第28話 夢のお告げ……

 ここはどこなのだろうか?薄暗い空間の中、なにも見えず、なにも聞こえない。ただそこには空間があるのみであった。

 

『ここは……どこだ……?お〜ぃ、叶芽、橘さん……』

 誰もいない、人の気配どころか、自然すら感じられない。俺は手探りでなにかないかと探してみる。


 すると彼方向こうから一筋の光が見えるのを感じ、そこへ向かって歩き出した。歩くと言うより、どちらかといえば泳ぐに近かった。

 

『俺って泳げるのか……?これって最高だなぁ!』

 泳いで行くと光に導かれるような流れが起き、そこに向かって流された。ようやく歩けるような感覚に、自らの意思で歩を進めた。


 薄暗かった場所を抜けると、眩い光が身体全体を覆いさらに歩き進むと、甲冑姿の兵があちこちに見えた。

 

 俺は夢でもみているのではないだろうかと思い自分の頬を抓ってみた。

 

『痛っ……くない!?』

 さらにその場にあるものを触れようとするが、映像のように透けて触れることさえ出来なかった。どうやら俺は戦乱の世界に紛れる込んだ夢でも見ているのだろう。

 

『そうか、これは夢だ!ヨシ、そうしよう……』

――そうと決めれば、向こうになにかが見える。一度そこへ行ってみよう。

 

 東側を流れるは、生坂川を城郭の堀として、この川に沿って垣や逆茂木さかもぎなどの防衛施設を設け敵を防いでいた。


 堀には橋を一つ架けて大手の木戸口を城門とし、生坂川を挟んで源平両軍は対峙している。そこはまさに、後の世で生坂の御神木となるであろう若木が青々と息づく場所であった。そこを平家が砦として築いていた。 


 叶芽のガイドにあった一ノ谷合戦そのものに違いなかった。

 

 空には紅く染まった満月に、雲がかかり姿を隠してゆく。陣営には篝火が灯され、チカチカと燃え上がっていた。

 

『ここは平家軍の陣営なのか?ヨシ、一度中へ入ってみよう』

 

 ――ばれることがありませんように……

 そう祈りながら俺は、こっそりと陣営の中へと入り、軍議の会話を盗み聞きしていた。

 

 中では会議が行われている真っ最中であった。平家軍の大将軍である平知盛たいらのとももりには、側近として奇妙な能のお面を被った黒い陰陽術師、さらに副将軍の平重衡たいらのしげひらと、その家臣が集いある作戦を練っていた。

 

「今、我が軍はかなり疲弊しております。このままでは源氏軍に押し切られてしまいますぞ!」

 副将軍の重衡が大将軍である平知盛に陳情している真っ最中であった。


「それは十二分に承知しておる。そこで良い案があるのじゃ、ワシについて参れ!」

「ハァ!」


『なんだよ。これ……俺なんでこんなリアルな夢を見ているんだよ。これって叶芽と、なにか関わりがあるのか?とりあえず、俺もこいつらについていこう』

  

 皆が連れ出された場所は、陣営横を流れる大きな川であった。しかし、月明かりもなくただ漆黒の川が音を立てて流れているだけであった。

 

「ここになにがあると言うのですか?」

「その松明をもっと川面に向けて照らしてみよ!」

重衡は恐る恐る、松明の明かりを水面に寄せて照らした。すると川面がチラチラと光り輝いて見える。

 

「あれは……」

 魚にしてはかなり大きい。されど、たくさんの小判が並べているとも思い難い。

「あれはいったい……」



 水面に映った雲が抜けると、赤い月が顔を覗かせ、川の中に隠れていたシルエットが、満月の光に照らされ写し出された。

 

「あれは龍だ!」

 川の中に、複数の護符を貼られた白銀の龍が、ぶくぶくと苦しそうに息をしながら、横たわっているのが見えた。


 重衡はそれを龍と聞き、動揺を隠せずにいたが、それを間近に見て納得せなるを得なかった。 

「龍ですと……そのようなもの、どのようにして捕らえたのでございますか?」

 

「ここに御座す、陰陽術師の術によって捕らえることができた」


 一風変わった風貌の陰陽術師が、重衡に敬意を表して一礼した。

「お初にお目にかかります。重衡殿……私、陰陽術師の紅葉くれはと申し訳ます。以後お見知り置きを……」

 ひょうひょうとした口調で挨拶を交わす陰陽術師を、重衡は気にいらなかったが、平知盛がこの者を高く評価している以上なにも言えずにいた。

 

「して、この龍をいか様に使うのですか?」

「この龍はいかずちの龍と申すものじゃ、この龍が使う、カミナリの力を我がものとして扱うのだ」

 

「ここからは、私が御説明致しましょう」 

 すると陰陽術師が平知盛を差し置いて、話の中に入り、淡々と術式の手筈を説明し始めた。


「まずはこれをご覧くださいませ……」

 陰陽術師はなにやら白い扇の型をしたものを懐から取り出し、皆の前で見せた。

「これは……」


『これって……叶芽が持っていた鱗じゃないのか?』  

 

「はい……これは……龍の宝呪なるものでございます。この中へあの龍の御霊を封じ込め、雷を操る次第でございます」

 

『今、あいつ龍の宝呪って言ったよなぁ……そういえば、生坂の杜でも同じようなことを言っていたよなぁ……』 


 不意に俺はその鱗に触れようとした。なにかを勘づいているのか、陰陽術師が鱗を触れられまいとそらした。

 

 そしてマジマジと俺の顔を眺めている。その視線が俺を恐怖のどん底へと突き落とす。恐ろしさのあまり背筋が凍る思いをしていた。

 

「どうかなされましたかな?」

「いえ、なんでも……ございません」 


 重衡が陰陽術師の不審な様子に気づいたようであった。しかし彼は何事もなかったかのように早々と宝呪を懐へと戻した。 

 

「しかし、そのようなことが本当に出来るものなのか?」

「はい、すべて私めにお任せを……」

 陰陽術師は、さほど難しくはない儀式をするかのようなに淡々と語った。

 

 だが重衡には、この怪しげな陰陽術師の言葉を鵜呑みにすることが出来ずにいた。 

――だがしかし、もしそれが本当であるならば、必ずやこの戦、勝利に導かれることは間違いない……あとは、平知盛殿の采配に任せようぞ。

 

「それでは、宝呪の儀式の支度がありますゆえ、私はここで失礼させていただきます。それでは、また後ほど……」

 

 そう言って陰陽術師は儀式の場となる御神木へと歩出した。俺も陰陽術師の後ろ姿を見送ることしか出来なかった。


 それから数刻の時がすぎ、儀式が始まった。後世御神木となる若木に複数の呼符が貼られている。

  

 その前に護摩檀が置かれ、薪が焚かれて炎が灯っている。その燃えさかる炎の前で陰陽術師が複数の護摩札を持ち護摩祈祷を拝むとお経のようなものを口ずさみ始める。

 

〖阿毘羅吽欠蘇婆訶、阿毘羅吽欠蘇婆訶…………〗

 

 すると周りを描かれた六芒星から青白い光が浮かび上がる。その六つの支点には篝火が置かれ、明々と周囲を照らし出していた。

  

――まったくもって不気味な光景だ。まるでホラー映画に出てくる儀式でも見ている気分だ。


 陰陽術師が持っていた最後の護摩札が炎の中に焚べ入れる。そして懐からさっきの白い鱗を取り出し、川面に向けて掲げだした。

 

 すると、生坂川の中から光り輝くひとつの球体が浮かび上がろうとしていた。



 

 その瞬間だった。誰もが想定していなかったことが起こった。ただある一人の者を除いて…………

 

『キイイイイイイイイイイイ……ン』

 凄まじい高音質の音が辺り一面に拡がって行く。かなりうるさい音域だ!強いて言うならば、耳鳴りに近いような高音域のような音だ。誰も彼もが自分の耳を塞いでうずくまっていた。


 だが、俺にはその音がなんであるのかが、なんとなくわかっていた。白銀の龍が助けを求めて最後の力を振り絞って出した叫び声のように感じた。


 さらに次の瞬間、ゴゴゴゴゴ……という地響きと共に、木々で眠っていた鳥達が一斉に闇夜の空へと飛び立ってゆく。

『地震だ!地震がくる』

 

 その予感は的中した。かなり大きな地震だ!その地震で複数の地割れが発生し、多くの平家軍の兵が歪みの中へと飲み込まれてゆく。


 それは地上だけでなく、生坂川にも影響が及んだ。白銀の龍が眠る川にも地割れが起こり、吸い込まれ消えて行く!


「来ましたね。津波の龍よ!私はこの時を、待ち望んでいたのですよ」

 

 それは陰陽術師が仕掛けた罠であった。呪禁の呪法が施された護符が漆黒の剣となって、津波の龍を切り刻んでゆく。


 その剣撃によって龍から鱗が引き剥がれ落ちてゆく。その一枚が俺の手元へと落ちてきた。その鱗に恐る恐る触れてみた。

――これって触れるものなのか?


 鱗に触れることができる。ならばと手に取って眺めてみた。まだ小ぶりではあったが、扇を広げたような形の黒い鱗であった。 

――これが龍の鱗なのか?初めてみたぜ!

 

 呪術が施された剣ならば、黒い龍でもダメージは与えられる。

「ハッ……!」

 陰陽術師が、剣で津波の龍を突き刺さしてトドメを刺そうとしていた。

 

「今です。さぁ、そなたの御霊を、私に捧げなさい!」

 すると津波の龍から薄らと鈍く光る御霊が顔を覗かせた。それをみた陰陽術師はニタリと笑う。

「さぁ……早くこの中に入るのです」 


 そして白銀の龍に向けられていた鱗を、津波の龍に向けられると、行き場を失った白銀龍の御霊は分散して自然へと帰って行った。

 

〖ゴゴゴゴゴゴゴゴ……〗

 それ行為が津波の龍の逆鱗に触れた。怒り狂った龍が陰陽術師に襲いかかる。自らに向けられていた龍の鱗の横をスゥーっと這うようにすり抜けてゆく。

 

 すると陰陽術師の手にあるはずの白い鱗が無くなっている。そう津波の龍が白い鱗を奪い取って逃げたのだ。

 

「津波の龍めぇ……やりましたね!」

 

 さらにその後ろにいた俺をギロリと睨みつける。

〖貴様……どこから、なにをしにここへやってきた?〗


 俺は恐怖のあまり呆然と、そこに立ち尽くすだけで、なにも言えずにいた。

〖言わぬ存ぜぬかぁ…………ならば死ぬがよい!〗

 

――こいつはかなり小さいが……あの時の津波の龍なのか?俺はこのままここで死ぬのか……

 

 すると鋭い爪で俺の右腕を切りさくと、そのまま喰らいついてきた。

  

 黒い龍は奪い取った白い鱗を持って、有馬の方角へと消えて行った。

  

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