2195-11-5-04:31 TOKYO SHINJUKU POOTBUILDING 8F HALL

「予定時間より一時間も早まってんじゃねぇかよ! 今時そんなにズレるか、普通!」

 

 ライルのオークションが始まる予定時刻は午前五時半頃と聞いていた。今までに開催したオークションから商品一人に掛かる平均時間から計算して、このくらいだろうと予測された数値だったが。


 「トプニーの野郎、後で斬り刻む!」


 ライルが階下の控室にいる時点で最小限の人数を殺し、奪還する手筈が、彼女の現在位置は一〇〇名近い人間で賑わう八階のオークション会場。ボディガードの人数もそこに多く割いている。


 最速、最短で――判断を一つでも誤れば、俺はライルごと蜂の巣にされる。近接武器だけでは乗り切れない。


 俺は階段を駆け上がりながらサムライソードを展開し、左手にはもう一つの銃『グランベイビー(GB)』を装備した。


 グランベイビーは知り合いのガンスミスに改造してもらった散弾銃。特徴的なのは使用する弾丸。『リトルリトルベイビーズ(LLB)』と呼ばれる超小型の追尾弾が一〇〇発、弾丸に備わっている。追尾弾の威力は弱いが、隙を作るのには十分だ。

 

「今行くぞ、ライル」

 

 廊下に上がると数人のボディガードがいるのが分かった。


 彼らを斬り刻みながら会場入り口へと進み、その扉を開けた瞬間、耳に飛び込んできたのは司会の『四〇億‼』という声。


 扉の開け放たれた音に司会がこちらに視線を向けた。その瞬間、LLBを放った。部屋中に咲き乱れる閃光。会場中の人間に当たり、悲鳴が上がる。 


 役目を終えたGBを投げ捨てると、体勢を崩した人たちの隙間を縫い、道を塞ぐ肉の壁が出てくれば、サムライソードで文字通り斬り開いていく。

 

「ライルぅッ‼」

 

 不安で一杯だったライルの顔が、知った声を聞いたことで一気に平静を取り戻していた。


 目から溢れる涙。口元が緩み、こちらに手を伸ばしている。それに応えるように、俺は彼女を抱きしめた。

 

「遅くなって悪い!」

 

「お兄さんっ……なんでッ――」

 

 か細い声だ。こんな大勢の前で裸にされ、自らに値段を付けられる。彼女の心の消耗がよく分かる。

 

「婆さんに頼まれた。詳細はあと! 行くぞ!」

 

 振り向くと、即座に脱出経路を探る。左側。ボディガードの怯みが大きかった。目を抑えている。LLBが眼球に当たった様だ。


 裸のライルを肩にかけ、尻を持ち支える。耳元に『ひゃん⁉』という声が聞こえ、背中を勢いよく殴られた。しかも肘で。

 

「じっとしてろ!」

 

 その声と共に駆けだす。目を抑えるボディガードが体勢を上げた瞬間、一刀両断。 


 ライルの悲鳴を無視して、内臓を掻き分けながら扉を蹴破り、廊下に出た。


 騒ぎを聞きつけたボディガード達が他の階から集まってきている。サムライソードをしまい、PF―987を装備。向かってくる五人に向かって放つ。弾ける肉。飛ぶ血しぶき。その奥に見えるガラス窓。俺はイヤホン型デバイスを指先で撫で、一言――

 

「正面玄関に車を着けろッ‼ 大至急‼」

 

 弾丸をガラス窓に向かって放つ。巨大なガラス全体にヒビが走った。

 

「頭抑えとけよぉ!」

 

 ライルにそう伝えた瞬間、二〇mの全速力の助走をつけ、ガラスに体当たり。

 地上八階から身体を投げ出した。

 

「ひぃやぁあああああああ――――ッ‼」

 

 叫ぶライル。落下の速度を緩めるため、サムライソードとマンティスを同時展開。それをビルの壁面に突き立てた。


 金切り声のような破砕音。ガラスと鉄を斬り刻みながら落ちていく。落下中に玄関先に強引に駐車する高級車が一台。ガルウィングドアが『早く来い』と言わんばかりに勢いよく開いた。


 下まで残り、一〇m――――武器をしまい、壁面を蹴り上げる。地面に着地すると床のタイルが派手に砕け、破片が宙に舞った。勢いをある程度殺したとはいえ、足の裏からの衝撃が脳天まで走る。

 

「いっっってぇ‼」

 

 目の前には車のドア。俺たちは車内に倒れ込むように乗り込むと、運転席を蹴り上げる。

 

「出せぇ‼」

 

 こちらが必死になって言っているにも関わらず、車の持ち主、情報屋兼運び屋のトプニーは満面の笑みで後部座席を覗く。

 

「相変わらず早漏だなぁ、ダグラス‼ っておっほぉ♡ 裸美女の超・絶・裸体‼ 何だぁお前、今日はボーナスって、聞いてぐべぇ――」

 

 トプニーはあろうことかライルの裸体を見て、興奮しだす。


 この状況下でよくそんな余裕があるな――苛立ちを覚えた俺は座席ではなく、こちらを向いているトプニーの顔面を蹴り上げた。


 日も出ていないのに、格好つけで掛けているサングラスが派手に砕けた。

 

「早く出せ、クソボケヘンタイヤロウ‼ はーやーくーッ‼」

 

 トプニーは舌打ちと共に渋い表情をすると勢いよくアクセル踏む。タイヤが一瞬だけ空回りするが、その後はトップスピードで走り出す。車はあっという間に繁華街に飛び出し、高速道路に入る。


「てめぇの情報間違ってんじゃねぇかよ‼ おかげでいらん苦労をした!」


 被っていた仮面を外し、中指をおっ立てながらトプニーに吐き捨てる。

 

「うるへぇッ! 俺だって間違うことがあるんだよぉ! それより、ちぃと騒ぎを大きくし過ぎじゃねぇのか! もうちょっと上手くやれんかったのか! 後ろ見てみろ!」

 

 見ると、後方から何台もの黒塗りの車がこちらに向かっている。コブシェンコを殺したことへの報復か、それともライルを取られたVIPの報復か。他の車両などお構いなしで、障害物を弾き飛ばしていた。

 

「お兄さん! なんか、でっかい銃‼ 銃‼」

 

 ライルが指差している車から、男が身を乗り出し、こちらにランチャー砲を向けている。

 

「何とかしろよぉ! 裸の美女を攫っちまった王子様ぁ! 俺は死にたくねぇぞぉ! あぁ、でもぉ、こーんな美女と死ねるんならいいかもしれねぇなぁ、ギヒヒ‼」

 

 悪趣味に笑うトプニーの顔がバックミラーに映る。ライルはうげぇ、と引いた表情を隠すわけもなく彼を睨んでいた。

 

「ライル、これ着ろ」

 

 俺は血塗れのコートを脱ぎ、彼女に渡して着せる。


「トプニー、お前の車ちょっと傷付けるわ」

 

「あぁ? なんてぇえええええ――――ッ⁉」

 

 返事を聞く間もなく車のガラスを肘で割り、車外に上半身を出した。走行中の車の上によじ登ると、振り落とされないようにサムライソードを天端に突き立てた。

 

「あぁッ! お前ぇッ‼」

 

「助かりたいんなら我慢しろ!」

 

 PF―987の機能制限解除。普段は銃が壊れないようにするために設けられている制限。企業側のセキュリティに守られているため、本来は解除することは出来ない。だが、それができる腕のいいメカニックを知っている。

 

「おかげで助かったぜ。カイ」

 

 引き金を引いた瞬間に爆ぜる銃。それと共に放たれた弾丸は電撃を帯びている。アスファルトを焦がし、ランチャー砲から放たれた弾丸を溶かし、正面を走る車を弾き飛ばした。車は後続車両を巻き込みながら横転。ランチャーを放った男は車と道路に挟まれ、ミンチになっていた。

 

「いい花火だ‼ 最高じゃねぇかよぉ‼ ダグラスぅッ‼ アヒャヒャヒャヒャヒャア――――ッ‼」

 

 高らかに笑い声を上げるトプニー。間抜けな声に思わず力が抜けた。


 冷や汗ものの展開を潜り抜け、俺たちは多くの追手から企業圏の外へ逃げ切ることができた。コブシェンコの部下は勿論、カサブラビア社の警備部門の連中もここまで来ることはないだろう。


 トプニーは約束通り、スラムの入口まで俺たちを運ぶ。


 到着する頃には朝日が俺たちの帰りを祝福してくれた。ライルの腹はその光景に安心したのか、ぐぅーと音を立てた。

 

「帰ったら婆さんの飯を食おう。今回の成功報酬なんだ。きっと豪勢だぞ」

 

 ライルの頭を撫でながら、そう言うと、彼女は『うん』と返事をし、くしゃっと笑った。

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