第30話 呼詠の苦悩
翌朝、彼女は眩い朝日を浴びて目覚めた。しかし、起きたのは叶芽ではなく、呼詠さんであった。
「あれ?ここは……」
起き上がり、体が重だるい感覚に囚われ、あちこちに知らないアザと見知らぬアクセサーがついている。
「なに?……これってどういうこと?」
昨日の出来事を思い返してみる。
――昨日は子供歴史遺産ガイド講習の研修旅行があって……そう五條君と一緒にバスに乗って話して神戸まで行ったんだった。それから……
そのあとのことは、叶芽と交代しているので呼詠さんには記憶がなかった。とっさに携帯の日記をみようと、電源を入れて驚き携帯を手放した。
「なになに……なにがあったの……」
携帯のロック画面には、複数の着信と、NINEの通知連絡が入っている。
それはまるでストーカーに襲われていたかのような勢いであった。
「えっ、なになに怖い怖い……」
恐る恐る、携帯のロックを外し、NINEの中を覗いてみる。相手は桜井さんのようだ!
「なんだ……千里ちゃんかぁ……驚かさないでよ」
しかし、その内容をみてさらに驚かされていた。
『今どこにいるの?』
『もう集合時間、とっくにすぎてるよ』
『NINE見たら連絡ください』
『会長さんが警察に連絡するって言い出したの、今どこにいるの?』
――なんなのいったい?昨日なにがあったの……叶芽、そうだ日記を見れば何かわかるかもしれない。
呼詠さんは携帯にある日記アプリを開いてみた。しかし、そこにはなにも書かれてはいなかった。
呼詠さんは携帯を相手に、頬をプクッと膨らませて怒りを露にしていた。
――もう、叶芽のアホ!なにがあったのか、ちゃんと書いておいてよね……そういえば最近、叶芽が書く日記って、ほんと雑なのよね。今までは、もっと細かく書いていてくれたのに……どうしたんだろう?
「呼詠……起きたの?早く起きて支度しなさい。学校遅れるわよ……」
どことなく病人を心配するような顔で美和母さんが様子を伺いにやってきた。
「どう具合悪いの?まぁ、昨日あんなことがあったからね……調子悪いようなら学校休もうか?」
――あんなことって、なに?五條君に会えば、なにかわかるのかもしれない。
「えっ……大丈夫だよ、学校行けるよ」
呼詠さんは急いで身支度を済ませ、学校へと向かった。そして、俺が登校してくるのを待っているのだが、一向に登校して来ない。
――どうしたんだろう?五條君どうして来ないの?
不安そうな顔をして待っていた呼詠さんの所へ、桜井さんが登校して、すぐに駆けつけてきた。
「呼詠ちゃん、来てたんだ!昨日なにがあったの?心配してたんだよ」
――えっなにがあったのかは私の方が知りたいくらいだよ。千里ちゃんも知らないんだ……
「うっ、うん!心配かけてごめんね。えっと……」
呼詠さんは気まずそうな顔のまま、なにをどう答えればいいのか分からず戸惑っていた。
「呼詠っち!五條君と仲良くやれたぁ〜、こっそりとデートに行ったんでしょう?どうだったの?」
隣のクラスから藤咲さんが、キツネ耳をピョコンと出し、目を輝かせてひょっこりやってきた。
――えっ!こっそりデートって叶芽、なにやってたのよ…………
「そんなんじゃ、ないから……絶対に違うんだから……」
呼詠さんは、その場にいることが耐えきれず教室を出て行ってしまった。
「呼詠っち……」「呼詠ちゃん……」
藤咲さんと桜井さんが、逃げ出した彼女を追いかけた。そこで朝の朝礼にやってきた丘石先生とぶつかってしまった。
「痛たたっ……あっ、先生ごめんなさい」
「お前たち早く自分の教室に戻りなさい!朝礼が始めるぞ」
「先生……それが呼詠ちゃん、今さっき飛び出て行っちゃったんです」
それを聞いた丘石先生は頭を抱えていたが、他の生徒の手前もあり、放置せざるを得なかった。
「はぁ……まぁいい、お前達は教室に戻りなさい」
「はい」「はぁ〜い」
呼詠さんのことは心配ではあったが、二人も先生の指示に従って教室へと戻って行った。
その頃、俺は研修旅行から帰り、怪我の養生のため一週間ほど学校を休むことになり、自分の部屋で寝ていた。
とは言うものの、傷は痛むが動くことはできるので暇を持て余していた。
――暇だなぁ……なんか面白いことないかぁ!
「なぁ〜にこれ、またこんなゴミひらって来て〜汚ったないわね……捨てるわよ」
母さんが洗濯物を洗おうとして、俺が履いていたズボンのポケットから、なにかを見つけたようであった。
「あぁぁぁ、人のもの勝手に捨てんなよ」
すぐさま洗濯場に行き、捨てようとしていたものを奪い取った。するとそれは、扇の形をした黒い鱗のようなものであった。
――これって昨日、夢の中で俺が拾った龍の鱗…だよなぁ?あれは夢じゃなかったのかよ。
〖〖〖NINE〗〗〗
その日のお昼前、NINEが不意に飛び込んで来た。それは桜井さんからのNINEであった。俺は何気に携帯を開いて驚いた。
『今朝、呼詠ちゃんが学校を飛び出て行っちゃったの〗
〖私達、授業があるから早く教室に戻れって言われて……〗
〖もうお昼前なのにまだ帰ってないらしいの……〗
〖どうしよう〗
――叶芽のやつなにやってんだよ!ここは神戸じゃないから、大丈夫だとは思うが……ちゃんと呼詠さんに知らせてあるのか?
気がつくと俺は家をあとにして、呼詠さんを探しに出ていた。
秋雨前線の影響もあり、なまり色の雲が空を覆い始めると、生暖かい風が雨の匂いを運んできた。
――このままじゃ、雨が降って来るぞ!急がなきゃ
その頃呼詠さんは醤屋公園の中にある、小さな
――叶芽……昨日五條君といったいどこで何してたの?この左手首のアクセサリーはいったいなんなの?叶芽は……五條君の……こと……
いろいろ聞きたいことはあったのだが、それを聞き出す勇気もなく、携帯に打ち込むのを辞めた。
はぁ〜と深いため息を吐き、ポケットに入っていた叶芽が使っていた髪留め用のゴムを取り出し、ポニーテールを作って巻いてみた。
――これをつけたら叶芽のようになれるのかなぁ?
「呼詠さん……呼詠さん……」
彼女を呼ふ声が聞こえてきた。不意に立ち上がり、誰なのかと探してみた。
俺は人影がそこにあることに気付き、それが呼詠さんであることを確認すると、すぐに駆け寄った。
「叶芽?……ここにいたのか?心配したぞ」
しかし髪の形から彼女を叶芽と暫定して話かけた。すると彼女も叶芽を演じて見せた。
「ようやく見つけたよ!さっきそこでガイド中の会長さんと出会って、ここに入って行く所を見かけたと聞いて来たんだ。あまり心配させないでくれよ。昨日のこともあるんだからさ」
――えっ!昨日ってなにがあったの?でも、今は私を叶芽だと思ってるから聞けない……どうしよう。
「叶芽?どうしたんだよ…………」
――五條君は叶芽にはそんな顔をして、そんな風に呼ぶんだ。私なにも知らなかった。あれ……?私って、もしかして叶芽にヤキモチ妬いてるの?そんなの嫌だ!
この時見せた彼女の表情で、俺はとんでもない間違いを犯していることに気づいた。
「もしかして……呼詠さん……なのか?」
ゴロゴロゴロゴロ…………
雷鳴が聞こえて来ると稲妻が空を引き裂くように落ちた。そして雨粒がぽつりぽつりと降り出した。
「昨日……叶芽と、どこでなにをしていたの?なんで私だけ除け者扱いなの……私なにか悪いことした?」
「なに……ごめん。全部、俺が悪いんだ」
ゴロゴロゴロゴロズドーン……
「謝らないでよ……私が……なれば、みんな…………でしょう」
小雨だった雨粒が大粒の雨に変わった頃、落雷がこの公園に落ちる音がした。落雷の大きな音が全てをかき消してゆく。燃え上がった大木で真っ赤に照らされ、感情的に叫び怒りに満ちた彼女は大粒の涙をこぼした。
ギッ、ギギギギギッ……
凄まじい音と共に燃え盛った大木が、この四阿の上へとのしかかってきた。
「危ない……」
俺は彼女を抱き抱えるようにして、四阿を飛び出た。倒れて来た大木の炎が四阿に燃え移り、炎と黒煙が立ち上ってゆく!
「大丈夫か?呼詠さん……呼詠さん?しっかりしてくれ……」
落雷による火災を見つけた近所の住民が集まってきた。大粒の雨に打たれながら間一髪のところ飛び出た俺達であったが、呼詠さんは意識を失いぐったりと倒れている。
ウウ〜ゥウウ〜ゥウウ〜ゥ
次にサイレンの音がけたたましく鳴り響いた。そして数台の消防車もすぐに駆けつけ、消火活動を始めた。
「お〜ぃ、誰かいるのか?」
消防団団長の大畑さんだ!消防服に身を包み俺達の元へと駆け寄ってきた。
「大畑さん……助けてください。呼詠さんが危険なんです。お願いします。お願いします……」
俺はすぐさま手を振り、救援を求めた。
「大丈夫だ。あとはワシに任せておけ!」
そこへ、噂を聞きつけ呼詠さんを探していた丘石先生も、野次馬達をかき分けるようにして中へと入ってきた。
「おぉ〜い、お前達無事か?」
「先生……呼詠さんが……呼詠さんが……」
先生の姿をみた俺は、安堵のあまり涙を流してすがりついていた。
「大丈夫だ。消防隊の人が救急車を呼んでくれている。もう大丈夫だ、心配ない……」
その後すぐ呼詠さんは救急車に乗せられて、近くにある総合病院へと運ばれて行った。
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