第27話 蘇りる記憶

 生坂神社の本殿裏には、広大な森が広がっていた。そこへ行く途中にある、大きく掲げられている『源平合戦の古戦場』の掲示板があり、そこで叶芽が蘇りの杜のガイドを行ってくれた。

 

「生坂神社は「神戸大水害、神戸大空襲、阪神大震災」など、これまで数多くの災害などに遭遇し被害を受けとぅ、その都度復興・再生をくり返して「蘇りの神」として多くの人々を勇気づけとんのよ。それに今から八百三十年ほど前に、源平合戦の古戦場だった場所でもあんのよ。だから、ねぇねぇ早よう帰るとぅ……」

 

「大丈夫だよ、いまは平成の時代だよ。落ち武者なんか出てたまるかって……」

 

 怯える叶芽の言葉を無視して、俺は生坂の杜へと進んで行った。入ってまず目につくのが御神木である楠木がそびえ立っていた。

 

 その御神木を中心に凛とした空気に満ち溢れ、清々しさが感じられた。圧倒的な迫力と神秘的な感覚に心囚われる不思議な空間だ。


 森というわりには、木がそれほど多い場所ではなかった。中には、池や記念碑、さらには稲荷神社などがあり、整備が整えられた公園のような場所があった。


 俺は叶芽の手を離さないようしっかりと握り、御神木の前までやってきた。そして、御神木の幹にそっと手を触れてみた。


 パワースポットなのだろうか?なんだか暖かな力が身体の中に流れ込んでくるのを感じた。しかし、これと言って別段なにかが起こるわけでもなかった。


「特になにもないね……」

「ダホ!なんかあったらあかんねん。なんもないうちに早う帰るとぅ……」

 

 マジギレ寸前で涙目の叶芽を前に、そろそろ潮時かなぁと感じ始めていた。

「そうだね。特になにもなかったことだし帰るとするか」


 そして御神木を背にして帰ろうとした、その時であった。御神木の幹から微かな光が溢れ出した。

 

  ホワァンホワァンホワァン……

 携帯の緊急地震速報のアラームがうるさいほどに鳴り響くと、生ぬるい風が吹き、池の水面には、複数の波紋が現れた。

 

 ゴゴゴゴゴ……と鈍い地響きが近づいてくる。怯える叶芽が、俺の手をギュッと握り締めてきた。

 

「きゃあああ……」

 地震だ!叶芽の叫び声が鳴り響き、恐怖のあまり俺にしがみついてくる。

 

「大丈夫だ!すぐに収まるさ……」

 俺の予測通り地震はすぐに収まった。しかし、油断は禁物だ!あれが前震ならば、次があるかもしれない。

 

「とりあえず、避難しよう」

「うっ、うん……」

 ぶるぶると震え、怯える叶芽を支えるように歩き出した。すると、イヤな視線が俺に付きまとってきた。威圧的で不快な感覚を帯びたものだ。


 俺はあたりを見回して見た。誰もいない……イヤいる。姿は見せないが確かに誰かが……いる。誰だ!

 

〖……その娘と龍の宝呪りゅうのほうじゅを置いて立ち去れ!〗

 

――ねらいは叶芽か?なんの目的で彼女を襲う?それに龍の宝呪とはいったいなんのことだ?思考を凝らしていると、目の前に誰かが立ちはだかった。


 誰だ?よく見ると、ボロいコートのようなものを羽織り、髪はボサボサ、どう見ても三十代後半の浮浪者であった。さらに手には、キラリと光る包丁を持っている。ヤバいやつだ!殺される。

 

「叶芽!早く逃げろ……」

「あっ……足が竦んでもて、動かれへんねん」

 叶芽を自分の後ろへと追やり、逃げるように促した。だが、叶芽は震え上がり動けないらしい。

「仕方ない、叶芽ここを動くなよ!」

――このままだとヤツに殺される。思考を凝らせ!


「おばあちゃんが言っていた。人のものを盗む奴は、もっと大事なものをなくすってなぁ!」 

 叶芽とヤツとの距離を遠ざけるために、ワザと挑発して懐に飛び込んだ。


 俺が襲いかかると、浮浪者の男は包丁の刃先を俺に突き立てて向かってきた。しかし橘さんほど早くはない。

 

 俺は橘さんに負けたことをきっかけに、洋介さんからブートキャンプの訓練を行ってきた。その実力が今試される時だ!


 突き刺してくる包丁の刃先をかわし、その腕をギュッと掴み締め上げた。

 男が包丁を手放すと、さらにその掴んだ腕を後ろへと押し上げ、膝まづかせた。 

――案外呆気なかったなぁ……

 

「おまえの目的はなんだ?金か、それとも彼女か?答えろ!」  


 ホッとして、こいつをどうするべきかと、思考を凝らしていた。しかし、さっきの視線が、こいつのものではないと知った。それじゃぁ、誰が俺達を狙っているんだ。


「きゃぁ…………」

 さらに浮浪者が三人、叶芽を捕らえて、どこかへ連れ去ろうとしていた。

「あいつ!仲間がいたのか……」

 

 叶芽の悲鳴に共鳴して、リュックの中に入れていた人形の護符五枚が浮き上がり分かれた。

「イヤだ……離して、離して!」

 

 バキバキバキバキ……すると激しい電撃が浮浪者達を襲った。


 俺が叶芽のところへ走り出した時、捕えていた浮浪者が、落とした包丁を拾い、背後から隙を狙い襲いかかってきた。

「えっ……」

 

 とっさに包丁を持つ手首を掴み、その浮浪者を盾にして、叶芽を襲う浮浪者、目掛けて体当たりでぶつけた。 

「うおおおおぉ……」

 

 叶芽を襲っていた三人組の浮浪者の一人にぶつけた。そのまま突進を続け、その後ろにあった池の中へと突き落とした。

 

 男はその時の衝撃で、持っていた包丁を地面に落とした。すると三人組の一人が、それを拾い上げていた。

 

 気がつくと、ぽたりぽたりと血が流れ落ちている。どうやら、背後から襲われた時に、俺の左腕が切られていたようだ。

 

 残すはあと二人だが、流血のせいで思考が止まっている。どうするどうすれば叶芽を助けられる。

 考えれば、考えるほど時間が流れ落ちる。叶芽を助けられない。ならば……やるしかないだろう!

 

「イヤだ!辞めて……」 

 二人の男は慌てて叶芽を引きずるように逃げようとしていたが彼女に触れる度、静電気が流れ思うように連れ出せずにいた。


「てぃやぁぁぁ……」

 俺は無意識で、男の一人に飛び蹴りを食らわせて、その場に倒れさせた。

 あと一人、間合いを詰め飛びかかろうとした。


 ぽつり……ぽつり、今にも降りそうだった雨が、真っ黒な雲から溢れ落ち、大粒の雨が降りそそぐ。


 人形の護符が雨に打たれ、パラりパラりと地面へと落ちて、その効力を失ってしまった。


「いやぁ……辞めて……」

 すると男がニタりと笑い、包丁をキラりと光らせ叶芽の首元に突きつけ人質に取った。どうやらさっき落とした包丁をこいつが拾っていたのだろう。


――卑怯なことをしてくれるぜ、まったくよ!

 

 俺は両手を上げ、無抵抗であることを示した。するといまさっき倒したばかりの男がニタりと笑って立ち上り、いきなり殴りかかってきた。

 

 さらに運悪く池に落ちた二人も這い出してきた。三人掛りでの殴る蹴るの暴行が始まった。


――俺が手も足も出せないことをいいことにやりたい放題しやがって、かなりヤバい状況になっている。意識が朦朧としてきた。かなり血を流しすぎたか……俺はここで死ぬのか?


 パンッ、パパン、パパパパパパ……

――なんの音だ?銃声か?いや違う。これは……


 それは爆竹が音と立て弾け出ていたのだった。あたりは爆竹の煙幕で、なにも見えなくなくなると、浮浪者達も動揺し錯乱状態となっていた。

 

 次の瞬間、倒れていた俺の前に、浮浪者の男がバタリと倒れてきた。

 「おいおい、ヒーローが、こんなところで寝そべっていちゃァ、ヒロインが悲しむぜ!」

 

 誰だ?俺は煙で霞む目を見開き仰ぎみた。するとそこで戦っていたのは橘さんだった。

「なぜ橘さんがここに?」

「話はあとだ!まずは、この場をなんとかするぞ!」


 かっこよく構える橘さんの横で、俺も戦闘体制を整え、身構えた。

「はい、バイブス燃やすぜ!」

  

 そこからは形勢が逆転して、あっという間に三人の浮浪者を片付けた。残すはあと一人、俺は残った男の胸ぐらを掴み上げて問い詰めた。

 

「なぜ!彼女を襲った?なにが目的なんだ!」

 しかし反応がない。なにかの薬でもやっているかのような死人の目をして、よだれを垂らすばかりであった。

 

「仕方ない、あとは警察に任せよう」

 橘さんが携帯を取り出して、警察へと通報を入れると、騒ぎを知った神社関係者も集まって来てくれた。これで一件落着!

 

 すると叶芽が急いで駆け寄って来てくれた。

  

「陸!大丈夫とぅ?早う、その傷みせて止血するとぅ……あんた、ほんまダホなんやから、包丁持った相手に勝てるわけなかとぅ……だいたいね……」


 そして持っていたハンカチとタオルを使って止血してくれた。のはいいが、なぜか説教と治療を同時進行で進めてゆくのかよく分からなかった。

 

 ――頼むから説教するのか?治療するのか?どちらか一方にしてくれよ!

「……でもちゃんと、うちのこと護ってくれたんやね。おおきに……」


 すべてが終わり一段落した安心感と、流した大量の血で貧血が起こり、目の前がクラクラして意識が遠のき始めた。

 

「おい、五條君しっかりしろ!」

「どないしたん!陸しっかり……」

 二人が呼びかける声さえも遠のき、最後には何も聞こえなくなっていた……

 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る