第25話 思い出の研修旅行
数日後、新学期が始まり、俺たちのいつもと変わらぬ学校生活が始まろうとしていた。
そんなある日のお昼休み、呼詠さんが俺のところへとやってきた。夏休み前から親しくなった呼詠さんが普通に話かけてくれるようになっていた。これも全て叶芽のおかげだ!
しかし周りの男子生徒からは、羨む視線が突き立てられて、とても痛かった。
「ねぇ……五條君、お誕生日おめでとう。少し遅くなっちゃったけど、これ誕生日プレゼントだよ」
呼詠さんが小さな紙袋を俺に手渡してくれた。
――なになに……呼詠さんから誕生日プレゼントをもらえる日が来るなんて生きててよかったぁ〜!
「ありがとう、開けてもいいかなぁ?」
「どうぞ……開けてみて!」
呼詠さんが嬉しそうな表情でにっこりと微笑む、それはまるで天使からの贈り物のようであった。
袋の中身は柿色と黒の糸で編まれた手作りのミサンガが入っていた。
――うおおおおぉ……呼詠さん手作りのミサンガではないか!
「五條君が好きなゴーストドライブの色を使って編んだんだよ。気に入ってもらえると嬉しいな」
――呼詠さんが俺のために一生懸命編んでくれた手作りのミサンガ……こんな嬉しいことはない!
「ありがとう!嬉しいな、絶対大事にするよ!」
「それじゃ、つけてあげるね……」
――それを俺の腕につけてくれるだって……
「それじゃ、腕を出して……」
俺は嬉し恥ずかしそうに、右腕を差し出した。呼詠さんが照れくさそうな顔で、腕にミサンガを結びつけてくれた。
それと同時に、あるお願いごとを持ってきた。
「それとね……ひとつお願いがあるんだけど、いいかなぁ?」
――呼詠さんのお願いごと?そんなのなんでも叶えてあげるさ!
「いいよ!なんでも言って……」
「あのね……今度、子供歴史遺産ガイド講習で兵庫県にあるHITOMI防災センターに行くことになっているんだけど、五條君も一緒に来てくれないかなぁ?」
――やったぁ……呼詠さんが俺をデートに誘ってくれている。ん?今、子供歴史遺産ガイド講習って、言ったよな!ボランティア活動のお誘いなのか?
俺は嬉しい反面、デートではなかったことに、がっかりとした表情を浮かべていた。それでも呼詠さんと一緒に行けることは嬉しい話だ!
俺はそのお願いを即座にOKすることにした。
「いいよ。一緒に行こう」
「ありがとう!楽しみにしてるね」
パッと明るい表情を見せる呼詠さん、しかし廊下には、こっそりと覗き見る二人の影があった。祐希と桜井さんだ!これらのサプライズは、あの二人が仕組んだことのようだった……
ジュニアガイド研修旅行当日がやってきた。廣河町立体育館の駐車場に二台のバスが停められていた。それに乗って俺たちは研修旅行へと向かうのであった。
先頭を走るバスに小学生の児童と子供歴史遺産ガイド講習の指導員として伊藤先輩が乗車し、俺たちボランティア組は二台目のバスに乗り込み、後を追った。
車内では桜井さんの配慮で、俺の横に呼詠さんが座ってくれた。その後ろに祐希と桜井さんが座ることとなった。
野田君はサバイバルゲームに参加するとかで来ることはなかった。それを知った風花は一人寂しく先頭を走るバスに乗っているのだと思っていたのだが……
「風花ちゃん一緒に座ろうかぁ〜」
「えっ、うん!ありがとう」
桜井さんの妹の小春ちゃんが誘いに来てくれた。なんて優しい子なんだ。風花友達は大切にしろよ!
それよりも俺の方がヤバい!かなり緊張していた。呼詠さんと一緒に座っていることもあったのだが、さらにバスで酔う可能性も出てきた。
そのバス酔いは一時間も経たないうちに起こってしまった。顔は青ざめ、気分が悪い……こんなところ呼詠さんに見られたくはない。
「大丈夫、どうしたの……気分悪いの?」
「バスに酔った……みたい」
「えぇ、そうなの?私、薬ある持ってるから、これ飲んで……」
呼詠さんは鞄の中から常備していた酔い止めの薬を手渡してくれた。サービスエリアに入ると、暖かい紅茶まで買ってきてくれた。まさに神……
和歌山から山の谷間を縫うように連なる高速道路を走り抜け、大阪の海岸線まで来るころには呼詠さんの介抱のかいもあり、酔いもかなりよくなってきた。
「具合……どう、気分悪くない?」
「ありがとう!もう大丈夫だよ」
呼詠さんが心配そうに優しく声をかけてくれた。
ドキッとする心を落ち着かせるため、俺はもらった紅茶をゆっくりと飲んだ。
神戸の街、そこは叶芽は生まれ育った街、叶芽がこの街を見たらどう思うのだろうか?俺は窓際の席から神戸の街並みを眺めていた。
叶芽には話したことだったので、伝言用日記に書かれて、知っているとは思っていた。それでもやはり自分の口から、直接呼詠さんに伝えておきたくて話すことにした。
「俺が小さい頃、宮城県に住んでたんだ。そこで恐ろしい地震と津波に遭遇したんだ……」
「えっ、そうだったの……?」
彼女はその話を初めて知ったような素振りで、俺の話を聞きながら紅茶を飲んでいた。その後、あの津波の龍のことは伏せて、震災からの出来事を話して聞かせた。
――叶芽はあの話を日記に書いていないのか?
「でもみんな無事でよかったよね」
「そうでもなんだ、俺の父さんは津波に飲まれて死んでしまったんだ」
自分では気づかなかったが、その時の俺はかなり切なさそうに顔を強ばらせていたようであった。
「そうなんだ。知らなくて、ごめんなさい」
「いいよ!気にしないで……」
しかし呼詠さんは、俺の感情を察し、悲しみに暮れて一雫の涙をこぼした。すると急に意識が薄れ、呼詠さんから叶芽へと人格が変わっていた。
「あれ、陸?まったぁ泣かせたとぅ?最低……」
状況が掴めずにいきなり現れた叶芽が、ジト目で俺を睨みつけた。これは誤解だ!俺は慌てて誤解を解くため、状況の説明を必死に行った。
「違うんだ!まぁ泣かせたのは事実なんだが、そうじゃないんだ。俺の子供の頃、震災で父さんを亡くなった時の話をしたんだよ」
「そしたら、泣き出したとぅ……」
叶芽はなにかを思い詰めたような顔で、うつむいた。もしかしたら、なにか知っているのかも……
「嘘じゃない。本当だよ……彼女は、なにも知らない様子だった!なにか知らないのか?」
「あぁ〜それは……ねぇ!」
彼女は、なにか心あたりがあるのだろうか。慌てた表情で目を逸らせた。
「なにか知っ……」
「ねぇ!みてみて、神戸の街だ。でも、かなり変わったとぅ……」
叶芽は俺の言葉をはぐらかすかのように、話題を変え、窓から見える神戸の風景を悲しそうな目で眺めていた。すると神戸の街に雨雲近づき、怪しい天気になってきた。
「なんか街並みが昔と違うとぅ……」
叶芽は寂しそうな顔でぽつりと語り、持っていた紅茶をゴクリと飲んだ。
「そんなに変わったのか?」
「そやね……うちが覚えとんのは、三歳くらいの記憶とぅ……全然違って当然よぅ」
長い年月の経過と震災の復興で、かなり街並みが変わっていたのだろう。思い詰めたような悲しい顔で窓の外を見ている。
「このあたりで知っているところって、どこかあるのか?」
叶芽は紅茶を飲むのを辞め、キョトンとした顔で俺を見ていた。
「どうしたとぅ?急に……」
俺は叶芽のために、なにかしてやりたかった。
「いいから、教えてくれ!」
叶芽は少し考えたのち、ぽつりと答えた。
「いさかさん」
「いさか……さん?」
最初それを聞いた時、誰かの名前だと思っていた。すると不思議そうな顔をしている俺に気づくと、手を振って訂正してきた。
「いや、そうやなくて
そしてまた恥ずかしそうな顔で、紅茶を飲み始めた。
俺はそれを聞き、携帯で生田神社を探してみた。するとHITOMI防災センターからそんなに離れてはいない、歩いてでも行ける距離だ!
「行こう……生坂神社へ!」
飲みかけた紅茶をゲホゲホとむせ返り、驚いた顔で俺を見ていた。
「えぇ〜!陸いきなりなに言っとぅん……いつ、どうやって行くとぅ……」
ーーそこまで驚くこともないだろう。俺には考えがある!それに呼詠さんとの思い出も作って起きたかったが、叶芽との思い出も残しておきたかったのだ。
「呼詠ちゃんどうしたの、大丈夫?」
後ろの席に座っていた桜井さんが心配そうに声をかけてくれた。
「あ〜大丈夫、大丈夫、陸がさぁ〜変なこと言うから驚いただけなんよ。気にせんでえぇよ……」
不自然な笑いで誤魔化し、乗り出すように見ていた桜井さんに、ちゃんと席に座るように促した。
「今さっき生坂神社って聞こえたけど……行きたいの?」
そこへ祐希も後ろの席から覗くように割り込んできた。いったいどこから顔を出して入ってくるんだよ。
「それが、行きたいって言うか……」
「俺が行きたいんだ。行ってみたい!」
叶芽ははぐらかそうとしていたが、俺がゴリ押しで行くことを決意した。
祐希は桜井さんと顔を見合わせると、次の瞬間にっこりと微笑み、グッジョブサインで俺たちを応援してくれた。
「仕方ないねぇ……あとは僕達でなんとかしておくからさ!自由時間が終わる十一時までに戻って来てよね」
「ありがとう。恩にきるぜ!」
俺と叶芽は防災センターに着いて、一通りの説明が終わったあと、生坂神社へこっそりと出かけた。
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