第38話 龍穴の封印
十二時半頃、俺達はようやく一つ目の龍穴にたどり着くと、福田先輩が一番のりで駆け出してゆく。
「あった!ここだな……」
そこは道沿いに面した雑木林の中に、ひっそりと佇む大きな石碑が建てられて場所であった。野田君はその石碑を眩しそうに見上げた。
「ここは……醤油屋梧兵さんのお墓ですね、なんでこんなところにお墓を建てたんだろう?」
雑木林は、張り詰めた空気と静けさだけが広がる場所であった。山寺さんはその石碑を見上げると、手を合わせたあと、ゆっくりと話てくれた。
「そうさなぁ、梧兵さんはきっとここが龍穴であることを知って、わざとここにお墓を建てたんじゃないのか?」
俺達はその石碑に封印の護符を貼り『なにごともないように』と願いながら手を合わせ、お参りをした。
同時刻の十二時半頃、海岸線沿いでUouTubeの動画撮影が始まっていた。
「え〜今、私は西廣海岸の浜辺にやってまいりました。パチパチパチ……」
北浦さんが海を眺めながら、実況が撮影されていた。祐希は、カメラマンとして動画撮影に参加していた。しかしそこは、なにもないただ波飛沫が打ち寄せるだけの寒い冬の海であった。
「もぅ……本当に来るんでしょうね。地震……」
北浦さんは幻惑そうな面持ちで、自信ありげな祐希を眺めていた。
「津波と地震は必ずきます。僕が愛するちぃちゃんと、この町のみんなを護りたいんです」
十二時五十五頃、俺の母さんはおばあちゃんを連れて、末廣神社へと避難してきていた。
「おばあちゃんこっちよ。歩ける?」
「今日はこんなにいい天気なのにね……本当に来るのかい?」
「おばあちゃん、地震に天気は、関係ないのよ」
末廣神社の神楽殿では封印の舞を行う準備が進められていた。しかし叶芽は俺が心配なのか、ぼんやりとした表情で、舞に集中出来ずにいた。
「どうしたん、叶芽っち!大丈夫?」
「うん大丈夫だよ」
藤咲さんが優しく声をかけると、叶芽も元気そうに振舞っていた。
――あいつ大丈夫やろか?ダホやから、また変なことしてるんとちゃうやろか……
寒い北風が俺のピュアなハートを吹き抜けてゆき、さらに凍りつかせる。
「ハクシュン……」
――誰だ?俺をバカ呼ばわりしているやつは……多分風花のやつだろう、トホホほほ……
俺は鼻水を垂らしながら、次の龍穴ポイントを目出して歩いていた。
十三時頃になると丘石先生がクリスマス会を始める段取りの打ち合わせのため、ミカサ食堂へ来ていたのだが………
「なにぃ……クリスマス会が中止になってるですって……」
丘石先生は唖然として顔が青ざめてゆき、呆然として、そこに立ち尽くしていた。
「えっ……先生は知らなかったんですか?華蓮が中止だっていうから、てっきり先生かいい出したことだとばかり……」
伊藤先輩のお父さんは頭を掻きならも、わけも分からずに困った顔をしていた。そこへなにかが近づいてくる音が聞こえて来た。
「おぉ、なんだ……」
「えっ……」
ゴトゴトゴトゴト……地響きのような音が近づいてきて、足元を揺らす。厨房に置かれた食器棚に置かれたお皿が、ガチャガチャと音を立てて動き出した。
「来ました。地震です。ただいまの時刻十三時四分。予定時刻よりは一分早いですね」
北浦さんは、その揺れに感動を覚えながらも実況を続けていた。祐希は怯えながらもしっかり撮影して動画配信を続けていた。
――来たよぉ、来た来たァ……UouTube最高!
祐希は当初の目的も忘れ、楽しそうに動画を撮っていた。祐希はそのUouTube動画を拡散するように、NINEでみんなのところに送り届けた。
『津波は必ず来ます。だからこの動画を見た人は早く末廣神社に避難してください』
《NINE》
「ん?なんだ、なんだ…………マジかよ。おぃ!」
その動画は丘石先生のところへも送られてきた。
「あぁもう……」
丘石先生は、苛立ちながらも俺のところに電話をかけてきた……しかし電話に出てくれない。
その頃俺は、第一の地震を受け、焦りを感じながら、次の龍穴ポイントに向かって走っていて、携帯が鳴っていた事に気づかなかった。
「えぇい、出ないのか?仕方ない……」
次に花蓮先輩の携帯を鳴らすも、バックの中で聞こえていなかった。
――こっちも出ないのか……
「すみません。華蓮さんは、今日はどこに行かれたか分かりますか?」
「今朝、早くに喫茶 花梨に行くと言って出たっきりなんだけどね……」
「わかりました。ありがとうございます」
丘石先生は、すぐさまミカサ食堂を飛び出て行った。
NINEを見た中学生達にも動揺が走っていた。
『おい、NINEみたか?』ピコン
『あぁ、津波だって……本当に来るのか』ピコン
『来たらヤバいなぁ……』ピコン
『でもなんだか面白そう……』ピコン
『どうする一度末廣神社に行ってみるか?』ピコン
『わかった。そうしょう』ピコン
NINEの伝言板へ多くの生徒が書込みを入れ始めた。それは祐希がインフルエンサーとなった瞬間であった。
同時刻十三時四分、末廣神社でも地震は確認されていた。桜井さんもこの地震には、驚きを隠せずにいた。
「やっぱり地震が来たね……」
「見てみて……NINEにもUouTube動画が貼り付けられているよ」
藤咲さんは携帯のNINEにアップされたUouTubeの動画を叶芽達に見せていた。
「ヨシ!うちらもやれることをやろうよ」
「うん、そうしょう」「やろうやろう……」
叶芽は女子達を誘って携帯から友達に動画配信を拡散させることを提案した。
十三時三十分頃まだ喫茶 花梨では美和母さんが、まだ営業を続けていた。
カランカランとベルが鳴り、ドアから丘石先生が血相を変えて走り込んで来た。
「伊藤 華蓮さんが、こちらに居ると聞いたんですが、来てませんか?」
いつもと違う丘石先生の姿に、戸惑いを隠せない美和母さんではあったが、にっこりと微笑みカウンター席へと案内した。
「華蓮ちゃんなら末廣神社へ向いましたけど、慌ててどうしたんですか?先生……今日は寒いですからね、暖かいお茶でも飲んで落ち着いてくださいよ」
美和母さんはカウンターに暖かいお茶を入れて差し出した。
「ありがとうございます。これが落ち着いていられますか!」
丘石先生は誰も居ないカウンター席に座り、出されたお茶を飲み出した。
「あいつら昨日は、昨日であんな馬鹿げたことをした挙句、今日は今日でクリスマス会をキャンセルして……いったいなにを考えているのか、さっぱり分からないんですよ……本当に津波なんて来ると思いますか?」
美和母さんはじっと目を閉じて、彼らの行動が町を救う行為であると信じ、それを伝えようとしていた。
「そうですね……私はあの子達を信じてあげたいと思っています。津波からこの町を救おうと、今必死に走り回っている彼らを応援してあげたいんです。先生!今日一日だけで構いません。彼らのわがままを聞き届けてあげてくれませんか?」
丘石先生は少し戸惑いを見せ、返答するのにも時間をかけていたが、ようやくその重い口も開いた。
「…………私には、まだ津波が来るという話は信じられないのですが、生徒の気持ちも踏まえてもう少しだけ様子を見させて頂きます」
「ありがとうございます。今あの子達は、末廣神社にいると思います。その目で津波が来るのかどうなのかを確かめてあげてください」
差し出されたお茶をずっと眺めていた。するとそのお茶の中にひとつの茶柱がぽつんとたっていた。丘石先生は、覚悟を決めたように余ったお茶を一気に飲み干して立ち上がった。
「わかりました。それじゃ、神社の方に行ってみます。お茶ご馳走様でした」
店の外へと向かって歩き出した。美和母さんは先生の気持ちも察しながら、その背中に声援を送り見送ることにした。
トルルルル……トルルルルそこへ一本の電話が入った。それは叶芽からの電話であった。叶芽はお母さんに死んで欲しくない、その一心でこの電話をかけていたのだ。
「お母さんまだお店にいるの?」
「そうよ……」
「さっき地震が来たでしょう?早くこっちに来てよ……」
美和母さんは電話越しに、ほんのりと涙をこぼしていた。
「そうね……ありがとう。でもね、もう少しだけ、時間をちょうだい。もっと多くの人に逃げて欲しいのだから、お願い……」
美和母さんも神戸で震災にあった被災者であった。あの悲しみは、誰にも味あわせたくないその想いからギリギリまでお店に残り、お客さん達に逃げるように呼びかけていた。
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