CODE 00:LOOK DOWN A OLD TECHNOLOGY
現在、世界の歴史は二〇三〇年以降とそれ以前に分けられている。より正確に言えば、二〇三〇年に発表された『九龍(クーロン)デバイス』の一般化以降と以前に分けられている。
『九龍デバイス』は中国の巨大IT企業、『栄華(ロンファー)』が開発した、人間の神経系と接続し使用する、世界初の『電脳(サイバー)デバイス』だ。
居住ビルが隙間なく建てられ、世界でも類を見ない人口密度と情報密度を有した、九龍城砦が名前の由来。
人体にマイクロチップを埋め込む技術は二〇二〇年頃に既に開発されていた。だが、その機能はGPSの発信やクレジットカードの暗証番号の代わりなどの機能に収まっていた。
この技術は現代であっても同じであり、読み取る側の機械がなければ、全く機能しない技術と言える。チップの性能が最先端の技術を誇っていても、受信側がその機能を最大限に引き出すことのできる機能を有していなければ、そのマイクロチップはただの不純物に過ぎない。だが、九龍デバイスは違った。
一mm四方のチップ単体に記録されるのは文字通り、その人物の情報の『全て』。
名前、住所、年齢、性別、国籍――それらを最初に記録したチップをカプセルに入れて飲み込む。
カプセル内には小型のロボットも内蔵しており、胃袋に到達し、カプセルが解けた時点で起動。ロボットはマイクロチップを運ぶ。
胃袋に人体に影響を与えないほどの小さな穴をあけ、チップを項の脊椎まで運び、埋め込む。これでその人間は星を覆い尽くすほどのロンファーのネットワークと接続する。
事前に記録した前述のデータを元に口座番号、クレジットカードナンバー、職業、病歴、施設使用履歴に至るまで全ての個人情報が紐づけされるようになる。
中国全土の監視カメラ、ネットワーク情報を支配しているロンファーならではの大胆な技術だ。そして、そのような個人情報の管理をロンファーに委託できるように、法を変えた中国もまた豪快に違いない。
それはロンファーの高度なセキュリティ技術によるところが大きいのだが、当時はその革新的な技術、また一企業に由来する法改正という異例の事態に全世界が驚いた。
『人ひとりが膨大なネット社会と一つになる』――
なんて魅力的な言葉だろうか。かくして、中国は高度経済成長期を超える、更なる躍進を実現。
地中を掘って石油が沸いた国のような発展を遂げた中国の所業は、石油そのものを創り出したと言えるだろう。
中国の発展を皮切りに、各国も九龍デバイスと類似のシステムの一般化に成功する。
アメリカ、イギリス、ロシア、インド、韓国、日本――国と企業、政治とネットを結び付け、世界は企業のネットに癒着しだした。
かくして、全世界が企業のネットに覆われる中、この技術をさらに進化させる要因があった。
宇宙開発である。
二〇五五年――宇宙開発の妨げとなったのは、皮肉にも先人たちが打ち上げた技術の残骸だった。
スペースデブリと呼ばれる、廃棄された人工衛星や、ロケットのエンジン部品は、地球の衛星軌道上を秒速三kmという早さで回り続けている。僅か一〇cmのスペースデブリにより、宇宙船は完全に破壊される。放り出された乗組員がどうなるかは想像にお任せする。
スペースデブリの完全除去を成功したのは、当時の主要企業が合同で開発した人工衛星『グラトニー』だ。
直径五〇〇m、重さ六五〇万トン。これだけの巨大な物質を大気圏外まで飛ばす技術もさることながら、グラトニーの真骨頂は先に述べた通り、スペースデブリの除去にある。
スペースデブリと同じ速度で宇宙を駆け、その最中、機体の中にデブリを飲み込む。それを圧縮し、隕石として地球に放つ。
安心してほしい、地球へ放たれたデブリは地表へと到達しない。大気圏を抜けたデブリは即座に引火。地表に着く前に燃え尽きて無くなる。地球の生命への影響はない。
スペースデブリが回り続ける衛星軌道上に放り投げだされた一〇機のグラトニーは暴食の名のごとく、僅か三年で全てのスペースデブリを喰い尽くした。役目を終えたグラトニーが新たなスペースデブリになることはなく、彼らは特定の地点に落とされ、その生涯を終える。
形が良く残ったものは現在もケネディ宇宙センターに展示されているので、是非見てくるといいだろう。
その巨大さ。そして、その巨大な機械の塊に、当時の科学技術の粋が濃縮されている事実に、人類は自然と感動を覚えるはずだ。
このようにして、人類の宇宙開発の門は完全に開かれた。宇宙エレベーターの開発、月への移住計画など、各国が日進月歩で技術という腕を宇宙へ伸ばしていった。
ところが、二〇六五年、事件が起きる。月のコロニーが完成し、五年が経過した頃だ。
コロニー内で当時二九歳の男性が死亡した。彼は中国の実業家で、二四歳の時に月へ移住。死亡前に行われた健康診断でも、問題なしと判断されていた。死因は多臓器不全。
詳しい調査をしたところ、重力発生装置が生み出す擬似重力と従来の月の重力との差が生み出す僅かな負荷が原因による動脈異常、筋力の低下が要因だった。
それはある一定の期間から顕著に見られるようになり、半年に一回の定期検診で発見することは困難だった。
解剖の結果、男性の臓器は八〇歳の老人の状態と変わらなかった。
僅か五年の滞在がその原因をつくったのだ。
宇宙は人類の技術は受け入れても、人類の肉体が宇宙の外へ出るのを拒んだのだ。宇宙に行けば死ぬ。
人類の夢はそんな当たり前の理由で壊れた。だが、そこに待ったをかけたのが現在の五大企業の内の三社、『アストラ社』、『ロンファー社』、『ピスフィー社』だ。
宇宙が人間の技術だけを受け入れるのならば、自らに技術を埋め込めばいい。
当時、九龍デバイスを始めとするサイバーデバイスの更なる可能性を模索していた彼らは、自らのサイバー技術と、医療技術を結び付け、技術を搭載した人類、すなわち『改造人間(サイボーグ)』を創り出した。
人工内臓にすることで、多臓器不全の問題は解決。筋力の低下も、骨格の一部をサイバーデバイスで強化することに解決した。そして、この技術はもちろん、宇宙開発だけに役立てられるのでは収まらなかった。
サイバーチップと神経系と接続し、自在に動かす事のできる機工腕(サイアーム)、機工脚(サイキック)などは手足を失った人々の生きた義手、義足に。
機工眼(サイアイ)は盲目の老人に光を与え、機工口(サイマウス)は喋れない少女に歌を授け、機工耳(サイイア)は親の声を知らない赤子に笑顔を与えた。
失ったものを補完し、人の可能性をさらに延長することができる技術は総じて、Physical Singularity Technology(直訳すると特異点的身体改造技術)――通称『PSY(サイ)』と呼ばれ、全世界に浸透。
今ではそんな近代技術を総じて『PSYBER(サイバー)』と呼んでいる。
当時の携帯電話の代わりであるイヤホン型の外部デバイスなど、アイテムとして身に着けていたものも次第に人体に内蔵されるようになる。
相手の通信は空間に浮かぶディスプレイをなぞる必要はない。頭で考えるだけで応答できる。
カフェで仕事をする人はノートパソコンを開かない。喉に設置された小型プロジェクターからパソコンの画面とキーボードを映し出す。
書き込んだデータはネットを通じて即座に膨大な企業クラウドに送られ、完璧なセキュリティに管理される。
ゲームはVRMMOが主流。チョーカー型の専用機械を首に巻き付けるだけで、項のサイバーチップと接続。絵本の中だけのファンタジー世界が、映画の中だけのスリルが、現実そのままに体験できる。
反射速度を上げたい?
なら、神経を強化しよう。サイアイとの併用により、常人でも一〇mの距離から放たれる弾丸を避けることができる。
力を上げたい?
だったら、筋肉と骨格両方の強化が必要だ。機工骨(サイボーン)と機工肉(サイマス)を補助的に組み込んでもいいし、腕そのものをサイアームに替えてもいい。
肺に腫瘍が?
機工心肺に替えればいい。
美しくなりたい?
顔も替えられる。
痩せたい?
腹回りのパーツを取り替えてやればいい。
強くなりたい?
ちょうどいいサイキックがあるんだ、試してくれ。
もっと強くなりたい?
じゃあ、サイアームに機関銃を埋め込むのはどうだい。
戦争に勝ちたい?
じゃあ兵士をサイボーグで固めるのはどうだ?
武器も疑似神経系と接続して、使いやすいようにしたし、サイバーデバイスと接続して、前線の状況を、サイアイを通して確認、共有できるようにした。
ミサイルに負けない兵士が欲しい?
じゃあ脳以外は全てサイボーグにしよう‼
その結果が現在、二一九五年の世界だ。
二〇九四年、第一次企業大戦を皮切りに、企業と国家の立場は逆転した。企業同士の争いを止めることができなかった国は、多くの反感を買った。
二〇年前に特別自治区として樹立されていた企業の経済圏に人々は流れ、小国は税収を確保することができず財政破綻により潰れ、当時の主要国家が国として辛うじて残ったが、世界人口の過半数を企業側が操作できる立場にある以上、もはや国に国としての機能はないに等しく、衰退の一途を辿った。
企業時代の到来である。
政治はない。全ては企業の赴くままに動く。
年金制度や、保険の運用は企業内で完結し、『ゆりかごから墓場まで』企業が一人の人間をサポートする。
『企業に所属するか』それだけが人類の判断材料になった。
国という概念は失われ、企業の経済圏『企業圏』がその役割を果たす。
旧中国周辺を支配するロンファー社。
アメリカ、カナダを支配した、アストラ社。
イギリス、アフリカ、オーストラリアの一部を擁するアスパスト社。
インド、イラン、シンガポールを始めとする中東と日本の一部を擁するカサブラビア社。
ロシア、ドイツの一部を有するピスフィー社。
時代を覆した五つの企業は『大企業』と呼ばれ、地球の支配者として君臨した。そして頻発する企業間の争いに備え、企業は社員関係者らのサイボーグ化を推進。
企業に囲われ、不安定な社会から脱した人間は寿命を伸ばすためにサイボーグ化に手を出した。
より効率的で満たされた生活のために、人々は身体にサイバーデバイスを埋め込む。
昔の携帯のように、昔のタブレットのように、昔のイヤホンのように、昔のテレビのように。かつての常識は壊され、サイボーグ化は『当たり前』となった。
生まれてすぐの子供に企業製のサイバーデバイスを埋め込むことが現代の常識だ。
彼らは見下している。そのような当たり前になることができないスラムの人間を。
それが間違っているのか、正しいのか、僕にもさっぱり分からないんだ。
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