第33話 美和母さんの告白
その日の夕暮れ時、叶芽が最後に言った言葉が気になっていた。
『ごめんなさい。もううちらに関わらないでほしいの……』
――あれはもう俺に会いたくないということなのだろうか?
気がつけば喫茶 花梨へと足が向いていた。しかし、そのドアを開ける勇気はなく、とぼとぼと家路に着こうとしていた。
「あら!陸君じゃない。どうしたの?さぁ早く中へお入りなさい」
美和母さんがCLOSEの看板を出しに来ていた。戸惑っていた俺の背中を押して、店中へと迎え入れてくれた。
店内は、薄暗く静まり返っていた。俺はカウンター席に座っていると、なにも聞かずに、小さなみかんを三つ出してくれた。
「このみかん、近所のおばさんに、もらったんだけど、よかったらどうぞ!」
「ありがとうございます」
そのみかんは早生みかんという品種で皮が薄く、不器用な俺は上手く剥けずにいた。
「ふふふっ、みかんはね……こうやって剥くのよ」
残った二つのみかんを取り、キレイな剥き方を教えてくれた。それを剥きながら、ぽつりと語り出した。
「私には叶芽という子がいたことは話したわよね」
「はい……」
その顔は、昔を懐かしむ優しい母の顔となっていた。俺は、その話を夢中になって聞いていた。
「叶芽が、まだ二歳くらいの時だったかな、和歌山に住むおばあちゃんが箱いっぱいの、みかんを送ってくれてね。それをあの子ったら、一人で食べてしまうくらいみかんが好きな子だったのよ」
――叶芽らしいと言えば、叶芽らしいなぁ……
その話を聞いているうちに笑顔となっていた。それは美和母さんが、俺を和ませるために仕掛けたものだったのかどうかは分からないが、微笑ましく俺を眺めていた。
「あの子は自分の事よりも、他人の事を優先する優しい子だった。もし、今も生きていれば、呼詠のことを一番大事に思って行動すると思うの……」
美和母さんは剥き上がったみかんをお皿に盛り付けると……はい、どうぞ!と俺の前に差し出してくれた。
「ありがとうございます」
俺はそのみかんを口に入れてみた。甘さのあとから来る酸っぱさが、とても美味しかった。
「このみかん美味しいですね……」
「そう?ありがとう!それでね。思うのよ………最近の呼詠は、あなたに恋してるみたいよ。今はまだ、自分の本当の気持ちと向き合えずに、戸惑っているだけだと思うわ……」
ゲボゲボゲボ……
「ちょっと、大丈夫?」
むせかえっている俺に、驚いた顔をしていたが、慌てておしぼりを出してくれた。
「はい、ありがとうございます……大丈夫です」
――そんなこと急に言われたら、普通びっくりするだろう。
「でも大丈夫よ!あの子は強い子だから、自分で進む道を選び出して進んで行けるはず……だからお願い、今はあの子を信じて待っていて欲しいの……」
それはなにかを知っているかのような言い方であった。
「わかりました。もう少し待ってみます」
――美和母さんが、ここまで胸の内を打ち明けてくれたんだ。ならば俺も夢の黒い龍を話した方がいいんじゃないのか?……信じてもらえるとは思わない。それでもいいじゃないか。行け……俺!
俺は決意を固めて夢の話を、美和母親に相談してみた。するとカウンターの向こうから出て来て、俺の隣りの席に座り、ゆっくりと話を聞いてくれた。
それはまるで、すべてを知っているかのようであった。
「わかったわ!私は信じるよ。陸君の夢は正夢だと思うな……」
――俺の夢を信じてくれるのか?でも、話たところでなにも変わりはしないじゃないか。あんな龍、誰が倒せるって言うんだよ。
「でもね。こういう言い伝えって知ってる?」
うつむき落ち込んでいた俺は、ふと顔をあげて美和母さんの顔を見た。
「正夢ってね……人に話すと、その効力を無くなるんだよ。知ってた?」
それってなにを言いたいのかよく分からなかった。
「えっ……それって、どう言う意味ですか?」
「逆夢って知ってる?悪い夢なら、たくさんの人に聞いてもらって、逆の効果を作り出せばいいのよ」
――なるほど……悪い夢は打ち砕けば、現実には起こらないということか…………でも、そんなことって出来るのか?出来るかじゃない。やるんだ!
「おばあちゃんが言ってました。自分が望みさえすれば、運命は絶えず自分に味方する!って……やってみます」
――なんだか希望が出てきた。俺はやるぞ。
その頃にはとっくに日も暮れて月も出ていた。
「そうね!私もお店でたくさん話しておくわ。頑張ってね」
「はい!ありがとうございました」
その後、俺は一人で津波の龍から叶芽を護るためにはどうすればいいのか、図書館に通い詰め、あらゆる資料をかき集め、対策を練ろうと考えていた。
そんな矢先に叶芽も図書館へ本を返しにやってきていた。ハッと俺に気づき見つからないように、本棚の後ろに隠れた。
『なになになに……なんで陸が、ここにいるのよ』
そこへ末廣神社の宮司の代々木さんもやってきた。以前で会った時よりも険しい顔をしている。なにかあったのだろうか?
「五條君だったかな?」
「はい……宮司さんこそ、どうしたんですか?」
「あの話、聞きましたよ。津波の龍が来るらしいですね……」
――そうか。美和母さんが話を広めてくれていたのか?
「はい、クリスマスの日にあいつはきます」
二人の会話を盗み聞きしていた叶芽の顔が恐怖に怯えた。
――なに……津波の龍って、そんなダホな話を、なにマジな顔して話してるのよ。
「して……どうするおつもりですかな?」
「それがまだ……どうしていいのか分かりません」
すると宮司さんは少し考えたのちに、ある妙案を提示してきた。
「それじゃ、クリスマスの日に末廣神社で神事を行って人を集めることに致しましょうか」
「本当ですか?ありがとうございます」
――ヨシヨシヨシ、少しづつだけど仲間が増えだした。これならなんとかなるかもしれない。
俺は心強い仲間ができたことを心から喜び、心の中でガッツポーズを決めていた。
「困ったことがあれば、神社まで来なさい」
こっそり隠れてみていた叶芽は、本棚を抜け出し家路につくことにした。
「あら、おかえり……早かったのね?」
叶芽はうちに帰るとすぐに店のカウンターに座り悩んでいた。
「うん……」
すると美和母さんは聞かず、そっとオレンジジュースを出してきた。
「ありがとう……」
叶芽はそのジュースをゆっくりと飲み始めた。すると、美和母さんは叶芽の横に座り直し、そっと肩に手を当てて、昔話を語り出した。
「今まで黙っていたんだけどね……あなたには叶芽っていうお姉ちゃんがいたの……」
それを聞いた叶芽は驚いた顔をして、美和母さんを見上げた。いつになく真剣な表情に叶芽の肩がぷるりと震えた。
「どうしたん急に……」
「いいから聞いてちょうだい」
叶芽は落ち着こうと、もらったジュースを一口飲み気持ちも落ち着けると、なにか隠し事がバレた子供のような顔をして、にっこりと微笑んでみせた。
「うん……」
美和母さんは叶芽が落ち着いたことを確認すると、ゆっくりと話し出した。
「とても元気でやんちゃな子だった。でも、阪神淡路大震災の地震で亡くなっなっちゃって……その時、叶芽の手に白い鱗のようなものを握りしめていたのよ」
――あの鱗の話だ!でも、なんで急にそんな話してくるの?
「初めは、それがなんなのか分からず、ただ形見のようにお母さんの鏡台の中に保管してあったのよ」
――まずいうちらが持って行ったことがバレたんやろうか……でもなんで、よりにもよってこんな時にその話を持ち出すとぅ?
「その鏡台の引き出しに入れていたのよ。ある時、その鱗が無くしちゃったことがあったよ」
――それはうちもよぉ〜く覚えとぅよ。死んだはずのうちの意識が、この世にあるんやから……あれにはほんまびっくりしたとぅ。気がつけば、その手の中に白い鱗のあって、すぐに手の中へ消えて無くなってしまった。
「叶芽の大切な形見だったから、あちこち探したんだけど、いくら探しても見つからなかったのよ……」
――そうそう、うちも鱗が消えちゃったことがバレると怒られると思って探したんやけど、いくら探してもなくて大泣きしている間に、うちと意識に変わっていたとをのちのちの日記で知ることとなったんやった。
「叶芽が亡くなったことで落ち込んでしまって、なにも手につかない時もあったわ。でもね、あの時からまた叶芽が、私のところに戻ってきた感覚になることがあったのよ」
――そりゃそうやよ、うちはここに居るんやから、えっ……
すると美和母さんは、叶芽を後ろからしっかりと抱き抱えると顔を寄せ合って涙ぐんでいた。
「あなた達が私の子供でよかったと思ってる。会えてとても嬉しかったわぁ。だから……いまは自分を信じて、やりたいことをやって見たらどう?叶芽ならきっとそうすると思うから……」
「うん……本当はね。うち……」
すると美和母さんは『言わなくてもいいのよ』というように、叶芽の口に指を押し当ててた。
「いいのよ。今のままが一番幸せなんだらね……」
「ありがとう……お母さん」
あとから気づいたことやけど、自分の意思で鱗は出し入れ出来るようで、また手の平から鱗が現れたのだった。
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