CHAPTER 1 決断の先で

2195-11-4-22:12 TOKYO SHINBASHI

 俺には傭兵としての美学がある。


 報酬分の仕事は忠実に熟すこと――どんな依頼主でも、例えそれが神だろうが、魔王だろうが、金さえ積んでくれればその意に反することは決してない。


 だから、それが仲間を助けに来た健気な女性であっても、依頼主に殺せと言われたのなら殺すしかないのだ。

 

「恨むなよ、嬢ちゃん。あんたの敵さんからそう頼まれちまったんだ」

 

「嬢ちゃんなんて……年齢でもないですよ」

 

 人目に付くのは向こうもこちらも望みではない。裏路地に逃げ込ませ、仕留める。先ほどの戦闘で腹部への刺突に加え、頭部への殴打。満身創痍だろうが、まだこちらへの警戒を解く気配はない。軽口を叩く余裕もある。見た目よりタフだ。肌に張り付くライダースーツの下にはどれほどの改造が見られるのか。銃火器での応戦は見飽きた。来いよ。本当は徒手格闘の方がお得意なんだろ。

 

「カサブラビア家に仕える侍女は企業の重役の子が多いと聞くが、あんたは違うな。俺と同じ傭兵か? 随分と戦闘する様が堂に入っている。アプリケーションで即席の戦闘経験を得た偽物共とは根本が違う」

 

「英雄様のくせに……随分とお喋りなのですね」

 

「あん? 遊んでやってんだ。煽って気を散らせる必要も、時間稼ぎをする必要もないぜ。さっさと隙を見つけて突いてこいよ。いくつか作ってやってんだろ?」

 

 真実を言うと、先ほどまで平然を保っていた女の表情が揺らいだ。取り繕っているが、相当に動揺していると見える。こちらへの注意が散漫になりだした。逃げる算段を考え出したか。


 ――と思ったが、また鉄面皮に戻る。俺を何とかしなければ逃げることすらままならないと察したらしい。利口な戦士だ。


 いい上司が居たらしい。傭兵と思っていたが、どこぞの企業軍に所属していたと見える。『決死』の覚悟で主人のために尽くす。傭兵にはない価値観だ。あぁ、羨ましい。実に羨ましい。

 

「来な」

 

 手を仰いで誘いをかけた瞬間、女の姿が消えた。


 半世紀以上も昔、ある外部接続型のデバイスが開発された。


 項から腰に掛けての脊椎神経系に直接接続し、使用者の反応速度を早め、起動力を爆発的に上げるその装置は多足の節足動物を思わせる見た目から『強化脊椎(センチピード)』と呼称された。


 センチピードはその汎用性から多くの企業兵、傭兵に搭載された。彼女が使用したのはそれだ。しかも、この速度は近年ピスフィー社が開発した『クロノス』。周囲の時を止めたかのような動きをすることができると噂される一級品だ。


 流石はカサブラビアの侍女といったところか。末子のお付きでさえ、これほどの武器を支給されるとはいい会社ではないか。


 彼女は地面を蹴り上げ、壁を走り、ピンボールのように乱反射を繰り返しながら、俺が拵えた隙全てに丁寧に打撃を加える。


 なるほど、四肢もサイボーグだったか。拳打も、蹴りも全てが生身の人間であれば即死級の一撃。だが、俺がその動きを目で捉えている事実も、その攻撃を掌で裁き切っている事実も、彼女にとっては信じがたいことだろう。


 移動する女の脚を掴むと、勢いよく地面に叩きつける。


 肉と機械が潰れる音と共に、彼女の身体が跳ね上がった。


 口から大量の血を吐き出しながら地面に落ちる。全身がビクビクと痙攣していた。身体中の痛みを脳が処理しきれていない、そんな表情だ。

 

「嬢ちゃん――あんた、強いよ。仕事が丁寧で無駄がない。俺が作ってやった隙を全部高威力の技で撃ち抜きやがった。あんなの食らったらひとたまりもないわなぁ。けど、元々は俺が作った隙だ。何処にどう対応すればいいかは全て分かっている。あんたはクロノスの速度で俺の予測を超えようとしていたが、無駄だったな。生憎、全部見えているし、対応できちまうんだ」

 

 「そんな……あなた、もクロノスを――――」


 「違うね。膨大な経験に起因する勘だ。一世紀も戦いのことばっか考えていたら嫌でも出来ちまう。クロノスを使ったら、最初からあんたに勝ち目なんてないぜ」

 

 四肢と背中をなぞる様に浮かぶ赤い光。それは紛れもない、センチピードの輝き。


 センチピードはその性能の反面、瞬間的に神経系に圧力がかかることで発症する『急性神経症』の被害者を多く生み出した過去がある。


 身体中の神経系が傷付き、半身不随などの症状が起きる病気のことだ。そのため、従来は脊椎にあらかじめ設置したコネクターを通して外部デバイスとして接続し、規定値以上の数値を超えた場合に自動で外す仕組みになっている。装備して使用するだけで危険なのだ。それを俺が複数身に着けているという事実。


 絶望が顔面に張り付く。圧倒的な力の差。そして、身に響く痛みの記憶。それは一矢報いることさえも不可能という事実を明確に表した。

 

「お前は負けるぜ。助けに来た女は今頃殺し屋連中とお楽しみだろう。お前のご主人もじきに捕まる。あんたらが敵対している男。その最高戦力が俺だ。俺に勝てない以上、お前らは何もできない。違うか?」

 

「違う!」

 

 女は立ち上がった。既に骨格ごとイカれているはずの身体が不快な金属音を囁きながら二足歩行で立った。両の拳を構え、破損したクロノスを起動させる。


 お前は絶望を見たのではないか?


 勝てないと悟ったのではないか?


 もう誰も守れることは出来ない、主人に尽くすこともできない――そう確信したのではないのか? 


 何故、心が折れない。何故、立ち上がる。


 あぁ、本当に本当に羨ましい。これが戦士だ。俺と対等に渡り合うべき人間だ。

 

「――――やめだ」

 

「なっ――」

 

「何処へなりとも行きな。お前は殺さない」

 

「ふざけるな! お前を倒さなければルナ様がッ――――」

 

 女の鳩尾に拳を放つ。殺せるほどの威力は出ない。少しだけ意識を失うだけだ。


 俺には『戦士』としての美学がある。


 敵は自らの手で育てること――例え、神でも魔王の命令でも、生かすことでより強者となるのなら、強者と出会えるのなら、その意に反して俺は俺の我が儘を全力で遂行する。


 「あばよ。また機会があれば戦おうぜ」


 地面に倒れ伏す女を背に、俺はその場を離れた。

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