2195-11-5-04:26 TOKYO SHINJUKU POOTBUILDING 7F OWNER ROOM

「さぁ! 次の商品はこちらです! 今回の目玉! これをご目当てで、本会場にお越しいただいた方も多くいらっしゃることでしょう!」


 司会の大袈裟なマイクパフォーマンスに大いに盛り上がる客たち。素顔を隠した仮面から表情は読み取れないが、上がる声の高揚感で仮面の下の欲に鼻の下を伸ばす表情が伺える。だが、そうさせるだけの魅力が今回の商品にはある。


 俺は控室のモニターから、その様子を深く椅子に座り込みながら見ていた。


「それではご覧ください‼」


 司会の声と共に、スポットライトがステージの中央へ。丸形の昇降台に載せられた少女が上がってきた。


「改造率驚異の〇%! サイバーチップすら搭載していない身体‼ しかも、ご覧ください‼ 絹の様な肌に、華奢な肉体‼ 性交渉の経験が無いことも身体検査で確認済みでございます‼ 紳士の皆さま朗報でございましょう‼ こちらは紛れもなく理想の少女の肉体です‼」

 

 司会の解説と共に、横に控えていた補佐役の男が少女の身体を覆っていた布を引き剝がす。局部までもが露わになると、客席から身を乗り出して見ようとする者まで現れた。これは近年稀に見る興奮ようだ。

 

「さぁ、いくらまで跳ね上がるかな?」

 

 一週間前に彼女を見た時は、実に良い買い物をしたと思った。


 改造をしていない整った造形の人間ですら珍しいのに、成人を迎えていない少女。しかも、処女ときた。


 綺麗なものほど壊したくてしょうがない連中は企業圏内にごまんといる。そして、それにいくらでも金を出すことのできる財力が彼らにはある。

 

「何億、いや、何十億……」

 

 儲けた金を元に今度はどんな事業を立ち上げるか。他企業圏への人身売買事業の進出? 


 北欧のスラムは美男美女率が高いと聞くが……いや、それよりも新たな企業大戦に向けた武器の輸入に着手すべきか? 


 想像ばかりが膨らんで、すぐに実行に移すことのできないまどろっこしさに、下っ腹がうずうずしてしょうがない。

 

「さぁッ! 金額は五〇〇万から!」

 

 始まるぞ、始まるぞ。俺の時代が始まる。コブシェンコの時代が始まる。

 

「コブシェンコだな」

 

「誰だ‼」

 

 座り込んでいた椅子を跳ね飛ばし、勢いよく立ち上がりながら振り向く。


 そこにいたのは黒いコスチュームに身を包んだ褪せた金髪の男。


 でかい、一九〇cmはあるか。どす黒い狐の面を被っている。黒い服に染みてよく分からないが、全身に何か液体を纏っている。濃く臭う血の香り。それを感じた途端、全身が竦んだ。

 

「侵入者……か? ボディガード達はどうした。その血は誰の血だ! お前は何者だぁあ――あづっ⁉」

 

 ゴトリと床に何かが落ちた。その途端に手の感覚が無くなり、腕の先から激痛が走った。床を見ると、男を指差していたはずの俺の手が落ちていた。

 

「いっああ――――あがごッ⁉」

 

 叫ぶ間もなく、男は口に左腕を突っ込んできた。下顎を引っ張り、喋れないようにしてきた。舌先からは血の味を感じ、俺の最悪の想像はより具体的になっていく。

 

「質問に答えろ。お前がコブシェンコだな?」

 

「ほっ、ほうは! ほうはほッ! ほれは! ほへはッ(そっ、そうだ! そうだぞ! 俺が! 俺がッ)……」

 

「お前が買った少女を探している。三日前にダリル商会から買った少女だ。身長一六〇cmほど、白い肌に、エメラルドグリーンの瞳。そんでもってすっげぇ美少女。名前はライル! 彼女は今何処にいる! 答えろ!」

 

「ほっ(そっ)……ほへは(それは)……」

 

 チラリとモニターを覗く仕草。それがいけなかった。男が視線の先のモニターを見た。件の少女が、大勢の客の前で裸に向かれた光景。仮面の下の顔が怒りで満ちているのが肌で分かった。場の空気が一瞬で変わり、死のイメージが明確に脳裏に映し出された。

 

「ほっ、ほっほはへぇ! はへっへはぁ! ほひひひ! ほひひひをッ(ちょっ、ちょっと待て! 待てってばぁ! 取引! 取引をッ)――――」

 

「ちゃんと喋れ、クソ野郎――」

 

 次の瞬間、俺は銃を出す暇も、最後の抵抗も虚しく、首から下を斬り落とされた。全身の骨を改造したせいでないはずの肉体から痛みを感じる。


 男は俺の首を投げ捨てると、控室を後にしようとする。俺は、死ぬのか? そんなの……そんなの――

 

「嫌だぁ――嫌だぁ――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくなッ――――」

 

 死ぬとき、最後まで残る感覚は聴力らしい。俺の鼓膜に残ったのは、放たれた弾丸の音と、俺の頭が弾ける音。俺の人生、これからって時に……畜生、畜生ッ……

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