紗夜は、更に笑う。

「多くの時間を過ごしてきた者でもいいのなら、幼馴染のボクの遺伝子情報でもいいはずさ。だからその人体錬成した娃は、見かけは娃だけど、一ミリも娃の遺伝子情報を使って生成していない。だからこの娃とその『デバイス』の娃を紐づけたとしても、生物学的上、娃は蘇ったことにはならない。つまり、タイムパラドックスは起こっていないのさ」

「その理屈が正しければ、自分も鳩谷紗夜の発言に賛同する。その方法では、榧木娃は蘇ってはいない」

「……ナミネさんがそう言うなら、きっとそうなんでしょうね」

 ナミネさんの言葉に渋々うなずく大國さんを横目に、僕は自分の思考に沈んでいく。

 ……僕の幼馴染は、一体いつからこのことを考えていたのだろうか?

 確かに僕は、紗夜に僕が置かれている状況については、全て相談していた。娃Bが生まれたりとか、情報を共有したのが遅れた時はあったけれども、全て紗夜には、状況を伝えている。

 だから紗夜は、大國さんの目的がタイムパラドックスを発生させないことの証明というのも知っていたし、ナミネさんがどのように娃をAIとして蘇らせたのかも知っている。

 でも、だからって、ここまで予測して動けるものだろうか?

 紗夜が自分を犠牲にして、『デバイス』の娃と錬成した娃の体を紐づける案までは、捨て身の案ということで、思い浮かべるかもしれない。

 ……でも、ただでさえ娃を蘇らせることで頭が一杯のはずなのに、その蘇らせる娃を、大國さんと利害が対立しないように、タイムパラドックスが起こらない形で進める方法を考えているだなんてっ!

 これらの案は、人体錬成を行い始める前に思いついていなければ、紗夜が髪を切る前に考えたものでなければ、実行できないものだ。

 ……だとすると、紗夜は、僕と一緒にイズニさんから人体錬成の話を聞いた時には、もうこうやって動くことを決めていたっていうの?

 自らの髪を切って幼馴染の体を蘇らせ、自らの身体を生贄にする決意をしたまま、僕の幼馴染は、この夏休みの間、どうやって僕と向き合っていたのだろうか?

 その一方、僕は彼女に、どうやって接していただろう?

 ……娃が増えたことも伝えるのが遅れて、自分の事ばかりで頭が一杯で、紗夜と、真っ直ぐ向き合えていなかったんじゃないか?

 自分の至らなさに、目の前が真っ暗になる。

 そんな僕を見て、紗夜は優しげに笑った。

「ボクの計画をもう少し補足すると、ボクの体が魔術の生贄にされて消え去るから、この世界線上のボクの遺伝子情報を持った存在は、この人体錬成した娃の体だけ、ってことになる。そしてボクは天涯孤独の身なので、娃の体の中にいる『デバイス』上のボクと娃は、ボクが持っている戸籍を使って生活すればいい。生物学的にも、そしてこれからの社会生活的にも、娃が蘇ったという事実は存在なく、ボクらは生きていける」

 顔がボクから娃に変わったのは、整形したから、とでも伝えておけばいいか。教師どもも、今更ボクの奇行を疑うことはないだろうしね、と、紗夜はそう言って肩をすくめた。

 そんな僕の幼馴染を横目に、大國さんは納得したような表情で、大きくうなずく。

「なるほど。だから漣くんは、紗夜ちゃんと結婚することになるんですね!」

 ……確かに、この状況なら、それはありえる話だ。

 僕は大國さんと最初に出会った時、彼女から僕と紗夜が結婚する未来があると伝えられていた。

 その話を紗夜は鼻で笑っていたけれど、こうなってくると、また話が違ってくる。

 ……紗夜の遺伝子と戸籍を持っている娃の体と結婚するなら、法的にはきっと、その相手は紗夜と結婚するということになるはずだ。

 娃が生き返っても、タイムパラドックスは発生しない。なぜなら未来で確定しているのは、あくまで僕と紗夜が戸籍上結婚しているというものだけだからだ。

 僕が結婚するその相手は、その紗夜の体が誰の外見を模しているのかについても、その体の中に誰と誰が入っているのかについても、特に定められていない。

 ……紗夜として生きれる娃の体の中に、娃と紗夜がいたとしても、タイムパラドックスは発生しないんだ。

「でも、その場合、僕は一体、誰と結婚することになるの? 外見は娃だから、娃? でも、その体の遺伝子は紗夜だし、戸籍も紗夜になるんだよね? そもそも、同じ体に二つの人格が入っているだなんて、どうやって考えればいいの?」

「熟考する理由が不明。ハードウェア(身体)的にもソフトウェア(精神)的にも問題ないのであれば、思惟するまでもなく、回答は出揃っている」

「そうですよ、漣くん! ナミネさんの言う通りですよ! それに、今回はそのソフトウェアが二つもバリエーションがあるんだから、お得じゃないですかっ!」

「そんな、パソコンを買ったらウィルスソフトとオフィスもセットになってます、みたいに言われても……」

 何を言っているんだ? という表情を浮かべる未来人と宇宙人を前に、僕の心中は掻き乱される。

 ……僕が、おかしいのかな? 紗夜の決意もあって、娃が肉体を持って蘇るっていう方法があるのに、蘇った後の娃と紗夜のことを気にするのは、変なのかな?

 大國さんたちの体と精神の捉え方が、僕の考えるそれとは、一線を画しているという事実は、既に知っている。

 でもまだ、人間の体の性能が、『デバイス』という体に置き換わったことで、演算能力が格段に向上する、というのはまだイメージがつくし、理解できる範囲だった。

 ……でも、一つの体を二人で使うなんて、それって、その体を動かしているのは、言葉を発したのは、二人の内どちらになるんだろう?

『デバイス』の演算能力があれば、二人分の人間の思考は行えるだろう。でも、その考えた結果を表現する体が一つしかないから、二人同時に喋れないはずだ。

 ……僕がこれから娃の体と交わす会話は、どちらのものなのか、判断がつくのだろうか?

 それともこうした悩み自体僕の杞憂で、『デバイス』が肉体のコントロールも上手くやってくれるのだろうか?

 自分の中から溢れ出す疑問に押しつぶされそうになっている僕の尻を。

 イズニさんが思いっきり蹴り上げた。

 

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