第34話 逆夢の先に

 ある十一月下旬、あの悪夢に襲われた。あたりを見回して見ると、神戸で倒れた時ほどではないが、かなりリアルに見える。


 ――落ち着け、落ち着け……思考を凝らせ!

 

 まずは、なにをすべきかを考えた。知りたいことは……いつ地震が起こるのか?正確な時間と回数が知りたい。携帯で今の時刻を確認してみた。今は十二時前のようだ。

 

 俺はそれを探るため、夢の世界を必死に歩き回ることにした。とりあえず先に叶芽がいる喫茶 花梨へ行って見ることにした。


 街のあちこちでは、クリスマスのイルミネーションが飾られていた。行き交う人達は、みな幸せそうな笑顔で賑わいを見せている。


 朝日は登り夕日が沈む、そんな当たり前の生活が、当たり前に続いてゆく。誰もがそう思い日常を暮らしている。

 

 西廣海岸まで来た時であった。微弱な振動が足から伝わってくる……地震だ!今の時間を携帯で確認してみた。十三時五分覚えておこう。

  

 だが、まだそんなに強い地震ではない。海岸線までやってきたが、海もいつもと変わらぬ、風景がそこにあった。まだ大丈夫のようだ……



 時折雪がチラついた。夢の中では、寒さは感じなかった。ようやく喫茶 花梨に到着した。


 カウンターの向こうでは、いつもと変わらず、美和母さんが居て、常連客と楽しく会話を楽しみながら過ごしている。


 いつもと変わらぬ日常と光景がそこにもあった……誰もが変わらぬ日常を過ごしている。


 他の場所も見るため、喫茶店を後にして物産展に行くことにした。手前の駐車場には大きなクリスマスツリーが飾られ、色とりどりの飾り付けとイルミネーションが飾られている。


 店内に入るとクリスマスソングが流れ、まさにクリスマス一色といった感じであった。



 その頃には日もかなり傾き、海に沈もうとしていた。すると大地が揺らぎ始めた。さっきよりも強い地震であったが、立っていられないほどではなかった。


 携帯で時間を確かめてみる。十六時八分、時間の進み具合は、リアルよりもかなり早いようだ!

 

――これでもないのか?本震はいつ来るんだ!まずは津波が来ていないか確かめないと……


 俺は少し苛立ちながら、海を見るため堤防の方へと歩いていった。堤防を超えて波戸までやってきた。時間は……十六時四十八分


 その時だった。遠くから地響きのような音と共に地震が近づいて来た。さすがにこれは立って入られない。その場にうずくまり、様子を伺っていた。


 すると黒い渦が、俺を包み込んだ。次の瞬間、身の毛がよだつような感覚に震えが止まらなくなっていた。


 俺は顔を上げて見ると、そこには戸愚呂を巻いた津波の龍が俺を睨みつけ、今にも食らいつきそうなほど口をあんぐりと開けていた。

 

〖最後の警告だ小僧。あの娘を渡して、幸せな未来を望むか、この街と共に海の藻屑と消える運命をたどるか!選ぶがよい…………〗


 俺の答えは既に決まっていると立ち上がった。 

「おばあちゃんが言っていた。悪魔の囁きは時として天使の声に聞こえるってなぁ!」

津波の龍はなにも言わず、俺を睨みつけている。 


「誰がおまえなんかに叶芽を渡すものか……俺が正義だ!おまえのようなやつの指図は受けん!」

 

〖それもよかろう。おまえの決断が、この地の未来を左右することを忘れるでないぞ……〗

 黒い龍はそのまま暗い闇の中へと消えて行った。

 

 俺はガバッと飛び起きた。いつものように身体中に冷や汗を掻いていた。いつものように風呂場へゆき、シャワーを浴びることにした。


 寝ぼけていたこともあり、いつもの如く全裸になると、いきなり風呂場のドアを開いた。


 するといつもよりもたくさんの湯気が多く吹き出てきた。その湯気の中には浮かぶシルエットは、缶珈琲のようなズボンとしたものではなく、むっちりとしたナイスバディのシルエットが、浮かび上がってきた。


 俺は目を疑い寝ぼけた眼をこすりながら、もう一度見て驚いた。そこで身体を洗っていたのは、呼詠さんであったのだ。

――なんで呼詠さんがいるんだ。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあ」 

 けたたましい声と共に風呂桶が、俺の顔面に飛んできた。その桶をキャッチして、もう一度よく顔を拝んでみた。しかしそこにいたのは怒り狂った風花であった。

 

――まぁ、そうだよなぁ。俺は疲れているのだろうか?早く寝ようと桶を持ったまま自分の部屋へと戻って行った。

 

「こらぁ、お風呂の桶を持って行くな!少しは学習しろ。お兄ちゃんのバカ〜」  

――バカバカというが、俺はダホなんだから、仕方がないだろう……


 次の朝気持ちよく目覚めて、朝食を食べに行くと朝のテレビニュース速報が流れていた。〖昨日、福島県沖で地震が発生しています。地震の規模はM7.4でした。福島県や茨城県、栃木県で震度5弱……〗


 俺はそれを見て呆然と立ち、たらりと冷や汗を掻いた。

――マジか!俺が叶芽を護ったばかりに、他の地域に地震が起こったのか?それって俺の責任なのか?

 

 俺はそんな不安を抱きながら学校へと向かった。そして、教室の机にぐったりと寝そべっていた。


「どうしたんだい?最近お疲れ気味だね?」

 祐希が心配そうな顔で様子を見に来てくれた。

 

「なぁ……祐希!」

 俺は疲れた声で尋ねた。

 

「なんだい?」

「もし……桜井さんと全校生徒の命どちらかひとつを取れと言われたら、どちらを取る?」

 祐希は、その質問の意味が分からず、どう答えればいいのか?迷っているようだった。

 

「……なんだか物騒な話だね?急にどうしたんだよ」

 俺は机に伏せたまま、夢で見たことを事細かに話して聞かせた。祐希も、うんうん……と、うなずきながら聞いてくれた。

 

「そしたら、津波の龍が言うんだよ。呼詠さんを差し出すか?このまま海に沈むか、どちらかを選べってね……」

「で……なんで答えたのさぁ……」

 祐希は興味本意で聞いてきた。俺は祐希の顔をジィッ……と見つめたあと、はっきりとその答えを言った。

 

「俺は呼詠さんを取った。するとあいつは、俺の決断が未来を左右するって言って消えていったんだよ」


「おおぉー言うねぇ……」

祐希は、感心したような顔でうなずいていた。

 

「そしたら、今朝のニュースで津波が来たって言ってるだろう……俺もうどうしたらいいのかわからなくなってしまったんだよ」 


 朝の遅い祐希は、その情報を知らなかったようで、すぐに携帯のネットで調べていた。

「本当だ……かなり大きいの来てるね……まぁ〜大丈夫たよ。それより僕朝飯まだなんだ!ここで食べてもいいかなぁ……」

 祐希はそういうとカバンの中から菓子パンを数個取り出して美味しそうに食べだした。

 なんだか誤魔化されたような気分だった………


 


 次の日、俺はなぜか美和母さんに呼び出され、喫茶 花梨へと向かうことになった。叶芽と会うことに、少し抵抗があった。

――叶芽とどんな顔をして会えばいいのだろうか。そう思うと足がすくんで動けなくなっていた。


 だが、そんなことは美和母さんには関係がなかった。店の前まできた俺を、無理やり店内へと引き入れた。


 するとそこには叶芽を始め、福田先輩と伊藤先輩、それに祐希と、桜木さんに、藤咲さん、さらには野田、風花と小春ちゃんまでもが揃っていた。

――なんだ、なんだ!なにが起こっているんだ?

 

 俺はとっさのことでわけが分からず、戸惑っていた。すると急に叶芽が一歩前に出て、頭を下げにやってきた。 

「この間はごめんなさい。うちがどうかしてたみたい。許してもらえるかどうか分からないけど、許して欲しい」



 それを聞いた俺は心に背負った重い荷物が、ひとつ減ったように、楽な気持ちになれた。 

「いや……許すもなにも悪いのは俺の方だから、そんなに謝らないでよ……呼詠さんの気持ちも考えずに行動した結果、傷つけてしまったんだから……本当にごめんなさい」


 ホッした俺は知らぬ間に、頬を涙がこぼれ落ちていた。その涙を叶芽が拭ってくれた。安らぎに満ちてはいたが、まだ……これで終わりではない。どちらかと言えば始まりであるのだから……


「はい!喧嘩はここまでおしまいね!仲直りしたら、お腹すいたでしょう。これみんなで食べましょう」

 すると美和母さんがにっこりと微笑み、みんなに手作りのケーキとジュースを振舞ってくれた。


 みんな飛び上がって喜んでいた。しかし福田先輩だけは複雑そうな顔しながら、ケーキをやけ食いしていた。そんな福田先輩を伊藤先輩が優しく見守っていた。


 叶芽と楽しい一時を送っていると祐希が、俺のところにやってきた。

「そうだ陸君!今日みんなが、ここに集まったのにはもうひとつ理由があるんだ」

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