第39話 怒りの丘石先生

 丘石先生は高級ミニバンに乗り、猛スピードで末廣神社を目出して走って行った。

 

 十三時五十分頃には、末廣神社にはUouTubeを見た人達が続々と集まり始めていた。ほとんどの人達がイベントの集まりだと思って来ていたようであったが、カラスの鳴き声が不気味に響き渡っている。

 

 神楽殿では舞の練習が始まり、叶芽も巫女の衣装を着て踊っている最中であった。その横では、伊藤先輩が舞台セッティングのため、バタバタと走り回っていた。そこへ丘石先生が慌てた表情で駆け込んできた。

「伊藤……」 

「丘石先生……」

「これは一体一体どういうことだ……本当に津波が来ると思っているのか?」

 丘石先生は動揺して、伊藤先輩に詰め寄り、問い詰めていた。そこへ叶芽が無理やりに、2人の中に割って入った。

「違うんです。先生」

「なにが違うって言うんだ?」 

「これは伊藤先輩が行ったことではなくて、私と陸が仕組んだことなんです。すみませんでした。でも

……津波は必ず来ます。陸が言うんだから間違いありません」

 叶芽は真剣な眼差しと決意、そして強い意志を持って答えた。丘石先生は、みんなどうしちまったんだ?という顔をして動揺すると深いため息を漏らしたあと、ハッとなにかを思い出したかのようにキョロキョロと探し出した。

「五條の仕業かぁ……?で、その五條はどこにいる?」

 

「先生!お兄ちゃんは今、役場庁舎にいます」


 そこへ風花も話に割り込んできた。今にも暴れだしそうな勢いで、ふつふつとした怒りを燃やしていた。


「だから、お兄ちゃんにガツンと言ってやらないと気が済まないんです。お願いします。私を役場まで連れて行ってください」

えっ?という顔で叶芽は風花を見ていたが、藤咲さんがそんな叶芽を静止した。

 

「五條が役場にだと……今度あいつは、なにをするつもりなんだ?」

「はい、役場で町長に直接直談判すると言ってました。早く行って停めたいんです。お願いします」 

 丘石先生は真剣に悩んでいた。このままでは、またなにかをやらかしかねない!早く行って止めなければ、揉め事に発展するに違いない。

 

「そうか……わかった。俺が役場まで乗せて行ってやる。だからガツンと言ってやってくれないか!」 

 

 すると横から藤咲さんも、ししゃり出てきて先生を煽りたてた。 

「先生!早く風花ちゃんを役場庁舎に行って、五條っちを止めてあげてください。このままだと大変なことが起りますよ」

「そっそうだなァ、わかった。役場に行くぞ!」

 覚悟を決めた丘石先生は、風花を役場庁舎まで連れて行くことを決め、風花と共にガツンと言ってやることにした。

「おぉ!先生、やるぅ……バイブス燃えてきた?」

「はぁ……こんな時に、なにを言ってるんだ?今はそんな場合じゃないだろう……」 

 藤咲の言葉に困惑する丘石先生であった。

 

 すると横で叶芽は寂しそうな顔をして、そのやり取りを聞いていた。そこへ桜井さんが心配そうな顔をしてやってきた。

「叶芽ちゃん、実はさっきの占いで五條君に水難の相が出たの、叶芽ちゃんも一緒に行って力になってあげて欲しいの……」

「でも、ここを離れるわけには行かないし……」

  

『……叶芽は、あの龍に狙われているんだから、あまりウロウロするんじゃねぇぞ!』 

 俺が案じて言った言葉が、叶芽にブレーキをかけていた。だが、それを口にすることも出来ず、戸惑っていた。

 

「こっちのことはいいから、私達に任せてちょうだい!」 

 そこへ伊藤先輩や他のみんなが背中を押してくれて、叶芽も『うん、ありがとう』と行く決意を決めた。

 

「先生……私も一緒に連れて行ってください。お願いします。このままじゃ……陸がまたダホなことをやっちゃう。お願いします!先生」

 

 丘石先生は叶芽の顔をじっと見つめ、北川がいれば、五條の説得も楽になるだろう……そう考えて叶芽も連れて行くことにした。 

「ヨシわかった。一緒に役場まで来い!」

「はい、ありがとうございます」

 

 こうして風花と叶芽が丘石先生に連れられて役場に向かうこととなった。そこへ代々木宮司さんが叶芽の前へとやってきた。

 

「どうやら決心を決めたようですな?それなら、これを持って行かれるとよい!」


 そう言って手渡されたものは、朱色の漆塗りに炎を模した絵柄が施されており、ピンポン玉くらいの大きさの珠が三つ手渡された。それは火焔三宝珠かえんさんほうじゅという貴重な珠であった。

 

「これは?」

「これは火焔三宝珠という不思議な珠なのです。三つだけ、特別な願いを叶えてくれる珠で、どうしてもという時にだけ、願いを祈ってみてください。必ずや力を与えてくれることでしょう」

 

「ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」

 叶芽は巫女の衣装のまま、丘石先生に連れられて役場庁舎へと向かって、車は走り出した。

 

 十五時頃、俺達は着々と龍穴の封印を成功させて行った。「ヨシ!あとひとつだ」


 十五時五分 丘石先生率いる三人は、役場庁舎三階にある町長の執務室に向かおうとしていたところを、風花が叶芽の袖を引っ張り、三階には行かずに二階のある部屋へと向かって走り出した。 

「お姉ちゃん、こっちこっち……」

「えっ……風花ちゃんどうしたとぅ?」

 

 それに気づかなかった丘石先生は一人、三階の執務室に向かって登って行き、風花に連れられた叶芽は二階の、とある部屋の前へとやってきていた。

 

「このまま、二階の総務課にある放送室に向かいます。お姉ちゃんは黙ってついてきて……」


 そう風花に言われるがままにやってきたところは、放送室であった。この部屋から防災無線を流すことができる。風花はそう考えて中に入ろうとしていた。


 だが風花の大胆過ぎる発想に、叶芽は驚きながらもその行動を拒んだ。

「風花ちゃん何しとるとぅ?見つかったら、怒られとうとぅ」

「今は、こうするしか方法がないんよ……お願い、お姉ちゃん見逃して……」

「おい!きみ達、そこで何してる?そこは入っちゃ行けない場所だぞ!」

 総務課の職員が中へ入ろうとしていた二人を取り押さえにきた。 


 

 十五時十五分 俺達は鱗が示す最後の場所へと向かった。そこは呼詠さんが落雷に撃たれた、醤油屋公園だった。その中にあった赤瑪瑙の石に、鱗が強い反応を示した。

 

「これかなぁ……?」

 その赤瑪瑙の表面に大きなヒビが入り、次から次へと大量の黒い霧が溢れ出し、かなり酷い状態となっていた。

「おい、これってヤバいんじゃないのか?」

 福田先輩は、驚いた表情で戸惑い、どうしていいのか分からずにいた。

 

 山寺さんもその霧を見て、咥えていた煙草をポタりと落とすと唖然とした顔で驚いていた。

 

「おいおい、待て待てまさか本当に……そんなことがあるはずは……その護符を貸してくれ!」

「はい……」

 山寺さんは俺が持っていた護符を赤瑪瑙の石に貼って、しっかりと抑えつけるようとしていたが霧は、どんどん出てくるばかりで、収まることは無かった。

 

「ええい……ダメかぁ!」

すぐに携帯を取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。

「大畑さんかい?今、醤油屋公園で、例の護符を貼っていたんだが、赤い石がえらいことになってる。あぁそうだ!今すぐこっちに来られるか?」



 どうしていいのか分からなくなった山寺さんは、自分が羽織っていたスーツで赤瑪瑙の石を覆い被せた。しかし、なにも変わらず、スーツまでも黒い霧に覆われてしまっていた。

 

「なんなんだこの霧は……ここは僕がなんとか持ちこたえるからキミ達は、早く避難しなさい」

「えっ、でも……」

――このまま逃げたらあの龍が出てきてしまう。なんとかしなければ、でもどうすればいいんだ。


 十五時三十分頃、叶芽と風花の二人は、総務課の職員相手に一悶着を繰り返していた。

 

「だから、なんども言っている通り、ダメなものはダメなんです……」

「もうすぐ津波が来るんですよ。防災無線で逃げるように呼びかけてください」

「しつこいね!防災無線は、子供の玩具じゃないんだ」

 

 その頃、丘石先生は風花の策略にはまり、三階にある町長の執務室へとやってきていた。

トントン……

「どうぞ……」


 部屋の中に入ると町長は執務を行っている最中であった。先生をチラりと見るて、また机の上に置かれた書類の束に目を通し始めた。

「なんだ、おまえか……何の用だ?」

「親父、ここにうちの生徒が来ていないか?」

 

 執務の最中だった町長は冷静に先生を見据え、落ち着いた表情で応えていた。

「いや、そんな生徒は来ていないが、どうかしたのか……?」

 

「津波が来ると言って町長に直談判すると言って出て行ったらしいんだが……」 

「津波だって……なにを馬鹿バカしいことを言っているんだ、呆れて話にもならんなぁ!」

 そういうとまた書類にサインを入れ始め、筆を止めることはなかった。


 その頃、叶芽と風花は依然職員と交渉していた。

「だから……ダメなんですってば!」

「仕方ない、風花ちゃんここは強引に……」


 頭にきた叶芽は強引に放送室のドアを開けようと試みた。しかし、そんなことは職員には、お見通しであった。先回りされてドアの前に立ち塞がってきた。

「どうしてダメなんですか?このわからず屋!」

「どう言われようと、来るかどうかも分からない津波なんかに避難勧告が出せるはずがないでしょう!」

 

 そんな叶芽と職員との、いざこざの横をすり抜ける形で、身体の小さな風花が、スルりと放送室内に入ってゆき、内側からガチャりとドアに鍵をかけてしまった。

「えっ、嘘……!」

 これには職員も驚き、スペアーの鍵を探しに行ってしまった。






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