第5話 学ランゴリラとの決闘

 武道館はまだ新築の匂いが香る、真新しい建物だった。重厚感のある創りが俺にプレッシャーとなって押し迫ってくる。


 館内に入るとたくさんの野次馬共が周りを固めている。二階にある観覧席をよく見れば……いる俺の

推しである呼詠さんの姿もそこにあった!見にきてくれたのか?嬉しい限りだ……そのことが俺をワクワクさせてゆく。

 

「ハイハイそこ空けて……」

 剣道部一年生がやってきた!テーブルと椅子を持ちだし、一席を構えるとヨイショと座り、決闘の実況を始めた。

『あ〜あ〜マイクのテスト中……この決闘試合の実況は私、一年A組 野田 新平が務めます。よろしくお願いします。ようやく、挑戦者の 五條 陸 選手が現れ、これより更衣室へと向かうもようです。どんな試合が始まるのか、これから楽しみです』


 実況で観覧席の野次馬達をあおり立て、決闘の興奮を盛り上げていた。


 俺は持ち込んだ自前の剣道着と防具を身につけ、武道館の中央へと向かった。福田先輩は剣道着に防具をつけ、館内の片隅に置かれた椅子に座り俺を待ち構えていた。

 

「遅かったなぁ……宮本武蔵を演じているつもりかぁ?だが、逃げなかったことだけは褒めてやろう」

 福田先輩が鋭い眼光で睨みつけ、威圧感のあるプレッシャーをぶつけて来た!

 

「ありがとうございます先輩!ヒーローたるものは常に遅れて登場するものなのですよ」

 俺はニタリと笑うと嫌味たっぷりなプレッシャーをぶつけ返してやった。


「まぁいい……その減らず口が叩けるのも今のうちだ!」

 福田は巨体を持ち上げ、自らの竹刀を持ち、中央にある開始位置へと向かった。祐希は赤と白二つの旗を持ち中央の位置で待機している。どうやら今回の決闘の審判を務めるらしい。

 

「私、上村 祐希が決闘の審判を行いますので、よろしくお願いします」

「おまえにはちょうどいいハンデだろう。ありがたく思え……」


 本来ならば、実況は『UouTuber』志望の祐希が行う予定であったが、俺の友達ということで今回は審判を行うことになった。

 

 俺に対する判定が甘くなるようにとの心意気は有難かったが、そんなもの俺には必要なかった。

「ありがとうございます」

 

 福田先輩が竹刀を肩にかけ、邪悪な笑を浮かべている。

「この決闘で貴様はなにを希望する?」


――なにと言われても別になにもないのだが………強いて言えば、お腹が空いたから、なにか食わせろだなぁ……

 

「あ〜特にはないですが、強いていうなら腹が減ったので、なにか上手いものを食わせてくれれば、それでいいです」

 館内に笑いが走った……が、呼詠さんの表情は変わらず、ただ黙って見ているだけであった。


 「いいだろう……だが、ワシが勝ったら二度と北川に近づくな……いいなぁ!」

――出たよ……祐希が言っていた、あのことだ!そんなに俺のことが目ざといのか?まぁ俺もまだ諦めたわけじゃないから、ここできっちりと白黒つけてやんよ…… 

「はいはい……わかりましたから、早くやりましよう!」

 

 『いよいよ……始まります。両者とも場外に立ち、一礼をしたあと、開始線の位置に立ち、謙虚の構えで竹刀の先を合わせ、始まりの刻を待っています……』

 

 ギャラリーの生徒達のどよめきも収まり、館内が静まり返った。厳粛な静けさの中で始まりの刻を待った。


 いよいよ決闘開始である………………祐希が俺達の状況と静まり返っていた館内を見渡した。

「はじめ…………」

 その号令が武道館に響き渡り試合が始まった。

 

『さぁ、始まりました。審判の合図で始まった決闘試合、緊迫した空気が流れております。しかし双方ともに微動だに動きがありません。先に動くのはどちらだ……』

  

ーーこうしてやつと竹刀を交えると、よくわかるわぁ。五條、やつは……つよい!まるで水面に浮かぶ木の葉のように冷静沈着だ!だがしかし、勝つのはこのワシじゃ…………

 

『先に動いたのは福田選手の方だ……その背後に巨大なオーラが現れております。それはまさに………ゴリラであった!』

 

ややあぁぁ……甲高い叫びが館内にこだました。

 

『大きな雄叫びが発せられました。背後のオーラが呼応して、平手で胸を打ち始めた……それはまさにドラミングのようだ〜〜〜』


 俺をとらえた竹刀が、素早い動きで頭上からまっすぐに振り下ろされる。メエェェェン……が、しかし川の流れのごとく軽やかに身をそらし攻撃を難なくかわす……スキあり、と俺の竹刀が福田の腕に狙いを定め打ち出す…………

 

「コテエェェェ……」

 俺の声が館内にこだました。そしてまた静寂の刻が訪れた……

 

『今なにが起きたのでしょうか?早すぎてよく分かりませんでした。審判の判定がどう出るかが楽しみです』

 

 生徒達には一瞬の出来事でなにが起こったのかが分からないのだ。それは祐希も同じだった。しばらく空白の時間が過ぎたあと、俺の勝利を示す白い旗が上がる。

「一本」

 

 うおおぉぉぉぉ雄叫びを上げ、暴れるかのように悔しがる福田がいた。

 

 『出ました……一本、福田選手かなり悔しそうな表情をしております』

「今あいつが一本取ったのか?」

「予想外すぎるぜ。誰だ、あいつは……?」

「まさかなぁ、こんな事になるなんてなぁ………」



『客席からも、どよめきが起こっております』


「今のは不覚を取っただけのこと。次はないと思え!」

 悔しそうに俺を睨みつける福田先輩。やはりベストエイトの名は伊達じゃない!すぐに自分の気持ちを沈め、落ち着きを取り戻した。


 やるなぁ!もう既に平常心を保ってやがる。だが、それだけじゃ俺には勝てないぜ先輩。これで終わらせてやる…………


 『両者とも再び向かい合い開始位置に立ち、謙虚の構えで竹刀の先を合わせ、開始の刻を待っております………………』

 

「はじめ!」

 

『審判の合図で、二本目の試合が始まりました。だが、双方ともに微動だにせず、刻だけが過ぎて行きます』

 

 俺はふと福田の顔をみた。面の中でニヤリと笑っているのに気づいた。

――余裕なのか?……それとも誘っているのか………誘いならば面白い、その誘い乗ってやるよ…………

「ややあぁぁー」

 

『先に動き出したのは五條選手の方だ。まさにヒョウが獲物を狩るがごとく咆哮ほうこうすると、再びコテを取りに行ったぁ!』

 

「コテエェェェ……」

『鋭い牙がゴリラの腕に噛み付こうとしていた』


ーー甘いなぁ……珈琲に砂糖とハチミツを入れるよりも甘ちゃんじゃ、その手は二度と食わん!

 

『福田選手はコテを取られぬように、両腕を振り上げた』


――甘いのはどっちだ。胴ががら空きだぜ!

 

『五條選手、狙いをコテから胴に切替え打ち込んだ』

 

「端から、それを狙っとったんじゃぁぁぁ!」

 

『福田選手の竹刀がしなやかに動く、さらにどっしりとした腰、この構えは……必殺技 極武闘面〘きわみぶとうめん〙かぁ〜〜〜』

 

 福田は待ってました。と言わんばかりに面を狙って突き進んで来た。

 

『振りかぶった竹刀が五條選手の面に狙いを定め、

必殺技〘極武闘面〙の鋭い爪が五條選手に襲いかかった』

「メエェェェン!」

 なにぃ俺は、たらりと冷や汗を垂らすが、俺も面の中でニタリと笑い、目を輝かせる……

 

『だがしかし、その一撃すらも紙一重でかわして、振り下ろされた腕に渾身の一撃が……入ったぁ!』

 

 その緊迫した空気が観客席にいる生徒達に伝わってゆく。みんな固唾を飲んで試合結果を見守っていた。

 

『さらにヒットアンドウェイで後ろに下がって距離を取る五條選手。いやぁ〜さすがですね!あの動き見事としかいいようがない』

 

 これには二階席に居た呼詠さんまでもが、勝敗が気になり、手すりから身を乗り出して結果を見守っていた。

 

『さすがにこれは誰がどうみても確実にわかるクリーンヒットでしょう。さぁ判定結果は……』

 

「いっ……一本、勝負アリ!勝者は五條 陸……」


『やりました。五條 陸選手、福田選手から勝利をもぎ取りました。おめでとうございます』

 

 判定結果が下されると実況席、観客席から割れんばかりの歓声が巻き起こった。俺も嬉しさのあまり、祐希とハイタッチをして喜びを分かちあった。


 敗北した福田先輩は、真っ白に燃え尽きて、武道館の床に膝まづくように崩れ落ちた。俺はそんな福田先輩に手を差し伸べて、最後の決めゼリフを放った。

 

「おばあちゃんが言ってました。友情という字は『友の心が青臭い』と書くってな。青臭いなら青臭いで、それを本気でぶつけなければ意味が無い……です。さすがは先輩!最後はさすがに焦りましたよ」

 

 最初あんぐりと口を開け、なにを言っているんだおまえは……という顔をしていた福田先輩が差し出された俺の手をギッシリと握って立ち上がった。

 

「ええぃ、ワシの負けじゃ、完敗じゃ……煮るなり、焼くなり好きにせぇ……」

 

 観念したかのように頭を搔きながら、俺と観戦していた生徒達に向かって敗北宣言を放った。


『皆さん、潔い福田先輩に盛大な拍手を……』

 野田は涙を流しながら、盛大な拍手をしていた。生徒達も割れんばかりの拍手と歓声が聞こえてきた。

 

「いいんですか?それじゃぁ……お言葉に甘えて、美味いもの食べさせてくださいね……」

 俺はヨダレを垂らしながら、約束の上手いもの食わせてもらうことにした。

 

「わっ……わかったから、ちょっと待とれ」

 福田は涙を堪え歯を食い縛りながら、どこかへ走り去って行った。

 

 決闘も終わり落ち着いたところで、俺は呼詠さんにアピールするために会場を探し回ったのだが、既に立ち去ってしまったあとのようで、ガックリと肩を落とした。



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