第26話 神聖なる神社いさかさん

HITOMI防災センターから生坂神社までの距離は約四キロ徒歩で約三十分くらいの距離にあった。

 

「神戸の南京町って、この辺りだったよなぁ……」

「そうね。もう少し向こうの方だけど、行ってる時間なんてないとぅ」

 叶芽は眉を潜め、険しい顔で南京町の方角を指さした。叶芽は、いったいなにを怒っているのだ?

 

「早よぅ行くとぅ」 

 そういうと叶芽は、生坂神社に向かって走り出した。俺は中華街がある南京町に寄ってみたかったが、時間がないので諦めることにした。

「おいっ、ちょっと待ってくれよ……」

 

 朱色に塗られた鳥居を潜ると、そこは霊幻新たかな生坂神社があった。叶芽が懐かしさのせいか、生き生きとした表情を見せてくれた。

「この景色を見ると思い出すとぅ、昔よくここで火希兄ちゃんと遊んだんよぅ」


 ――火希兄ちゃんとは橘さんのことか?そういえば、橘さんはお隣さんの幼なじみだったみたいだが小さい頃に遊んでいたとしても、おかしくはない。だがなんだこのモヤッとした気分は…………


「よくここでイタズラして遊んでたんよ!そうそう、火希兄ちゃんたら、境内で爆竹鳴らしてさぁ、宮司さんに怒られとぅねん。おもろいやろ……」

 そんな昔話を楽しそうに話して聞かせてくれた。

――確かに話的にはおもろかったが、なんだこの複雑な気持ちは……なんだか面白くない。


「なぁ、もうそろそろえぇんとちゃう……冷えても来たし帰るとぅ……」

「えぇ……せっかく、ここまで来たんだからさ」

 

 俺は子供のようにムスッとした顔でタダを捏ねてみた。叶芽は、ハァ……と深いため息をついた。仕方ないなぁ……という顔で俺の手を取った。

 

「それじゃ、お参りだけして帰るとぅ……」

「うん」 

 俺は万遍の笑みで走り出した。急に走り出したことに、ついて来れずに叶芽は驚いた顔をしていた。


「ちょぅ〜陸、待たんね!いきなり走らんね」

 まだ恋人という関係ではなかったが、なぜかそんな関係に思えて、嬉しさが込み上げてきた。

 

 本殿に着くまで、叶芽が生坂神社のガイドをやってくれた。子供歴史遺産ガイド講習で慣れているのだろうか?手振りなども踏まえて、とても上手に話して聞かせてくれた。

 

「はい、ここが生坂神社です……非常に歴史が長く、日本書紀の時代から、およそ千八百年以上の年月が経っとぅんよ。いまいちピンとこないくらい長い歴史があるんやね」

「そうなんだ……」


 俺は感心しながらも、観光客になった気分で神社の境内を回った。叶芽もとても楽しそうに話して聞かせてくれた。

 

「お祀りされている稚日女尊(わかひるめのみこと)は日の女神様で、天照大神(あまてらすおおみかみ)の和魂(にぎみたま)あるいは妹神と伝えられているとぅ。物を生み育て万物の成長を御加護する神様やね」


 本殿にある拝殿に着いた俺達は、すぐに参拝を始め願いごとを祈った。俺の隣りで叶芽がなにかを願っている。俺は叶芽の願いことがとても気になった。

 

「なにをお願いしたの?」

「ん?……教えへんよ!」

 

 照れくさそうに微笑みを浮かべ、アッカンベーをして歩き出した。たまに見せるあどけなさが健気で愛おしいく思えた。


「あそこでお守り買って帰ろうよ」

 その時だった。俺は誰かに見られているような感覚に囚われた。殺気いや違う、もっと重圧的などんよりと重苦しい感じのものだ……

 

 振り返って、その気配を探った。だが、既にその気配は消えて感じなくなっていた。

 

「どうしたとぅ〜?」

 叶芽が不思議そうな顔で、俺が見ている場所を眺めていた。多分、気のせいだろう……気分を入替えて先に進むことにした。

 

「いやなんでもない……早く行こう」 

 何食わぬ顔で叶芽の背中をポンと押し、授与所へと引き連れて行った。叶芽は怪訝そうな顔のまま、なにかに後ろ髪を引かれる感覚を残しながらも足を進めて行った。


「あら、いらっしゃい……かわいいお二方ね」 

 そう言って出迎えてくれたのは巫女の衣装に身を包んだとても美しい女性であった。どことなく叶芽の面影がある巫女さんだ。

 

「なにに致しますか?」

 授与所の前に並べられた御札やお守り、その中に

腕輪のようなお守りを見つけた。

 

「これは……」

 俺はそのお守りを手に取って眺めていた。二本の糸が束ねられた輪の中に金色の無限を示す記号の金具が取付けられていた。糸の色が黒いものと赤いものの二種類があり、男女でつけるもののようだ。

 

「そのお守りは『たまき』という縁結びのお守りです。ご祭神「稚日女尊」は機織りの神として伝えられており、糸と糸を織り成すように良きご縁を結ぶと言われておりますよ」

 

「へぇー!」

「二人でお付けになられてはいかがですか?」 

――って、俺達付き合っているように思われているのか?

 

 俺は照れながら叶芽の顔色を伺って見た……が、いつもと変わらぬ叶芽がいて、並べられたお守りの品定めをしていた。

 

「あなた……もしかして『写し世人』《うつしよびと》かしら?」

 巫女の女性はマジマシとした目で叶芽を見て、ぽつりと呟やいた。

 

「えっ……」

 その写し世人という言葉に、叶芽は驚きを隠せず、一瞬手を止めた。しかしそれを微笑みで誤魔化した。

「あら、ごめんなさい。気にしないでね」 

「いえ……大丈夫です」 


 ーーしかし、写し世人っていったいなんなんだ?

「あの〜、写し世人ってなんですか?」

「もう、そんなん聞かんでえぇんよ!」

 叶芽の制止を振り切って、巫女さんに聞いてみた。巫女さんもそれを真剣に受けとめて語り始めた。

 

「写し世人とはね。過去に生きていた者が、死してその身を失い、あの世にも行けず、現世で仮染の身に御霊を込めた者のことを言うのよ。この奥には、蘇りの杜という場所があるから、時間があったら一度訪れてみてはどうかしら……」


ーー写し世人に蘇りの杜、叶芽となにか関わりがあるのだろうか?一度行ってみたい。

「ありがとうございました」

 

「あら……なにも買って行かないの?」

 巫女の女性は、なにかを買って欲しそうにウルウルとした目で俺を見ていた。

 

 ――色々と教えてもらったことだし、ここは人肌脱いで、なにかを買ってあげようかなぁ……えっとどれにしようか?

 

「それじゃ、これを二つください」

 俺は赤い『たまき』というお守りを叶芽と呼詠さんへのお土産として買うことにした。

 

「おおきに……でも、二つとも赤でええのん?」

「はい……」 

 

 最初は不思議そうな顔をしていた巫女さんであったが、うっすらとなにかに気づいたようであった。

「これは叶芽と呼詠さんへ、誕生日プレゼントのお返しにどうぞ!」

「ええ、そんなんされたら、うち……困るとぅ」


 叶芽は恥ずかしそうに顔を赤く染めて、授与所に並べられたお守りを選び、ひとつ買ってくれた。

 「それじゃ……うちも、これ買うとぅ!」

 

 それは黒い『たまき』のお守りであった。そしてそれを俺に手渡してくれた。

「これは、うちからの誕生日プレゼントとぅ」

「ありがとう……」

 

 こうして改まってもらうと、なんだか恥ずかしい気持ちになる。叶芽もこんな気持ちだったのだろうか?

「それ、つけてあげるとぅ……」

 

 叶芽はそういうと、『たまき』の腕輪を左腕に巻いてくれた。右腕には呼詠さんからもらったミサンガ、左腕には叶芽からもらった『たまき』をつけている。まさに両手に花とはことことだ! 

 なんだかとても照れくさかったが、嬉しい気持ちの方が大きかった。

 

 すると今度は手渡した『たまき』のひとつと自分の腕を、俺の前に突き出してきた。

 

「今度はうちのも、つけてくれへん?」

 恥ずかしそうな上目遣いがとても色っぽい、その視線が見つめてくる。俺は手を震わせながらも『たまき』をつけてあげた。

 

「なんだか初々しいええもん見せてもろたわ!おおきに……それじゃ、これも持って行ってなぁ」

 

 巫女さんが小さな紙にサラサラと、なにかを書き記し、それを叶芽に手渡した。

「さっき怖い想いをさせたお詫びとぅ。なにかの助けになると思うから、もろてちょうだい」

 それは人形の依代と呼ばれる御札のようなお守りであった。

 

「ありがとうございます」

叶芽は依代のお守りをリュックの中へと仕舞った。

「それじゃ、いろいろとありがとうございました」

「またご縁があれば、いつでも起こしくださいね。ありがとうございました」

 

 俺達が授与所をあとにして歩き出すと、雲が濃くなってきた。いまにも雨が降りそうな天気に変わっている。さらに不気味なほどにカラスが鳴き始めた。 

 

「そろそろ帰らんとぅ?」

 叶芽が、戻ることを急かしてきた。するとまた誰かの視線を感じて振り向く。

 しかしやはり誰もいない。気のせいなのだろうか? 

「どうしたとぅ……」

「いや、なんでもないよ。それよりも巫女さんが言っていた蘇りの杜に行ってみようよ」

  

 不安そうな顔で叶芽が俺を見た。さっき、巫女さんが話していたことを気にしているのだろうか?

「えぇ……でも時間もないし、雨も降ってきそうやん」 


「もうちょっとだけ……ね!お願い……」

 俺はどうしても、蘇りの杜に行きたかった。そこへ行けば、叶芽のなにかがわかる。そんな気がしていたのだ。

 嫌がる叶芽を拝み倒して俺達は蘇りの杜へと向かって歩き出した。

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