第24話 過去からの手帳
暗雲が立ち込め雷が轟いていた。そんなある日の午後のことである。俺達は、野田家の庭に造られた蔵の中にいた。
「きゃぁぁぁ……」
「いやぁ、辞めて……」
今ここで、なにをやっているのかと言うと………
あれは数日前、クラブの休憩中のことであった。祐希と二人で残りわずかな夏休みをどう過ごすかを語りあっていた。
「今年の夏も、そろそろ終わりだなぁ……祐希、最後になんか面白いことやらないかぁ?」
「そうだね。花火なんてどうかなぁ?夜の学校に集まって、校庭のグラウンドで買ってきた花火をやるのはどう。面白そうでしょ?」
――花火かぁ……確かに面白そうだが……この前、大きい花火も見たしなぁ!あまり爆音立てて騒ぐと、警察駄々になっちゃうのもイヤだしなぁ……
「う〜ん!そうだなぁ、他の案はないかなぁ?」
「花火はダメなの……?」
祐希が横で悲しそうな顔をしていた。あれや、これやと悩んでいたところへ、野田君が汗を拭きながらやってきた。
「それじゃ、うちの蔵を使って怪談話をするって言うのはどうですか?」
彼の家は、旧家の大きな屋敷を持つ家系で、江戸時代から「網屋」として製網業を生業としていた。
その時代に建てられた大きな蔵が野田家の庭にあり、中には古い骨董品が、数多く眠っているらしい。
「うん、いいねぇ……それいい!」
俺は目を輝かせて、野田君の意見に賛成した。
最初祐希は、桜井さんが怖がるから、やりたくないと言っていたが、上手くすれば桜井さんに抱きついてもらえるかもよ……と、そそのかすと顔を真っ赤に染めて、二つ返事で承諾してくれた。
薄暗い蔵の中、テーブルの上には、数本のロウソクが置かれ、その灯りが俺達の顔を照らし出ている。そこで祐希はノリノリになって怪談話を続けていた。
「……庄屋の家に泥棒が入ったそうな……そこでは今まさに娘が首を吊ろうとしていた。泥棒はその娘を止めに入るとキョトンとした顔をしていたそうな。なんでも死神に取り憑かれると自ら死にたくなるらしい。庄屋のものが娘を助けてくれたお礼にと大金を手渡してくれたが、次の朝、泥棒は玄関先の木に首を吊って死んでいたそうだ」
「きゃぁぁぁ……」
曇り空の雲行きも怪しくなり、雷がピカッと光り、どこかの山に落ちていた。生ぬるい風が蔵の隙間から入ってくる。かなりいい雰囲気に盛り上がっていた。
「いやぁ、辞めて……」
そこに集まったメンバーは俺と呼詠さん、祐希に野田、桜井さん、藤咲さんと風花の七名であった。
「なんで風花も来るんだよ?」
「お兄ちゃんには関係ないでしょ……それと外ではあまり話かけないでくれる?とっても恥ずかしいんだから……」
いつものように、ツンケンとした態度で俺を見ると、野田君の前ではデレデレとして、可愛らしい口調で話をしている。なんて変わり身の早いやつだ。
なぜ野田君と風花が一緒にいるのかと言うと 子供歴史遺産ガイド講習で、知り合った野田君に誘われてやって来たのだ。
風花も旧家の跡取り息子で将来は、自衛官志望である野田君と結婚を夢みている。いわゆる玉の輿を狙っているのだ。
藤咲さんが狐耳をぴょこんと出し、しっぽをふりふりしながら、ワクワクと嬉しそうに楽しんでいた。
「さっきの上村くんの話、めっちゃ怖かったなぁ。ホンマにいるのかなぁ?死神なんて……」
「…………」
俺はその話にあまり触れないようにしていた。なぜなら本当の死神を俺は知っている。だが、そんな話をしたところで、茶化されて終わるくらいなら、やらない方がいいだろう……
そんな時、横に座っていた呼詠さんが恐怖に怯えた顔をして、俺に寄り添いに来てくれた。やっぱり怪談話は、これでなくっちゃ面白くない。
「大丈夫かぃ?」
俺は優しい言葉をかけてあげて、抱きしめようとした。だが目の前には風花が、ねっとりとしたジト目でこちらを見て、ニタッと笑をこぼしている。
こういう時に身内がいるっていうのは、やりずらい。絶対帰って母さんに報告するに決まっている。
その時、隙間風がすぅーと入ってきてロウソクの火を吹き消してしまった。あたりは真っ暗な闇に覆われてしまい、女子達が大騒ぎを初めてしまった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあ」
「誰?……私のスカート踏まないで、痛っ、きゃ」
「あっ、痛っごめん……」
バタバタどかすか……ドドドドド……
「うわぁぁぁ……」
ん?なんだ、この柔らかくて、むっちりとしたモチは……俺はそれがなんなのかを確かめていた。
「きゃぁ……」
きゃぁ?……騒ぎがある程度が収まった頃、ようやく野田君がランタン風の懐中電灯で、あたりを照らしてくれた。
えぇ……マジかぁ!そこには恥ずかしそうな顔をして頬を赤らめた呼詠さんがそこにいる。すると俺は呼詠さんの上にまたがり、呼詠さんの胸を手で揉んでいる。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ、いやぁ…………」
次の瞬間、呼詠さんの平手打ちが俺の頬へと炸裂してきた。
うぎゃぁぁぁ……平手打ちのパチンという、いい音が蔵の中を響き渡り、俺の頬にくっきりと手形が残っていた。呼詠さんが起き上がると、かなり錯乱していたのがわかった。
――痛たたぁ……これはヤバい、謝らなきゃ!
呼詠さんは恥ずかしいそうな顔をして、桜井さんに抱きついていた。桜井さんが俺を不審者を見ているような目をしていた。
違うんだ!あれは不可抗力なんだ……と思いつつ、早く呼詠さんに謝らないと……俺は怯えている呼詠さんに再び近づこうとしていた。
その一部始終を藤咲さんは狐耳としっぽをはやし、携帯片手に写メをパシャパシャと撮っていた。
蔵の中は、古い木箱やダンボールが転がり中身がすべて散乱した状態になっていた。
「まだ痴漢行為を続けるつもりなの?この変態バカお兄ちゃんが……早くそこを退けなさい」
風花が自分の足元に散らばっていた古い手帳を俺の顔面、目掛けて投げつけてきた。
普段なら上手く受け止めるのだが、この時ばかりは俺もかなり動揺していた。
痛つつっ……まともに顔面で受け止め、手帳の当たった跡がくっきりと残ってしまった。
「これなんの手帳だろう?」
祐希がその投げつけられた古い手帳を手に取って中を見ていた。野田君も古い手帳にかなり興味を持ち祐希の元へと向かった。
「貸して貰えますか?」
祐希が手帳を手渡すと、手帳に積もったホコリにふぅ〜っと息を吹きかけると、ホコリが蔵の中全体に舞い上がった。
「ゲボゲボゲボ……名前のところに野田 甚三郎【のだ しんざぶろう】って書いてあります。多分うちの曾お祖父ちゃんのようですね」
雷雲でかなり暗くなってきた。雷がけたたましく鳴り響き、ぽつりぽつりと雨も降り出してきた。そのこぼれ落ちる雨粒が大きくなり、激しく降り始めた。
俺は頬をさすりながら、手帳を見せてもらった。その手帳はかなり年代もののようで、戦時中のことが記された日記のようであった。
本来ならば、戦時中の文章は機密文章扱いとなり、没収されるのだが、どうやらそれを隠し持っていたようだ。
その手帳に記載されていたのは、曾お祖父さんが戦争の最中に中東戦線での戦況状態から、昭和二十年の終戦後、日本に帰国したことまでが記されていた。
「昔の人ってすごいね……男の人達はみんな戦争に連れて行かれて戦争していたんだよね」
パシャパシャと写メを撮っていた藤咲さんは、眉を潜め不快そうな顔で見ていた。
「そうだよね……戦争はイヤだね。そんなものが起きない時代に、僕達はしないと行けないんだ」
祐希も携帯の動画を起動させ、UouTubeの撮影を始めた。
「おぉ〜上野先輩、これ見てくださいよ」
「どうしたのさ?うぉ〜ぉ!」
その時だった。野田君と祐希が目を輝かせながら、ある日の日記を読み聞かせてくれた。
『昭和二十年九月九日、かなり蒸し暑いであった。ワシは家の片付けの傍ら、隣り近所の片付けを行うために借り出されていた。そこでワシは、あるものを発見した。それは五発の不発弾だ。それを我が蔵の中へ持ち込むことにした』
「それって、まだこの蔵の中にあるってことだよね?」
「多分そうですね。きっとこの蔵のどこかにあると思いますよ。探してみましょうよ!」
二人は胸をときめかせて、その不発弾を探していた。すると薄暗い蔵の奥に不自然に浮いた床板を見つけた。
「あれ……なんか変だよね」
「そうですね。あの板、外してみましょう」
野田は不自然な床板を取り外し、その奥をランタンで探るように照らした。すると床下の奥に古びた鉄で出来たパイプのような筒の塊が五本並んで出てきた。
「ん?これかなぁ……」
「ありましたよ!」
俺も野田君の声がする方に歩寄り見ることにした。野田君がランタンで奥の方を照らしてみた。やはり不発弾のようであった。
さらにその床下に潜り込み、不発弾をいじくりまわしていた。自衛官志望である野田君にとって、この手のものをいじることは、得意分野のようであった。
「焼夷弾のようですね。ちゃんと信管と燃料の油は抜かれているようですね。さすがは、うちのご先祖さまです」
祐希もUouTubeとして、これを動画に撮影をして胸をときめかせていた。しかし、女子達は怪談話どころではなくなり、白けて帰ることとになった。
ただ俺には、もうひとつ気がかりなことが、その日記に記載されていたのである。それは……
『昭和二十一年、九月三十日 ワシは龍に飲み込ま
れる夢を見て目が覚めた。不吉な予感に冷や汗が止まらなかった……』
俺は手帳に書かれた日記を読み続けていた。その後、彼は数回同じ夢を見ているようであった。
「それにしても、あんなものまで置いてあるなんてすごいよね!」
「そうですね。でもこのことは内緒にして、元に戻しておきましょう」
「そうだね……」
蔵の奥で不発弾を見つけ、あれこれといじくりまわして、遊び疲れた祐希と野田君が満足げな顔をして帰ってきた。
俺は読んでいた手帳を野田君に返した。
「野田君ありがとう!楽しませてもらったよ」
「それはよかったです。楽しんでもらえれば、曾お祖父ちゃんも嬉しいと思いますので……」
野田君はその手帳を元あった木箱の中へと戻した。俺たちも散乱した品物を木箱に入れて、さらに棚の奥へと戻すのを手伝った。
「それで曾お祖父さんはいつ頃亡くなったの?」
「曾お祖父ちゃんですか……?」
野田は、キョトンとした顔をして考え込んでしまったが、すぐにハッと思い出したような表情をして話してくれた。
「僕も詳しくは知らないんですが、津波に流されて死んだとだけ聞いたことがあります。どうしてですか?」
ーーやはり、曾お祖父さんも、あの津波の龍に出会っていたのか?
「いや……ごめんね。なんでもないんだよ。ありがとう」
「はぁ……そうですか」
そうして夜が近くなるり、街灯に明かりが灯り出したころ、俺達も帰ることにした。その帰り道で、俺はまたあの龍のことを考えていた。
――やつは、今どこにいるのだろうか?また襲ってくることはあるのだろうか……
「どうしたの?陸君そんなに怖い顔をしてさ、もしかしてあの不発弾が爆発しないかって思ってるの?大丈夫だよちゃんと爆発しないようにされていたからね」
「そうなんだ。それならよかったよ」
俺は津波の龍のことを悟られないように、話を合わせておくことにした。
こうして俺の熱い夏が終わりを迎えようとしていた。
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