第4話 恋の予感は人口呼吸
そんなある日の午後だった。祐希が俺を探して、同じクラスの男子生徒に声をかけていた。
「陸君知らない?」
「あぁ?あの転校生か、さっきまでそこにいたのになぁ……よくわかんねぇ……なんか用事か?」
「次の授業、講堂で保健授業だから連れて行ってあげようと思ってね……ありがとう、もう少し探してみるよ」
祐希は、また俺を探し回ってくれた。
そのころ俺は、呼詠さんが一人になる機会を伺いあとを付け回していた。すると彼女がトイレの中に入って行くところを目撃した。
これはある意味チャンスであった。トイレに入れば、そこは袋のネズミ、あとは出てきたところを捕まればいいのだ。
しかしこの待っている時間が、とても長く感じられた。いくら待っても一向に出てくる気配がない。
――大きい方かぁ?硬いのかぁ……
トイレの横で、あれこれと悩んでいると女子生徒達の視線が突き刺さってくる。
それはまるでプラスチックゴミの日に、生ゴミが出されており、主婦達がコソコソと犯人探しをしているようであった。
そこへようやく呼詠さんが出てきた。ん?なんだこの違和感は、どことなく雰囲気が違う……
ハンカチを口に咥えて、上目遣い使いで髪をヘアゴムで束る仕草がとてもたまらない。
今までは俺の顔を見ると、あれだけ毛嫌いした顔で逃げ出していた呼詠さんと目があった瞬間、えしゃくを交わし、にっこりと微笑んでくれたのだ。
俺のピュアなハートは鷲掴み状態、これが初恋ってやつかと気づいた……ただそれを気づいた場所が女子トイレ前だったことが悲劇の始まりであった。
そんな呼詠さんの前に女友達が押しかけ、なにかを話している。すると今まで微笑んでくれていた呼詠さんが怪訝そうな表情に変わってゆく。
「えぇーマジで……それ引くよね〜」
呼び止めようとしたが、呼詠さんはあっかんべーという顔をして女友達に連れられて逃げて行った。
その時、どこかで調理実習でもやっているのだろうか?ほのかに玉ねぎを刻んだ香りがしてきた。
失恋の想い出を聞かれれば、思い出すのは玉ねぎを刻んだ香りなのであろう。
「なんでおまえがここにいるんだ!コラァ……」
ショックのあまり呆然と立ち尽くしていた俺の胸ぐらを掴みあげているものがいた。
すみません……すみません……と謝る声もかすかに聞こえてきた。
――あぁ……この声は祐希だなぁ?あいつ何やらかしたんだ?あんなに必死になって謝っている。俺も一緒に謝ってやろう……
すみません……と頭を下げた瞬間、相手の頭に俺は頭突きを食らわせていた。
その衝撃で我に返り、正気を取り戻した俺はぼんやりとではあるが状況が掴めてきた。
まず最初に謝っていたのは、我が心の友祐希である。さらに俺の胸ぐらを掴みあげいるこの巨体の正体はゴリラであった……
――ん?ゴリラ?なんでゴリラが学校にいるんだ?
だが、どこかであった記憶がある。手探りで古い記憶を洗い出す。見えてきた。あれはそうこの廣河町に来た日、そう浜辺であった……あのおっさんかぁ?学ランを着ていたので気づくのが遅れた……
――ん?なんかごちゃごちゃと言ってるなぁ……
『明日の放課後、武道館までこい!そして俺様と決闘しろ』
時間切れでチャイムが鳴り響いた。学ランゴリラは教室に向かって歩いて行った。
俺も祐希に連れられ講堂へと連れて行かれた。
わけが分からないトラブルに見舞われた俺達は、複雑な気持ちのまま、講堂へとやってきた。
授業に遅刻したことで、保健の先生にこってりと絞られた。呼詠さんには嫌われ、学ランゴリラにわけのわからない決闘を申し込まれる。憂鬱な気分が時間を凍りつかせてゆく。
――早くこの授業終わらないものだろうか……
トラブルに巻き込んだ祐希には、本当申し訳なく思っている。そんな祐希が俺の横で体育座りをして授業を聞いていた。彼の顔が徐々に怖ばってゆくのがわかった。
「祐希……どうしんだ。お腹でも痛いのか?」
「そういうことじゃなくて……本当にあの人と決闘するのかい?」
俺は少し考えて答えを出した。俺は呼詠さんに失恋して行き場を失った情けない感情のはけ口を探していたところだったから、これはコレで都合がよかった……
「う〜ん、そうだな……売られた喧嘩は買う主義だ!それにこのむしゃくしゃしてたから丁度いいからね……精々暴れさせてもらうよ!」
ガッツポーズで余裕であることをアピールした。――それにしても俺を掴んでいたあの……そぅ、ゴリラ!いったい誰なんだ。先生かぁ……しかし、学ランを着てたしなぁ……とにかく祐希に聞けばわかるかぁ!
「それよりもいったいなんなんだ。あの学ランゴリラは……?」
ちょぃちょぃと顔を青ざめさせて近寄ってくる祐希が怖い!そして、なにやらヒソヒソと内緒話してくる。
――そんなにあの学ランゴリラが怖いのか?
『がっ…学ランゴリラって、福田先輩のことかい?あの人は剣道部主将の福田
――なるほどねぇ……ベストエイトかぁ!まぁ俺の敵ではないがな!先輩で主将と言うことは三年生なのか?あの顔と体格ひとつ上かぁ……若いなぁ……有り得ん二十歳くらいにしか見えない。
「それで、どうするの……決闘、受けるの、受けないの、どっちなの……?」
祐希の顔が受けないで、辞めておけ……殺されても知らないぞ!と怯えた顔をしている。
「あぁ!俺は誰の挑戦も受けるよ!」
俺はグッジョブスマイルで自信満々に答えた。そんな俺を見て祐希は眉をひそめて、ハァ〜と深いため息を着いた。
もうどうなっても知らないからねぇ……と言わんばかりにジト目で俺を見ていた。
そんな俺達の雑談を置き去りにして、保健の授業は淡々と進んでゆく。
今日の授業内容は救命救命講習であった。まずはお決まりの座学から始まり、その後、実施体験がおこなわれる予定だ。
思春期の俺たちは人工呼吸と聞くとキスを連想してしまう。生徒達の間でも動揺が連鎖されてゆく。ざわついた雑談が起こり始まる。
呼詠さん達も女友達とそのような雑談をしているのだろうか?
講堂の床には二体の人工呼吸の模擬人形が横たわっている。一体は男子が使用して、もう片方を女子が使うことになっていた。
俺は祐希に中学生定番の質問をぶつけてみた。
「なぁ祐希……おまえ彼女いるのか?」
祐希は平然と当たり前なこと聞くなよというように答えてきた。
「うんいるよ……どうしたの急に……」
マジかぁ……俺はショックのあまり、港があったら飛び込みたい気持ちになった。
「俺……今日初恋と失恋を同時に味わった気分なんだよ……」
「………………?」
ハァ〜なんの話なんだよ?という顔をする祐希のために俺はさっきあった出来事を語り始めた。
「そんな状況の中で、俺はあんなに人形に初キッスを奪われてしまうなんて……最悪だぁ……」
優しい祐希は、苦い笑いがこぼしながらも、救いの手を差し伸べてくれた。
「大丈夫だよ……たかが人形だろう……それに、ほら……感染予防の保護具もつけるんだから、なんてことはないよ!」
通常ならばマウスツーマウスなのだろうが、これは実習なので感染予防の保護具なるものを取り付けて実施される。いわゆる間接キッスなのである。
「それじゃぁ次、北川さんやってみてちょうだい」
「ハイ」
女子の方で呼詠さんの実習が始まった。俺は後ろの方から実習風景をぼんやりと眺めていた。
その手順の前、横髪をみみの上にかき上げるしぐさがとても色っぽいく、まるで大人の女性、いや天女そのものだった。
俺のピュアなハートがまたキュンキュンと高鳴り出した。もうたまらん鼻血が出そうだ……
「それじゃ次、五條君やってちょうだい?」
先生が手板にチェックを入れながら俺を呼んだ!
とうとう俺の番がやってきたのだ!
――ビシッとバイブス燃やすぜ!
「ハイ……」
ハイとは言ったものの……勇み足で立ち上がろうとすると、俺の息子も立ち上がるってくる……まずいこれじゃ行けない。
「せっ先生……すみません。トイレに言ってもいいですか?」
俺はもぞもぞと股間を抑えていた。生徒達に爆笑の渦が巻き起こる。あの呼詠さんまでもがクスリと笑った。
「ハァ……仕方ないわね早く行ってきなさい……」
先生は呆れ顔で早く行けおいで……と見送ってくれた。
――バカやろう!我が息子よ、時と場合を考えろ
次の日、俺は耐真中学の有名人となっていた。昨日のトイレ騒ぎのこともそうだが、福田先輩との決闘のことが噂の的となっていた。
俺が女子トイレで痴漢行為を働こうとしているところを福田先輩に取り押さえられて、その制裁のために、おしおきされるだのとか…………
俺が福田先輩のお目当ての彼女を奪おうとして決闘を申し訳込まれたとか……
わけの分からない噂話に尾ひれとハひれがくっつてやがる……ん?ちょっと待て、福田先輩のお目当ての彼女?
「そうだよ。福田先輩は北川 呼詠さんが好きなんだよ。だから彼女の周りをウロウロしている陸君が目ざといんだろうね」
心優しい祐希が事細かにあれこれと教えてくれた。さらに他の男子生徒達が俺を白い目で見ていることも教えてくれた。
以前にも話したが、北川 呼詠さんはこの中学のマドンナ的存在である……さらにいえば、あと一年辛抱すれば、あの学ランゴリラも卒業して居なくなる。
そうなれば、彼女を狙っている野郎共にも、彼氏になるチャンスが回ってくる。それを狙っていた男子生徒達が俺を白い目で見るのか!まぁ仕方ないよな!
その日の放課後、俺は先生にこってりとしぼられていた。なにをしたのかって……?
噂になっていた女子トイレの痴漢騒動についての真相について問い詰められていたのだ。ほんと迷惑な話だ!もちろん、誤解であることは説明した。
ようやく説教が終わった頃、祐希が剣道着姿で血相を変えて走ってきた。実のところ祐希は剣道部の部員であったことはいうまでもない。
おいおいそんなに慌てると転んで怪我するぞ!その上、なにをそんなに震えている?武者震いをしているのか?
「どうしたんだ祐希!そんなに慌てて……」
血相を変えて食いついてくる祐希の顔は、学ランゴリラよりも怖かった。
「なに言ってるのさ……もう福田先輩、武道館で待ってるよ……それとも辞めるなら今のうちだよ。僕も一緒に謝ってあげるからさ……」
「おぉそうだった。辞めるわけないだろう……急ごうぜ!」
すまん……実のところすっかり忘れていた。俺は祐希に連れられて武道館に急いだ。
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