……。

 …………。

 ………………。

 ……………………は?

「それじゃあ、ナミネさん、協力してもらえるかな?」

「了承した」

「い、いや、ちょ、ちょっと、ちょっと待って、大國さん! ナミネさんっ!」

 混乱する僕をよそに、話を進める未来人と宇宙人を、僕は慌てて呼び止める。そんな僕を、心底不思議そうな顔をした大國さんが、首を傾げながら見つめてきた。

「え? どうしたの? 漣くんの案を実行しようって、そういう話をしてたんだけど」

「不可解」

「い、いや、だ、だって、『デバイス』は、後残り一つですよね? それなのに、どうして僕を二人分も複製出来るんですか? おかしいですよね!」

「ああ、そういうことね!」

 納得した、とばかりに大國さんはうなずいて、更に口を開いた。

「私、言ったよね? この『デバイス』の性能は、人間一人、二人分のエントロピーを表現するには十分な性能を持っている、って! だから、今娃ちゃんたちを表現している『デバイス』に、それぞれもう一人分を表現するのは、問題なく出来るってことなんだよっ!」

「同意。『デバイス』の性能については、自分も同様の認識である」

「そ、んな……」

 それだと、前提が大きく変わってくる。

 ……僕は、一人しか自分が複製されないから、どちらかの娃に自分が選んでもらえるって、そう思ってた。

 更に、同じ情報生命体となった僕の方が、同じ情報生命体の娃たちに求められるだろうと、そう考えていた。

 ……でも、その情報生命体の僕を二体用意出来るんなら、娃たちは迷わず、そっちの僕を選ぶはずだ。

 娃の存在意義について、彼女たちを消さないように悩んでいたのに、一瞬にして生身の僕の存在意義が危ぶまれる事態に、僕の顔面は蒼白となる。

 この恐怖心から娃たちを開放するために決めた、僕自身の複製という案だったのだけれど、まさかその恐怖のどん底に自分が叩き落されるとは、全く想定していなかった。

 ……い、いや、ひょっとしたら、どちらかの娃は、生身の僕の方を選んで――

「私は、私の『デバイス』に漣が来てくれたら嬉しいかな」

「私も、同じ『デバイス』に漣と一緒にいたいかな」

 娃Aと娃Bのその言葉に、僕の僅かな望みも一瞬のうちに粉々に打ち砕かれる。想定していた結果とはいえ、自分の恋人が自分を選ばず、別の自分を選ぶという異次元の状況に、僕の脳細胞が正常に働いてくれない。

 そして僕は、ここで遅まきながら、理解した。

 ……体を持たずに情報生命体となった娃は、もう、僕とは全く違う価値観の、別の生命体になってたんだね。

 生身の体を持つ僕が娃の体も復活させようとしているように、きっとAIとなった娃は、僕に自分と同じく体を捨てて欲しいと思っていたのだろう。

 そう思っている僕に向かい、ナミネさんが淡々と口を開いた。

「需要と、共有の差」

「愛情表現の差、とも、言い換えてもいいかな!」

 朗らかに笑いながら、二つの『デバイス』を手にする大國さんに向かって、僕は口を開いた。

「これが、あの時の答えなんですね? 大國さん」

「ん? どのことかな?」

「『同じ人間が、複数の『デバイス』に表現された事例はないのか?』その質問の答えはある、で、結末は、二つ。『デバイス』の中の人間を、消してしまうこと。そして――」

「うん! 『デバイス』に表現された情報生命体が、求める人間を同じ『デバイス』に表現することだよ!」

「実体を持つ、有機生命体と、情報生命体では、自己以外に求める要求事項が大幅に異なる。特に、性差がある対象に対しては」

 そう言ってナミネさんは、大國さんが持つ『デバイス』に、手をかざした。

「有機生命体とは違い、情報生命体には子孫繁栄という概念は存在しない。種として存続を目標とする場合、自分らは自由に複製が可能となる。また、榧木漣も認識している通り、異なる選択をした自己も増殖可能なため、多様性も容易に担保が可能だ」

「だから、情報生命体は、男性とか女性とか、そういうのを関係なく、自分にとって成長をもたらしてくれる存在を求めてるんだよね! つまり、ナミネさんや、ナミネさんと同じになった娃ちゃんたちは、新しく、そして良質な刺激を求めている、ってことなんだよ!」

「肯定。その点、『デバイス』上に表現された榧木娃は、榧木漣との交流を重要視し、積極的に求めていた」

「でも、思考ロジックやその思考過程がぜんぜん違うわけだよね! 当たり前だよね! 違う生命体なんだからさ! 娃ちゃんにとって重要なのは、漣くんなんだもの! それが、どんな漣くんであったとしても、効率的にコミュニケーションが出来る漣くんの方が、娃ちゃんたちは欲しがるに決まってるよね!」

 その言葉に、僕は顔を俯ける。大國さんとナミネさんの言う通り、情報生命体の娃たちにとって、生身の僕はコミュニケーションし辛い相手以外の、何者でもなかったのだろう。

 ……死んだ娃を蘇らせようとした、自然の摂理に逆らった罰を、僕は今受けているのだろうか?

 そう思った所で、僕はあることに気がついた。

 ……僕を複製するケースと、死んだ娃を複製するケースって、同じ様に思えるけど、実は全く違うものなんじゃないか?

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