため息をつきくと再び筆を取り、執務を始めていた。
十六時五分、俺は庁舎の二階に走り込んだ。すると三階から降りてきた丘石先生と、ばったり出会ってしまった。
「五條!おまえはなにをやっているんだ!」
「それよりも叶芽、いや呼詠さんは今どこにいますか?」
「北川なら、放送室にいるんだろう」
俺は先生に醤油屋公園に出た黒い霧のことを話した。
「先生!今はそれよりも消防団事務所に行ってください。醤油屋公園に黒い霧が出て来ました。急がないと手遅れになります!」
「わっ、わかった……今は、まだお前のことを信じて動いてやるよ」
「ありがとうございます」
――先生俺を信じてくれてありがとうございます。先生ならきっとわかってくれる日が来ると信じています。だから今は……
丘石先生は俺の話した情報を持って、消防団事務所へと走り出した。俺はすぐに放送室へと向かって駆け出して行った。
放送室前では職員達が集まり、扉をドンドンと叩き、緊迫した状況が続いていた。
俺は息を大きく吸い、バシッと自分の頬を叩いて気合いを入れた。そして職員達が集まっている中へと飛び込んで行った!
「なんだキミは?ここに閉じこもっている子の友達か?なら早く出てくるように説得してくれないか。困るんだよ、こんなことをされたら……」
「津波は必ず来ます。津波が来て避難が遅れば、あなた達の方が困るんじゃないんですか?」
「なにをアホなこと言ってるんだ。キミは……」
ドアの前で両手を広げて邪魔をするように立ち塞がった。
「その声は……五條君なの?」
「そこにいるのは、呼詠さんなのか?」
――良かった。呼詠さんの意識が元に戻っている。良かった……
「そうだよ。呼詠だよ……今まで、わがままばかり言ってごめんなさい」
「俺の方こそごめん。呼詠さんの気持ちをわかってあげていれば、こんなことにならなかったのに……ごめんよ」
その時なぜか、涙が頬を伝わり溢れ出てきた。ドアの向こうでも、呼詠さんがドアにもたれ掛かり、同じように涙を流していた。
そしてまた呼詠さんと叶芽がまた入れ替わるが、今までと違ったこととは、呼詠さんの記憶も、そのまま叶芽が引き継ぎ、残っていたのだ。
十六時四分、醤油屋公園の赤瑪瑙の石から、どす黒い霧が溢れ出した。
山寺さんの直感で、ここはもう持たないと判断すると、ここにいるもの達全員に退避するように命じた。
「おい、キミ達も早くこの場から離れるんだ。ここは、もう危険だ……早く逃げろ!」
「はい……」
福田先輩と野田君も、俺と合流するために役場庁舎へと走り出した。それを見届けると山寺さんも彼らを追うように、その場を離れた。
その直後のことだった。赤瑪瑙の石が真っ二つに割れて、どす黒い霧が止めどなく溢れ出した。
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