⑦
耳にするのが五回目となるその言葉は、果たして今回は死者を蘇らせる魔法の言葉なのか、墓の中から無理やり死者の眠りを妨げるゾンビの召喚術なのか、誰かに課せられる死刑宣告なのか、もう僕には判断することが出来ない。
唯一わかるのは、僕が手にした『デバイス』から、ほんのりと温かみを感じること。そして、一瞬、『デバイス』が、まるでスマホで電話が鳴ったように激しく震えた振動だ。その震えが止まると、『デバイス』から、こんな音声(呪いの言葉)が流れてくる。
「え、何? これ。え、何なの? これ」
それは、紛れもなく。
僕と血を分けた姉の、娃の声だった。
「この、娃は、いつ時点の娃なんですか? ナミネさん」
「現状は、全て把握している。しかし、榧木漣が提言した選択については、確定していない状況となる」
……つまり、海を選んだ娃Aでもなく、山を選んだ娃Bでもなく、それら両方の存在である娃Cでもない、娃Dってところか。
手にした『デバイス』から娃の戸惑う声が発せられた。
「……なんだか、凄いことになってるみたいだね、漣」
「うん、そう、だね」
今の娃は僕との会話を、かなり遅いコミュニケーションとして認識しているという事実に、僕の娃に対する返答は、歯切れが悪いものになってしまう。更に、ナミネさんの言った通り、この娃Dが現状を把握している、つまり娃Aと娃Bが生身の僕を捨てて情報生命体としてコピーされた僕を選んでいると知っているため、この娃Dもなかなかに口数が少なくなっている。
……娃Dだって、娃A、娃Bと同じく、情報生命体としてコピーされた僕の方を選ぶのが、わかっているからね。
かろうじて関係性を保っているだけだとわかってしまっている相手との会話というのは、どうしてもよそよそしくなってしまうものなのだろう。僕としては、その状況をどうにかして覆したいと思っているのだけれど、どう考えても解決策はないように思えて、仕方がない。
……それなのに、紗夜はどうやって、この問題を解決するつもりなんだ?
頭の中の疑問符を消せないまま、僕はナミネさんに連れられて、またリビングへと戻ってきた。
そんな僕を、紗夜がイタズラを思いついた子供のような笑みを浮かべて、出迎えてくれる。
「よう、娃。久しぶりだな」
「……うん。久しぶり、だね。紗夜ちゃん」
そう、ぎこちなく答えるのは、以前娃が口にしていたように、紗夜にどんな反応をされるのか、彼女が恐れているからなのだろう。
しかし、それが全くの杞憂だと証明するかのように、紗夜は娃が死ぬ前と変わらず、普段通りの口調で言葉を紡いでいく。
「お前が自殺する前だから、話をするのは一ヶ月ぶりぐらいなのか? でも、夏休みの間は、分岐したお前が漣とよろしくやってたみたいだけどな」
「そういう情報は、確かに今の私にも、あるよ。でも、それはあくまでも、記録であって、記憶じゃないから」
それを聞いた紗夜は、お気に入りのおもちゃでも見るかのように、目を輝かせた。
「ん? それはなかなか興味深い見解だな。情報生命体として記録を取り込めるのであれば、それはもはや、自分自身の経験値とすることが出来るんじゃないのか?」
「お話中悪いけど、そろそろいいかな? 紗夜ちゃん!」
娃と紗夜の会話を断ち切るように、大國さんがそう口にした。
「私としては、早く紗夜ちゃんが、どうやって私と漣くんの望む未来を両取りするのか、それが気になってるんだけどね! だから、早くその答えを教えて欲しいかなっ!」
「そんなにせかせかするなよ。久しぶりにボクの幼馴染と、こうやって言葉を交わせてるんだ。少しぐらい、有機生命体と情報生命体との交流を楽しませてくれよ。これからもう、できなくなるんだからさ」
そう言って紗夜は大國さんを鼻で笑うと、構わず娃に向かって問いかける。
「それで? 今の娃の中で、記録はどういう扱いなんだ?」
「うーんと、どっちかって言うと、夢を見ている、みたいな感じかな?」
「夢?」
「うん、そう、別の自分が何を選んで、どうしたのか。それを、横で見ているみたいな、そんな感じ」
紗夜の疑問に、娃は悩むような、それでいてどこか確信を持ったような口調で、そう言った。
「だから、自分が確かに選択したことなんだけれども、でも、自分で選んだ、っていう意識が薄いんだよね。ああ、そういうこともあったな、そういうこともあり得るんだよな、みたいな?」
「……なるほど。なるほどねぇ」
そう言って紗夜は、苦笑いを浮かべる。
「なんとなく、わかったよ。ありがとう、娃。今後のボクの生き方の、参考にさせてもらおう」
「もう、いいでしょう? 紗夜ちゃん」
朗らかに笑いながら、大國さんが紗夜に問いかける。
「いい加減、教えて欲しいな? 漣くんが、どうやって望んだ未来を両方手にするのかを。そんな、二つの世界線を同時に手に入れれるような方法があるのか、私、興味が尽きないよ! それとも、あれなのかな?」
そう言って大國さんは、紗夜の顔を笑いながら覗き込む。
「そんな方法は、本当に存在していなくって、単に悪あがきをしているだけなのかな? もしそうだとしたら、私、もう未来に引き上げちゃおうと思ってるんだけど! だって、そうでしょう? タイムパラドックスは起こらない。確定した未来は変えられない。いずれなくしてしまうものを惜しんで離れられないだけなら、君たちのやってることって、壊れてしまったおもちゃを、壊れてしまったのが嫌だって、駄々をこねて泣いている子供みたいじゃない?」
そう言われた紗夜は、その言葉を鼻で笑う。
「ふんっ、覆水盆に返らず、ってか?」
「あるいは、こぼれたミルクはもう戻らない、って所だね!」
「安心しなよ。未来が確定した如きでマウント取ろうとしているお前の代わりに、漣の幼馴染で、娃の幼馴染でもあるボクが、この二人をもう一度結びつけてみせるさ。文字通りの意味でね」
その言葉に、僕の全身に嫌な予感が駆け巡る。その先を言わせてはならないと、口を開こうとした所で、僕の腕を誰かが掴んだ。
振り返ると、そこにはナミネさんの姿があった。
彼女は眼の前でラットが蠢いているのを見つめる研究者の眼で、宇宙人は僕の幼馴染と未来人を見つめている。
「鳩谷紗夜の行動結果に、自分も興味がある」
「でも――」
「それじゃあ、ボクの考える方法を教えてあげよう」
僕が何かを言う前に、紗夜は腕を組む。そして僕らを見下ろすように、当たりを見渡した。
そしてその後、口を開く。
「ボクの提示する解決方法は、実に簡単なものだよ。ボクとイズニが用意した娃の体に、娃が入っている『デバイス』を組み込むんだ。体は本物の人間と遜色ないし、脳として『デバイス』が紐付けれるなら、娃が人間として蘇ったっていえるだろう?」
「ですが、重要なのは、その紐づけですよね? 体と脳、その両方を紐づけることが出来なければ、そんなのはただの机上の空論ですね!」
「だから、それが出来るから提案したに決まっているだろう?」
そう言って紗夜は、不敵に笑う。
「イズニがこの世界に持ち込んだ、魔術を使うのさ」
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