第31話 すれ違う叶芽と呼詠……そして俺

 病院に運び込まれた呼詠さんは処置室へと運び込まれていた。窓の外は雷が鳴り、大雨が降り続いていた。


 俺も付き添いで救急車に乗り、総合病院へとやってきた。そして処置室前の廊下に置かれた長椅子に腰掛けて措置が終わるのを待っている。


 あの落雷によって木が倒れて来る前、呼詠さんが言っていた言葉を思い返していた。

『謝らないでよ……私が居なくなれば、みんな幸せになれるんでしょう』 

――そうじゃない。そうじゃないんだ。

  

「陸君……呼詠の具合はどうなの?」 

 消防隊からの連絡を受けた、美和母さんが、びしょ濡れになりながら、病院へと駆け込んで来た。

 

「まだ措置室で検査を受けています。今回のこと、本当にすみませんでした」

 神戸でのこともあり、俺は美和母さんに頭を下げて謝った。自分の不甲斐なさと申し訳なさが重なると、肩を震わせ涙を堪えていた。

 

 美和母さんはそんな俺の肩を優しく抱きしめてくれた。すると知らぬ間に堪えていたはずの涙が、セキを切ったように溢れ出してきた。


「気にすることはないわ。それよりも呼詠を護ってくれたんでしょ?本当にありがとう」

 全ての検査を受け終え、看護師さんが俺達を中へと誘導してくれた。中には、頭と腕に包帯を巻かれた痛々しい姿で横たわっていた。

 

「陸……君?」

 そう、つぶやくのは叶芽であることはわかっていたが、多くの人がいる前で、叶芽と呼ぶことが出来ない。

 

「調子はどう、大丈夫か?」

「うん……大丈夫やと思う」

 うつむいて呟く叶芽の言葉に力はなかった。 


「今朝、なにがあったのかを聞いてみたのですが、覚えていないようなんです。一時的な軽いショックによる記憶障害なので、すぐに戻るとは思いますが、少し様子を見てみましょうか」

 

 病院の先生はこのように言っていたが、今朝いたのは呼詠さんの方だから、叶芽に記憶がないのは当然のことであった。

 

 そこへ、うちの母さんが風花を連れて慌ててやってきた。かなり丁寧に呼詠さんに頭を下げて謝罪していた。


「呼詠さん、うちのバカ息子が、飛んだご迷惑をおかけしました。本当にすみません。あと先輩にも、ご迷惑をおかけしました。すみませんでした」 


 確かに神戸の一件でもかなり気苦労をかけて迷惑かけたからなぁ……本当にすみませんでした。

 

「あんたも一緒に頭を下げなさい」

 母さんが俺の頭を無理やり、ねじ伏せてきた。確かに俺もやりすぎた点が多かった。反省もしている。だからここは素直に謝っておいた。

「呼詠さん、今回のことは俺が悪かった。反省している。ごめんなさい」

 

 叶芽は起き上がると無理やりの微笑みを見せ、うちの母さんを安心させるように努めていた。

 

「いいんですよ。お母さん、陸……今回のことは、うちも悪かったんですから。そんなに陸を責めないであげてください」


 この時、ベッドからキラリと光るものが一つ下に落ちた。それをみていた風花がゴソゴソとベッドの下に潜り込み、その光るものに手を触れた。すると暗い闇が生まれ風花を包み込んで行った。


「風花おまえ、なにしてんだよ」

「別に……」

――相変わらず、ツンケンとしたやつだ!もう少し優しさがあれば、可愛げも出るだろうに……

 

 半時間ほどして容態が安定した叶芽は美和母さんの車に乗り、帰ることとなった。そのころにはすっかり雨も上がっていた。

 俺達も二人を見送ったあと、母さんの車で帰ることとなった。

 

 うちに帰った叶芽は自分のベッドに横たわっていた。美和母さんは、その横で心配そうな顔をして付き添っていた。


「今日は大変だったわね。体調のこともあるから早く寝なさい」

「うん……」



 叶芽は、この出来事を振り返っていた。昨日は帰って疲れていたから、すぐに眠ってしまった。多分その時、緊張から解放されたことでホッとして、涙を流したのだろう。だから呼詠と代わった。なら呼詠に聞けばなにかがわかるかもしれない…………


 叶芽は、昨日からの出来事を日記に書き記すと、いちるの望みを託して、涙を流しすと呼詠に代わろうとした…………しかし、なにかが違う。

「あれ……入れ替われていない。どうして……」


 そこにいたのは呼詠ではなく叶芽のままであった。叶芽は一人取り残されたような不安感に囚われまた一人で泣き明かし、眠れぬ夜を過した。

  



 それから一週間が過ぎ、俺の怪我による養生生活も終わった。呼詠さんは二,三日ほどの休養を取って元気に登校していた。桜井さんと藤咲さん達も、呼詠さんに謝罪をして事なきを得たようであった。


 

 その時、最悪の事態が俺に襲いかかろうとしていた。 

「あ〜明日から二学期の中間テストが始まるんだが、おまえ達ちゃんと勉強しているかぁ?」

 

 嫌味なくらい俺は何もしていない。だが、俺には奥の秘策があった。それは一番成績優秀な呼詠さんに勉強を教わるという秘策であった。 

 


 呼詠さんの元に行き、神にでもすがるようにお願いしてみた。

「呼詠さん、明日から中間テストらしいが、俺はまだなんの勉強もしていないんだよ。お願いだ、勉強を教えてくれ、いや、教えてください」

 

 しかし彼女の出した答えは冷たいものであった。 

「ごめんなさい。今は教えられないの……他の人にあたってちょうだい」


 彼女はそういうと座っていた席を立ち、逃げるようにどこかに行ってしまった。そこへ俺の親友でもある祐希がやってきた。 

「どうしたの。研修旅行以来、なんか険悪な感じだけど、なんかあったの?」

 

――確かに、いろいろあったけど、それを祐希に言って信じてもらえるものなのだろうか?

 俺は生坂神社で浮浪者に襲われるまでの経緯だけを話して、夢の話や龍の鱗を持っていることなどは話さなかった。

 

「そんなことがあったのか……少し神経質になってるだけかもしれないから、少し距離を取ってみたらどう?それとなく桜井さんにも言っておくからさ」

 

「ありがとう祐希!」

 それから俺は祐希の言う通りに呼詠さんとの距離を取って様子を見ることにした。俺以外の生徒とは普段と変わらない様子で接しているようであった。

 

 いつもと変わらず、桜井さんと藤咲さんの三人で楽しく過ごせているようであった。ただ気になったのは、あの中間テストの結果が、俺とあまり変わらないほどに成績まで落ちていたことが、少し気になっていた。

 

 そんなある日のこと、俺と呼詠さんは消防署からの指示で火災原因調査に立ち会うことになった。

 

 俺達はまだ中学生で、中間テストや精神状態などを考慮してくれて調査の時期を遅らせてくれていたのだ。


 再び醤屋公園へ行き、あの日の出来事を話すことになった。喫茶 花梨の常連客であり、消防団団長でもある大畑さんが、優しく呼詠さんに話しかけていた。

「あの日の状況を詳しく教えてくれるかなぁ……」


 しかし、呼詠さんは公園内に置かれたベンチに座ると、うつむいたまま、なにも話そうとはしなかった。

 

「こりゃダメですかね……」

 メモをとるはずだった、若い消防士が頭を抱えて悩んでいた。

「あぁ……そうだなぁ、またにするか……」 

 皆が諦めかけて、日を改めようとしていた時、俺が代わりを引き受けようと前に出た。

 

「待ってください。俺が代わりに話ます。それじゃダメですか?」 

 大畑さんの顔が明るくなり、俺の所へと駆け寄ってきた。

 

「おぉ、そうだったね。五條君もその時一緒に居たんだったね。よろしく頼むよ」

「はい!」

 俺は自分が知る限りのことを全て話した。そして本来行われる現場検証は事前に終わっていたため、得られた情報のみを説明してくれた。その検証で公園内を回っていた時、ふとあることに気がついた。

 

「この石、妙に焦げてませんか?」

「本当だ!それには気づかなかったなぁ。ありがとうよ。五條君」


 それは公園に置かれていた赤い瑪瑙石のオブジェクトであった。炎に焼かれ黒く焼け焦げていたのである。

 

 大畑さんはその焼け焦げた石の調査を始めるように消防士に指示を出した。津波の龍……俺は、ふとつぶやいた。

 

「大畑さん、津波の龍と言うのをご存知ですか?」

「津波の龍?なんだそりゃ!漫画か、なにかなのかい?」


「……それじゃ、これを見てください」

 俺はポケットから龍の鱗を取り出して、大畑さんに手渡して見せた。

「……なんだい、これは?」

 扇形の鱗が珍しいようで、眉をしかめてジロジロと眺めている。

「よくできた模型だね。なにかの部品かい?」 

「いえ……なんでもないです」 

 俺は津波の龍のことを話そうとしたのだが、それは辞めておくことにした。

 

 二時間ほどで現場検証は、全て終わり解散することになった。そして俺と呼詠さんの二人だけとなり、気まずい空気が流れ出した。

 

「呼詠さん……待ってくれないか」

 呼詠さんはなにも言わずに、その場を立ち去ろえとしていたが、俺がそんな彼女を引き留めた。最初はなにも言わず、振り向きもせず、ただそこに立っているだけであった。


 俺はひたすら頭を下げて、呼詠さんが許してくれることを願った。

「俺のワガママで呼詠さんを危険に、さらしたことを怒っているんだろう?ごめんなさい。反省している、だからお願いだ、機嫌を直してくれないか?」


 しかし、そんな淡い願いすらも叶うことはなかった。 

「もう……イヤなんよ。あんたが来てから、うちと呼詠の関係がめちゃくちゃやん。彼氏でもなんでもないんやから、ほっといてよ。」

「えっ……叶芽なのか?」

 

 俺の問いかけで、ハッと我に返った叶芽は悲しそうな声で呟いた。

「ごめんなさい。もううちらに関わらないでほしいの……」

 

 そういうと振り返ることなく走り去ってしまった。俺は呆然と走りゆく叶芽を見送るしか方法はなかった。


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る