第6話 放課後の教室で……
決闘試合が終わったあと、俺は一人教室にいた。福田先輩のクラブ活動が終わるのを待っているのだ。なぜ、待っているかというと、さきほど行われた決闘に勝ったことで、福田先輩に飯をおごってもらうことになったからだ。
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露にぬれつつ 君待つわれそ
誰そ彼→たそがれ→黄昏時
『逢魔時(おうまがとき)』、『大禍時(おおまがとき)』は、夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わる時刻。
黄昏どき魔物に遭遇する。
大きな災禍を受けると信じられている。
黒板には、古文の授業で使われた万葉集の和歌らしきモノがかきつけられ、それに属した雑談さえもが、かかれている。やはり国語の先生が書く字は、綺麗なものだ……
どうやら今日の日直が消し忘れているのだろう。困ったものだ。
俺は退屈しのぎに、UouTubeの動画を見ていた。その時、目を釘付けにするCMが流れた。それは、あるカップ麺のCMであった。
『轟厚【ごうあつ】のお揚げに従来品の120パーセント増し轟太麺【ごうぶとめん】轟絶カップ麺登場…………轟アンド絶』
そう言ってニタリと笑う、そのキャラを俺は知っている……というかあったことがある。どこで会ったのだろうか?ウーン思い出せない。
そこへほのかな柑橘系の香りが漂ってきた。クラブ活動を終えた呼詠さんが、タオルで汗を拭きながら教室に入ってきた。
髪を夕日で真っ赤に染め、ポニーテールを風でなびかせる彼女は、まるで天女のように見えた。俺はそんな彼女に見惚れていた。
いつもは長く垂らしている髪を、体育の時間やクラブ活動の時に限り、髪をかき上げポニーテールにする習慣があるらしい。
そのかき上げた髪と首すじがとても色っぽいく、愛おしかった。
今、教室には俺と呼詠さんの二人だけ……なにか話さないと……しかし、なにを話せばいいか分からない。言葉が出ない。
そんな俺を空気だとでも思っているのか、見向きもせずに教科書やノートを自分のリュックに詰めている。
ようやく俺がいることに気づいたのか、視線を上げ、からかうような瞳でこちらを見ている。その瞳がとても色っぽく感じられた。
「さっきの試合凄かったね。かっこよかった」
甘い声で優しくささやく言葉に俺は魅了され、ひかれていることに気づいた。
「ありがとう」
それ以外言葉が見つからず、またうつむき携帯に映る動画を見ていた。そんな意固地でヘタれな自分に嫌気がさしていた。
「呼詠っち……おっまたせ〜、ヨシ!帰ろっかぁ!」
呼詠さんをテンション高く呼ぶ声が聞こえてきた。廊下側の窓際からひょっこり顔を覗かせているのは、隣りのクラスにいる女子生徒だ。
その子は髪をツインテールに結び、きゃしゃな身体つきの彼女は、スカートを短く折り太ももを大胆に見せて歩くコギャル風の陽キャな生徒であった。
「うん、ちょっと待ってね……まだ千里ちゃんが来てないの……知らない?」
「そういえば、まだ教室にリュックがあったなぁ」
今度は階段を駆け上がるような音がして近づいてくる。そして隣りのクラスに入り、バタバタと動き回る物音も聞こえてきた。かなり慌てているようだ。
「おまたせ……沙苗ちゃん、遅くなってごめんね……」
ボブショートの髪にワンポイントの赤いリボンを着け、性格はおっとりとした雰囲気のある少女が、廊下にいた陽キャな彼女に息を切らしながら、駆け寄ってきた。
「ううん……あたいも、今来たところやから、大丈夫やよ」
最初にやってきた陽キャな彼女とは、まったく正反対のような性格だ。
そのあと追うように祐希もドタバタと足音を立てながら帰ってきた。どうやら剣道部もクラブを終わったらしい。
祐希がおっとりめの少女と、なにやら楽しげな会話を始めた。見た感じ……とてもいい感じじゃね!! 付き合っているのか?
俺は廊下にいる祐希を捕まえて問い詰めた。
「なぁ、祐希!付き合っているって言ってた子は、この子なのかぁ?」
すると祐希は、きょとんとした顔をしていたが、照れくさそうに切り出した。
「うん!そうだよ。紹介がまだだったね。2年B組の桜井 千里さん、同じ剣道部なんだ」
夕日のせいなのか?祐希は顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうにしている。その横で、おっとりな少女が肘打ちしている姿が、とてもいじらしがった。
「桜井 千里です。さっきの試合、凄かったです。見ていて、とても勉強になりました。」
「ありがとう……そう言われると、なんか照れくさいなぁ!2年A組の五條 陸です。よろしく!」
そこへ陽キャな彼女が、ハイハイはぁ〜いと手を振って割り込んできた。
「2年B組 藤咲 沙苗だよ!あたいも呼詠っちと一緒に見てたよ!アレ凄くなぃ?めっちゃ早くて全然見えなかったよ」
藤咲さんはとても目を輝かせながら、ぐいぐいと話を引っ張ってゆく。その気さくさが心地よく、安心してなんでも話せそうだった。
「ありがとう……こちらこそよろしく……」
そんな俺達のやり取りを呼詠さんは無表情のまま、潤おった瞳で視線を流すように、こちらを見ている。
「あたいも呼詠っちと同じバスケ部なんだ……部は違うけど、これからもよろしくね!」
「えっ!北川さんって……バスケ部だったの?」
そんな俺のおどろいた顔を、不思議そうに覗き込む藤咲さんがいた。
「アレアレ〜〜知らなかったの?ほんとに……呼詠っち言ってなかったの?」
藤咲さんのツインテールが逆立ち狐耳のようにぴょこんと立ち上がった。
「別に……言う必要もなかったから……」
呼詠さんの冷静で冷ややかな態度で、答えを返してくる。あれ、なんか怒っている?
さっき藤咲さんと話していた時とは、まったく別人のように冷たく感じる。俺……またなんかやらかしたか?
「あれあれ……どうしちゃったのかなぁ……もしかしてもう痴話喧嘩しちゃってるぅ?」
それはもう女狐の新聞記者が、ゴシップ記事を求め、さまよい歩き、やっと特ダネを見つけたような表情でウキウキとしていた。
「私たちそんな関係じゃないから……」
俺を見る目が、とても冷たく凍りつきそうになる……その一撃が俺のピュアなハートを苦しめる。もう立ち直れないよ……
「マジで!あれだけの大見得切って、決闘をしてたんだからさぁ〜、もう付き合ってるんだと思ってたのにぃ……」
藤咲さんは、どこからか取り出したノートに、なにかをカキカキしては、残念そうな表情を浮かべていた。
「沙苗ちゃん、まだ大丈夫なの?今日、ダンスのレッスンがある日でしょう?」
呼詠さんはリュックを背負うと、俺の横をすり抜けて廊下に向かって歩き出した。
「そうだった。忘れてたよ、呼詠っちありがとうね!五條君もまたねぇ〜」
藤咲さんは大きく手を振り、階段に向かって歩き出した。呼詠さんも彼女について歩き出した。
「千里ちゃんも帰ましょう……」
「うん、今行くね……」
桜井さんは俺が落ち込んでいることに気づき、心配そうな顔をしてくれていた。
桜井さんは、まだ心残りがあるのか、祐希のそばで何かを伝え、すぐに呼詠さんを追いかけ階段へと向かって行った。
「ちぃちゃん、また明日ね……」
「うん、また明日ね……」
落ち込む俺に祐希はあれこれと説明をつけて励ましてくれる。
「いつもはあぁいうことを言う子じゃないんだよ。今日は、たまたまいろんなことがあったから混乱しているんだよ。きっとそうだ!明日になれば、気持ちも落ち着いて変わっているかもしれないだろう。
とりあえず、福田先輩が来るのを待って、なにか食べに行こうよ!そうしよう」
「ワシなら、ここに居るぞ!」
腕組みをして廊下の端に立っていた。オーラのように白い湯気をまとっていた。
「うわぁぁぁ……いつからそこにいたんですか」
俺たちは背後霊のように立っていた福田先輩におどろいていた。
「かなた昔からだ………」
「……えっ!」
――かなた昔っていつの時代だよ……
どうやらクラブ活動で汗をかいたために、シャワーを浴びて来たようだが……うちの学校にシャワールームなんてあったのだろうか?
「福田はいるかぁ〜」
ドタバタと階段を慌てて登って生徒指導の先生がやっていた。かなり怒っている様子であった。
「はい、ここに……ん?」
――って、居ねぇじゃねぇかぁ……さっきまでここに居たのに……
「……なにかあったのですか?」
生徒指導の先生は眉間にシワを寄せ、頭をしわくちゃに掻きむしっていた。
「あいつ、中庭の花に水をやる水道をシャワー代わりに使いやがったんだぞ!しかも全裸でだ!居たら生徒指導室まで来るように伝えておいてくれないか?」
「はい……わかりました」
今度見つけたらタダじゃ済まさんからなぁ……生徒指導の先生は怒りをあらわにして戻って行った。
さっきの白い湯気はそういうことだったのか……
やはりただものではないなぁは!あの先輩……
夕焼けで薄暗い中、景色が黄金色に輝いている。昼でも夜でもない薄暗い刻『カタワレドキ』がやってきた。
夕日も落ちかけた校門を三人の女子生徒達が、楽しそうな話をしながら下校して行く。
そこで呼詠さんは立ち止り、振り返ると悲しげな表情で校舎を見つめている。
「ねぇ、呼詠っち!あの子ルックスも悪くないし、かわいいよ。なにが気にいらないの?」
「……そうね!初めてあった時の印象かな……トイレ前だったし……」
ーーそんなの私一人で決められることじゃないから………
なにかが吹っ切れたのか、さっきまでの悲しげな表情とは違う顔をして微笑んでみせた。
「なるほど……アレなぁ……やっぱ痴漢行為は不味ったねぇ……」
『誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露にぬれつつ 君待つわれそ』
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