2195-11-5-08:21 TOKYO SLUM

 アモニ婆さんは無事なライルの姿を見るや、彼女に抱き着いた。


 血塗れのコートの上から力強く。彼女の不安だった気持ちが一気に溢れ出ているのが分かった。


 「苦しいよ、お婆ちゃん」


 ライルが嬉しそうにそう言う中、婆さんは『よかった、本当によかった』と涙を流しながら呟く。皺だらけの手で力いっぱい握りしめ、手の甲には血管が浮かんでいた。


「ありがとう、ダグラス。本当にありがとう」


「礼はいいよ、婆さん。それより、腹が減った」


「ちゃんと用意しているよ。さぁ、ライルも。お腹減っただろ?」


「うん!」


 遅めの朝食に並んだのは筑前煮、芋が多めの肉じゃが、生野菜のサラダに味噌汁。そして、山盛りの白米。


 乾物が多いスラムの食糧事情。生野菜を使った料理も珍しい。それに普段は玄米が当たり前の中、白米をかき込めるのは嬉しい。


「私の好きな物ばかりだぁッ!」


 いつものエプロン姿に着替えたライルが食卓に顔を出し、花が咲いたような笑顔を見せた。先ほどまで人身売買の会場にいたというのに、もう婆さんを手伝う気らしい。


「いっぱいあるから、たくさんおかわりするんだよ」


「ありがとう、お婆ちゃん。いただきます!」


「あぁ、そうそう、ダグラス。クリムも呼んだんだけどね。何か用事があるっていって、出て行っちまったよ」

 

「クリムが?」

 

 クリムは俺の姉。女性でありながら、このスラムを取り仕切るギャング組織『ラブラ』の首領を務めている。


 赤い瞳に血生臭い戦闘を好む姿から、『鮮血のクリム』なんて呼ばれているが、実際は情に厚く、スラムの住人からも頼りにされている。


 彼女が婆さんのご飯を食べないなんて珍しい。いつもなら、こんなご馳走を下品にかき込みながら、美味い美味いと言うに違いない。


「――報復だな」

 

 ライルを攫ったダリル商会を粛清。彼らの本拠地までそう遠くはない。


 そういえば、彼女の安否を伝えろと言われていた。あれはそういうことか。

 『鮮血のクリム』――そんな上品な異名は彼女には似合わない。

 

「ご愁傷様だな」

 

 味噌汁を啜りながら呟いた。

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