そのセリフを聞くのは、六回目だ。そのセリフを聞く度に娃が『デバイス』に蘇り、そして生きた状態の僕が『デバイス』に表現された。

 ……でも結局、僕は『デバイス』に入った僕の声を聞くことはなかったんだけど。

 そう思っていると、手にした『デバイス』が、一瞬、まるでスマホで電話が鳴ったように激しく震えた。その振動が収まると、『デバイス』から、こんな音声が流れてくる。

「……なるほど。なるほどね。これが、体を持たないという感覚か」

 それは、紛れもなく。

 僕と娃の幼馴染の、紗夜の声だった。

 その紗夜の声にいの一番に反応したのは、他ならない紗夜自身だった。

 僕の前に立つ、生身の体を持つ紗夜が、体を持たない『デバイス』内にいる紗夜へ、問いかける。

「そっちはどんな感じだい? ボク」

「いや、これはなかなか面白いよ? ボク。話しながら、無数に論理展開が出来る。娃との会話も出来るしね」

「完全な並列処理、か。確かに、人間の体ではそもそもそういうことは出来ないからね。娃と一緒の『デバイス』になって、どんな感じだい?」

「もっとこう、ごちゃごちゃしてるイメージだったけど、スパッと別れているイメージかな? 同じ筐体だけど、プライベートは分けようと思えば分けれる環境だよ」

「仮想化された環境に、OSが二つ立ち上がっているイメージか。でも、そうするとホストOSはどう考え、あぁ、そうか。だから分けようと思えば分けれるのか」

「そういうことさ」

 二人の紗夜が何の話をしているのか、僕にはさっぱり理解できない。まだ体を持つ紗夜の言葉すら理解出来ていない事実に僕は気づき、ハッとさせられた気分になった。

 ……僕は、今まで何を悩んでいたんだろう? 同じ生身の人間(紗夜)のことすらわからないのに、なったこともないAIや未来の『デバイス』の中に入った娃や紗夜のことなんて、最初っからわかるはず、ないじゃないか。

 そもそも僕は、娃が自殺するほど悩んでいたのにも気づけなかった。血を分けた姉弟であり、そして恋人だった人の心すらわからなかったのに、何故魔術で錬成したよくわからない体の中に入ることになるであろう、よくわからない『デバイス』内にいる姉と幼馴染のことについて、あれやこれやと気にしていたのだろう?

 ……わからないのは、別に悪いことじゃないんだ。わからないからって離れずに、わかろうって寄り添うから、きっと僕らは一緒にいられるんだ。

『デバイス』の中で僕と一緒になった娃も、きっとそうなのだろう。互いを理解しようと、寄り添うことに必死なのだ。

 大國さんから既にその事実を伝えられてはいたけれど、僕は今、その意味を本当の意味で理解した気がした。

 そしてこれから、一つの体を共有する娃と紗夜に対して、これからどうやって向き合うのかも、決まった。

 ……変わらない。僕は、今までと、変わらないよ。

 今まで通り、姉弟として、恋人として、そして幼馴染として、彼女たちには接しよう。生きていたときと、体を持っていたときと変わらず、相手の心の内がわからないながらも隣に立っていた、あの頃と同じように接しよう。

 そう思うと、僕の口は自然に言葉を紡いでいた。

「イズニさん」

「だるー」

 そう言いながらも、異世界人はクーラーボックスから娃の体を取り出していく。それを僕と紗夜も手伝って、僕は姉の体を床に置いた。

 そしてその額に、手にした正方形の『デバイス』を乗せる。

 それを見届けると、紗夜は勝ち気に笑い、イズニさんの方を向いた。

「それじゃあ、はじめてくれ」

 そう言われ、イズニさんは僕には聞き取れない言語を口にしながら、宙を指でなぞっていく。異世界人の通った指の後には光り輝く線が残り、それはやがて幾何学模様へと変貌を遂げていった。その様子を、無表情のナミネさんが、感情の宿らない瞳を瞬きさせることなく見つめている。

 イズニさんが中に刻んだ光の模様は、やがて錬成した娃の体の周りをドーム状に覆っていく。だが、そのドームが出来たのは、娃の体だけではない。

「へぇ。生贄になるっていうのは、こんなにも眩しく、温かいものなのか」

 先程僕が抱きしめた紗夜の体は、もはや模様に隠れて見ることが出来ない。イズニさんが生み出す模様と紡ぐ言葉はその数を徐々に増やしていき、溢れた光はもはや目を開けているのが難しいほどの光源となっている。

 その光が、もはや爆発しそうになると錯覚するほど膨れ上がったその時、イズニさんの生み出した幾何学模様は、一瞬にして霧散した。

 今まで感じていた光は、全て夢だったのかと、勘違いしてしまいそうな光景だ。だが今まで目の前で起こっていたことが現実だとでも告げるように、光の粒子が、宙を揺蕩う。

 そしてもう一つ、大きな変化が僕の眼の前で起きていた。

 紗夜の体が、どこにも見当たらないのだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る