2195-11-5-04:16 TOKYO SHINJUKU

 外は光で溢れている。


 世界の発展を讃えるようにそびえ立つビル群も、人々が身に着けているサイバーデバイスも、街に蔓延る企業のネットワークも、企業時代の光の象徴だ。


 世界人口一二〇億人。サイバーネットワーク接続率九六・八%。その内、人体に対する身体改造率が三〇%以上の人間は八割を超える。


 人体改造が当たり前となった世の中。宇宙開発とサイバーデバイスの恩恵は地球全土を超え、宇宙にまで広がり続けていた。


 人類の大躍進時代。光の時代。だが、光があれば、当然、闇が生み落とされる。


 俺はこの時代の闇の遺物から来た。かつて東京と呼ばれた地域は、企業圏と呼び名を変え、五大企業の内の一つ、カサブラビア社が統治している。 


 その外はスラムと呼ばれる法外地区。企業に選ばれなかった人々が暮らす地域。


 世界人口一二〇億人。その中に、スラムの人間は含まれていない。 


 そこでは企業圏民に対する人身売買が盛んに行われており、特にサイバーデバイスを使用していない子供は高値で取引されている。

 

 彼らはスラムを縄張りとしているギャングに拉致され、ブローカーを通して売られる。そのほとんどは、望まれずに外の世界に行く。光が、光であるために闇の吐き出し口になる。

 

『孫を攫われた! 助けてくれ、ダグラス!』

 

 昔から俺たち姉弟に優しくしてくれた、アモニ婆さんの頼み。報酬はない。だから、代わりに彼女の手料理を所望した。

 

「中に入れろ」

 

「あぁ? なんだ、てめぇ?」


 二〇階建ての高層ビル。フードを深く被り、入り口に立つ二人の白スーツの男の内の一人に話しかけた。


 ビルはコブシェンコという資産家の持ち物らしい。彼はその手のネットワークでは有名な人身売買のブローカー。そのオークション会場がこのビルという訳だ。


 来賓は企業のVIPばかり。他企業圏の連中の出入りも確認されている。故に警備は厳重。ボディガードは身体改造率五〇%を超え、運動機能向上デバイス、戦闘用アプリケーションを多数搭載。ネズミ一匹でも侵入は困難だろう。

 

「袖の破れたコート? 小汚い格好をしやがって」

 

 右袖が破れたモッズコート、破れたジーンズに、踵の擦れたスニーカー。男は俺の身だしなみを足元から舐めるように見る。

 

「こんな小汚いビルの催しにドレスコードなんてあったのか?」

 

 そう返すと、男は額に血管を浮かべた。こちらより体格が優れているのを良いことに、より高圧的な態度をとりだした。


「お前、このビルが誰のもんか知ってんのか?」

 

「コブシェンコ。人身売買のブローカーだろ?」

 

「チッ。てめぇ、どこでそれを……。まぁ、ここで殺せば何もなかった」

 

「そうだな――」

 

 刹那、男の首が宙に舞った。首の断面から溢れ出た血が、白いスーツを赤く染める。

 

「おめぇら殺せば、何事もなくビルに入れる」

 

 右腕は強くなるために捨てた。代わりに上腕の半分から下に『悪魔の傑作』と呼ばれた男のサイアームを移植した。


 前腕部が解放されると現れるのは鈍色の鎌――通称『マンティス』。その横薙ぎの一撃は、男の強化脊椎(センチピード)すら断ち斬った。

 

「貴様ぁッ‼」

 

 もう片方の男が俺に向かって拳を振り上げた。モーションが早い。


 懐に銃を携えているにも関わらず、それを使用していないところを見るに、弾丸の速さよりも己の拳が信頼できるのであろう。

 

 一歩後ろに下がり、拳を避けると軽やかなステップで首無し死体の背中に回り込んだ。

 

「『サムライソード』――」

 

 手の平から伸びた刃渡り一〇〇cmほどの刃――通称『サムライソード』。


 それは男の視線が俺に移る間もなく、首無し死体ごと男の肉体を真横に両断した。

 

 死体が二つに裂けると、向こう側には胸部の中央辺りを腕ごと断たれた男の身体が見える。機工肺(サイラング)だったらしく、断面が青白く発光していた。

 

 僅か二秒の攻防戦。首が、両断された身体がぐちゃりと音を立てて地面に落ちた。

 

 マンティスとサムライソードを右腕にしまうと、すぐにビル内に入る。中には先ほどの男たちと同様の服装の男たちが六名。同じボディガードに違いない。


 侵入者と見るや、懐から銃を取り出そうとする奴が三人。サイアーム、機工脚(サイキック)を起動させた奴が二人。そして、武器を出さず、階段の影に隠れようと背を向けて走り出そうとしているものが一人。


 最後の男はおそらく、上の階で待機している仲間に通信しようとしているのだろう。俺は真っ先に背を向けた男の後頭部に風穴を開けた。瞬間、その穴から電気が走り、機能を失った身体がぎこちなく崩れ落ちる。


 アスパスト社製自動拳銃『PF―987』。レールガン技術と火薬弾頭を併用したハンドガン。


 一発一発の威力が非常に強力、かつ弾丸の射出速度が速く、急所に当てれば敵を確実に葬れる。しかも、レールガンの特性上、電撃を敵の身体に流すことができ、頭を撃ち抜いても動いてくるような連中でも一時的に機能不全に陥れることのできる優れもの。しかし、高威力のため反動が大きく、僅かながらこちらの動きも止まってしまうのが弱点だ。


 遅れて弾丸を放つ三人。レールガン機能を搭載していない通常の銃。問題はない。即座にサムライソードを起動させ、捌き斬る。


 両断された弾丸がカラカラと音を立てて床に落ちる。敵が驚いた表情をした瞬間、俺は987で三人の胸部、腹部、心臓を撃ち抜いた。


 残る二人はサイアーム、サイキックの一撃で俺を挟み込んで仕留める気らしい。振り上げられた拳が、叩き落とされようとする脚が俺の身体を砕こうと迫る。

 

「阿保か」

 

 態勢を下げ、サイキックの一撃を放とうとする男の軸足を斬り落とした。


 態勢を崩した男のサイキックはあらぬ方向に乱れ、サイアームの男の顔面に激突。


 瞬きの間に頭部は身体から捻じ切られ、大理石の壁に潰れた脳みそと目玉が張り付く。


 最後にサイキックを放った男の股下にサムライソードを通し、一気に斬り上げる。


 刃は男の脳天まで一直線に駆け上がり、体を一刀両断。血を全身に浴びながら、俺は立ち上がった。


 フードが血を吸いすぎて、重くなってきた。俺はうざったくなって、勢いよく脱ぐ。

 

「こっ、こっは……」

 

 今にも死にそうな声が微かに聞こえる。見ると、腹部を撃ち抜かれた男が辛うじて息をしていた。大きく肩を動かし、肺が精一杯全身に酸素を送ろうと努力しているのが分かる。

 

「く……黒い、きっ……つね――――の面。お前は――」

 

 俺は男に近付き、首を刎ねる。敵とはいえ、苦しませて殺す趣味はない。狐の面のズレを直すと、エレベーターで上へ。 


 アモニ婆さんの孫、ライルは今商品としてこのビルにいる。急がなければならない。

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