第22話 喫茶花梨の常連客
俺は夏休みの間だけ、美和母さんが経営する喫茶花梨のお手伝いをしていた。
福田先輩もお手伝いをしていたのだが、この夏休みは高校の受験勉強があり、週に三日ほどしか、顔を出さなかった。
なので俺は、ゆっくりと羽を伸ばしながら叶芽と共に、この喫茶店で働いていた。
なんて幸せな時間なんだ!将来は、この店を彼女達と一緒に切り盛りしていければいいなぁ……などと妄想を繰り広げていた。
とは言うものの、恥ずかしがり屋の呼詠さんは店には出でない。その代わりとして叶芽がフロアーを仕切っていた。こういった接客業は叶芽の方が向いている。
「はい!モーニングセット三つお待たせしました」
喫茶 花梨のモーニングセットは、少し変わっている。
フレンチトーストにハチミツとバターを乗せ、その横にはホイップクリームとちょっとしたサラダを添えたものに、珈琲、紅茶、ジュースの中から一つを選ぶメニューであった。
この喫茶 花梨にも、常連客がいた。いつも決まった時間にいつもの三人が同じ席に着くのだが、そのメンバーとは老若男女、千差万別であまり共通点らしきものは見当たらない…………
「ありがとう……呼詠ちゃん」
最初の一人目は山寺 健一さん四十五歳 警察官である。いつもスーツ姿の活かしたダンディなおじさんである。ここへは防犯のための警備に来ていると苦しい言い訳をよくしている。
「いつも悪いね……呼詠ちゃん」
二人目は赤い革ジャンがトレードマークの大畑 修造さん六十二歳、六十歳で消防隊員を辞めて今は天下り先の消防団で団長の仕事を行っている。趣味は賭事で熱く燃えたぎる博打人生を謳歌していた。
「ありがとうね!呼詠」
三人目は北浦 あずささん、年齢不詳だが、見た目はそこそこ若い二十代前半くらいのように見える女性である。自称UouTuberで、そこそこの再生回数を伸ばしているそうだ。
そんな皆さんが揃って叶芽のことを呼詠さんと呼ぶ……呼詠さんには特殊な能力があり、涙を流すたびに人格が呼詠さんから叶芽、叶芽から呼詠さんへと入れ替わる特異体質を持っている。
だが、そのことは両親さえも知らない。知っているのは、本人と俺だけの秘密なのである。
両親?そういえば、俺はまだ呼詠さんのお父さんにあったことがない………どんな人なのだろうか?
「えっ、お父さんにあったことがない?」
叶芽に聞いても、頭の上にハテナマークを付け、不思議そうな顔で俺を見る。
「なに言ってるのよ……いつも会ってるじゃない」
――いやいや、いつ会ったんだ、俺は知らねぇぞ。
そこへ美和母さんがやってきた。いつもより、ウキウキと浮かれているように思える。
「そういえば、今日あの人帰ってくるんじゃなかったからしら……」
「そういえば、この前NINEでそんなこと言ってたような……」
呼詠父さんは仕事の都合上、単身赴任で出かけていおり、週末くらいしか帰って来ないそうだ。
「それじゃぁ、今日の夕飯はカレーにしましょうか?」
閃いたような顔で喜ぶ美和母さんとは裏腹に、なぜか気乗りしない叶芽がそこにいた。
「はぁ、またお父さん怒るわよ」
「大丈夫よ!陸君もカレー好きでしょう?」
なぜか美和母さんが俺に話を振って来た。
「はい、そりゃ、カレーは大好物ですけど……」
とは言ったものの叶芽は不愉快そうな顔をして睨みつけてくる。俺はその視線に恐怖を覚えていた。
――違うぞ!俺は無実だ。逆に俺は出しに使われたくらいだぞ……
「そうと決まれば、早く買い出しに行って来なくちゃ……陸君も一緒に食べて行ってね」
「いいんですか?お父さんにも会えるだなんて……楽しみだなぁ!」
――ラッキー俺も一緒に食べていいんだ!ようやく呼詠お父さんに会うことができるぜ!
「いいのよ。それじゃ、あとは二人でよろしくね」
美和母さんは、店番を俺達二人に任せて、買い出しに行ってしまった。
「ふぅ〜ん!私と食べるより、父さんと食べる方がそんなに楽しみなんだ……わかったわよ」
「いや、そう言うわけじゃないんだよ。誤解だよ」
――なにをそんなに怒っているんだよ。意味がわかんないよ。
「それより私これから休憩に入るから、あとはよろしくね」
叶芽は付けていたエプロンを外して、俺に手渡すと、奥の居間へと入って行った。
――はぁ?またあれを、やるのかよ。
この常連客は見た目はバラバラなのだが、ある一つの共通点があった。それが目的のためだけに、この喫茶 花梨にいつも足運んでいると言っても過言ではないのだ!
叶芽が奥の居間からボードゲームを持ってやって来た。このボードゲームは、ただのボードゲームではない。
呼詠さんのオリジナルボードゲームなのである。これは他の店では売ってもいなければ、遊ぶことも出来ないのである。
叶芽はそのボードゲームを持って、常連客が座るテーブル席に一緒に座り、四人でいつもお昼前まで楽しんで帰るのが日課となっていた。
――おいおい、ちゃんと仕事してくれよ。
俺は深いため息を吐きながらも、叶芽の分の仕事もこなした。と言ってもお客は常連客のみなので仕事と言う仕事もないのだ……常連客が帰ったあとが大変だった。
夏の海は書き入れ時で、多くの観光客がお昼ご飯を食べにやってくる。なんとか叶芽と二人でピークをやり過ごした。そこへ一人のお客さんが入って来た。
カラン、カラン……
「いらっしゃいませ〜」
その人はいつもカウンター席に座り、珈琲を飲んで来るだけのお客さんであった。
「洋介さんいらっしゃい。いつもの珈琲でいいですか?」
「あっうん……」
この人は、常連客の洋介さん、四十五歳のひょろっとした体格に、チェックのシャツが良く似合うおじさんであった。
仕事は忙しいらしく週に一、二度来ればいい方であった。いつもブレンド珈琲を注文して、小一時間ほどくつろいで帰ってゆく!
しかし俺に取って、この人は神のような存在であった。
「陽介さん、この前借りたDVDとっても面白かったです。特にあのアクションシーンが最高でした」
「そうだろう。あのアクションシーンは僕も、とっても好きでよく繰り返しで見てるんだよ」
なんの話しをしているかと言うと、昭和のドライブシリーズがDVDでリニューアルされたものが発売されていた。お金がない俺は、それを借りて見ていたのであった。
さらには関西のオタクの聖地とも言う日本橋には、かなりの頻度で通っているらしい。羨ましい限りだ!俺は洋介さんと、この話で盛り上がる時間が楽しみの一つでもあった。
カラン、カラン……
またお客さんだ!今日は結構忙しいなぁ!
「いらっしゃいませ」
「先輩!おはようございます」
――って、おぃ野田君じゃないか、それになぜ、迷彩服を着て喫茶店にやってくる?
するといきなり、カウンター席にいる洋介さんの隣りに座り、楽しそうに話し出した。
「ご無沙汰しております。師匠!」
――師匠?陽介さんが野田君の師匠って、いったいなんの師匠なのだ?
「おぉ、野田君久しぶり!ちゃんと訓練やってるかい?今度ナイフの使い方も教えてあげるよ」
――ナイフってますます怪しいではないか。
「本当ですか!師匠、よろしくお願いします。この前習った縄の使い方やっぱり僕にはまだ難しすぎました」
「そうかなぁ、慣れれば大丈夫だと思うけどなぁ」
――縄って、いったいなにをやっているんだ!
今は夏真っ盛りで灼熱の太陽に、うるさいほどに蝉が鳴いていた。野田はなにかの訓練中だったのか、汗まみれであった。
「野田君、これどうぞ……今日は暑かっただろう」
「ありがとうございます」
俺は野田君が座るカウンター席に、お水を出してあげると、喉が渇いていたのか一気に飲み干されてしまった。
俺は空になったコップに、再び水を注ぎながら尋ねてみた。
「野田君、洋介さんはなんの師匠なんだい?」
「えっと!サバイバル訓練を師匠から学んでいるんです。師匠は海上保安官だから、そういう訓練を受けているんですよね」
「ハハッまぁ……ね」
――マジか、海上保安官って言ったら、もっとムキムキの人がなるものだと思っていたよ。
「また訓練お願いしますよ」
洋介さんはスケジュールを確認したあと、訓練の返事を快く引き受けていた。
「そうだなぁ、今日はこの後の予定もないから、このままやろうか?」
「はい!ありがとうございます。すぐに行きましょう」
嬉しそうな顔をして、すぐにでも訓練に行きたそうにしている野田君が羨ましかった。
会計を済ませた洋介さんは、そのまま海へと向かって行った。俺はそんな二人を見送ることしか出来ず、歯がゆい思いをしていた。
「なに湿気った顔しとぅと。行きたいんやろ?あとはうちがなんとかするさかい、一緒に行って来たらいいとぅ……」
振り返ると叶芽が、俺の背中を押してくれた。俺は付けていたエプロンを叶芽に渡した。
「うん!ありがとう。行ってくる……」
今度そこ、あの橘さんを超えてやるんだ。そう心に刻み、海へと向かって走り出した。
その訓練は夕暮れまで続いた。洋介さんは俺のために体術を教えてくれた。
「あなた〜夕ご飯の時間よ……今日はカレーだから早く帰ってきてね」
そこへ美和母さんが迎えにやってきたのだが……洋介さんは、悲しそうな顔でぽつりと呟いた。
「またカレーかぁ。僕はいつも金曜日がカレーの日なのを知ってるだろうに……」
振り向くと洋介さんが美和母さんに、手を振り返していた。
――なるほど、だからカレーは嫌がると叶芽が言っていたのか。ん?ってマジか!呼詠父さんって、洋介さんのことだったのか?
「洋介さんって、呼詠さんのお父様だったんですか?」
あまりの緊張のため、変なカタコトの言葉で聞いていた。
「ん?あぁそうだけど……あれ、言ってなかったかな?」
「聞いてません」
俺はムスッとした顔をしていると、洋介さんは苦笑いをして誤魔化していた。
「陸君と野田君も、そろそろお店に戻って一緒にカレーを食べましょう」
美和母さんが嬉しそうな顔をして、俺たちに手を振ってくれた。
「わかりました。すぐ行きます」
「ありがとうございます」
俺も大きく手を振って答えると、野田君も嬉しそうな笑顔で答えていた。
その後、店に戻った俺達は楽しく美和母さん手作りのカレーを食べて、楽しい夕食を過ごした。
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