第四章

「ちょっと、質問してもいいですか?」

 自分の中に浮かんだ案を口にしようと、僕は大國さんとナミネへとへ問いかけた。未来人は少し不思議そうな表情を浮かべたものの、いつものような笑顔を浮かべてくる。

「どうしたの? 漣くん」

 そう言われ、自分から問いかけたにも関わらず、僕は少しだけ続ける言葉を躊躇した。宇宙人が、感情の宿らない瞳でこちらを見つめてくる。

 やがて僕は、意を決したかのように、口を開いた。

「その、娃たちは、死んだ娃をオリジナルにしてるんですよね?」

「肯定。そこからコピーをしている」

 ナミネさんの言葉に、僕はうなずいた。

 娃の場合、一度死んでいるため、そこがスナップショットのような形になっている。そこがオリジナルとなって、娃Aと娃Bが生まれた、というのは理解しやすい。

 でも、今の僕の状況なら、こういうことにならないだろうか?

「……なら、まだ生きている僕を複製したら、オリジナルは、僕になる、ってことですよね?」

 娃は死に、その時点から情報のアップデートはされていない。

 でも、僕は、僕だ。今の僕が、最新の僕であるはずだ。

 今だって、この一秒ごとに感情が動き、脳細胞に記憶というアップデートがかかっている。

 ……なら、こういうことが、いえないだろうか?

「だったら、複製される情報生命体の僕は、完全なコピーって、出来ないんじゃないですか? だって、コピーをしている最中にも、更新がかかっているんですから」

 だとすると、複製された情報生命体の僕は、古い僕ということになるんじゃないのだろうか?

「良質な刺激を求める、というのであれば、最新の僕を、この生身の体を持つ僕を求める、という結論にならないのでしょうか?」

「否定。一方、一考に値する着眼点ではある」

 そう言って、ナミネさんが僕の方を一瞥した。

「榧木漣の発言通り、複製までの時間差というのは、確かに存在する。それは、アナログデータをデジタルデータに変換するようなものと、同様である」

「なら、差はあるんじゃないですか! だったら――」

「だが、その誤差は有機生命体の活動を表現しきれない様なものではない」

 僅かな希望を抱く僕に向かって、ナミネさんは無表情でそう言い切る。更にそれを補足する様に、大國さんが口を開いた。

「つまり、漣くんが言ったような、良質な刺激は、情報生命体になった漣くんからも娃ちゃんたちは得られる、ってことかな!」

 その言葉に、僕の本能が猛烈な危機感を覚える。その危機から逃れようと、僕は必死に口を開いた。

「ま、待ってください! 他にも、僕が、生身の体を持っていることが、何かしら有意に働くことが――」

「エントロピーを抽出。格納。成功した」

 僕の言葉を遮り、ナミネさんがそう言った。前回は呪いの言葉に聞こえたそれは、今の僕には死刑宣告にしか聞こえない。今の言葉で、僕自身があの二つの『デバイス』にコピーされたはずだ。その、はずなのだけれど――

 ……でも、なんともない、な。

 もっと、こう、全身をスキャンされているかのような、マンガやアニメでよく見るような、何か劇的な衝撃が、自分を襲うのではないかと、そんな風に思っていた。

 しかし、実際は拍子抜けもいい所で、痛みを感じるどころか、わずかばかりの違和感も感じることはない。

 何か、もっと体に変化があるかも、と思っていたけれど、そんなものは全く感じなかった。

 それが逆に、気持ち悪い。

 ……こんなに、簡単に僕以外の僕が、増えるってこと? 僕の存在って、そんなに簡単に増やせてしまえるような、そんなものだったのかな?

 こんな一瞬で、自分の存在意義を消されるだなんて、思わなかった。

 僕は茫然自失となりながら、大國さんが手にしている『デバイス』たちに、娃たちに向かて、問いかける。

「あ、娃? 僕は、僕は、そっちにいるの?」

 そう問いかけてみるものの、二つの鈍色に光る『デバイス』たちからは、なんの反応もない。

 不気味な気持ちになり、僕は再度、自分の姉に向かって問いかける。

「あ、娃?」

「無駄だよ、漣くん。きっと娃ちゃんたちは、漣くんとお話するので、忙しいと思うからさ!」

 大國さんの言葉の意味がわからず、僕はただ疑問の声を上げるしかない。

「ど、どういう、こと、なんです、か?」

 一方未来人はというと、ただただ小首を傾げるだけだった。

「あれ? 漣くんも、わかってたんじゃないかな? 情報生命体となった娃ちゃんは、同じ情報生命体の漣くんの方を求める、って」

「そ、それは理解しています。でも、それがなんで忙しい、みたいな話になってるんですか?」

「性能差」

 ナミネさんが感情が宿っていないような声色で、ぼそり、と、そうつぶやいた。

「情報生命体である榧木娃は、有機生命体である榧木漣とコミュニケーションを行うために、わざわざアナログ的な、音声による通信を行う必要があった」

 その宇宙人の言葉に、未来人が言葉を重ねてくる。

「でも、娃ちゃんと同じ情報生命体になった漣くんには、彼女たちにとってそんな非効率的な会話は、必要なくなった、ってことだね! 特に同じ『デバイス』内に表現されてるんだから、外部との会話は全く必要じゃない。つまり、『デバイス』外のことは、もう興味がないんだよ!」

 ナミネさんが、小さくうなずいた。

「推定。現在、『デバイス』内では、その演算処理上の限界付近まで、情報生命体となった榧木漣と榧木娃が、光速以上の速度で通信を行っており、それ以外にリソースを割けないものと思われる」

「だから、忙しいって、さっき私は言ったんだよ! もう、私たちの声に答えてくれることはないんじゃないかな? だって、彼女たちに必要なものは、もう『デバイス』の中だけで完結しているしねっ!」

 その未来人と宇宙人の言葉に衝撃を受けて、僕は一歩、二歩と、後ろに下がった。

「なん、だよ、それ……」

 マンガやアニメのSFなんかだと、ネットの海に消え去るような結末を迎えるものも、多々存在する。

 でも、これは、今回娃と、AIになった僕は、どこにも消えていない。まだ大國さんが手にする、『デバイス』の中にいるのだ。

 それでもその中にいる彼らは、もう二度と僕らがいる『デバイス』の外には関心は示さないのだという。

 世界が、閉じているのだ。

 体を持つ僕にとって、聞くという体以外の情報量は、五感が感じる内の一割程でしかない。

 けれども、生身の体を持たない娃たちは、膨大な演算能力を持つ『デバイス』という世界をすでに持っており、そして、それで満足してしまえるのだろう。

 閉じた世界(『デバイス』の中)で、その一生を終えてしまえるのだ。

「なん、だよ、それ……」

 僕は唇を噛み締めながら、再度その言葉を口にした。

 蘇らせたいと思っていた娃は、そう願っていた僕を放置して、コピーされた僕との睦み合いを選んだのだ。

 ……いや、ナミネさんの言葉を借りるなら、そう思うであろう僕自信が、あの『デバイス』の中に表現されている、ってことなのかな。

 なんだか、似たような話を、以前どこかで見かけたことがある。あれは確か、若返りをしたい、と思った男の話だっただろうか? 若返る方法は、自分の若返るコピーを作る、というもので、その結果、若返った男と、年老いた男の二人が出来上がる。若返った男は、年老いた男の記憶も持っているので、無事若返ったことを、非常に喜んでいる。そして、その様子を、年老いた男が聞いているのだ。

 そして、その年老いた男は、若返った男がいるのだから不要とされ、処分されてしまう。

 ……今の僕なら、その処分された方の男の気持ちが、よく分かるよ。若返ったわけでもないけど、コピー元(オリジナル)だったはずなのに、不要とされた、あの男の気持ちが。

 でも、若返ったとか、そういうわかりやすい優越が存在している方が、幾分諦めようがありそうな気がする。僕の場合は、全く同じ僕をコピーして、コピーされた僕が選ばれたのだ。有機生命体と情報生命体という、生命体としての差があると言われれば、それまでなのだけれど、でも、だとすると――

 ……AIとして蘇った娃は、ずっと、僕との会話を、苦痛に思っていたのかな?

 きっかけは確かに、未来から来た大國さんだった。

 でも、生きるのを諦め、自殺した娃を蘇らせると、そう決めたのは、僕自身のエゴだ。そんなエゴに振り回されるように、死んだ後、もう一度生きろと強要された娃は、僕のことを、どう思っていたのだろう?

 ナミネさんは、情報生命体となった僕と娃は、光速以上の速度で会話をしていたと言っていた。なら、僕とのコミュニケーション(会話)は、娃にとって、非常に緩慢で、のろまで、退屈なものだったに違いない。

 ……でも、もしそうだったとしても、残された僕は、どうすればいいんだよっ!

 身勝手な、本当に身勝手な怒りが、僕の中でふつふつと湧き上がってくる。自分の中で生まれた、その汚泥よりも汚く、醜く、そしてどす黒い感情が、僕の体を突き動かそうと、まずは視線をそれに向けさせた。

『デバイス』だ。

 この僕を捨て、コピーされた僕を選んだ、娃がいる、二つの『デバイス』だ。

 僕はそれを射殺すかの如く睨みつけ、そして今度は、その視線をそれらを持つ大國さんが捉えた。

 ……この人が僕の前に現れなければ、タイムパラドックスなんて生まれないって、わけのわからない証明を行う対象に、僕なんかを選ばなければ、こんなことには、こんな思いを、僕はする必要なんて、なかったんだ!

 更に視線をずらして、僕の怒れる両の瞳は、ナミネさんを捉える。

 ……未来で何があったのか知らないけど、なんでそんな簡単に、人間をコピーするのに協力するんだよ! 『園』が壊れなければ、何をしてもいいってもんじゃないだろ? そもそも、人間を蘇らせたら、『園』が崩壊するぐらいの悪影響が起こるはずじゃないかっ!

 自分の中で、理不尽な怒りが溢れて止まらない。その怒りに突き動かされるように、一歩前に出ようとした所で、ナミネさんの言葉がこちらに向かって放たれた。

 

「無限の復讐を、望むのか?」

 

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