第32話 悪夢に見た津波の龍
醤油公園での現場検証があった日の夜、空には赤い満月が出ていた。その月の光を浴び、醤屋公園に置かれていた赤瑪瑙の石が赤く輝き出した。
その夜、俺は新たな夢を見ることとなった。
〖また会ったな小僧よ。あの娘を渡してもらおうか?さもなくば、この街を海の藻屑と消し去ってやろう。有余を…………〗
うわぁぁぁー!俺は夢の途中でガバッと飛び起きた。それはあの時みた津波の龍だった。体中にビッシリと冷や汗を掻いている。
――イヤな夢だ。また津波を襲われるのか?あんな悲劇二度と会いたくはないぞ。
俺は気分転換も兼ねて、風呂場へシャワーを浴びに行った。寝ぼけていたこともあり、無意識のまま全裸になり風呂場のドアを開いた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあ」
けたたましい声と共に風呂桶が飛んできた。その桶が俺の眉間を撃ち抜いた。たまたま、お風呂に入っていた風花と出会してしまったのだ。
次日の朝食に行くと風花と母さんが一緒にご飯を食べていた。そして忌まわしい俺の黒歴史を紐解き、愚痴りあっていたのである。
「ねぇねぇ聞いてよ。お母さん……お兄ちゃんったら、私がお風呂に入っていたら、覗きに来るんだよ。いやらしいったらないわよ」
「へぇ〜陸も女の体に興味を持つようになったんだ!」
母さんが俺を思春期で欲情した少年を見るような目をして眺めてくる。確かに女の体には興味はあるが、幼女のまな板のような体に興味は……ない!
はっきりとそう言ってやりたかったが、それを言うと三倍になって返って来ることがわかっていたので、あえて言うことは避けておいた。
早々と朝飯を駆け込むと、まだ早いのはわかっていたが、学校に行くことなした。このままでは俺は犯罪者にされかねないからだ!
朝の朝礼で丘石先生が妙に浮かれて、はしゃいでいた。なにかあるのだろうか?
「もうすぐ文化祭のシーズンだ!みなも知っての通りうちの学校には耐真太鼓と言うものがある。そのメンバーを募集する。やりたいやつはいるか!」
「はい!」
すぐに手を挙げたのは祐希であった。UouTuber志望の祐希にとって目立つことが大好きである。
「陸君も一緒にやろうよ。楽しいよ」
叶芽のことがなければ、俺も即手を挙げていだろうが、今はそんな気分じゃない。それは叶芽も同じ気持ちなのかメンバーに入ることを避けていた。
この頃から頻繁に地震が起こっていた。お昼休みに行われていた耐真太鼓の練習中にも地震が起こり、一時中断することもしばしばあった。
「最近なんか地震多くない?」
「そのうち津波でも来るんじゃねぇか……」
などと冗談混じりの話が飛び交うほどであった。
秋祭りも終わり、十一月五日の津波祭りも終わる
といよいよ文化祭が始まる。耐真太鼓も盛況に振る舞われ、終わりを迎えた。
それでもやはり叶芽とはすれ違うばかりで、話すら上手くできていない。学校生活がこんなにも居づらい場所であったのかと、思わされるほどに苦しんでいた。
その頃には、山は柿色に染まっていた。紅葉ではない。実ったみかんが山を柿色に染め上げているのだ。
そんなある日のこと、剣道の練習を終え、片付けに入るころ、丘石先生がある提案を打ち出してきた。
「もうすぐ十二月だが、どうだ?クリスマスパーティーでもやらないか?」
「先生!『ミカサ食堂』でやりましょうよ」
「おぉ、それはいいな、やろうやろう……」
それを聞いたみんなが浮き足立って喜んでいたが、やはり気分が乗らなかった。
そんな中、また地震が起こった。その地震で醤屋公園に置かれていた赤瑪瑙の石に亀裂が走った。その亀裂から漆黒のモヤが浮かび上がってゆく。
その夜のことだった。俺はまた夢をみていた。かなりリアルな夢であったことだけは覚えている。
俺は行くはずではなかったのだが、なぜかクリスマスイブのパーティーに参加していた。
なぜか叶芽も参加しているようであった。桜井さん、藤咲さんと三人楽しそうな会話を楽しんでいた。
「叶芽……」
俺はありったけの気持ちを伝えようとしてみた!しかし夢の中でも、俺を許せないという顔をして睨みつけて来る。それでも俺は……いうんだ。今の気持ちをぶつけるんだ。
そう思った瞬間であった。また地震が起こった。今度の地震は、かなり大きく立っていることが出来ない。まずい津波が来る。そう俺の直感が、そう言っていた。
〖小僧よ。あの娘を我に差し出せ!あれは我が妃だ。素直に差し出せば、この街は飲み込まずにいてやろう〗
――なにを言っているんだ!こいつは、叶芽がおまえの妃だってバカも休み休みいえってんだ!
「おまえに差し出す娘は、ここにはいない。諦めてとっとと帰りやがれ!」
俺は津波の龍相手に、啖呵を切った。絶対に誰が相手であろうと、叶芽だけは手放さない。俺はそう心に誓ったんだ!
〖よくわかった。ならば、海の藻屑となって死ぬがよい……〗
するとすぐに黒い波が押し寄せ、街を一気に飲み干してゆく。あとには何も残らず、ただ漆黒の海だけが残っていた。
「助けて……!」
「叶芽……」
叶芽が津波の龍から逃れるため、走り去ってゆく。いや違うあの雰囲気は呼詠さんだ!
次の瞬間、津波の龍が目の前を走る呼詠さんに食らいつき丸呑みにして、大空の彼方へと飛び立って行った。
「呼詠さん……」
気がつくと俺はまた夢を見る。身体中にビッシリと冷や汗を掻いていた。
俺は気分転換も兼ねて、風呂場へシャワーを浴びに行った。寝ぼけていたこともあり、無意識のまま全裸になり風呂場のドアを開いた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあ」
まただ!風花とお風呂で出会してしまった。けたたましい声と共に風呂桶が飛んできたがしかし、俺もバカではない。
二度も同じ手は食わないとその桶を上手い具合にキャッチして、そのまま自分の部屋へと戻って行った。
――いかん、いかん!デジャブってあるんだなぁ〜
「こらぁ、お風呂の桶を持って行くな。早く返しなさい!」
「こらぁ!風花、今何時だと思ってるの?ご近所迷惑でしょう。静かにしなさい」
反対に風花が母さんに怒られていた。
「お兄ちゃんのバカ〜ァ」
次の朝、俺は学校で祐希に、昨日見た夢の話を相談してみることにした。
「うーん、そうだね。呼詠さんとのことで精神的に疲れてるんだよ。少し休むようにしたらどう?」
――確かに叶芽とのことで、精神的に参っているところもあるだが、そうじゃないんだよ。津波が押し寄せて来るんだよ。呼詠さんが連れ去られるんだよ。なんとかしないと……
祐希は、親切心から携帯のネットで、龍に関する夢の情報を引き出してくれた。
「黒い龍の夢は、強大な力を手にするんだって!また黒には破滅という意味合いもあるから、力の使い方を誤ると自分自身さえも滅ぼしてしまう恐れがあるそうだから気をつけないとね」
――強大な力ってなんだよ。破滅、そりゃ津波来れば全て破滅だよ。自分自身を滅ぼす?上等じゃねぇか!滅ぼされる前に、龍を滅ぼしてやろうじゃねえか……
俺は母さんに夢の話をしてみた。
「怖い夢見たのね……でも、大丈夫よ。夢は覚めればそれで終わりよ。心配いらないわ」
母さんは、夢の話だからと言ってまともに話を聞いてはくれなかった。半ばやけくそになり、手当りしだいに津波がくる夢の話を、大人達に話して回った。
「もうすぐここに黒い津波が押し寄せます。津波の龍です。俺一人では太刀打ちできません。助けてください!」
「えっ?津波?そうだね。南海トラフによる地震が来るかもしれないから気をつけないとね!」
「そうだね。津波が来ると本当に怖いよね。だから津波が来たときは、すぐに高台まで逃げるんだよ」
「龍が来るだって、そんな夢物語なんか言ってないで、もっと有意義な勉強をしなさい」
――みんなが言っていることは間違ってはいない。でもそうじゃないんだよ。本当に来るんだよ。津波が……龍が……だからなんとかしないと行けないんだ。でも大人は誰も信用してくれないんだ。
俺は丘石先生に最後の頼みの綱として、同じことを聞いてみた。先生は腕組みをして真剣な眼差しで俺を見つめ聞いてくれた。そして話が終わると少し間を置いて、ゆっくりと話出した。
「まずは落ち着こう……」
すると先生は携帯を取り出して、なにかを探し始める……あったという顔をすると、また語り出した。
「夢占いで…………ん?」
なぜか眉をしかめて奥歯にものが挟まったようなしかめっ面をしている。
――いったい、なにが書いてあったんだ。
人が死ぬ夢はだいたいが吉夢であるのだが、先生が検索した『黒い津波の夢』は凶兆と出ていたのだ。
「俺が九歳の時、東日本大震災で俺の父さんが津波に飲み込まれて死んだ!」
「それは辛い思いをしたなぁ……だがな五條、大人は夢だけじゃ、動くことができないんだ。それはわかってくれ……」
俺は怒りに任せて、丘石先生の胸ぐらをつかみいい放った。
「もう誰も死なせたくないんだ。助けてくれよ先生……先生なんだろう」
すると先生は困ったような顔をして、なにも言わずに目を反らせた。
「もういいよ!」
俺は掴んでいたシャツを離し、その場を立ち去って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます