②
「え?」
ナミネさんの突然の問に、僕はそんな間抜けな声を上げてしまう。僕の聞いた内容が聞き間違いではないとでも言うように、宇宙人は再度同じセリフを繰り返した。
「無限の復讐を、望むのか?」
その言葉に戸惑いながらも、僕は口を開く。
「いや、そんなことは、ないけど……」
「有機生命体の榧木漣が、情報生命体である榧木娃に選択されなかったのは、同榧木娃の選択によるもので、自分たちの責任の範囲外だと認識している」
その言葉に、大國さんも大きくうなずく。
「そうだね! 私たちがいなかったら、あり得てない結末なのかもしれないけれど、それを言うなら、そもそも私たちがいないと、娃ちゃんを声だけでも蘇らせれなかっただろうし」
「肯定。選択されなかった代償を自分たちに求めるのであれば、榧木漣はそれをどこまで追求するのか?」
「そうだねぇ。仮に、未来人の私を殺して、宇宙人のナミネさんを殺しても、それで娃ちゃんは戻ってこないわけじゃない? だとすると、漣くんの娃ちゃんが自分を振った怒りって、どこまで求めるのかな? 私が過去に訪れたことを起因とするなら、私が存在する未来を消す必要が出てくるけど、これから地球でも滅亡させるつもりなのかな?」
「その疑問に同意する。その無益な無限の復讐を、どの範囲まで求めれば榧木漣の一時的で短絡的で刹那的な欲求を満たすのか?」
未来人と宇宙人の言葉に、僕は何も答えることが出来なかった。突発的に、衝動的に、情動的に生まれたその激情だったけれども、それが行き着く先を自分でも定めていなかった事実に、ただただ自分自身、蒼然となり、悄然とし、悵然とするしかなかった。
娃に選ばれなかったという、その事実に対して、僕は今、ナミネさんの言葉を借りるのなら、無限の報いを求めようとしていたのだ。
それがどれだけ傲慢で、驕慢で、そして高慢さに不遜と不心と不徳をあわせたような願望だったのか、熱望だったのか、欲望だったのかを、今まざまざと見せつけられた気がした。
しかし。
それでも――
……それでも僕は、また娃と一緒に、生きていたかったんだよ。
一度その可能性を失ってしまったからこそ、そしてそれが手に入りそうで、そして一度掴んでしまったからこそ、そうなるはずだった未来が自分の手の中に収まっていないことが、我慢できなくて、仕方がないのだ。
そんな鬱々とした気持ちが自分の中で堂々巡りをし、暗雲たる気持ちになっている僕が見えていないかのように、大國さんは口を開く
「まぁ、私が生まれている時点で、漣くんがしようとしていること全てが、それは不可能だったってことが、すでに証明されているけどね! だってタイムパラドックスは起こらないんだからさっ!」
その言葉に、僕はもう、完全に打ちのめされていた。どうやら、自分が行おうとした抵抗すら、未来にとっては、蝶の羽ばたきにすら及ばない、無意味なもののように感じられてしまう。
まさに、存在意義が、消滅してしまったように感じられてしまう瞬間だった。
何も言えないでいる僕に向かって、大國さんは朗らかに笑う。
「それじゃあ、情報生命体となった娃ちゃんたちも反応しなくなりましたし、漣くんもこんな感じですから、私の検証は、終了だよね! やっぱり、タイムパラドックスは起こらなかった! 榧木娃を合計三回情報生命体として蘇らせたとしても、未来に榧木娃という存在は、生身の体を持つ娃ちゃんは復活し得なかった、未来に影響を与えなかった、ということで、私の証明は、大成功っ!」
その言葉を否定しようと顔を上げた所で、僕の口からは、何も言葉を紡ぎ出すことが出来なかった。
……娃の体は、紗夜とイズニさんに用意してもらっているから、あるには、あるんだ。
だから、『デバイス』上の娃とその体を紐づけることができれば、情報生命体でありながら、有機生命体としての制約を持つ娃を、つまり娃が夏休みに自殺する前の状態として、蘇らせることが可能となる。
……でも、今の娃たちには、娃Aと娃Bには、もう生身の体という制約を持つ必要性が、なくなってしまっている。
すでに『デバイス』内にコピーされた情報生命体である僕がいるのであれば、その外にいるであろう僕となんて、コミュニケーションする必要性を全く感じていないはずだ。
いや、むしろ、今の僕の方が、『デバイス』に表現された僕よりも、すでに劣ってしまっているだろう。
光速以上の速度でコミュニケーションが出来るということは、つまりは流れている時間が、体感している時間が、そして絶対的にコミュニケーション量が違ってくる。
アニメやマンガ、映画のSFなんかでは、宇宙旅行に旅立った人が地球に帰ってくると、地球の人のほうが時間が進んでいて、浦島太郎のような状況に陥ってしまう、という話も、よく存在している。
あれはいわゆる相対性理論から導き出されたもので、速く移動するほど、時間の進み方が遅くなるという状態から来ている。
『デバイス』内にいる娃と、コピーされた僕に起こっているのは、まさにそれなのだろう。彼女たちの一秒は、生身の体を持つ僕にとっての数時間、下手したら数日に該当するかもしれない。
そうなれば、もうかなりのコミュニケーションを、『デバイス』内で娃とコピーされた僕は行っているはずだ。情報生命体である娃にとって、劣化したとしか思えない、それこそ死んだ時点の娃を復活させたような、古い僕とのコミュニケーションを、求めるはずがないのだ。
……もし、その問題を解決したとしても、まだ問題は残っている。
それは、『デバイス』上に表現された娃と、紗夜とイズニさんに用意してもらっている娃の体との紐づけだ。
その話を理科室でした時、紗夜は自分に任せろと、そう言っていた。幼馴染が何をしようとしているのかは、今の僕には薄っすらとわかっている。だからこそ、理科室に忍び込んだあの晩、僕は幼馴染に対して、解決策があると、そう言い切ることが出来たのだ。あんな方法、そもそも紗夜に求めるのは酷すぎる。
でも、それ以前の状況になってしまった。何故なら、そもそも体に紐づける対象、AIとして蘇った娃が、僕を求めていないのだから。
つまり、この状況は、完全に積んでいるのだ。
……結局、振り出しに、夏休みが始まった時に、戻っただけか。
未来に帰るためか、家の中で荷造りを始めた大國さんを横目に、僕の心は急速に冷めていった。
……大國さんが、ベランダにいるのに気づく前に、僕、何をしようとしていたっけ?
そう思い、改めて僕は、あの夏休み当初の僕の行動を思いだす。
そうだ。自殺だ。
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