大國さんの言葉を聞いた紗夜は、怒るのでもなく、悲しむのでもなく、ただ淡々とうなずく。

「その理由を、聞いてもいいかな?」

「決まってるじゃない! だってそんなことをしたら、タイムパラドックスが起こっちゃうんだもの!」

 そう言った後、大國さんは手を腰に当てる。

「だって、娃ちゃんは未来では、もう死んでることになってるんだよ? それなのに、本当に蘇られたら、未来の状況とかわっちゃうじゃないっ!」

 ……何を、言ってるんだ? この人は?

 全てが、上手くいくような、僕の望みを叶えるような、そんな奇跡みたいなものを知りたがっていたんじゃないのか?

 それを紗夜が伝えた途端、現実的な方法があるとわかった途端、こんな手のひらを返すようなことを言い出すなんて!

「そんな! あんまりですよ、大國さん!」

「それは、私のセリフだよ! 知ってるよね? 私が過去に来た目的っ!」

 ……もちろん、大國さんの目的が、タイムパラドックスが起こらないことを証明することだ、っていうのは、知ってたけど!

 だからって、これほど真っ向から紗夜の案を否定してくるとは思わなかった。

 僕は大國さんではなく、ナミネさんの方を振り向く。未来人の協力が得られなくても、紗夜を『デバイス』に表現させるだけなら、宇宙人を味方につければいい。

 僕は堰を切ったように、口を開く。

「ナミネさん! 紗夜を、あの『デバイス』に――」

「招集者の承認が得られなければ、エントロピーの抽出は行えない」

 にべもなく断られ、僕は絶句することしか出来なかった。

 ……せっかく紗夜が、僕と娃のために決断してくれたのに。

 自分の無力さに歯噛みをしている中、僕は紗夜の方へ視線を送る。すると幼馴染は、薄い笑みを浮かべていた。その反応に、逆に僕のほうが気圧されてしまう。

 ……大國さんとナミネさんの協力が得られないのに、どうしてそんなに余裕そうなんだ?

 そんな僕の疑問に答えてくれたのは、紗夜ではなく、あくびをしたイズニさんだった。

「その、タイムパラドックスとかがなんなのかわかんないけど、その彼の姉が、この世界でいうところの、生物学的? に蘇るってことは、紗夜の提案では起こらないよー」

「……え?」

 イズニさんのその言葉に、僕は思わず声を上げる。声を上げたのは僕だけだったけれど、同じ様な表情を大國さんも浮かべている。

「どういう、こと、ですか? だって、それは娃さんの体なんじゃないの?」

「そうですよ、イズニさん! 僕はこの体を作るために、娃の遺灰を持っていったじゃないですかっ!」

 問い詰める僕らを、異世界人は煩わし気に一瞥する。

「同じこと説明するのだるー。わたし、言ったよねー? 錬成する人体に元となっている人がいるのなら、その元となった人か、それに近しい人物に関する捧げ物が、長く使っていた道具とか、一緒にその人のそばにあったものが必要だ、ってさー」

 その言葉に、僕は同意する。

「うん、だから、その捧げ物って、錬成したい人体本人でもいいんですよね? だから僕は――」

「そしてボクはその後、こう言ったよな? 生成したい肉体の元となっている人が使っていた物だけでなく、多くの時間を過ごしてきた者でもいい、だから本人そのものでも問題ない、って」

「……漣くんが言ったことを、繰り返しているだけみたいにしか私には聞こえないけど?」

 大國さんのその言葉に、紗夜は鼻を鳴らす。

「だから、多くの時間を過ごしてきた者でもいい、っていっているだろ? つまり、娃の人体錬成には、娃の遺灰を使う必要はなかった」

「だったら、一体この体を作るのに、あなたたちは何を使ったって言うのよっ!」

 大國さんの叫び声に、嘲るように笑った紗夜が、ショートカットになった髪をなびかせながら、口を開く。

 

「ボクの、髪の毛だよ」

 

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