第37話 泡沫の夢

 クリスマス当日午前八時三十分

 俺達は、喫茶 花梨で昨日の反省会と今後の対策を考えることになった。桜井さんはテーブル席でタロット占いをしていた。どうも今日どうなるのかが気になっているようであった。

 

 叶芽はいつものように喫茶店のウエイトレスを行っていた。花蓮先輩は今日のクリスマス会に集まる者達に、中止である旨をNINEで通知していた。

 

 慌ただしい空気が流れる中、俺は空いたテーブル席に座り、昨日のことを反省しながら、どうするかを考えていた。しかし……どうしてもいい案が浮かばない。

 

 俺がぼんやりと考えをまとめていると、ズカズカとやってきて、ガツンとジュースを置くものがいた。見上げるとそこにはマジ切れ寸前の叶芽が睨みつけている。

「だからあんなことしても無駄だって言ったのよ」

 

「ごめん、あれはアレで仕方ないだろう。他にいい案が浮かばなかったんだ……」


  

  

 九時を過ぎた頃、常連客の人達も続々と足を運んできてくれた。いつものモーニングセットを頼み会話を楽しんでいた。どうやらいつものゲーム大会を期待して集まって来たようであった。

 


 十時を過ぎた頃、山寺さんがご機嫌な顔で、サイコロを振る素振りをしていた。

「叶芽ちゃん、そろそろいつものアレやらないかぁ?」


――昨日あんなことがあったのに、寝ないでよくやるよ。俺はかなり……眠いよ。

 

「ごめんなさい。今日はダメなの……」 

 叶芽が愛想よく断ると、また給仕の配膳業務を忙しそうに行っていた。

「なぁママさん、今日なんかあるのかい?」

 大畑さんが寂しそうな顔をして、美和母さんに事情を聞いていた。

 

「今日は津波が来るかもしれないの、それを止める作戦をあの子達が練っているのよ。山寺さん、もし時間があれば、あの子達の手伝いをしてあげてくれないかなぁ?お願い……」

 

 可愛いい振る舞いで優しくお願いする美和母さんキュートです。

「津波ねぇ〜本当に来るのかねぇ〜」

 山寺さんは半信半疑の目で、俺達を見ていた。 

 

「なぁ五條!昨日おまえが見せてた、あの龍の鱗ちょっとたけでいいから見せてくれよ……」

福田先輩が拝むようにねだるって来た。

 

「いいですけど、ちょっとだけですよ」

 俺はポケットの中から取り出した鱗を福田先輩に渡してあげると、それを光にかざして見ていた。鈍く光る漆黒の輝きが、見るもの全てに恐怖と絶望の根を植え付けてゆく。


「どれどれ……どんな鱗なの?僕にも見せてよ」

 次に祐希の手に渡りゆっくりと眺める。すると他のみんなが集まってきて、鱗を手に取り代わる代わる手に取り、眺めては回してゆく。

「へぇこれがねぇ〜龍の鱗?」

「なんだか気味が悪いわァ……」

 


 面白がる者もいれば、気味悪がる者もいた。その様子が気になったのか、自称UouTuberの北浦 あずささんもやってきて、それを手に取り眺めていた。

 

「これはなんだかスクープの匂いがしてきたわァ……こうしちゃいられないわ。早く海に行って動画撮影してこなくちゃ……」

 

「一人で行くのは危ないですよ」 

 すると祐希が海に行こうとする北浦さんを止めに入った。すると北浦さんは、祐希を無理やり誘い込もうとしていた。

「それじゃ、キミもついて来る?」

 

 祐希は目を輝やかせて、すぐにでも行きたそうなウズウズとした顔へと変わっていた。

「いいんですかぁ?仕方ないですね。こんな日に一人を海に行かせられまんからね。僕もついて行きましょう」

――どう見ても、イヤイヤ行く顔には見えないぞぞ!

 

「それじゃ、レッツゴー」

「ちょっと待ってよ。今はそんな場合じゃないでしょう……」

 

 北浦さんのUouTube撮影用機材を祐希が代わりに持つと、桜井さんの気も知らず、笑顔を振りまきながら海へと向かって歩いて行った。


 あとに残された桜井さんは、プンプクプンと怒りを露にしていた。

 

「何やら威勢がいいですのぉ?」 

 そこへ入って来たのは宮司の代々木さんであった。叶芽はいつものようになっ宮司さんを接客をしていた。

「宮司さんいらっしゃい。空いてる席へどうぞ」 

 

 すると、にっこりと微笑み、会釈したあと、俺が座っている前へとやってきた。

「五條君、ここいいかね?」

「はい、どうぞ……」

 すると宮司さんは、俺が座っているテーブル席に相席する形で座った。その表情は真剣そのものであった。

「ようやくその日が来ましたね」

「はい……でも、どうすればいいか分からないんです」

「そうだろうと思って今日は、これをお持ちしました。」

 宮司さんは懐から護符を五枚取り出して、テーブルの上に並べられた。俺と福田先輩、野田君の三人で、その護符を興味深く覗き込んだ。


「龍は龍穴という穴を通って、こちらの世界へとやってくることは、以前にも話ましたが、その龍穴を探し出して、この封印の御札を貼ってはもらえないですかな?」

「わかりました。やってみます!で、場所は、どこなんですか?」

「そこなんじゃが……ワシでは分かり兼ねるのじゃよ」

 宮司さんはほとほと困り果てていた。

――えっ、どういうこと?場所が分からないんじゃ俺達が貼ることも出来ないだろうに……

 希望の道が途絶え途方にくれていた。

 

 カランカラン……

「遅れて済まなかった。支度に手間取ってしまったよ」 

そこへ作業着姿の橘さんが入ってきて、すぐさま宮司さんに挨拶をしていた。

「ご無沙汰しております。師匠」

――師匠って、えっ!宮司さんは橘さんと師弟関係なの?でもなんの師匠なんだろうか?

「宮司さんと橘さんってどういう関係なんですか?」


「ん?あぁ、代々木さんと僕はね。直心影流剣術の師弟関係にあるんだよ」

――マジかよ……なら、絶対剣道でも俺が負けていたんじゃないのか?

 俺の頭の中が真っ白になってゆくのがわかった。チーン……

 

「はい、お兄ちゃんこれ……」

 風花がさっきみんなで回し見していた龍の鱗が、一通りみんなの手に渡りジロジロと眺め終えたのちに、俺のところまで戻ってきたのであった。

 

「なんだい、それは?」

 橘さんもその鱗には興味があるようでジロジロと見ていた。

「これは津波の龍が持っていた龍の鱗です」

 俺はその鱗を橘さんにも手渡した。やはり物珍しそうな顔をして興味深く眺めていた。

「その鱗、ワシにも見せてはくれまいかな?」


 すると宮司さんもかなり真剣な眼差しで、その鱗を眺め、なにかを考え始めた。

 

「龍穴の場所を探し出す手立てが見つかったぞ!」

「本当ですか?」

「ふむ、その方法とは、この龍の鱗にある秘術を施せば、この鱗が龍穴の場所へと誘ってくれる。どうじゃ一度試してみる気は無いかなぁ?」

――この鱗にそんな力があるなんて……ものは試しだ。やってもらおう!

 

「わかりました。その方法でお願いします」

宮司さんは、その鱗に護符を一枚貼り、祈祷のような言葉を祈り始めた。

 すると鱗が宙に浮かび、ある一定の方角を指し示すようになった。

 

「これで鱗が龍穴の方向を指し示してくれるはずじゃそこを辿ってゆき、黒い気流が溢れ出ている場所を探せば龍穴と出会えるやもしれん」

――本当にこんなもので場所がわかるのか?

 

半信半疑だった俺は、とりあえず手のひらに龍の鱗を載せてみた。すると鱗は龍穴の方角を向いたまま他の方角を向かなくなくなっていた。

 

――これなら行けそうだ。 

ようやく希望の光が差し込んで来た。

「ありがとうございます。この護符を龍穴に貼ってきます」

「そうと決まればすぐに行くぞ!」


「叶芽はこの後すぐに末廣神社に避難していてくれよ。あの龍に狙われているんだから、あまりウロウロするんじゃねぇぞ!」

 

「あら、うちのこと心配してくれてるの?」

「そんなんじゃねぇけど……心配なんだよ」

 叶芽はうっとりと嬉しいそうな顔をしながらも、ジト目で俺のことを眺めている。

 

「ベッチョないよ。おおきに……」 

 俺の顔が赤いことを悟られぬように、横を向いて誤魔化した。


 

「おい!五條、先に行ってるぞ」 

福田先輩は野田君を連れて、先に店を出て行ってしまった。

――おいおい……この鱗がなきゃ場所が分からないだろう……

「それじゃワシも非番で暇だから一緒に行ってやろうかのぉ……」

警官の山寺さんが龍穴の封印に参加してくれたので四名で行くことになった。

 

「それと五條君、これも一緒に持っていくといい……」


 それは二尺三寸ほどの木刀に、封印のための焼印と数枚の護符がはられたものであった。

 

「これは末廣神社の御神刀である【水神子正秀】という刀じゃ」

 警官である山寺さんは木刀と聞き、驚き渡すことを拒みに来た。

「宮司さん……刀はちょっと……」 

「済まないね。今は緊急事態なんじゃ、少し目を瞑っていてはくれないか?」

「今日だけですよ」

 山寺さんは、くるりと後ろを向くと、なにもなかったかのように喫茶店を出て行ってくれた。

――山寺さんありがとうございます。 

俺は深々と頭を下げて、感謝の言葉を述べていた。

 

「そうと決まれば早く行ってこい!」

 橘さんが背中をポンと押してくれた。そのひと押しが俺にとってかなり大きな勇気と元気を与えてくれた。

「はい……いってきます」 

 俺は元気よく返事をすると、深く一礼して店を出て行った。

 

「今日はもうボードゲームもないからなぁ、ワシも消防署に戻って待機しているかな……」

 大畑さんは残念そうな顔をしてトボトボと帰って行った。


「橘くん、これが頼まれていたものだ!受け取ってくれるかい」

「ありがとうございます」

 橘さん、宮司さんからなにかのメモを手渡されていた。そのメモには津波の龍を封じる結界を描く、基点の位置が示された地図が手渡されていた。

 橘さんはそのメモを胸ポケットにしまうと、宮司さんに一礼をして、すぐに出かけて行った。


「ご武運を……祈ります」

 宮司さんは飛び出て行った者たちが、無事に生還することに祈りを捧げると、残された人達に向かってにっこりと微笑んだ。

「それではきみたちはこの後末廣神社の方でお手伝い願えますかな?」


「もちろんです」

 残された女子生徒達、叶芽と藤咲さんと桜井姉妹・風花と伊藤さんの女子メンバーは末廣神社へと

向かって行った。


 十二時を過ぎたころ、うちの母さんが喫茶 花梨へとやってきた。一人では動けない、おじいちゃんを山手にある老人ホームへショートステイするために送ってゆき、その帰り道であった。

 喫茶 花梨の看板がOPENであることを知り、飛び込んで来たのだ。

 

「先輩まだここに居たんですか?早く逃げないと流されちゃいますよ!」


 店の中へやって来た母さんは、かなり動揺しながら、うろたえていた。

「落ち着きなさい。津波はまだ来たわけじゃないわよ。私には、まだやらないといけないことがあるのよ。それが終われば、すぐに逃げるから安心して……孫の顔を見るまでは死ねないわよ」

そう言う美和母さんはとても嬉しそうな顔をしていた。のちに、うちの母さんから聞かされた。

 

――まったくこの非常時になに恥ずかしい話をしているんだよ。と思いつつも赤面していた。

 

「わかりました。私は、先におばあちゃんを連れて末廣神社へ避難します。向こうで、また会いましょう」

 そう言うとうちの母さんも逃げる準備を進めるために一旦うちへと戻って行った。

 

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