第36話 決死の極秘作戦
黒くて厚い雲が月を覆い隠し、北風の冷たさが身に染みる夜のことであった。メンバーは俺と福田先輩、祐希、野田君の四人で行うこととなった。
作戦内容はこうだ!解体現場に侵入し、そこに不発の焼夷弾を埋め込む。翌朝、消防署に通報して見に来てもらい避難勧告を出してもらうといった単純なものだ!
ガツガツ……ガツ……福田先輩と祐希が大きなスコップを使い、不発弾を埋める穴を掘っていた。
「穴はこれくらいでいいですかね!」
「いや、まだだ!あまり浅いと怪しまれるだろう!念には念を入れて、もう少し掘っておこう」
二人とも、かなりのり気で楽しんでいるように見えた。そんな二人を横目に俺と野田君で焼夷弾に、少し細工を施していた。信管と燃料のない不発弾では、すぐにばれてしまう恐れがあり、避難勧告まで誘導できないと踏んだのだ!
深夜午前零時を少しすぎたころ、冷たい風が吹く中、夜空からチラチラと雪が降り始めた。気温もかなり下がってきてスコップを持つ手が、かじかんでゆくのがわかった。
「誰かがくる。ヤバい隠れろ……」
カッカッカッ……誰かの足音が聞こえてきた。黒い大きな布を焼夷弾に被せ、俺達は掘りかけた穴の中へと潜み、その人が通り過ぎるのを静かに待った。
――こんな夜中に誰だ?怪しい人じゃないだろうな!
俺はその人が誰なのかと伺って見ていた。しかし月明かりもなく真っ暗な夜で、あまり状況がよく見えない。するとその人は、あたりを警戒しながら、懐中電灯を照らし始めた。
次の瞬間、街灯の明かりが、その人影を映し出した。警察官だ。
「ヤバい!警察だ!」
警察と聞き慌てふためく福田先輩の代わりに、みんなが捕まらないようにと指示を出した。
「早くここから逃げるんだ……」
「誰かいるのか?居るなら大人しく出てきなさい」
物音を聞きつけた警官が、懐中電灯を照らし、解体現場の建物に近づいてきた。
「焼夷弾はどうするんだよ。ここにおいて逃げるわけに行かないだろうが……」
福田先輩は、ここへ残してゆく焼夷弾のことが気になるらしい。確かにここに置いて行けば、必ず警察に見つかり押収されるだろう……
「ここには俺が残る……だからみんな早く逃げてくれ」
みんなが警官に捕まれば、もっと深刻な状況になり、明日来るであろう津波の対応が遅れる。それだけはどうしても防ぎたかった。あの福田先輩でさえ、まだ動揺しているように見えた。
「わかった……」
「そうもいかないようですよ」
サバイバルを経験をもつ、野田君は冷静さを装っているようであったが……そうではなかった。
「一度でいいから警官と立ち合いをやりたかったんですよ」
野田君が目をギラりと輝かせて、不気味な笑みを浮かべた。そして腰につけていたサバイバルナイフを取り出して構えた。
――おいおい、怖いよ。警官と揉め事は起こすことだけは辞めてくれよ!
「なんか様子がおかしいよ。巡回でやってきた人数と違うよ」
外の様子を見ていた祐希が、ガタガタと震え出した。俺も外の様子を見る、すると警官の数は一人だけではなかった。一、二、三……五人はいる。
――なぜこんなに大勢の警察官が取り囲んでいるんだ……?そのうちの一人が建物の中へと侵入してきた。
「大丈夫ですよ。ここは僕に……任せてください」
野田君が束ねた紐のうちからひとつを選び、それを引っ張った。縄を引くと仕掛けたトラップが発動して警官の足を捉えて宙を舞う。ブラブラとぶら下がった状態で叫んでいた。
「うわぁぁぁ……早くここから下ろしなさい」
それをやった野田君はドヤ顔でグッジョブサインを出すと、おおぉ……と福田先輩、祐希が拍手喝采と歓喜の声を上げる。
――関心して見ている場合じゃない!辞めろ……辞めてくれ!俺は警官と喧嘩をしたい訳じゃないんだよ。
悲痛な叫びも虚しく、他の三人の警官も次々と天井に吊るされてゆく。この華麗なトラップ捌きには、この俺も心奪われていた。
四人の警官が宙にぶら下がっている。それを確認して野田君が紐の端をピンッと跳ねる……すると吊るされていた警官達が、ぐったりと戦意を喪失してゆく。
「こりゃ、また派手にやってくれたなぁ……」
スーツ姿にベージュのロングコートを羽織った男も近づいてきた。
吊り下がっていた警官が、落とした懐中電灯の光が、その人物の顔を照らして誰なのがわかった。
「山寺さん……」
そう、喫茶 花梨の常連客で、警察官でもある山寺 健一さんであった。
山寺さんは、呆気に取られたような顔をして、吊るされている自分の部下達を見上げていた。
「すまないが、こいつらを下ろしてやってはもらえんか?ワシも手荒なことはしたくないんだ!頼むよ……」
俺達は吊り上げた警官達を静かに下ろすと、その警官達に署に戻るように指示を出していた。
「手荒なことをして、すみませんでした……でも」
俺が話そうとしたことを静止すると、なにも聞かず、ただ舞い散る雪を見上げていた。
「とりあえず、ここは寒い、署に行ってから話を聞こうか……」
その後俺達は、任意同行を求められ警察署へと連れていかれた。中学生にとって取り調べ室は、恐怖以外のなにものでもなかった。怯えている俺達に、 山寺さんが暖かい珈琲を出してくれた。
「こんなもんしかないが、我慢してくれ……」
調書を取るために居た警官に、部屋を出るように促すと、俺達は山寺さんと向かい合うように席へと座った。
「あまり警官が多いと、キミ達も話しづらいだろうと思ってね……だいたいのことは花梨のママさんから聞いたよ」
――花梨のママさんっておい!スナックみたいに言わないでくれよ……それは多分、美和母さんのことなのだろう。お店のお客さんに話してくれていたんだ……
「明日、大きな地震と津波が来るんだってね?それと今回の行動と、なにか関係があるのかい?」
みんなは、うつむきながら誰もなにも言わなかった。そこで俺がぽつりとつぶやいた。
「今回の事件を起こせば、町に避難勧告を出してくれると思ったんです」
はぁ〜山寺さんは目を丸くして呆れた顔をして深くため息を吐き、頭を掻いていた。
「そうだなぁ……上手く行けば、区域の避難誘導くらいは出せるだろうが、町全体の勧告までは不可能だよ」
俺が考えは浅はかだったということなのか?よくて一区画下手をすれば、家一件程度の避難しかできない。自分の浅はかな考えを恨めしく思っていた。
「でも、明日本当に津波は来るんです。信じてください。お願いします」
俺は必死に訴えたのだが、山寺さんは、無言のまま珈琲をゴクリと飲んだ。
――中学生の俺では、この程度が限界なのか……
山寺さんは、さらに真相を引き出そうと質問を重ねてきた。
「どうして津波が来ると思ったんだい?」
「夢で見たんです。クリスマスの夕方に津波が来て、この町を飲み込んでゆく夢なんです」
「ゆめ……かぁ?」
すると苦虫を噛み潰したような顔をして、ことを荒立てないよう慎重に言葉を選んで語りかけてきた。
「そうかい夢でねぇ……警察として、なにか動けることがあればいいんだがね。そうだな、なにか証拠となる物があれば動くことができるかもしれないなぁ……」
――証拠?証拠があれば動いてもらえるのか?
「証拠ならあります」
俺はいちるの望を、龍の鱗に掛けてみることにした。それをポケットから取り出し、山寺さんに見てもらった。
――実際に龍の鱗を見れば、嫌でも信じるしかないだろう。
「これは……?」
山寺さんが、それを手に取り眺めていた。漆黒の鈍った光を放っている。
「龍の鱗です。」
龍の鱗と聞いて、福田先輩、祐希、それに野田君までもが興味津々に覗き込んできた。
「うーん、これはよくできてる……レプリカにしては、かなり凝ってるよねぇ……これどこで買ったの?手作り?」
――えっ、レプリカじゃねぇよ!本物の龍の鱗だ!
なに言ってるんだよ。
「それじゃ、津波の龍というのはご存知ですか?」
山寺さんがジェネレーションギャップを感じているおじさんのような顔で困っていた。
「えっ、ううん……津波の龍ねぇ?すまない。この歳になるとね、アニメはあまり見ないんだよ」
――まただ、漫画やアニメなんかじゃないんだよ。
なんで誰もわかってくれないんだよ。
その時、俺の心が悪意に満ちて憎悪と化した。すると龍の鱗から鈍く黒い光が差し始めた。
ガタガタガタ……っと地鳴りのような振動が警察署を走った。地震だ!
しかしその揺れも俺が冷静さを取り戻すと、同時に鱗から出た光が消え、自然と地震も収まった。
トントン……ドアをノックして警官がびっくりとした表情で入ってきた。
「今の地震すごい揺れでしたね!大丈夫でしたか?」
「あぁ、こっちはみんな大丈夫だ!」
「それはよかったです。あと、保護者の方々と担任の教師さんが御一緒来られましたが、どうしましょうか?」
保護者と丘石先生達は、俺達の身元引受け人として、真夜中に呼び出されてやってきたのだ。
その後、保護者と担任教師も交えて、厳重注意を受け、書類送検のみで事なきを得ることとなった。
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