第29話 夢のおわりに……
また暗い闇の空間を俺は漂っていた。なにも見えず、なにも聞こえない。意識もおぼろけで朦朧としている。俺は死んだのか……このままどことも分からぬ、この闇の中をさまよい流されてゆくのか……
どれくらいの時間が流れたのだろうか……時間という概念すら分からなくなる。
『…………陸……陸!』
誰だ?誰かが俺を呼んでいる。あれは叶芽かぁ?
叶芽は無事にやり過ごせたのか?逢いたい…………
すると暖かい光が優しく体を包み込み、光が指し示す方向へと流れ出した。その流れの中で、無意識で泳ぎ始めた。
「叶芽なのか……」
光が溢れ出すと俺は意識を取り戻した。最初に見たものは真っ白な天井であった。腕には注射針が刺され、点滴を受けている。
――ここは……病院なのか?
「陸……、気ぃついたん?ここ病院よ。わかるとぅ?」
その呼び掛けに顔を向けて見ると、叶芽が今にも泣き出しそうな顔をして、こちらを見ていた。俺もなにか言葉をかけてあげたいのだが、上手く言葉に出なかった。
――そんな顔をするなよ。俺はまだ生きている?あれ……生きているのか?俺は……あれは夢だったのか?あの時、津波の龍に喰われて……それから、それから……
「意識が戻ったんやね……よかったとぅ。一時はどうなるんか、心配しとったんよ……すごい汗やね!今、吹いてあげるから待っとるんよ!」
棚の上に置かれたリュックからタオルを取り出して、汗まみれの顔を吹いてくれた。
それから体全体も……って、そんなことまで吹いてもらって、本当にいいのだろうか?俺は恥ずかしさのあまり赤面していた。叶芽も同じように意識しているのか?あまり見ないで吹いてくれた。
「……叶芽は無事だったのか?怪我はないか?」
「怪我しとんのは、陸のほうやん……」
左腕をあげて見てみた。腕には包帯が巻かれ、血も綺麗に洗い流されていたのだが…………
「ごめん……せっかく買ってもらった、『たまき』が血まみれだ」
叶芽に買ってもらった『たまき』は、包丁で切られた時の血がベッタリとついてしまっていたのだ。俺はタラりと冷や汗を搔いていた。
――まずい、このままでは叶芽に怒られそうだ。また説教が始まる……
しかし、叶芽は持ち上げた左手をしっかりと握り、自分の頬へと押し当てた。
「『たまき』なら、また買うたら、ええんよ……それよりも、陸の意識が戻って、ほんまよかったとぅ、一時はどうなるんかと心配しちょったんよ」
――叶芽がいつもより優しく感じる。
叶芽ではなく、呼詠さんなのでは無いかと錯覚するほどであった。
「ん?どうしたとぅ……」
「叶芽……だよなぁ?」
俺は、恐る恐る聞いてみた。すると怪訝そうに眉をひそめて、俺をジッと見つめている。
「なにダホなこと、言とんねん。うちは叶芽に決まっとうと……」
――確かに、呼詠さんが兵庫弁を使うことはない……だが、優しすぎる叶芽が……怖い!
「今まで俺は……夢をみていたような気がする……とても長くて……そしてリアルな夢だった」
俺は夢の物語を覚えている限りのこと全て、叶芽に話した。叶芽も真剣に俺の話を聞いてくれた。
「というわけなんだが、叶芽は今の話となにか関係があるのか?もしかして、叶芽って本当は白銀の龍なんじゃないのか?」
俺は真剣に聞いたつもりであったが、叶芽は軽蔑の眼差しで見ていた。
「はぁ……なにダホなこというとんの!かなり、うなされてたから心配したけど、まぁ〜この様子ならべっちょないね。この際やから、一緒にその厨二病も治してもらぃ〜」
――この厨二病は死んでも治りませんよ。しかし、あの夢はただの夢なのだろうか?あまりにもリアルすぎて怖かった……
俺は苦い笑いをして誤魔化すと、すぐに起き上がろうとした。
「痛っ……!」
なんだこの痛みは、右腕に激痛が走った。よく見てみると知らない傷がついていた。
「なにしとぅん!まだ安静にしとかなあかんと……あれ?こんなところも怪我しとぅやん。ちょぅ見せてみぃ……」
叶芽が右腕を持ち上げ、その傷口を不思議そうな目で見ていた。
「さっき手当てしてくれた時、こんな傷はなかったのになぁ……いつ着いてんやろぅか?」
「あら、ようやくお目覚めね!具合はどう?痛むところはある?」
そこへ看護師さんが様子を見にやってきた。
「すみません。この子右腕も怪我しとぅみたいなんです。みてあげてくれませんか?」
「そうなの……それは大変ね!どんな感じ?少し見せてね」
看護師さんは右腕の容態を確認していたが、やはりその傷を初めて見たような顔をして驚いていた。
「本当……さっき治療する時に、見落としたのかしら……でも、こんなに大きな傷口、見落とすはずはないんだけどね」
――落ち着け、落ち着くんだ。思考を凝らせ……もし、この傷が夢の中であの龍につけられた傷だとすれば、最初の治療が終わり、この病棟に運び込まれたあとについたものと考えることができる。
「一応、先生にも見てもらいましょうね」
看護師さんは、すぐに先生を呼びに行ってしまった。先生もすぐに駆けつけて治療を施してくれた。
「軽い怪我だから、すぐに治ると思いますよ。お大事にね……」
「はい、ありがとうございました」
――やはり俺は、あの時代にタイムスリップしていたとでも言うのか?こんなことを言うと、また叶芽に厨二病とバカにするのだろうなぁ……
「ようやくお目覚めのようね。ヒーロー君!」
見上げるとそこには綺麗な二十代後半の女性が立っていた。
――そのヒーロー君って言うのは辞めてくれ!恥ずかしすぎる……って、ん?待てよ。この人どこかで、会ったことがあるような……
「あの〜!一度どこかでお会いしたことがありましたよね」
俺はナンパ風の口ぶりで聞いてしまった。パスんと叶芽が俺の後頭部を叩いた。そして機嫌悪そうな顔でこちらを睨んでいる。
「あたり前やん!さっき神社で会ったばっかりやん、もう忘れたとぅ?」
――さっき……神社で出会った……???
しかし心当たりがない。そこで試しに巫女の衣装を着せて考えて見ることにした。
「あっ!もしかして神社にいた巫女さんですか?」
「正解!橘 美優です。旦那共々よろしくね」
「橘さん…………?」
――ん?はぁ、橘ぁぁぁぁ……さん!って、まさかあの橘さんか?こんな美人なお嫁さんを、もらっていたのか。羨ましすぎる。なんて贅沢な人なんだ!あの人は……
それから美優さんは、ここに来るまでの経緯と状況説明をしてくれた。
「…………というわけで大変だったのよ。警察沙汰になって事情聴取は取られるし……でも、あの護符の効果が、こんなに早く役立って、よかったわね!」
「あの護符ですか?もしかして叶芽にまとわりついていた電撃って、あの護符の効果なんですか?」
「そうよ。結構効くでしょう。あのお守り!」
美優さんは自慢げに、お守りの効果をアピールしてきたが護身用としては、かなり有効のようだ。
「とてもよく効いていました。おかげで助かりました。ありがとうございます」
すると美優さんは残念そうな顔をして、ぽつりと愚痴をこぼした。
「でも、あれって……移し世人にしか効果がないのが欠点なのよね……残念!」
――えっ、それってどういう意味なんだ。あの浮浪者達が移し世人だとでも言いたいのか?
それを確認する暇もなく話は先へと進められた。
「それよりもあなた達、勝手に研修抜け出して来たんですって……」
――そうだった。十一時までにHITOMI防災センターに戻れないとダメだったんだ。
しかし窓の外の景色はどう見ても、午前中という時間帯ではなかった。とりあえず美優さんに今の時間を聞いてみた。
「すみません。今何時ですか?」
美優さんは腕時計を眺め、ため息と共に呆れた声で教えてくれた。
「十五時三十分よ!会長さんにはうちの旦那がちゃんと話はつけてくれているから大丈夫だけど、今度からそんなことしちゃダメよ」
「はい……すみませんでした」
――重ね重ね、本当にすみませんでした。
「おぉ、五条君やっとお目覚めかぁ?」
こってりとした、美優さんの説教が終わったころ、旦那の橘 火希さんが、警察官と歴史遺産ガイドの会長さんを引き連れてやってきた。
「助けてくれて、ありがとうございました」
「あぁ、なんとか間に合ってよかったよ」
「橘さんはあそこに何をしていたんですか?」
橘さんは眉を潜めながら、美優さんと顔を見合わせて話してくれた。
「美優が忘れ物をして、それを届けに行く途中、女の悲鳴を聞きつけて行ってみたんだよ。そしたら、呼詠さんが連れ去られようとしていたのさ!しかし、なにごともなくて、よかったよ!」
「五條君、大丈夫だったかい?」
ガイドの会長さんが事件の話を聞きつけ、研修の残り工程を副会長さんに任せて、こちらにやって来てくれた。
「はい、ご迷惑をお掛けしました」
「心配したよ。でも、元気そうで何よりだ」
歴史遺産ガイドの会長さんが優しく声をかけてくれて、それ以外はなにも言わずにいてくれた。
それとは対象的に、警察官からの事情聴取が始まった。俺たちを襲った浮浪者達はその後の調べの自供では、なにも覚えていないの一点張りのようだった。
また薬物反応も出ず、なぜあのような犯行に及んだのか一向に検討がつかないとのことであった。
――やはりあの声の主が浮浪者達の首謀者なのだろうか?それなら、どのような手口で奴らを操っていたのだろう。
「浮浪者達の共通点といえば、このようなものを皆持っていたんですが、ご存知ありませんか?」
警察官の人がなにか手がかりになりそうな写真を見せてくれた。俺達はその写真をじっくりと見せてもらい驚いた。
橘さんがおもむろに、その写真を手に取って眺めていた。
「これは……なにかの鱗ですか?」
真っ黒で艶があり、扇を開いたような鱗であった。間違いない津波の龍だ!夢の中で見たものと同じ形をしている。
「そのようにも見えますよね。しかし、実際のところこのような鱗を持つ生き物ないそうなんです」
警察の事情聴取も終わり、病院での検査も全て終えた頃には既に日も暮れ始めていた。
「それじゃ、俺が家まで送ってあげるから早く車に乗って……」
俺達は橘さんに和歌山の家まで送り届けてもらった。その頃には既に日が代わっていた。
疲れ果てた叶芽は、日記も書かずにそのまま寝落ちしていた。その顔には安らぎと安堵に満ちた涙が枕に落ちていた。
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